The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

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研究委員会シンポジウム

障害のあるテスト受験者への合理的配慮とエビデンス

Fri. Aug 28, 2015 1:30 PM - 4:00 PM メインホールB (2階)

企画・司会:高橋知音(信州大学), 話題提供:佐藤克敏(京都教育大学), 立脇洋介#(独立行政法人大学入試センター), 近藤武夫#(東京大学), 指定討論:南風原朝和(東京大学)

1:30 PM - 4:00 PM

[k-sym04] 障害のあるテスト受験者への合理的配慮とエビデンス

高橋知音1, 佐藤克敏2, 立脇洋介#3, 近藤武夫#4, 南風原朝和5 (1.信州大学, 2.京都教育大学, 3.独立行政法人大学入試センター, 4.東京大学, 5.東京大学)

Keywords:障害, 合理的配慮, 妥当性

障害者差別解消法が公布され,2016年の施行に向け,教育分野では障害のある児童生徒,学生への合理的配慮が義務づけられるようになる。しかし,合理的配慮の妥当性の判断のよりどころとなるエビデンスについて蓄積がない。とりわけ,公平性が重視される試験においては,制度として利用可能な合理的配慮の選択肢に関する妥当性,個別の受験者における合理的配慮の妥当性判断において,エビデンスに基づいた判断が必要であり,その際,教育心理学研究者は重要な役割を担っている(高橋,印刷中)。
そこで,本シンポジウムでは,先進的にこの領域での実践,研究を進めている研究者に話題提供をしていただき,試験における配慮の妥当性や研究の方向性について議論する。議論においては,障害に関する視点に加え,権利保障に関する法律や制度に関する視点,そして心理測定学的視点も必要であろう。
具体的には,以下のようなテーマについて議論を行う。
→ 発達障害のある受験者において,公平な受験環境を保障するための変更調整のあり方とは。
→ 試験の妥当性を損なわずに,試験の形式的部分の変更を行う上でどのような配慮が必要か。
→ 試験形式の変更が説得力のあるものとなるために,どのような研究が必要か。
→ 個別事例において,合理的配慮の妥当性を判断するために,どのような根拠資料が必要か。

引用文献
高橋知音(印刷中).発達障害のある大学生への「合理的配慮」とは何か―エビデンスに基づいた配慮を実現するために― 教育心理学年報,54.

テスト・アコモデーションにおける読み上げソフトの活用
佐藤克敏(京都教育大学)
我が国においても,障害者差別解消法の公布により公的機関における合理的配慮が義務付けられることとなった。障害者差別解消法においては,「行政機関等は,その事務又は事業を行うに当たり,障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において,その実施に伴う負担が過重でないときは,障害者の権利利益を侵害することとならないよう,当該障害者の性別,年齢及び障害の状態に応じて,社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と義務付けており,教育機関においても,個別事例に基づいて合理的配慮を提供することが必要となる。
法律の交付に先駆けて,大学入試や高校入試においても,このような合理的配慮の例がみられている。大学入試センターが実施しているセンター入試では,「試験時間の延長」「チェック回答」「拡大文字問題冊子の配布」などの受験上の配慮が,志願者が希望する受験上の配慮が必要な理由および心理・認知検査や行動評定,高等学校等で行った配慮の有無などの根拠資料に基づき,審査が行われ,配慮の可否について判断される。また,日本において,例としては多くないが,書字に障害があると認定されて,「パソコンによる回答」が認められた例もある。
上述したような合理的配慮は例であり,現在提供されている受験上の配慮が合理的配慮の全てというわけではない(以下受験や試験に対する合理的配慮をテスト・アコモデーションとする)。読字障害の配慮としては,試験時間の延長や拡大文字問題冊子の配布は一例となるが,その他に口述実施によるテスト・アコモデーションなども適用される場合がある。本報告では,テスト・アコモデーションとしてタブレットを利用した読み上げソフトの活用可能性について,中学生を対象とした研究結果をもとに,主としてテストとしての公平性及び読字障害として一括りにすることの課題を取り上げて話題提供する。

センター試験における配慮の効果
立脇洋介(独立行政法人大学入試センター)
本発表では,障害のある受験者への配慮の中でも,公平性の問題が生じやすい時間延長を中心に,効果や課題について報告する。
欧米の大学入試において障害のある受験者は,音声による問題の読み上げや特別な休憩など,様々な配慮を受けることができる。しかし,このように進んでいる欧米でも,試験時間の延長の公平性については議論が多い。時間延長が適切であるという立場からは,「障害のない人は標準的な条件で十分に実力を発揮できているため,時間延長の効果がない」「時間延長は,障害のない人にも効果があるが,障害のある人で効果がより大きい」などの仮説が出されてきた。しかし,効果を検討した研究では,教科や難易度などのテストの質,学力などの影響により,仮説とは逆の効果も見られるなど,一貫した結果が得られていない。
日本では,大学入試センター試験の前身である共通一次学力試験から障害のある受験者のための配慮が行われてきた。ただし,元々は当時の盲・聾・養護学校に在籍する受験者が対象であり,効果という視点ではなく,高等学校で受けている教育という視点から配慮内容が決定された。そのため,日本において配慮のエビデンスに関する研究は非常に少ない。センター試験を素材に時間延長の効果を検討した研究では,①視覚障害や読み書き障害のある人は2倍程度時間がかかること,②障害のない人では,基本的に時間延長の効果が見られないが,一部の教科で効果が見られることが明らかにされている。ただし,センター試験は「選択式」「大問形式」であり,特に読みの負担が大きい試験である。そのため,論述形式など他の形式の試験では,時間延長の効果も,必要な配慮も異なると考えられる。
中央教育審議会が2014年に行った答申では,センター試験が廃止され,2つの新テストを導入することが決定されている。答申では,「合教科・科目型」「記述式」「CBT方式」「得点表示から段階表示」「書く・話す能力も含めた英語試験」「複数回実施」などの方針が示されている。公平性の概念の変更や新しい技術の導入などによって配慮が受けやすくなる方針が見られる一方,新たな配慮を必要としたり,配慮自体を難しくしたりする方針も含まれており,早急な検討が求められる。

高等教育機関での配慮におけるエビデンスに基づく適格性判断
近藤武夫(東京大学)
筆者は東京大学先端科学技術研究センターが主催する「DO-IT Japan(http://doit-japan.org/)」を通じ,障害のある高校生の大学入試でのニーズ説明を,個々人の障害の状況に関するエビデンスを示すことで後方支援してきた。発表では事例を報告し,配慮の合理性について議論する。
肢体不自由と時間延長:肢体不自由,特に上肢麻痺のある受験生では,受験に代筆が不可欠である。その際,特に理数系の科目では,一般の受験生と比較し,代筆には長い時間がかかる。肢体不自由へのセンター試験の配慮の通例では,数学で1.5倍,その他の科目で1.3倍の時間延長が行われてきた。これまで,時間延長措置の根拠として,代筆にかかる時間を計測し,健常対照群の手書きと比較した結果を,配慮申請に証拠として添付してきた。
K君(頸髄損傷による四肢完全麻痺)は,解答時の録画解析から,健常対照群3名と比較し3.2倍の筆記時間がかかることを示し,2倍の時間延長を求めたが認められなかった。T君(頸髄損傷による両上肢障害と慢性疼痛)は,数学以外の理系科目(物理および化学)においても数学と同様1.5倍の時間延長を求めた。録画解析から,健常対照群2名と比較し,物理で1.97倍,化学で2.55倍の筆記時間がかかることを示し,1.5倍の時間延長が認められた。上記2例はセンター試験でのことであった。
発達性書字障害とキーボード利用:その他にも,発達性書字障害のある受験生2名が,手書き動作にかかる高い認知的負荷を避けるため,キーボード入力の許可を要望した(異なる国立大学2校の入試において,1例は小論文,1例は国語と英語の筆記試験に対して)。後者の事例では,書字障害に関する医学的診断に加えて,複数のアセスメントバッテリー(WISC-IV,URAWSS,STRAW,RCFT,K-ABC2)の結果を示し,当該の受験生に高い読み能力と極端に低い手書き能力という乖離が存在することを示唆した。結果,小論文の事例ではキーボード利用が許可されたが,筆記試験の事例では許可されず1.3倍の時間延長に代替された。
合理的配慮と障害種別に関わらない「書くことの機能制限」:肢体不自由のある2事例では,代筆動作にかかった時間を録画解析し,延長倍率を試算した。しかし実際には,試験中に姿勢保持や体位交換などの介助のニーズも存在するため,個別ケースごとに柔軟に時間延長を考慮することが望ましい。加えて合理的配慮という観点からは,伝統的な1.5倍の時間延長措置を超える延長が,実施校側の過剰な負担と判断されるかについて,今後社会的な共通理解を構築する必要がある。
また,発達性書字障害(中枢性・発達性の障害)の2事例では,肢体不自由と同様に「筆記の困難」に対する配慮を求めた事例である。しかし,麻痺など末梢性の障害から手指が不自由な場合と比較して,合理性判断の構築に向け必要となるエビデンスは異なり,またその対応も日本国内では成熟していない。今後の制度的な合理的配慮の提供に向け,合理性判断のあり方について知見と実践の蓄積が求められている。