09:30 〜 12:00
[k-sym01] ジェンダー問題を再見する
教育・保育・家庭の現場から
キーワード:ジェンダー, 再見, 教育・保育・家庭
企画の趣旨
ジェンダー問題が提起されてからはや半世紀になろうとしている。この間に,わが国でも,さまざまなジェンダーにかかわる問題が顕在化されてきた。そして,その解消のための実践や研究も重ねられ,男女平等は進んだかのように見える。例えば,「男女の雇用機会均等法」「男女共同参画社会基本法」「セクハラ防止法」「育児休業法」「介護休業法」等々,男女平等を推進する諸条例も制定された。あるいはまた,女と男の諸特性や役割の境界もかつてに比べれば顕著ではなくなった。草食系男子,イクメンなどはその例だろう。
しかし,現実の社会や教育現場を直視すると,男女平等は表層的なものでしかなく,法律の多くも理念法でしかなく,ジェンダー規範を揺るがすほどにはなっていないと言わざるを得ない。ジェンダーに関連したさまざまな要因が連動,連鎖,錯綜したかたちで,性差別の重層(多層)化,多現象化を生んでいる。そのために,ジェンダー問題が複雑な様相を呈し,見えにくくもなっている。したがって,ジェンダー問題を検討し続ける必要がある。
このシンポジウムでは,家庭や保育の現場,教育の現場において見逃しやすいジェンダー問題を再見し,ジェンダー問題を考えたい。話題提供1では,鶴田敦子氏に,学校教育でのジェンダー問題について,話題提供2では,池田政子氏に,子どもの保育における幼稚園や保育の現場でのジェンダー問題について,話題提供3では,山根真理氏に,家族や家庭におけるジェンダー問題について,それぞれ論じていただく。最後に,話題提供を受けて,指定討論者が教育におけるジェンダー問題について総括的に論じる。
話題提供1
ジェンダー/セクシュアリティ平等教育の
困難と課題
鶴田敦子
1.ジェンダー/セクシュアリティ平等教育
人間の性が男・女のみでなく,多様な性の存在が明らかな現在,男女平等教育の本質は“ジェンダー/セクシャリティ平等教育”あるいは“性の平等教育”であるが,現在の諸状況は,それを併用していくことがベターであると思われる。
2.学校教育の目標・課題になってこなかった
男女平等教育
戦後,男女平等教育が学校教育の目標にはなった経験は微かに教育基本法(1947)に見られるものの,男女同一教育課程が実現した時(1989)も,男女共同参画社会基本計画で教育分野も一つの柱になっていても,学習指導要領はこれを学校教育の目標・課題にしてきてはいない。改訂教育基本法(2006)では,第2条に「男女平等」を記載したが,その後の学校教育法の改正(2006)でも「男女平等教育」は目標になってはいない。一方で,基本計画第二次(2005)のジェンダー・バックラッシュ派に配慮した記述では,義務教育の全ての教科の教科書から用語「ジェンダー」が消され,高等学校ではこの用語記載の教科書は半減するなど,初等中等教育における性の平等教育が,停滞・もしくは後退させる契機になった。
3.新自由主義政策下で後手になる性の平等教育
上記の困難はあるものの,平等教育の実践が行われている学校では子ども・保護者も好意的に受けとめている。それは,この教育が,人権尊重という民主主義の価値を,自分のことを通して理解できるからである。教師達はそれに励まされながら知恵を出し合い,実践を創り出そうとしている。
話題提供2
保育現場のジェンダー問題
池田政子
「男女共同参画社会基本法」制定の年(1999年),「保育所保育指針」に「子どもの性差や個人差にも留意しつつ,性別による固定的な役割分業意識を植え付けないように配慮する」と初めて明記された。2010年の国の「第3次男女共同参画基本計画」においても,「子どもの頃から男女共同参画の理解を促進し,将来を見通した自己形成ができるよう取り組みを進める」とされた。しかし保育・幼児教育の現場では,まだまだジェンダー・バイアスを含むメッセージが,保育環境,保育者,そして仲間からも,子どもたちに発信されている。保育者養成校でジェンダー関連科目を担当してきた立場から,学生および保育者となった卒業生の眼を通した現状と課題を報告し,議論につなげたい。
1.保育現場のジェンダー・バイアス
学生が実習先で観察したジェンダーに関するエピソードには,保育行為や保育環境におけるジェンダー・バイアスが多く認められる。保育手段としての性別の使用(整列・順番,「女の子の方が上手,男の子はどうしたの?」),タオルかけ等の男女別配置,トイレのスリッパや製作教材の色,性別ステレオタイプによる言葉かけ・ほめ言葉(男の子なんだから泣かない,かわいい/かっこいい)などであり,幼児のジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティ形成に大きな影響を及ぼすと思われる。また3歳児ですでにバイアスのある言動が観察され,子どもたち自身を縛り,仲間への圧力となっている状況が認められる。
2.ジェンダー学習をした保育者から見た現場*
ジェンダー視点を持って保育者となった者は,現場で「子どもを動かす」手段として性別が用いられ,子どもたちもジェンダー・バイアスを内在化している現実に直面する中で,バイアスの存在が幼児に負の影響をもたらす場面にも遭遇し,あらためてジェンダー平等保育の重要性を認識する。大学での学習を現場で実践する困難さを経験しつつ,自分が一人でできる範囲での実践を試みている。実践の障害となっていることとしては,⑴保育者集団のあり方(ジェンダーを知らない,キャリアの浅い保育者が意見を言いにくい),⑵子ども自身の意識と仲間からの圧力,⑶家庭・メディアの影響が挙げられ,保育者間での基礎知識の共有,自ら提案できる力量,子どもへのアンチ・ジェンダー・バイアスの援助,選ぶ力をつけること,保育者がモデルとなることなどが必要と認識されていた。「性同一性障害」への対応や男性保育者が少ないことも現場の課題として指摘された。ジェンダー平等保育の実践に向けて,養成機関での学習内容の検討と現場との連携が求められる。
*日本教師教育学会課題研究「教師教育におけるジェンダー視点の必要性」の一部,インタビュー調査(2011年)による。
話題提供3
家族・家庭におけるジェンダー問題
山根真理
「戦後」から70年,日本におけるフェミニズム第二の波の嚆矢であるウーマン・リブ誕生から45年の時間が経過した。戦後の民法改正に代表される制度的変更は,「家制度」の廃止と家族の民主化を目指したが,その不徹底による課題も残した。ウーマン・リブ以降のフェミニズム第二の波のなかで,性役割,婚姻制度,パートナー関係の多様性など,家族・家庭の課題は「家」的関係にとどまらず,「民主的」とみなされた「近代家族」におけるジェンダー課題であることが示されてきた。本報告では,「戦後」と第二波フェミニズム誕生以降の時間を振り返りながら,現時点での家族・家庭におけるジェンダー問題の様相を描き出すことを目的にする。
1.家族・家庭に関する法制度の課題
戦後の家族・家庭に関連する法制度変更の流れを振り返り,日本の家族・家庭に関する法制度の課題を,「家」および「近代家族」におけるジェンダー課題という観点をもって抽出する。「家」にかかわるジェンダー課題としては,戸籍制度や民法における祭祀承継規定にみるように,「家」的関係の維持に繋がるような法制度が維持されてきたことと,そのことが人々の行動と意識に与える影響について論じる。「近代家族」と「家」の双方にまたがる課題として,夫婦別姓選択制,非嫡出子差別撤廃などの「ライフスタイル中立性」にかかわる法制度が,21世紀初頭まで未決の課題として残されてきた経緯と,そのことが日本における家族意識に与えた影響について考察する。「近代家族」のジェンダー課題の中核である性別役割分業に関して,労働とケアのジェンダー平等化を目指す法制度と,年金・税制における「主婦優遇」など性別役割分業維持・強化の方向性をもつ法制度の展開をあとづけ,それらが性別役割分業の現実に与えた影響について考察する。
2.家族・家庭におけるジェンダー問題の様相
1をふまえながら,現代日本における家族・家庭におけるジェンダー問題を,生活の現実に即して考える。ここでも「家」「近代家族」の二つの観点をもって,戦後の日本社会において論点となってきたジェンダー課題が,現代を生きる人々の生活の中でどのような様相をみせているのか,について考える。考察の焦点を,パートナー関係とケア関係の二つに置く。パートナー関係については,独身層の結婚・パートナー形成に関する意識や,LGBTをめぐる近年の動向をもふまえて考える。ケア関係については,妊娠・出産・子育てにかかわる生活実態と意識,高齢者介護に関する生活実態と意識に焦点をあて,現代の家族・家庭に関するジェンダー問題の様相について考える。
ジェンダー問題が提起されてからはや半世紀になろうとしている。この間に,わが国でも,さまざまなジェンダーにかかわる問題が顕在化されてきた。そして,その解消のための実践や研究も重ねられ,男女平等は進んだかのように見える。例えば,「男女の雇用機会均等法」「男女共同参画社会基本法」「セクハラ防止法」「育児休業法」「介護休業法」等々,男女平等を推進する諸条例も制定された。あるいはまた,女と男の諸特性や役割の境界もかつてに比べれば顕著ではなくなった。草食系男子,イクメンなどはその例だろう。
しかし,現実の社会や教育現場を直視すると,男女平等は表層的なものでしかなく,法律の多くも理念法でしかなく,ジェンダー規範を揺るがすほどにはなっていないと言わざるを得ない。ジェンダーに関連したさまざまな要因が連動,連鎖,錯綜したかたちで,性差別の重層(多層)化,多現象化を生んでいる。そのために,ジェンダー問題が複雑な様相を呈し,見えにくくもなっている。したがって,ジェンダー問題を検討し続ける必要がある。
このシンポジウムでは,家庭や保育の現場,教育の現場において見逃しやすいジェンダー問題を再見し,ジェンダー問題を考えたい。話題提供1では,鶴田敦子氏に,学校教育でのジェンダー問題について,話題提供2では,池田政子氏に,子どもの保育における幼稚園や保育の現場でのジェンダー問題について,話題提供3では,山根真理氏に,家族や家庭におけるジェンダー問題について,それぞれ論じていただく。最後に,話題提供を受けて,指定討論者が教育におけるジェンダー問題について総括的に論じる。
話題提供1
ジェンダー/セクシュアリティ平等教育の
困難と課題
鶴田敦子
1.ジェンダー/セクシュアリティ平等教育
人間の性が男・女のみでなく,多様な性の存在が明らかな現在,男女平等教育の本質は“ジェンダー/セクシャリティ平等教育”あるいは“性の平等教育”であるが,現在の諸状況は,それを併用していくことがベターであると思われる。
2.学校教育の目標・課題になってこなかった
男女平等教育
戦後,男女平等教育が学校教育の目標にはなった経験は微かに教育基本法(1947)に見られるものの,男女同一教育課程が実現した時(1989)も,男女共同参画社会基本計画で教育分野も一つの柱になっていても,学習指導要領はこれを学校教育の目標・課題にしてきてはいない。改訂教育基本法(2006)では,第2条に「男女平等」を記載したが,その後の学校教育法の改正(2006)でも「男女平等教育」は目標になってはいない。一方で,基本計画第二次(2005)のジェンダー・バックラッシュ派に配慮した記述では,義務教育の全ての教科の教科書から用語「ジェンダー」が消され,高等学校ではこの用語記載の教科書は半減するなど,初等中等教育における性の平等教育が,停滞・もしくは後退させる契機になった。
3.新自由主義政策下で後手になる性の平等教育
上記の困難はあるものの,平等教育の実践が行われている学校では子ども・保護者も好意的に受けとめている。それは,この教育が,人権尊重という民主主義の価値を,自分のことを通して理解できるからである。教師達はそれに励まされながら知恵を出し合い,実践を創り出そうとしている。
話題提供2
保育現場のジェンダー問題
池田政子
「男女共同参画社会基本法」制定の年(1999年),「保育所保育指針」に「子どもの性差や個人差にも留意しつつ,性別による固定的な役割分業意識を植え付けないように配慮する」と初めて明記された。2010年の国の「第3次男女共同参画基本計画」においても,「子どもの頃から男女共同参画の理解を促進し,将来を見通した自己形成ができるよう取り組みを進める」とされた。しかし保育・幼児教育の現場では,まだまだジェンダー・バイアスを含むメッセージが,保育環境,保育者,そして仲間からも,子どもたちに発信されている。保育者養成校でジェンダー関連科目を担当してきた立場から,学生および保育者となった卒業生の眼を通した現状と課題を報告し,議論につなげたい。
1.保育現場のジェンダー・バイアス
学生が実習先で観察したジェンダーに関するエピソードには,保育行為や保育環境におけるジェンダー・バイアスが多く認められる。保育手段としての性別の使用(整列・順番,「女の子の方が上手,男の子はどうしたの?」),タオルかけ等の男女別配置,トイレのスリッパや製作教材の色,性別ステレオタイプによる言葉かけ・ほめ言葉(男の子なんだから泣かない,かわいい/かっこいい)などであり,幼児のジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティ形成に大きな影響を及ぼすと思われる。また3歳児ですでにバイアスのある言動が観察され,子どもたち自身を縛り,仲間への圧力となっている状況が認められる。
2.ジェンダー学習をした保育者から見た現場*
ジェンダー視点を持って保育者となった者は,現場で「子どもを動かす」手段として性別が用いられ,子どもたちもジェンダー・バイアスを内在化している現実に直面する中で,バイアスの存在が幼児に負の影響をもたらす場面にも遭遇し,あらためてジェンダー平等保育の重要性を認識する。大学での学習を現場で実践する困難さを経験しつつ,自分が一人でできる範囲での実践を試みている。実践の障害となっていることとしては,⑴保育者集団のあり方(ジェンダーを知らない,キャリアの浅い保育者が意見を言いにくい),⑵子ども自身の意識と仲間からの圧力,⑶家庭・メディアの影響が挙げられ,保育者間での基礎知識の共有,自ら提案できる力量,子どもへのアンチ・ジェンダー・バイアスの援助,選ぶ力をつけること,保育者がモデルとなることなどが必要と認識されていた。「性同一性障害」への対応や男性保育者が少ないことも現場の課題として指摘された。ジェンダー平等保育の実践に向けて,養成機関での学習内容の検討と現場との連携が求められる。
*日本教師教育学会課題研究「教師教育におけるジェンダー視点の必要性」の一部,インタビュー調査(2011年)による。
話題提供3
家族・家庭におけるジェンダー問題
山根真理
「戦後」から70年,日本におけるフェミニズム第二の波の嚆矢であるウーマン・リブ誕生から45年の時間が経過した。戦後の民法改正に代表される制度的変更は,「家制度」の廃止と家族の民主化を目指したが,その不徹底による課題も残した。ウーマン・リブ以降のフェミニズム第二の波のなかで,性役割,婚姻制度,パートナー関係の多様性など,家族・家庭の課題は「家」的関係にとどまらず,「民主的」とみなされた「近代家族」におけるジェンダー課題であることが示されてきた。本報告では,「戦後」と第二波フェミニズム誕生以降の時間を振り返りながら,現時点での家族・家庭におけるジェンダー問題の様相を描き出すことを目的にする。
1.家族・家庭に関する法制度の課題
戦後の家族・家庭に関連する法制度変更の流れを振り返り,日本の家族・家庭に関する法制度の課題を,「家」および「近代家族」におけるジェンダー課題という観点をもって抽出する。「家」にかかわるジェンダー課題としては,戸籍制度や民法における祭祀承継規定にみるように,「家」的関係の維持に繋がるような法制度が維持されてきたことと,そのことが人々の行動と意識に与える影響について論じる。「近代家族」と「家」の双方にまたがる課題として,夫婦別姓選択制,非嫡出子差別撤廃などの「ライフスタイル中立性」にかかわる法制度が,21世紀初頭まで未決の課題として残されてきた経緯と,そのことが日本における家族意識に与えた影響について考察する。「近代家族」のジェンダー課題の中核である性別役割分業に関して,労働とケアのジェンダー平等化を目指す法制度と,年金・税制における「主婦優遇」など性別役割分業維持・強化の方向性をもつ法制度の展開をあとづけ,それらが性別役割分業の現実に与えた影響について考察する。
2.家族・家庭におけるジェンダー問題の様相
1をふまえながら,現代日本における家族・家庭におけるジェンダー問題を,生活の現実に即して考える。ここでも「家」「近代家族」の二つの観点をもって,戦後の日本社会において論点となってきたジェンダー課題が,現代を生きる人々の生活の中でどのような様相をみせているのか,について考える。考察の焦点を,パートナー関係とケア関係の二つに置く。パートナー関係については,独身層の結婚・パートナー形成に関する意識や,LGBTをめぐる近年の動向をもふまえて考える。ケア関係については,妊娠・出産・子育てにかかわる生活実態と意識,高齢者介護に関する生活実態と意識に焦点をあて,現代の家族・家庭に関するジェンダー問題の様相について考える。