13:00 〜 15:00
[JB05] 文系学生に対する心理統計教育
回帰分析の授業について考える
キーワード:心理統計教育, 回帰分析
企画の趣旨
心理学研究において,複数の変数間の関連を検討する場合,回帰分析(単回帰分析・重回帰分析)は重要な役割を担う。心理学を専攻する学部生の卒業論文においても,回帰分析はよく用いられる統計的方法といえるだろう。本シンポジウムでは,回帰分析に焦点を当てたい。
3名の話題提供者は,心理統計学や社会心理学といったバックグラウンドを持つ。話題提供者は「回帰分析」を教えることをどのように考えているのだろうか。本シンポジウムでは,3名の話題提供者の個別具体的な指導事例について取り上げていく。
具体的な話題提供の内容は,(1) 偏回帰係数の意味の理解を通じて関連手法の理解を深める,(2) 「現象にモデルを当てはめて考えること」を重視する,(3) 回帰分析が「予測」がもとになっていることを強調する,を予定している。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントする。続いて,フロアとの意見交換を通じて,「回帰分析の教授」に関する議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
よくわかる偏回帰係数
―統合的理解の為の実践例―
川端一光
近年の心理学研究では,構造方程式モデリング(SEM), 階層線形モデル (HLM) といった,複雑かつ柔軟な統計モデルによって自身の心理学仮説を表現することが一般的に行われるようになってきている。一方で,心理学科に所属する学部生は,そのような複雑な統計モデルを採用した最先端の研究を,自身の先行研究として参照する必要に迫られている。彼らが学部で学ぶべき心理統計学の知識量は年々増加していると考えるのが自然だろう。
複数の統計手法を統合的に,かつそれぞれを深く理解させる為には,それらの手法に共通する鍵概念を抽出し,これを分かりやすく学生に教示することが重要である。
例えば回帰分析にまつわる鍵概念の1つに,重回帰分析における,「偏回帰係数の意味」を挙げることができる。言うまでもなく,偏回帰係数の意味を正確に把握していることは,より発展的な回帰分析手法を使いこなすための必要条件である。また,偏回帰係数の意味を正しく理解することで,多要因の分散分析,観測変数間・潜在変数間のパス解析等のような関連手法についても深い理解が得られるようになる。様々な手法を統合的に理解するためのエッセンスが,偏回帰係数に関連する学習に含まれている。
著者による回帰分析の教育実践では,この鍵概念である偏回帰係数について,豊田・前田・柳井(1992),豊田 (1998), 南風原 (2002) での数理的説明や解釈例等を参考に,初学者がより直感的に理解できるような工夫を試みている。
この工夫は2つある。1つはパス図に似た概念図によって,説明変数間の重複(相関)を排除した後の説明変数の意味を考えさせ,偏回帰係数が必ずしも主効果を表現しないことを理解させる過程である。もう1つは,南風原 (2002) で示されているように,他の説明変数によって説明できなかった残差を説明変数とし,目的変数を予測する際の回帰係数が偏回帰係数の意味であることを実際にRで計算させ手続的に理解させるという過程である。
当日はこれらの実践に利用している統計解析環境Rによる授業資料や,学生の提出物(こちらは予定)等を提示し,話題提供とする。
モデルを通じて心と社会を理解する
小杉考司
社会心理学は,研究対象が実験的に統制できない多要因から影響されていると考えられたため,古くから重回帰分析やパス解析が利用されてきた。これらの手法は今や,構造方程式モデリングに統合されている。もう1つ,社会的態度研究などで尺度化にかかせない因子分析も,「独立変数が潜在変数である回帰分析」という文脈で説明される。さらに最近では,階層線形モデリング (HLM) や一般化混合線形モデリング (GLMM) といったモデルが広まり始めている。社会,集団,個人という階層性を考えると,こうしたモデルが社会心理学領域の研究対象と相性が良いのは論を待たない。
社会心理学に限らず,心理学とは現象 (データ) にモデルを当てはめて考える学問である。さらに言えば,心理学に限らずとも,人は普段から「心」というモデルを人間の行動に当てはめて理解しているともいえるだろう。
本学では前期に心理学統計法として記述統計と推測統計を教え,後期に情報処理演習の科目の中で様々なデータ分析の実践を行っている。この授業ではモデルの解説をしながら,学生は自身のノートPCを開いてRのコードを順次走らせていくというスタイルをとっている。モデルやデータは毎回変わり,回帰分析は最初の1回に触れられるだけである。というのも,その後,重回帰分析,構造方程式モデリング,GLM,GLMMと展開するからである。Rのコードやデータはウェブシステムを通じて配布され,コピー&ペーストで実行できるよう準備している。
この講義スタイルは,新しいモデルが次々に提示されるため,受講生の理解が表面的なものに止まる危険性が大きい。しかし,全体的なねらいは「モデルをデータに当てはめる」という考え方にあるため,モデルの多さに圧倒されることがあっても,いろいろなモデルがあるということは伝わると考えている。そうした漠とした理解から,本当に自分に必要なもの(データ,モデル)はなにか,というところにまで立ち戻り,以後の年次の研究活動につなげていってもらいたいと願っている。
発表当日は実際に講義で用いているデータやモデル,実践上の問題点などを踏まえて話題を提供する。
学部生に回帰分析をどのように説明するか
ー基本的な心理統計の復習も兼ねてー
脇田貴文
近年,共分散構造分析や階層線形モデリングなど高度かつ複雑なモデルを用いることが一般的になっている。そのため学部生が論文を講読する際にもこれらの分析を目にすることが多い。そして,論文に記載されているパス図を視覚的に捉えることで理解できた気になっていることが多い。その意味では,基本問題をとばして,いきなり発展問題を解かされているような状態かもしれない。
学部生に回帰分析を説明する際には,1) 相関分析と回帰分析の違い,2) 偏回帰係数と標準偏回帰係数の違いを確実に理解させることが重要だろう。そして,この中で様々な基本的な心理統計事項の復習を行うこともできることが効果的であると考えられる。
1)に関しては,相関係数はAとBの直線的な関連の程度を表す指標でありA←→Bと表される。ここで,相関係数の復習を入れるが,その際には線形ということをより強調する。一方,回帰分析では,A→BもしくはB→Aという因果関係が表されることを説明する。しかし,本当に因果関係なのか?ということは強く意識させるようにしている。そしてそもそも回帰分析には「予測」というコンセプトが根底にあることを説明するとともに,縦断データと横断データの違いにも言及し研究デザインの復習も行う。
2)の偏回帰係数については,単回帰分析の例を用いる。具体的なデータを提示し,最小二乗法を用いて各パラメタを推定するところを理論的・視覚的に示し,偏回帰係数と標準偏回帰係数の違いと併せて,標準化の意味を復習する。
次いで単回帰分析から,重回帰分析に拡張するという流れで説明を行うが,重回帰分析の説明で最小二乗法を用いることは,講義時間の問題,学生の数学知識の限界により困難であるため,その点に関しては「単回帰分析の時と同様に」という説明になってしまっている。
限られた講義時間の中で,効果的かつ効率良く理解させるためにはある程度の取捨選択は必要であるがこの方法が適切であるかは議論があるところだろう。本発表では,どのような講義を行っているかを簡単に示すことで,話題提供としたい。
心理学研究において,複数の変数間の関連を検討する場合,回帰分析(単回帰分析・重回帰分析)は重要な役割を担う。心理学を専攻する学部生の卒業論文においても,回帰分析はよく用いられる統計的方法といえるだろう。本シンポジウムでは,回帰分析に焦点を当てたい。
3名の話題提供者は,心理統計学や社会心理学といったバックグラウンドを持つ。話題提供者は「回帰分析」を教えることをどのように考えているのだろうか。本シンポジウムでは,3名の話題提供者の個別具体的な指導事例について取り上げていく。
具体的な話題提供の内容は,(1) 偏回帰係数の意味の理解を通じて関連手法の理解を深める,(2) 「現象にモデルを当てはめて考えること」を重視する,(3) 回帰分析が「予測」がもとになっていることを強調する,を予定している。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントする。続いて,フロアとの意見交換を通じて,「回帰分析の教授」に関する議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
よくわかる偏回帰係数
―統合的理解の為の実践例―
川端一光
近年の心理学研究では,構造方程式モデリング(SEM), 階層線形モデル (HLM) といった,複雑かつ柔軟な統計モデルによって自身の心理学仮説を表現することが一般的に行われるようになってきている。一方で,心理学科に所属する学部生は,そのような複雑な統計モデルを採用した最先端の研究を,自身の先行研究として参照する必要に迫られている。彼らが学部で学ぶべき心理統計学の知識量は年々増加していると考えるのが自然だろう。
複数の統計手法を統合的に,かつそれぞれを深く理解させる為には,それらの手法に共通する鍵概念を抽出し,これを分かりやすく学生に教示することが重要である。
例えば回帰分析にまつわる鍵概念の1つに,重回帰分析における,「偏回帰係数の意味」を挙げることができる。言うまでもなく,偏回帰係数の意味を正確に把握していることは,より発展的な回帰分析手法を使いこなすための必要条件である。また,偏回帰係数の意味を正しく理解することで,多要因の分散分析,観測変数間・潜在変数間のパス解析等のような関連手法についても深い理解が得られるようになる。様々な手法を統合的に理解するためのエッセンスが,偏回帰係数に関連する学習に含まれている。
著者による回帰分析の教育実践では,この鍵概念である偏回帰係数について,豊田・前田・柳井(1992),豊田 (1998), 南風原 (2002) での数理的説明や解釈例等を参考に,初学者がより直感的に理解できるような工夫を試みている。
この工夫は2つある。1つはパス図に似た概念図によって,説明変数間の重複(相関)を排除した後の説明変数の意味を考えさせ,偏回帰係数が必ずしも主効果を表現しないことを理解させる過程である。もう1つは,南風原 (2002) で示されているように,他の説明変数によって説明できなかった残差を説明変数とし,目的変数を予測する際の回帰係数が偏回帰係数の意味であることを実際にRで計算させ手続的に理解させるという過程である。
当日はこれらの実践に利用している統計解析環境Rによる授業資料や,学生の提出物(こちらは予定)等を提示し,話題提供とする。
モデルを通じて心と社会を理解する
小杉考司
社会心理学は,研究対象が実験的に統制できない多要因から影響されていると考えられたため,古くから重回帰分析やパス解析が利用されてきた。これらの手法は今や,構造方程式モデリングに統合されている。もう1つ,社会的態度研究などで尺度化にかかせない因子分析も,「独立変数が潜在変数である回帰分析」という文脈で説明される。さらに最近では,階層線形モデリング (HLM) や一般化混合線形モデリング (GLMM) といったモデルが広まり始めている。社会,集団,個人という階層性を考えると,こうしたモデルが社会心理学領域の研究対象と相性が良いのは論を待たない。
社会心理学に限らず,心理学とは現象 (データ) にモデルを当てはめて考える学問である。さらに言えば,心理学に限らずとも,人は普段から「心」というモデルを人間の行動に当てはめて理解しているともいえるだろう。
本学では前期に心理学統計法として記述統計と推測統計を教え,後期に情報処理演習の科目の中で様々なデータ分析の実践を行っている。この授業ではモデルの解説をしながら,学生は自身のノートPCを開いてRのコードを順次走らせていくというスタイルをとっている。モデルやデータは毎回変わり,回帰分析は最初の1回に触れられるだけである。というのも,その後,重回帰分析,構造方程式モデリング,GLM,GLMMと展開するからである。Rのコードやデータはウェブシステムを通じて配布され,コピー&ペーストで実行できるよう準備している。
この講義スタイルは,新しいモデルが次々に提示されるため,受講生の理解が表面的なものに止まる危険性が大きい。しかし,全体的なねらいは「モデルをデータに当てはめる」という考え方にあるため,モデルの多さに圧倒されることがあっても,いろいろなモデルがあるということは伝わると考えている。そうした漠とした理解から,本当に自分に必要なもの(データ,モデル)はなにか,というところにまで立ち戻り,以後の年次の研究活動につなげていってもらいたいと願っている。
発表当日は実際に講義で用いているデータやモデル,実践上の問題点などを踏まえて話題を提供する。
学部生に回帰分析をどのように説明するか
ー基本的な心理統計の復習も兼ねてー
脇田貴文
近年,共分散構造分析や階層線形モデリングなど高度かつ複雑なモデルを用いることが一般的になっている。そのため学部生が論文を講読する際にもこれらの分析を目にすることが多い。そして,論文に記載されているパス図を視覚的に捉えることで理解できた気になっていることが多い。その意味では,基本問題をとばして,いきなり発展問題を解かされているような状態かもしれない。
学部生に回帰分析を説明する際には,1) 相関分析と回帰分析の違い,2) 偏回帰係数と標準偏回帰係数の違いを確実に理解させることが重要だろう。そして,この中で様々な基本的な心理統計事項の復習を行うこともできることが効果的であると考えられる。
1)に関しては,相関係数はAとBの直線的な関連の程度を表す指標でありA←→Bと表される。ここで,相関係数の復習を入れるが,その際には線形ということをより強調する。一方,回帰分析では,A→BもしくはB→Aという因果関係が表されることを説明する。しかし,本当に因果関係なのか?ということは強く意識させるようにしている。そしてそもそも回帰分析には「予測」というコンセプトが根底にあることを説明するとともに,縦断データと横断データの違いにも言及し研究デザインの復習も行う。
2)の偏回帰係数については,単回帰分析の例を用いる。具体的なデータを提示し,最小二乗法を用いて各パラメタを推定するところを理論的・視覚的に示し,偏回帰係数と標準偏回帰係数の違いと併せて,標準化の意味を復習する。
次いで単回帰分析から,重回帰分析に拡張するという流れで説明を行うが,重回帰分析の説明で最小二乗法を用いることは,講義時間の問題,学生の数学知識の限界により困難であるため,その点に関しては「単回帰分析の時と同様に」という説明になってしまっている。
限られた講義時間の中で,効果的かつ効率良く理解させるためにはある程度の取捨選択は必要であるがこの方法が適切であるかは議論があるところだろう。本発表では,どのような講義を行っているかを簡単に示すことで,話題提供としたい。