[PH076] リラックスポーズが歌唱時の「あがり」とパフォーマンスに与える影響
Keywords:あがり, リラックス, パワーポーズ
目的
「あがり」の対処法として,イメージトレーニングが有効であることが知られている。イメージトレーニングは,リラクセーションの方法など様々な心理的技法と組み合わされ,メンタルトレーニングとして,「あがり」場面で「あがらない」ための,また,「あがった」ときにリラックスするための筋肉のコントロール方法として用いられている。しかし,メンタルトレーニングの遂行には,熟練した専門家の援助が必要となる。
もし,一般人でも容易にできる「あがり」緩和法があればどうだろう。例えば,リラックスするためのストレッチングで一般的に用いられている「胸を張る」ポーズは,体を伸ばし,広げて自分を大きく見せており,パワーポーズ(Carney, et al., 2010)に類似している。つまり,「胸を張る」ポーズ(以下,リラックスポーズ)はリラクセーション効果とともに,自分を「できる」気持ちにさせる効果があるのかもしれない。そして,結果的に,われわれの「あがり」を緩和し,パフォーマンスを成功に導く可能性が期待できる。
本研究は,リラックスポーズを行うことで,「あがり」が緩和され,その結果,パフォーマンスの自己評価,および,他者評価を上昇させるかどうかについて検討した。さらに,ポーズにリラクセーション効果があることを被験者に伝えることで,「自己暗示効果」を加え,ポーズだけを行うよりも「あがり」緩和,および,パフォーマンスへの効果が増大するのかも検討した。
方法
被験者 大学生93名(男性33名,女性60名),平均年齢は19.7歳(SD=1.36, range=18-25歳)。
手続き 被験者は音楽療法の実験という名目で,歌唱課題を行ってもらった。被験者は,①リラックスポーズを行い,ポーズのリラクセーション効果を十分に伝えることで自己暗示効果を加えた「リラックス群」,②リラックスポーズを行い,ポーズを行うことで顔の表情がよくなると偽りの教示をされた「表情群」,そして,③これらの実験群に対する比較の基準となる「統制群」の3群に分けられた。被験者の歌唱は,「他者」を意識させるために,また,後の歌唱他者評価のためにビデオカメラで撮影された。「あがり」や不安傾向を測定するために,被験者が実験室に入室する際に,STAI特性不安尺度(清水・今栄, 1981),歌唱直前に,STAI状態不安尺度(清水・今栄, 1981)と,「あがり」を測定するためのFAEQ(有光・今田, 1999),歌唱直後に,再びSTAI状態不安尺度とFAEQ(過去形に変換されたもの)が実施された。また,歌唱パフォーマンスの自己評価と他者評価のために,自身で作成した歌唱評価尺度が実施された。他者評価では,音楽経験と知識の豊富な3名の学生が,音声のみに編集した歌唱パフォーマンス動画を評定した。加えて,生理指標として,平常時,歌唱直前,歌唱直後の最高血圧と最低血圧,脈拍数,および,歌唱時のまばたき回数が計測された。
結果と考察
本研究では,特性不安・状態不安尺度,FAEQ,歌唱自己評価尺度,歌唱他者評価尺度,生理指標のいずれの指標においても,群間に有意差は認められなかった。一部有意傾向が見られた指標もあったが,予測されたものとは異なっていた。したがって,本研究において,リラックスポーズや自己暗示による「あがり」の緩和やパフォーマンス向上の効果は認められなかった。
歌唱他者評価においてポーズの効果が認められなかった一因として,音声に対してのみの評価を求めたことがあげられる。最近,Cuddy et al. (2015)は,面接場面において,非言語的行動にポーズが影響し,評定者の印象を変化させることを示した。本研究の文脈(歌唱場面)において,この知見を検討するためには,ポーズの影響が表れるとされる非言語情報(歌唱映像)を含めたパフォーマンス評定による再分析が必要となる。また,本研究では,「あがり」の測定尺度選定の妥当性や,教示の信用性の問題など,様々な点において実験方法の改善が必要であろう。加えて,パワーポーズ自体の効果が非常に小さい可能性も考えらえるため,この分野における研究の進展が待たれる。
主要引用文献
Carney, D. R., Cuddy, A. J. C., & Yap, A. J. (2010). Power posing: Brief nonverbal displays affect neuroendocrine levels and risk tolerance. Psychological Science, 21, 1363-1368.
謝 辞
本研究は,著者の指導により行われた横山美希さんの卒業論文(2013年度・高松大学発達科学部)のデータをもとに,加筆・修正したものである。ここに記して感謝の意を表したい。
「あがり」の対処法として,イメージトレーニングが有効であることが知られている。イメージトレーニングは,リラクセーションの方法など様々な心理的技法と組み合わされ,メンタルトレーニングとして,「あがり」場面で「あがらない」ための,また,「あがった」ときにリラックスするための筋肉のコントロール方法として用いられている。しかし,メンタルトレーニングの遂行には,熟練した専門家の援助が必要となる。
もし,一般人でも容易にできる「あがり」緩和法があればどうだろう。例えば,リラックスするためのストレッチングで一般的に用いられている「胸を張る」ポーズは,体を伸ばし,広げて自分を大きく見せており,パワーポーズ(Carney, et al., 2010)に類似している。つまり,「胸を張る」ポーズ(以下,リラックスポーズ)はリラクセーション効果とともに,自分を「できる」気持ちにさせる効果があるのかもしれない。そして,結果的に,われわれの「あがり」を緩和し,パフォーマンスを成功に導く可能性が期待できる。
本研究は,リラックスポーズを行うことで,「あがり」が緩和され,その結果,パフォーマンスの自己評価,および,他者評価を上昇させるかどうかについて検討した。さらに,ポーズにリラクセーション効果があることを被験者に伝えることで,「自己暗示効果」を加え,ポーズだけを行うよりも「あがり」緩和,および,パフォーマンスへの効果が増大するのかも検討した。
方法
被験者 大学生93名(男性33名,女性60名),平均年齢は19.7歳(SD=1.36, range=18-25歳)。
手続き 被験者は音楽療法の実験という名目で,歌唱課題を行ってもらった。被験者は,①リラックスポーズを行い,ポーズのリラクセーション効果を十分に伝えることで自己暗示効果を加えた「リラックス群」,②リラックスポーズを行い,ポーズを行うことで顔の表情がよくなると偽りの教示をされた「表情群」,そして,③これらの実験群に対する比較の基準となる「統制群」の3群に分けられた。被験者の歌唱は,「他者」を意識させるために,また,後の歌唱他者評価のためにビデオカメラで撮影された。「あがり」や不安傾向を測定するために,被験者が実験室に入室する際に,STAI特性不安尺度(清水・今栄, 1981),歌唱直前に,STAI状態不安尺度(清水・今栄, 1981)と,「あがり」を測定するためのFAEQ(有光・今田, 1999),歌唱直後に,再びSTAI状態不安尺度とFAEQ(過去形に変換されたもの)が実施された。また,歌唱パフォーマンスの自己評価と他者評価のために,自身で作成した歌唱評価尺度が実施された。他者評価では,音楽経験と知識の豊富な3名の学生が,音声のみに編集した歌唱パフォーマンス動画を評定した。加えて,生理指標として,平常時,歌唱直前,歌唱直後の最高血圧と最低血圧,脈拍数,および,歌唱時のまばたき回数が計測された。
結果と考察
本研究では,特性不安・状態不安尺度,FAEQ,歌唱自己評価尺度,歌唱他者評価尺度,生理指標のいずれの指標においても,群間に有意差は認められなかった。一部有意傾向が見られた指標もあったが,予測されたものとは異なっていた。したがって,本研究において,リラックスポーズや自己暗示による「あがり」の緩和やパフォーマンス向上の効果は認められなかった。
歌唱他者評価においてポーズの効果が認められなかった一因として,音声に対してのみの評価を求めたことがあげられる。最近,Cuddy et al. (2015)は,面接場面において,非言語的行動にポーズが影響し,評定者の印象を変化させることを示した。本研究の文脈(歌唱場面)において,この知見を検討するためには,ポーズの影響が表れるとされる非言語情報(歌唱映像)を含めたパフォーマンス評定による再分析が必要となる。また,本研究では,「あがり」の測定尺度選定の妥当性や,教示の信用性の問題など,様々な点において実験方法の改善が必要であろう。加えて,パワーポーズ自体の効果が非常に小さい可能性も考えらえるため,この分野における研究の進展が待たれる。
主要引用文献
Carney, D. R., Cuddy, A. J. C., & Yap, A. J. (2010). Power posing: Brief nonverbal displays affect neuroendocrine levels and risk tolerance. Psychological Science, 21, 1363-1368.
謝 辞
本研究は,著者の指導により行われた横山美希さんの卒業論文(2013年度・高松大学発達科学部)のデータをもとに,加筆・修正したものである。ここに記して感謝の意を表したい。