1:00 PM - 3:00 PM
[JB07] 「エビデンスに基づくいじめ予防教育プログラム」の開発に向けて
中学生・高校生・大学生・教師を対象とした調査結果から
Keywords:いじめ予防教育, 教師, 中・高・大学生
企画の主旨
現在,我が国の学校で多発するいじめ問題を考えたとき,いじめを受けた児童生徒の心のケアと同時に, 問題が発生する前の予防・援助サービスの重要性が大きくなってきているといえる(石隈,1999)。平成25年にいじめ防止対策推進法が施行されたことにより,各自治体や各学校においていじめに対する全校調査(ユニバーサルスクリーニング)やいじめ撲滅に向けた様々な取り組みが行われるようになった。しかしながら,それらの教育的プログラムの開発における科学的根拠や妥当性が量的・質的データを用いた客観的な指標で検証されるケースは極めて少ない。また,これまでのいじめ予防プログラムの多くは,海外で開発されたものが多く,日本の文化や学校風土に必ずしもなじむとは限らなかった。したがって,多忙な教員が限られた授業時間内で実施する予防教育は, 日本のいじめの現状を反映したうえで,効果が期待できるものである必要がある。
本シンポジウムでは,各自がこれまでに行ってきた,「中学生」・「高校生」・「大学生」・「教師」を対象とした調査研究を報告する。話題提供者の杉本は心理教育プログラムを受けた子ども自身の経験,飯田はいじめに取り組む教師の効力感,最後の中井は教師と子どもの信頼関係という3つの対象の異なるデータを提出する。勝間ら(2011)も主張するように,子どものいじめは,社会生態学的枠組み(Swearer & Espelage, 2004)に見て取れるように,被害加害に関わる子どもたちだけではなく,文化・地域・学校・家族というさまざまな要因が複雑に絡まっており,互いに相互作用しながら起こる現象である。今回は,異なる対象の調査結果を発表することにより,エビデンスに基づくいじめ予防教育プログラムの開発について,幅広い視点から検討することを目的とする。
話題提供
高校生・大学生における過去の心理教育プログラムの経験頻度と有用度
杉本希映(目白大学)
近年の我が国のいじめ研究は,下田(2014)によるいじめ研究の動向のまとめによると,いじめの経験率,いじめに関する知見(理由,被害者の対処行動,いじめによる影響,加害の促進要因・抑制要因,教師要因),学校でのいじめへの取り組みに大きく分けられる。いじめに関する知見に関しては,メカニズムや促進・抑制要因の研究が課題はありながらも進みつつあるといえる。しかし,いじめへの取り組みに関しては,下田(2014)も述べているように,教育現場で具体的な効果を客観的に図ることの難しさもあり,いまだ発展途上の段階と考えられる。特に,学校で実施した取り組みに対し,その効果の継続性を縦断的に追うということは,非常に困難なことである。学校が実施するプログラムについて,そのプログラム前後の比較ではある程度効果があるとされる結果が多いが,数年を経た後,子どもたちの中にどのように残っているのかを検討した研究は見当たらない。
そこで発表者らは,学校におけるいじめ予防教育を受けてきた子ども自身が,その経験をどのように捉えているのかに焦点を当てたアンケート調査を実施した。具体的には,回想法を用いることにより,予防教育をどの程度受けてきたと認知しているのか,その教育に対してどの程度有効であったと感じているのかを測定した。対象者は,高校生498名,大学生386名である。アンケート調査は,石本(2014)を参考にいじめ予防教育に関連があると考えられる10の心理教育プログラム(例えば,「ピア・サポート」,「いのちの教育」,「ストレス・マネジメント法」,「怒り・衝動のコントロール法」,「いじめ予防教育」など)について,その教育を受けた頻度と有用度を測定した。また,自由記述も設け,これまで受けてきたいじめ教育について印象に残っていること,意見・感想なども収集した。これらの結果をもとに,いじめ予防教育プログラムに必要な内容は何か,議論を深めたいと考える。
教師のいじめ対処への効力感とそれを高める研修プログラムとは
飯田順子(筑波大学)
教師はいじめ対処において最前線で対応を求められる一方で,現在の教職課程で学ぶ内容は十分ではないことが指摘されている(藤川,2012)。つまり教師は,十分な準備がないなかで,深刻ないじめへの対応や暴力的な児童生徒への対応,難しい保護者への対応が,日々求められていると言える。ここで重要になるのが,教師がいじめや暴力の対処にどの程度自信をもって対応できているかという教師の効力感(Bandura, 1977)である。Bandura(1977)が提唱した自己効力感は,特定の状況に人が置かれたとき,特定の行動をとるかどうかを予測する重要な概念と言われている。
教師のいじめ対処への効力感に着目した研究として,Sela-Shayovitz(2009)は,教師の対生徒間暴力への効力感を測定する尺度を作成している。また,Orpinas et al. (2004) は,教師のいじめへの対処力を高める「Great Teacher Program」を開発し,このプログラムが教師の自己効力感を高めたことを示している。日本でも,いじめ対処における教師の役割に焦点を当てた研究や実践報告がいくつかみられる(中林・廣岡,2004; 池島・粕谷,2015; 橋本,2014)が,教師の効力感に焦点を当てた研究はみられない。
著者らの研究チームでは,①Sela-Shayovitz(2009)の尺度を翻訳しいじめ対処への効力感を測定する尺度を作成すること,②教師がこれまで受けてきた研修の内容や今後の研修内容への希望等について基礎的データを得ること,③性別・年齢・学校種による自己効力感の相違を検討することを目的として,教師315名(小学校勤務193名,中学校勤務47名,高校勤務39名;男性140名,女性173名)を対象に調査を実施した。主な結果として,①いじめ対処への効力感は,「個人のいじめ対処への効力感」「組織対応への効力感」の2因子に分かれること,②求められる対応に比べ研修機会が少なく,予防教育や日々の児童生徒とのかかわりに関する研修のニーズがあること,③性差・年齢差・学校種・校務分掌による差を検討した結果,生徒指導担当のみ高く,その他では差が示されなかった。
本発表では,これらの結果をもとに,教師のいじめ対処への効力感を高める研修プログラムについて議論していきたいと考える。
生徒の教師関係に対する動機づけに基づく教師への援助要請プロセスの検討
中井大介(愛知教育大学)
青年期前期は,この時期特有の悩みや心の揺れ,不安といった発達課題を抱え,いじめ,不登校,暴力行為といった適応上の問題行動が増加することも指摘されている (文部科学省,2010)。その中で,生徒が一人では解決できないような悩みを抱え続けることは不適応につながる可能性もあり,何らかの援助獲得が必要であると指摘されている(永井・新井,2007)。一方で,悩みを抱えてもそれを誰にも相談しない生徒が相当数存在することも指摘されている(石隈・小野瀬1997; 永井・新井,2007)。
この「悩みを他者に相談する」という相談行動は,主に社会心理学の領域で援助要請行動の観点から研究対象とされてきた(永井・新井,2005)。その中で,従来の研究では中学生は一般に相談相手として友人を最も好むことが報告されている(三浦・坂野,1996)。一方,中学生は援助スキルが十分でないため,友人から相談を受けた際に適切な援助が与えられない場合があること,学校適応にかかわる重大な問題や友人には打ち明けづらい悩みなどは教師への相談が必要であることも指摘されている(永井・新井,2007)。
特に,深刻ないじめ被害など,生徒が一人で解決できない場合などは,教師による適切な援助が必要であると推測される。そのため,教師に援助要請をする生徒,教師に援助要請をしない生徒といった,教師への援助要請の「個人差」がどのように生じるのかといった要因を検討する必要があると考えられる。この対人関係の形成・維持の過程の個人差がどのように生じるのかを明らかにすることは,不適応につながる深刻な援助ニーズを抱える生徒への支援にとって重要な視点となると考えられる。
このような対人関係の形成・維持の過程に関わる規定要因の一つに対人関係に対する「動機づけ」がある。Ryan & Deci(2000)は,対人関係を個々に異なる動機づけの観点から概念化する理論の1つとして「自己決定理論」を提唱している。自己決定理論では,対人関係を形成し,他者との相互作用を行う理由の観点から,個人の特定の対人関係における動機づけがいくつかの異なる動機づけに概念化されている(Ryan & Deci, 2000)。近年,このような自己決定理論に基づき友人関係や親密な人間関係の動機づけの過程が検討されている(Blais, Sabourin, Boucher & Vallerand, 1990; Richard & Schneider, 2005)。
しかし,教師との関係の形成・維持に対する動機づけの観点から教師‐生徒関係の個人差が生じる過程を検討した研究は少ない。生徒の教師との関係の形成・維持に対する動機づけは,生徒の教師に対する働きかけが生じる背後に想定される概念であり,教師-生徒関係の相互作用の起点となる。生徒は教師との関係を形成・維持する際,個々に異なる動機づけに基づき教師に対する働きかけを行っていると推察される。そのため,このような動機づけの過程を捉えることで,教師-生徒関係の形成や維持を図る上で効果的な示唆が得られると考えられる。
そこで,本発表では,教師への援助要請の個人差に関わる要因として,生徒の教師との関係の形成・維持に対する動機づけに着目し,援助要請に至るプロセスを検討することによって,いじめ予防への応用可能性について議論していく。
現在,我が国の学校で多発するいじめ問題を考えたとき,いじめを受けた児童生徒の心のケアと同時に, 問題が発生する前の予防・援助サービスの重要性が大きくなってきているといえる(石隈,1999)。平成25年にいじめ防止対策推進法が施行されたことにより,各自治体や各学校においていじめに対する全校調査(ユニバーサルスクリーニング)やいじめ撲滅に向けた様々な取り組みが行われるようになった。しかしながら,それらの教育的プログラムの開発における科学的根拠や妥当性が量的・質的データを用いた客観的な指標で検証されるケースは極めて少ない。また,これまでのいじめ予防プログラムの多くは,海外で開発されたものが多く,日本の文化や学校風土に必ずしもなじむとは限らなかった。したがって,多忙な教員が限られた授業時間内で実施する予防教育は, 日本のいじめの現状を反映したうえで,効果が期待できるものである必要がある。
本シンポジウムでは,各自がこれまでに行ってきた,「中学生」・「高校生」・「大学生」・「教師」を対象とした調査研究を報告する。話題提供者の杉本は心理教育プログラムを受けた子ども自身の経験,飯田はいじめに取り組む教師の効力感,最後の中井は教師と子どもの信頼関係という3つの対象の異なるデータを提出する。勝間ら(2011)も主張するように,子どものいじめは,社会生態学的枠組み(Swearer & Espelage, 2004)に見て取れるように,被害加害に関わる子どもたちだけではなく,文化・地域・学校・家族というさまざまな要因が複雑に絡まっており,互いに相互作用しながら起こる現象である。今回は,異なる対象の調査結果を発表することにより,エビデンスに基づくいじめ予防教育プログラムの開発について,幅広い視点から検討することを目的とする。
話題提供
高校生・大学生における過去の心理教育プログラムの経験頻度と有用度
杉本希映(目白大学)
近年の我が国のいじめ研究は,下田(2014)によるいじめ研究の動向のまとめによると,いじめの経験率,いじめに関する知見(理由,被害者の対処行動,いじめによる影響,加害の促進要因・抑制要因,教師要因),学校でのいじめへの取り組みに大きく分けられる。いじめに関する知見に関しては,メカニズムや促進・抑制要因の研究が課題はありながらも進みつつあるといえる。しかし,いじめへの取り組みに関しては,下田(2014)も述べているように,教育現場で具体的な効果を客観的に図ることの難しさもあり,いまだ発展途上の段階と考えられる。特に,学校で実施した取り組みに対し,その効果の継続性を縦断的に追うということは,非常に困難なことである。学校が実施するプログラムについて,そのプログラム前後の比較ではある程度効果があるとされる結果が多いが,数年を経た後,子どもたちの中にどのように残っているのかを検討した研究は見当たらない。
そこで発表者らは,学校におけるいじめ予防教育を受けてきた子ども自身が,その経験をどのように捉えているのかに焦点を当てたアンケート調査を実施した。具体的には,回想法を用いることにより,予防教育をどの程度受けてきたと認知しているのか,その教育に対してどの程度有効であったと感じているのかを測定した。対象者は,高校生498名,大学生386名である。アンケート調査は,石本(2014)を参考にいじめ予防教育に関連があると考えられる10の心理教育プログラム(例えば,「ピア・サポート」,「いのちの教育」,「ストレス・マネジメント法」,「怒り・衝動のコントロール法」,「いじめ予防教育」など)について,その教育を受けた頻度と有用度を測定した。また,自由記述も設け,これまで受けてきたいじめ教育について印象に残っていること,意見・感想なども収集した。これらの結果をもとに,いじめ予防教育プログラムに必要な内容は何か,議論を深めたいと考える。
教師のいじめ対処への効力感とそれを高める研修プログラムとは
飯田順子(筑波大学)
教師はいじめ対処において最前線で対応を求められる一方で,現在の教職課程で学ぶ内容は十分ではないことが指摘されている(藤川,2012)。つまり教師は,十分な準備がないなかで,深刻ないじめへの対応や暴力的な児童生徒への対応,難しい保護者への対応が,日々求められていると言える。ここで重要になるのが,教師がいじめや暴力の対処にどの程度自信をもって対応できているかという教師の効力感(Bandura, 1977)である。Bandura(1977)が提唱した自己効力感は,特定の状況に人が置かれたとき,特定の行動をとるかどうかを予測する重要な概念と言われている。
教師のいじめ対処への効力感に着目した研究として,Sela-Shayovitz(2009)は,教師の対生徒間暴力への効力感を測定する尺度を作成している。また,Orpinas et al. (2004) は,教師のいじめへの対処力を高める「Great Teacher Program」を開発し,このプログラムが教師の自己効力感を高めたことを示している。日本でも,いじめ対処における教師の役割に焦点を当てた研究や実践報告がいくつかみられる(中林・廣岡,2004; 池島・粕谷,2015; 橋本,2014)が,教師の効力感に焦点を当てた研究はみられない。
著者らの研究チームでは,①Sela-Shayovitz(2009)の尺度を翻訳しいじめ対処への効力感を測定する尺度を作成すること,②教師がこれまで受けてきた研修の内容や今後の研修内容への希望等について基礎的データを得ること,③性別・年齢・学校種による自己効力感の相違を検討することを目的として,教師315名(小学校勤務193名,中学校勤務47名,高校勤務39名;男性140名,女性173名)を対象に調査を実施した。主な結果として,①いじめ対処への効力感は,「個人のいじめ対処への効力感」「組織対応への効力感」の2因子に分かれること,②求められる対応に比べ研修機会が少なく,予防教育や日々の児童生徒とのかかわりに関する研修のニーズがあること,③性差・年齢差・学校種・校務分掌による差を検討した結果,生徒指導担当のみ高く,その他では差が示されなかった。
本発表では,これらの結果をもとに,教師のいじめ対処への効力感を高める研修プログラムについて議論していきたいと考える。
生徒の教師関係に対する動機づけに基づく教師への援助要請プロセスの検討
中井大介(愛知教育大学)
青年期前期は,この時期特有の悩みや心の揺れ,不安といった発達課題を抱え,いじめ,不登校,暴力行為といった適応上の問題行動が増加することも指摘されている (文部科学省,2010)。その中で,生徒が一人では解決できないような悩みを抱え続けることは不適応につながる可能性もあり,何らかの援助獲得が必要であると指摘されている(永井・新井,2007)。一方で,悩みを抱えてもそれを誰にも相談しない生徒が相当数存在することも指摘されている(石隈・小野瀬1997; 永井・新井,2007)。
この「悩みを他者に相談する」という相談行動は,主に社会心理学の領域で援助要請行動の観点から研究対象とされてきた(永井・新井,2005)。その中で,従来の研究では中学生は一般に相談相手として友人を最も好むことが報告されている(三浦・坂野,1996)。一方,中学生は援助スキルが十分でないため,友人から相談を受けた際に適切な援助が与えられない場合があること,学校適応にかかわる重大な問題や友人には打ち明けづらい悩みなどは教師への相談が必要であることも指摘されている(永井・新井,2007)。
特に,深刻ないじめ被害など,生徒が一人で解決できない場合などは,教師による適切な援助が必要であると推測される。そのため,教師に援助要請をする生徒,教師に援助要請をしない生徒といった,教師への援助要請の「個人差」がどのように生じるのかといった要因を検討する必要があると考えられる。この対人関係の形成・維持の過程の個人差がどのように生じるのかを明らかにすることは,不適応につながる深刻な援助ニーズを抱える生徒への支援にとって重要な視点となると考えられる。
このような対人関係の形成・維持の過程に関わる規定要因の一つに対人関係に対する「動機づけ」がある。Ryan & Deci(2000)は,対人関係を個々に異なる動機づけの観点から概念化する理論の1つとして「自己決定理論」を提唱している。自己決定理論では,対人関係を形成し,他者との相互作用を行う理由の観点から,個人の特定の対人関係における動機づけがいくつかの異なる動機づけに概念化されている(Ryan & Deci, 2000)。近年,このような自己決定理論に基づき友人関係や親密な人間関係の動機づけの過程が検討されている(Blais, Sabourin, Boucher & Vallerand, 1990; Richard & Schneider, 2005)。
しかし,教師との関係の形成・維持に対する動機づけの観点から教師‐生徒関係の個人差が生じる過程を検討した研究は少ない。生徒の教師との関係の形成・維持に対する動機づけは,生徒の教師に対する働きかけが生じる背後に想定される概念であり,教師-生徒関係の相互作用の起点となる。生徒は教師との関係を形成・維持する際,個々に異なる動機づけに基づき教師に対する働きかけを行っていると推察される。そのため,このような動機づけの過程を捉えることで,教師-生徒関係の形成や維持を図る上で効果的な示唆が得られると考えられる。
そこで,本発表では,教師への援助要請の個人差に関わる要因として,生徒の教師との関係の形成・維持に対する動機づけに着目し,援助要請に至るプロセスを検討することによって,いじめ予防への応用可能性について議論していく。