10:00 AM - 12:00 PM
[JA02] ポジティブ生徒指導の動向(2)
PBISの理論と実践を中心に
Keywords:生徒指導, PBIS , ポジティブ心理学
昨年,本学会での同名シンポジウム(1)では,生徒指導の実践をめぐって3名の方から話題提供を頂いた。具体的には,①不登校を劇的に減らすことに成功した小中学校での実践(工藤),②いじめの減少に効果のある肯定メッセージ法の実践(市川),そして③PBISの理論と実際について(福井)であった。そして,全校指導体制でいじめ・不登校を改善する方法を議論した。
今回のシンポ(2)では昨年に引き続いて,米国で急速に普及しているPBIS(ポジティブな行動の介入とサポート=ポジティブ生徒指導)を中心に取り上げる。昨年もご登壇頂いた先生方も含めて,合計4名の先生方から理論と実践を紹介して頂く。日本の生徒指導は米国での実践から何を学ぶことができるか,検討したい。
米国においてポジティブ生徒指導が導入されるまで
宇田 光
米国の生徒指導においては,理論上の大きな柱が3本立っている。第一にカウンセリング,特に,C.ロジャースの来談者中心療法(人間中心アプローチ)と,これを土台として1970年代に登場したTET教師学(T.ゴードン, 1985)である。TETは,教師と生徒とのコミュニケーションを改善するプログラムである。欲求対立を解決して,「ウイン,ウイン」の関係構築を目指す。
カウンセリングは有用ではあるが,これを土台に指導すると,「甘い指導だ」「指導の放棄だ」という批判を浴びやすい。またTETでは,教師の指導力は発揮できるが,教師間に指導上の温度差を認めるので,生徒からは「不公平だ」と反発を食らいやすい。
第二に,ゼロトレランス(ZT)とは,「tolerance(寛容)」を0にする,ということで,「毅然とした対応方式」などと翻訳される。ルール違反の程度や回数に応じて,段階的な指導を行う。ZTは生徒や親の多くからは支持されている。しかし,ZTが生徒指導における一貫性を高めたという証拠はない(APAのゼロトレランス・タスクフォース,2008年)。また,オルタナティブ・スクールのない日本では,大阪方式のような工夫が必要である。大阪市では「生活指導センター(個別指導教室)」を2015年に設立して,出席停止となった生徒をそこで指導する体制を整えているのである。
第三に,全米で急速に導入が進むのがPBISである。これは全校的で組織的におこなわれる「ポジティブで予防的」な生徒指導である(Sugai, 2013;池田, 2014)。好ましい行動のモデルを示して積極的に広げ,結果的に問題の発生そのものを減らしていく。
PBISは3つの層から成り立っている。生徒全体を対象とするティアⅠ。これに反応しない一部の生徒を対象として,小グループでティアⅡの指導。そして,さらにこれに反応しない一部の生徒を対象として,個別のティアⅢの指導である。
引用文献
池田 実(2014).「学校全体の行動教育(肯定的な介入と支援)」生徒指導士認定協会応用講座
T.ゴードン, (1985).『TET教師学』小学館
Sugai, (2013). 日本教育心理学会第55回総会講演
PBIS期待行動表(PBIS Behavior Expectation Matrix)について
福井龍太
PBISの第1段階において期待行動について指導する際には,期待行動表(PBIS Expectation Matrix)が用いられる。期待行動表とは,各学校もしくは学校行政区が設定した期待行動を,児童生徒が学校内外で置かれる場所や日課別に分けた上で,具体的な望ましい行動例について記載した表のことである。期待行動表の多くが,生徒ハンドブックやウェブサイトを通じて公開されているが,その項目は学校や学校行政区によって様々である。
PBISを実施するにあたって,この期待行動表は指導の基本となる重要なものであるが,この内容について収集し,詳細に分析した研究は管見のところない。そこで本発表ではウェブ検索を通じ,アメリカの小中高等学校で実際に使用されている期待行動表を入手し,その具体的な期待行動,場所や日課,そして望ましい行動例について分類を行った。その結果,期待行動については,尊敬(respect),責任(responsible),安全(safe)が圧倒的に多く,さらに準備(ready/prepared),配慮(care),誠実(integrity)と続いた。場所や日課については,教室や廊下,トイレやスクールバスの設定が多かった。また,望ましい行動例については,話をせずに静かに待つこと,そして教師の指示に従うことが記されている場合が多いと判明した。
主要参考文献
Sailor, Dunlap, Sugai, Horner (2009). Handbook of Positive Behavior Support, Springer. Stormont, Lewis, Beckner, Johnson (2008) Implementing Positive Behavior Support Systems in Early Childhood and Elementary Settings, Corwin. (市川千秋・宇田光(監訳)『ポジティブ生徒指導PBSを用いた学校改革(仮題)』明石書店,翻訳中).
小学校におけるCWPBISの導入と展開
松山康成
石隈(1999)は学校心理学の枠組みから,3段階の心理教育的援助サービスを提唱している。また文部科学省(2010)も,集団指導と個別指導を進める指導原理として,生徒指導事象を第1次から第3次的支援に分けて指導する必要性を示している。
このようにわが国においても多層支援の重要性は指摘されてきているが,教育行政が主導するものやスクールワイドで取り組むものが多く,学校へのスムーズな導入が見られない場合もある。そこで私は,アメリカで取り組まれているPBISの視察を2013年と2014年に2度行い(枝廣・松山, 2015),アメリカの学級で取り組まれているPBISの実際をみた。そこで,アメリカでの取り組みを参考に,わが国の学校で学級担任が取り組むことができるCWPBISのプログラムを試行的に開発し実践を行った。
実際には,1次的な支援として,学級全体への他者を称賛したり感謝を伝えたりするポジティブカードを実施した。そして2次的な支援として,問題行動が見られた児童1名に対して,その場面において求められる適応行動が,どの程度できていたかをチェックするCICOを実施した。
本発表ではその実践の概要と,導入の効果等の検討について発表することとする。
参考文献
池島徳大・松山康成(2014).学級における規範意識向上を目指した取り組みとその検討-米国の“PBISプログラム”を活用した開発的生徒指導実践-奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研究」6,21-29
枝廣和憲・松山康成(2015).学校全体における積極的行動介入および支援(SWPBIS)の動向と実際-イリノイ州District15公立小学校における取り組みを中心に-岡山大学学生支援センター年報 8,27-37
池島徳大・松山康成(2016).学級における3つの多層支援の取り組みとその効果-PBISの導入とその検討-奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研究」8,1-9
不登校を劇的に改善した実践2
工藤 弘
「小中学校での不登校を激減させた方法」
不登校を本気で減らすには,担任の力量だけに任せるのではなく,効果の実証された方法を各学校が取り入れていくことが大切である。工藤・小林(2010)工藤(2014,2015)では同様の方法で小中学校の不登校を激減させてきた。
学校内の体制づくり
学校体制については次の4つの整備が必要である。SC・相談室体制,ルールのある学級学校集団作り,不登校コーディネータ(生徒指導主事),「不登校激減法」のスモールステップの研修である。
学校職員の不登校への温度差の解決「職員行動ルール」
先生によって不登校対応にかなりの温度差があり,不登校を作り出す一因でもある。そこで先生方が共通基盤で行動する「職員行動ルール」が必要である。簡単で誰でもできるルールである。
「自己効力感を利用した教育」
不登校になる可能性を事前に調査したアンケート(「SUTEKIアンケート」)結果より,不登校予防の処遇が実証された。一年間のどの場面でクラスメイトからのどんな賞賛と学級指導が必要かを「SST年間計画」として担任の先生方に紹介している。
「相談室カリキュラム」
相談室もどんな学習をするのか親に提示し続けなければならない。相談室での職員の対応もカリキュラム化された。また,カウンセリングシート「たまpカード」も紹介する。
引用文献
工藤 弘・小林 武(2010).不登校を激減させた方法~尺度の作成と小学校と中学校の連携による中一ギャップの予防(その1).第52回日本教育心理学会論文集,p532
工藤 弘(2014).不登校を激減させた方法~中学校での激減と,小学校での激減の方法の共通性から.第56回日本教育心理学会論文集,p854
工藤 弘(2015).不登校を激減させた方法(4)~自己効力感教育法を利用したカウンセリングとコーディネートの実証 不登校を激減させた方法~.第57回日本教育心理学会論文集,p121
今回のシンポ(2)では昨年に引き続いて,米国で急速に普及しているPBIS(ポジティブな行動の介入とサポート=ポジティブ生徒指導)を中心に取り上げる。昨年もご登壇頂いた先生方も含めて,合計4名の先生方から理論と実践を紹介して頂く。日本の生徒指導は米国での実践から何を学ぶことができるか,検討したい。
米国においてポジティブ生徒指導が導入されるまで
宇田 光
米国の生徒指導においては,理論上の大きな柱が3本立っている。第一にカウンセリング,特に,C.ロジャースの来談者中心療法(人間中心アプローチ)と,これを土台として1970年代に登場したTET教師学(T.ゴードン, 1985)である。TETは,教師と生徒とのコミュニケーションを改善するプログラムである。欲求対立を解決して,「ウイン,ウイン」の関係構築を目指す。
カウンセリングは有用ではあるが,これを土台に指導すると,「甘い指導だ」「指導の放棄だ」という批判を浴びやすい。またTETでは,教師の指導力は発揮できるが,教師間に指導上の温度差を認めるので,生徒からは「不公平だ」と反発を食らいやすい。
第二に,ゼロトレランス(ZT)とは,「tolerance(寛容)」を0にする,ということで,「毅然とした対応方式」などと翻訳される。ルール違反の程度や回数に応じて,段階的な指導を行う。ZTは生徒や親の多くからは支持されている。しかし,ZTが生徒指導における一貫性を高めたという証拠はない(APAのゼロトレランス・タスクフォース,2008年)。また,オルタナティブ・スクールのない日本では,大阪方式のような工夫が必要である。大阪市では「生活指導センター(個別指導教室)」を2015年に設立して,出席停止となった生徒をそこで指導する体制を整えているのである。
第三に,全米で急速に導入が進むのがPBISである。これは全校的で組織的におこなわれる「ポジティブで予防的」な生徒指導である(Sugai, 2013;池田, 2014)。好ましい行動のモデルを示して積極的に広げ,結果的に問題の発生そのものを減らしていく。
PBISは3つの層から成り立っている。生徒全体を対象とするティアⅠ。これに反応しない一部の生徒を対象として,小グループでティアⅡの指導。そして,さらにこれに反応しない一部の生徒を対象として,個別のティアⅢの指導である。
引用文献
池田 実(2014).「学校全体の行動教育(肯定的な介入と支援)」生徒指導士認定協会応用講座
T.ゴードン, (1985).『TET教師学』小学館
Sugai, (2013). 日本教育心理学会第55回総会講演
PBIS期待行動表(PBIS Behavior Expectation Matrix)について
福井龍太
PBISの第1段階において期待行動について指導する際には,期待行動表(PBIS Expectation Matrix)が用いられる。期待行動表とは,各学校もしくは学校行政区が設定した期待行動を,児童生徒が学校内外で置かれる場所や日課別に分けた上で,具体的な望ましい行動例について記載した表のことである。期待行動表の多くが,生徒ハンドブックやウェブサイトを通じて公開されているが,その項目は学校や学校行政区によって様々である。
PBISを実施するにあたって,この期待行動表は指導の基本となる重要なものであるが,この内容について収集し,詳細に分析した研究は管見のところない。そこで本発表ではウェブ検索を通じ,アメリカの小中高等学校で実際に使用されている期待行動表を入手し,その具体的な期待行動,場所や日課,そして望ましい行動例について分類を行った。その結果,期待行動については,尊敬(respect),責任(responsible),安全(safe)が圧倒的に多く,さらに準備(ready/prepared),配慮(care),誠実(integrity)と続いた。場所や日課については,教室や廊下,トイレやスクールバスの設定が多かった。また,望ましい行動例については,話をせずに静かに待つこと,そして教師の指示に従うことが記されている場合が多いと判明した。
主要参考文献
Sailor, Dunlap, Sugai, Horner (2009). Handbook of Positive Behavior Support, Springer. Stormont, Lewis, Beckner, Johnson (2008) Implementing Positive Behavior Support Systems in Early Childhood and Elementary Settings, Corwin. (市川千秋・宇田光(監訳)『ポジティブ生徒指導PBSを用いた学校改革(仮題)』明石書店,翻訳中).
小学校におけるCWPBISの導入と展開
松山康成
石隈(1999)は学校心理学の枠組みから,3段階の心理教育的援助サービスを提唱している。また文部科学省(2010)も,集団指導と個別指導を進める指導原理として,生徒指導事象を第1次から第3次的支援に分けて指導する必要性を示している。
このようにわが国においても多層支援の重要性は指摘されてきているが,教育行政が主導するものやスクールワイドで取り組むものが多く,学校へのスムーズな導入が見られない場合もある。そこで私は,アメリカで取り組まれているPBISの視察を2013年と2014年に2度行い(枝廣・松山, 2015),アメリカの学級で取り組まれているPBISの実際をみた。そこで,アメリカでの取り組みを参考に,わが国の学校で学級担任が取り組むことができるCWPBISのプログラムを試行的に開発し実践を行った。
実際には,1次的な支援として,学級全体への他者を称賛したり感謝を伝えたりするポジティブカードを実施した。そして2次的な支援として,問題行動が見られた児童1名に対して,その場面において求められる適応行動が,どの程度できていたかをチェックするCICOを実施した。
本発表ではその実践の概要と,導入の効果等の検討について発表することとする。
参考文献
池島徳大・松山康成(2014).学級における規範意識向上を目指した取り組みとその検討-米国の“PBISプログラム”を活用した開発的生徒指導実践-奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研究」6,21-29
枝廣和憲・松山康成(2015).学校全体における積極的行動介入および支援(SWPBIS)の動向と実際-イリノイ州District15公立小学校における取り組みを中心に-岡山大学学生支援センター年報 8,27-37
池島徳大・松山康成(2016).学級における3つの多層支援の取り組みとその効果-PBISの導入とその検討-奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研究」8,1-9
不登校を劇的に改善した実践2
工藤 弘
「小中学校での不登校を激減させた方法」
不登校を本気で減らすには,担任の力量だけに任せるのではなく,効果の実証された方法を各学校が取り入れていくことが大切である。工藤・小林(2010)工藤(2014,2015)では同様の方法で小中学校の不登校を激減させてきた。
学校内の体制づくり
学校体制については次の4つの整備が必要である。SC・相談室体制,ルールのある学級学校集団作り,不登校コーディネータ(生徒指導主事),「不登校激減法」のスモールステップの研修である。
学校職員の不登校への温度差の解決「職員行動ルール」
先生によって不登校対応にかなりの温度差があり,不登校を作り出す一因でもある。そこで先生方が共通基盤で行動する「職員行動ルール」が必要である。簡単で誰でもできるルールである。
「自己効力感を利用した教育」
不登校になる可能性を事前に調査したアンケート(「SUTEKIアンケート」)結果より,不登校予防の処遇が実証された。一年間のどの場面でクラスメイトからのどんな賞賛と学級指導が必要かを「SST年間計画」として担任の先生方に紹介している。
「相談室カリキュラム」
相談室もどんな学習をするのか親に提示し続けなければならない。相談室での職員の対応もカリキュラム化された。また,カウンセリングシート「たまpカード」も紹介する。
引用文献
工藤 弘・小林 武(2010).不登校を激減させた方法~尺度の作成と小学校と中学校の連携による中一ギャップの予防(その1).第52回日本教育心理学会論文集,p532
工藤 弘(2014).不登校を激減させた方法~中学校での激減と,小学校での激減の方法の共通性から.第56回日本教育心理学会論文集,p854
工藤 弘(2015).不登校を激減させた方法(4)~自己効力感教育法を利用したカウンセリングとコーディネートの実証 不登校を激減させた方法~.第57回日本教育心理学会論文集,p121