9:30 AM - 12:00 PM
[k-sym03] 発達障害者の就労に向けた学習と支援
多面的なアセスメントに基づいて
Keywords:発達障害者, 就労, アセスメント
発達障害についての理解の広まり,発達障害者支援法の成立などを背景として,発達障害者の自立及び社会参加の促進を目的とした企業就労に向けた意識が高まり,様々な取り組みも行われている。しかし,現状では,発達障害が他の障害と異なり,見た目で分かりにくいこと,発達障害の個々の特性に合わせた効果的な支援のあり方が分かっていないこと,支援体制の整備が十分でないこと,障害に関する知識や就業に当たっての配慮事項等に関するノウハウが一般の事業主には行き渡っていないこと等の理由から,就業面や生活面での困難や悩みを抱える発達障害者が多く,発達障害支援センター等へ支援を求めるケースが多数報告されている。このような現状を受け,本シンポジウムでは,発達障害者の就労を目的にした学習や支援のあり方について議論する。
1.発達障害者の就労の現状と課題
(池谷 彩)
東京都発達障害者支援センター(以下,トスカ)は発達障害者支援法に位置付けられた専門機関であり,発達障害のある本人やその家族への相談支援,医療・教育・福祉・労働・行政機関等の他機関との連絡・連携,コンサルテーション,普及啓発・研修を主な業務としている。トスカに持ち込まれる相談は,平成26年度相談実数2735人(延べ3652人)中,療育手帳の所持者は1割に満たず,その多くが知的障害を伴わない。また,20~30歳代の相談が半数に上り,相談時に未受診・未診断かつ高い学歴や諸種の資格を取得している人も少なくない。青年・成人期の相談時現況を見ると,就労している人(非正規雇用も含む)は40%と最も多く,その大半は一般で就労する人である。その場合,本人,家族に限らず,雇用主や同僚からの相談も多い。また,家庭以外に行き場がない人も24%に上り,これらの相談事例のうち,学校卒業後,就労を希望しながらも実際の就労に至らず,行き場もなく,家庭へのひきこもりが長期化する中で,家庭内暴力や触法行為に至る等,社会から孤立しがちな成人期の高機能自閉症スペクトラムの人の実態に触れることとなった。トスカではこのような相談から発した試行事業も行なってきたが,その中で,就労に至る以前に,生活の中で安定した人間関係を築くことが難しかった本人が安心してその場に居られる「人との関係」の構築が必要不可欠であることを再認識した。本報告では,本人と本人を取り巻く人たちを含めた生活そのものを広く捉えるアセスメントの観点の重要性,その上で,本人の中に「働く」という枠組みを創出していくことの課題について考えたい。
2.ワーキングメモリの観点から発達障害の生徒への学習・就労支援:ある高等支援学校での取り組み
(湯澤美紀)
ワーキングメモリは,種々の学習活動を支える。ワーキングメモリ理論は,就労を目指した高等支援学校においても,教育改善にむけた重要な視点となりえる。本話題提供では,職業教育に重点を置いた教育課程を編成し,就労支援機関や産業現場等と連携を図りながら,就労による社会自立を目指すある特別支援学校での取組を紹介したい。
当該学校においては,ワーキングメモリ理論を踏まえた2つの取組を継続して行っている。一つは,ワーキングメモリ理論にもとづいたユニバーサルデザインを活用した教師による授業改善であり,もう一つは,生徒自身による自己理解の促進である。ここでは,後者の取組を報告する。
自己理解に着目した取組は,1年次より行っている。全生徒に対して,ワーキングメモリアセスメントを実施し,個々のワーキングメモリのプロフィールは,「学びのサポートブック」に記載した。生徒は自己の認知的特性に着目したのち,学習上の得意・不得意を過去の体験と関連づけ整理した。2年次,実習体験にもとづいた自己理解を目指し,実習を振り返る機会として,クラス担任とのキャリアカウンセリングを実施した。具体的には,カウンセリング冒頭,実習先での評価と自己評価とのズレをレーダーチャートで確認しながら,そのズレが生起した要因を,具体的な体験を自らがエピソードで「語る」ことを通して探った。そこでのエピソードをもとに,実習を通した自己の成長を意味づけ,また,現在の自分に必要な支援方略などを整理し,「チャレンジシート」にまとめた。
話題提供では,3年次の取組として,「学習サポートブック」「チャレンジシート」を「就労サポートブック」へと統合していく展開を紹介する。
3.発達障害を抱える大学生の学修・就労支援のプログラム
(村山光子)
発達障害のある大学生の修学支援は,平成28年4月施行の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(いわゆる「障害者差別解消法」)を背景に,各大学の取り組みが推進されている。しかし,就労支援の取り組みは遅々として進まない状況であり,卒業単位を取得しても就職活動で躓き,進路が決定しないまま大学を卒業するケースも少なくない。
明星大学では,2008年より発達障害のある大学生への支援として「STARTプログラム」を展開し,学生へのSSTを中心とした組織的な取り組みを開始した。STARTプログラムは「Survival Skills Training for Adaptation Relationship Transition」として,①大学適応 ②関係性の構築 ③社会への移行の3領域を扱い,大学適応から最終的には自立を目指した支援プログラムとなっている。これまで,学生の支援ニーズや個別の特性に合わせたクラス編成でプログラムを運営していたが,2015年より就労支援を軸としたプログラムへと全面的に改編した。これは,卒業までの間に働くことへの準備としてインターンシップ等の体験を重ね「働くイメージ」を喚起し,「自己理解」「障害受容」といった就労にあたって避けることの出来ない課題に早期から向き合うことを目的としている。
こうした支援を行うにあたって,個々の能力アセスメントは,大学における修学状況をはじめ,課外活動やこれまでの相談状況等,基盤となるアセスメントとともに,STARTプログラムにおけるSSTの評価,インターンシップ先からのフィードバック等多面的アセスメントに基づいて行われている。
以上のような事例に基づく話題提供を行い,発達障害を抱える大学生の就労支援に係る課題整理と今後の展望について報告を行う。
4.多面的アセスメントと小集団認知行動療法を用いた自閉症スペクトラム障害成人への就労支援の試み
(黒田美保)
現在,うつや不安障害といった精神疾患で一般精神科を受診する青年・成人の中には,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下ASD)でありながらも,未診断のまま成長した人が少なくない。一方,ASDでは,他者の感情認知に障害があることが知られているが,近年自己の感情認知にも障害があることが明らかになってきた。この特性は,こうした成人期に診断を受ける高機能の比較的ASD特性の目立たない人たちにおいても共通であり,高度な社会的場面に対応できず,前述のような精神疾患を呈することも多い。また,障害を含めた自己理解の難しさの一因ともなっている。
そこで,心理教育をとおして障害の理解や自己認知を深め,同時に感情制御プログラムをとおして自己の感情への気づきを高め,適切に表現・対処するスキルを獲得できることを目的とした認知行動療法プログラムを作成し,効果検証研究を行った。このプログラムは,独自に開発した心理教育(ASDの長所や短所,短所への対応策,向いている仕事など)とAttwood, T.(2006)の感情制御プログラムに修正を加えたものから作成した。また,プログラム実施前には,感情認知や相互的対人コミュニケーションの特徴について詳細なアセスメントを行った。この研究には,全体で60名のASD成人(男性41名:女性19名, 平均年齢31.2±8.2歳,平均FIQ 107.9)が参加した。
発表当日は,ASDの感情認知や相互的対人コミュニケーションの特徴についてのアセスメントと小集団認知行動療法の内容について紹介すると同時に,研究ベースではあるが,介入を通して自己理解がすすむことで適切な就労へ向けて活動することができた具体的なケースの提示と,今後に向けての課題も合わせて検討する。
1.発達障害者の就労の現状と課題
(池谷 彩)
東京都発達障害者支援センター(以下,トスカ)は発達障害者支援法に位置付けられた専門機関であり,発達障害のある本人やその家族への相談支援,医療・教育・福祉・労働・行政機関等の他機関との連絡・連携,コンサルテーション,普及啓発・研修を主な業務としている。トスカに持ち込まれる相談は,平成26年度相談実数2735人(延べ3652人)中,療育手帳の所持者は1割に満たず,その多くが知的障害を伴わない。また,20~30歳代の相談が半数に上り,相談時に未受診・未診断かつ高い学歴や諸種の資格を取得している人も少なくない。青年・成人期の相談時現況を見ると,就労している人(非正規雇用も含む)は40%と最も多く,その大半は一般で就労する人である。その場合,本人,家族に限らず,雇用主や同僚からの相談も多い。また,家庭以外に行き場がない人も24%に上り,これらの相談事例のうち,学校卒業後,就労を希望しながらも実際の就労に至らず,行き場もなく,家庭へのひきこもりが長期化する中で,家庭内暴力や触法行為に至る等,社会から孤立しがちな成人期の高機能自閉症スペクトラムの人の実態に触れることとなった。トスカではこのような相談から発した試行事業も行なってきたが,その中で,就労に至る以前に,生活の中で安定した人間関係を築くことが難しかった本人が安心してその場に居られる「人との関係」の構築が必要不可欠であることを再認識した。本報告では,本人と本人を取り巻く人たちを含めた生活そのものを広く捉えるアセスメントの観点の重要性,その上で,本人の中に「働く」という枠組みを創出していくことの課題について考えたい。
2.ワーキングメモリの観点から発達障害の生徒への学習・就労支援:ある高等支援学校での取り組み
(湯澤美紀)
ワーキングメモリは,種々の学習活動を支える。ワーキングメモリ理論は,就労を目指した高等支援学校においても,教育改善にむけた重要な視点となりえる。本話題提供では,職業教育に重点を置いた教育課程を編成し,就労支援機関や産業現場等と連携を図りながら,就労による社会自立を目指すある特別支援学校での取組を紹介したい。
当該学校においては,ワーキングメモリ理論を踏まえた2つの取組を継続して行っている。一つは,ワーキングメモリ理論にもとづいたユニバーサルデザインを活用した教師による授業改善であり,もう一つは,生徒自身による自己理解の促進である。ここでは,後者の取組を報告する。
自己理解に着目した取組は,1年次より行っている。全生徒に対して,ワーキングメモリアセスメントを実施し,個々のワーキングメモリのプロフィールは,「学びのサポートブック」に記載した。生徒は自己の認知的特性に着目したのち,学習上の得意・不得意を過去の体験と関連づけ整理した。2年次,実習体験にもとづいた自己理解を目指し,実習を振り返る機会として,クラス担任とのキャリアカウンセリングを実施した。具体的には,カウンセリング冒頭,実習先での評価と自己評価とのズレをレーダーチャートで確認しながら,そのズレが生起した要因を,具体的な体験を自らがエピソードで「語る」ことを通して探った。そこでのエピソードをもとに,実習を通した自己の成長を意味づけ,また,現在の自分に必要な支援方略などを整理し,「チャレンジシート」にまとめた。
話題提供では,3年次の取組として,「学習サポートブック」「チャレンジシート」を「就労サポートブック」へと統合していく展開を紹介する。
3.発達障害を抱える大学生の学修・就労支援のプログラム
(村山光子)
発達障害のある大学生の修学支援は,平成28年4月施行の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(いわゆる「障害者差別解消法」)を背景に,各大学の取り組みが推進されている。しかし,就労支援の取り組みは遅々として進まない状況であり,卒業単位を取得しても就職活動で躓き,進路が決定しないまま大学を卒業するケースも少なくない。
明星大学では,2008年より発達障害のある大学生への支援として「STARTプログラム」を展開し,学生へのSSTを中心とした組織的な取り組みを開始した。STARTプログラムは「Survival Skills Training for Adaptation Relationship Transition」として,①大学適応 ②関係性の構築 ③社会への移行の3領域を扱い,大学適応から最終的には自立を目指した支援プログラムとなっている。これまで,学生の支援ニーズや個別の特性に合わせたクラス編成でプログラムを運営していたが,2015年より就労支援を軸としたプログラムへと全面的に改編した。これは,卒業までの間に働くことへの準備としてインターンシップ等の体験を重ね「働くイメージ」を喚起し,「自己理解」「障害受容」といった就労にあたって避けることの出来ない課題に早期から向き合うことを目的としている。
こうした支援を行うにあたって,個々の能力アセスメントは,大学における修学状況をはじめ,課外活動やこれまでの相談状況等,基盤となるアセスメントとともに,STARTプログラムにおけるSSTの評価,インターンシップ先からのフィードバック等多面的アセスメントに基づいて行われている。
以上のような事例に基づく話題提供を行い,発達障害を抱える大学生の就労支援に係る課題整理と今後の展望について報告を行う。
4.多面的アセスメントと小集団認知行動療法を用いた自閉症スペクトラム障害成人への就労支援の試み
(黒田美保)
現在,うつや不安障害といった精神疾患で一般精神科を受診する青年・成人の中には,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下ASD)でありながらも,未診断のまま成長した人が少なくない。一方,ASDでは,他者の感情認知に障害があることが知られているが,近年自己の感情認知にも障害があることが明らかになってきた。この特性は,こうした成人期に診断を受ける高機能の比較的ASD特性の目立たない人たちにおいても共通であり,高度な社会的場面に対応できず,前述のような精神疾患を呈することも多い。また,障害を含めた自己理解の難しさの一因ともなっている。
そこで,心理教育をとおして障害の理解や自己認知を深め,同時に感情制御プログラムをとおして自己の感情への気づきを高め,適切に表現・対処するスキルを獲得できることを目的とした認知行動療法プログラムを作成し,効果検証研究を行った。このプログラムは,独自に開発した心理教育(ASDの長所や短所,短所への対応策,向いている仕事など)とAttwood, T.(2006)の感情制御プログラムに修正を加えたものから作成した。また,プログラム実施前には,感情認知や相互的対人コミュニケーションの特徴について詳細なアセスメントを行った。この研究には,全体で60名のASD成人(男性41名:女性19名, 平均年齢31.2±8.2歳,平均FIQ 107.9)が参加した。
発表当日は,ASDの感情認知や相互的対人コミュニケーションの特徴についてのアセスメントと小集団認知行動療法の内容について紹介すると同時に,研究ベースではあるが,介入を通して自己理解がすすむことで適切な就労へ向けて活動することができた具体的なケースの提示と,今後に向けての課題も合わせて検討する。