日本教育心理学会第58回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

学校適応はどのようにとらえられるのか(8)

学校制度からとらえる児童・青年の学校適応

2016年10月8日(土) 15:30 〜 17:30 第2小ホールB (5階第2小ホールB)

企画:岡田有司(東北大学), 大久保智生(香川大学), 半澤礼之(北海道教育大学)
司会:半澤礼之(北海道教育大学)
話題提供:岡田有司(東北大学), 佐々木聡(松蔭中学校・高等学校), 金子泰之(常葉大学短期大学部)
指定討論:山森光陽(国立教育政策研究所), 田中大介(鳥取大学)

15:30 〜 17:30

[JC02] 学校適応はどのようにとらえられるのか(8)

学校制度からとらえる児童・青年の学校適応

岡田有司1, 大久保智生2, 半澤礼之3, 佐々木聡4, 金子泰之5, 山森光陽6, 田中大介7 (1.東北大学, 2.香川大学, 3.北海道教育大学, 4.松蔭中学校・高等学校, 5.常葉大学短期大学部, 6.国立教育政策研究所, 7.鳥取大学)

キーワード:学校適応, 児童, 青年

企画趣旨
 学校現場で生じる様々な問題を背景に,学校適応に関する教育心理学者や教育関係者の関心は高い。そして,学校適応研究には,学校への適応のメカニズムを明らかにすることだけでなく,教育現場からのニーズに応えることも求められている。しかし,学校適応には様々な側面や水準があり,その全貌を理解することは容易ではない。こうした問題意識から,企画者らは一連の学校適応に関するシンポジウムを通して,様々な視点から学校適応の問題にアプローチしてきた(大久保・半澤 2009~2015)。
 これまでのシンポジウムを振り返る中で,新たな課題として学校制度と学校適応の問題が浮かび上がってきた。従来の学校適応研究の多くは,学校環境を所与のものととらえ,その環境における適応を扱ってきたと考えられる。しかし,学校制度が変われば必然的に学校環境も異なり,そのことは学校適応にも関係してくるといえる。特に,学校制度の改変が目まぐるしい近年においては,この問題は重要であろう。
 ともすると心理学者はある現象に関する一般的な原理の解明に目が向きがちであるが,ある時代,ある国という文脈に規定される制度にも目を向けなければ,学校適応の本質をとらえるには不十分であるし,教育現場に有益な知見を提供することも難しいといえる。そこで,本シンポジウムでは私立学校,学校統廃合,小中一貫といった学校制度の違いに注目し,それぞれの話題提供者の報告に基づきフロアの皆様との議論を通じて学校制度と学校適応の問題について理解を深めていきたい。
「私立学校における学校適応感」
佐々木 聡(松蔭中学校・高等学校)
 平成27年度の学校基本調査によれば,全国の私立中学校の数は774校,私立高等学校の数は1320校である。割合としては高等学校の26.7%が私立学校であるということになり,中等教育において果たしている役割は大きい。私立学校法はその目的を「私立学校の特性にかんがみ,この自主性を重んじ,公共性を高めることによって,私立学校の健全な発達を図ること」と定めている。ここで言及されている自主性とは,一般に「建学の精神」や「校風」と言われるものである。つまり,私立学校は公教育でありながら,各校の独自性を法という制度によっても担保されているのである。また,私立中学・高等学校には中高一貫校や,男子校・女子校が多いことも特徴となっている。これらのことから考えると,私立学校は公立学校とは異なる学校環境をつくり出しているといえる。
 適応状態を,個人と環境の相互作用の結果としてもたらされる平衡状態だと考えるなら,私立学校においては,生徒の学校適応のあり方についても公立学校と異なる様相を示す部分があるはずである。ところが,従来の学校適応の研究で,私立中学校・高等学校が研究対象とされることは比較的少なかったように思われる。
 本シンポジウムでは,中高一貫の私立女子校における学校適応感に関して,中学1年から高校2年までの横断調査と,中学3年7月から高校1年11月までの期間における4回にわたる縦断調査の結果をもとに,話題を提供する予定である。環境移行期には,個人と環境の関係の再構造化がはかられるため,適応感のあり方の特徴が顕在化しやすいと考えられる。私立中高一貫校において,高校進学に伴う環境移行は生じているのか,また環境移行があるとすればそこにどのような特徴がみられるのか,調査の結果に現場の教員の視点を加えて考察したい。そして,そのことをきっかけとして,私立学校の生徒の学校適応感にどのような環境・制度的特徴が影響しているのか,フロアの皆様と議論を深めたいと考えている。
「小中一貫化が児童生徒の適応に及ぼす影響」
岡田有司(東北大学)
 近年,小中一貫教育を行う公立学校が広がりつつある。2016年の4月からは義務教育学校として法的にも正式に位置付けられたことで,今後ますます小中一貫化の動きは活発になってくると思われる。小中一貫教育は,いわゆる中一ギャップの低減や発達の早期化への対応,6・3制のカリキュラムの見直し,学力の向上といった様々な問題意識を背景に進められてきた。同時に,こうした教育改革は第一義的に子どものより良い適応や発達を目指して行われるべきものであるが,実際には種々の政策的意図,財政や都市計画問題,過疎化など,その他の要因も複雑に絡み合いながら改革が進んできた。このような大きな改革が児童生徒の適応にどのような影響を与えているのかについては科学的に検証されるべきであるが,現状では十分なデータに基づく検討が行われていない状況にある。
 このことに関して,文部科学省は2014年に全国の小中一貫教育を実施している学校を対象に調査を実施している。その結果を見ると,9割程度の学校から小中一貫教育の成果があったという回答がなされ,児童生徒の学業や心理社会的適応に関する項目でもポジティブな効果があったとする回答が多くなっている。ただし,この調査は学校の管理職が回答したものであり,改革を進める立場にある管理職の回答にはバイアスが生じている可能性がある。そのため,より正確に児童生徒への影響を把握するためには,児童生徒を対象とした調査を行うことが必要だといえる。
 そこで,本報告では小中一貫校と非一貫校の児童生徒を対象に実施した調査に基づき,学校制度の違いが児童生徒の適応にどのような違いをもたらすのかについて,データに基づきながら考えていきたい。その際に,一言に小中一貫校といってもその内実は多様であるため,施設一体型か施設分離型か,大規模か小規模かといった学校形態の違いも考慮し,従来の非一貫校との違いについて検討していく予定である。これらの分析結果を踏まえ,フロアの皆様と小学校と中学校の関係の在り方について議論を深めていきたい。
「学校段階の違いにより学校がなくなることへの子どもたちの受け止め方はどう異なるのか?」
金子泰之(常葉大学)
 学校統廃合に関する研究は,地域住民の理解を得ながら学校統廃合をどのような手続きで進めていくのか,行政の視点から調査したもの(佐藤,2007)や,地域社会における学校の役割(若林,2008)など,学校を取り囲む外側の視点から検討されたものが多い。それに対し,統廃合される学校に所属している子どもたちは,統廃合によって自分が所属していた学校がなくなることをどう感じているのか,その学校に所属する子どもたちに焦点を当てた研究は十分に行われていなかった。少子化や財政的な問題から学校統廃合を進めざるをえないのであれば,統廃合されることになった学校に所属する子どもたちに焦点を当て,学校統廃合を経験することによる子どもたちの心理的実態を明らかにする必要がある。そして,研究者,保護者,教員が学校統廃合を経験する子どもたちをより理解し,必要な支援を考えていく必要がある。
 報告者は,公立中学校において行われた学校統廃合を,統廃合前,統廃合後6ヶ月,統廃合後1年の3地点から調査し,その学校に所属する中学生の心理的変化(ストレス,学校享受感,学校への所属意識など)について明らかにしてきた(金子,2010,金子,2011)。さらに,公立の小学校において行われた学校統廃合についても,統廃合前,統廃合後6ヶ月,統廃合後1年の3地点から児童を対象とした調査を実施している。
 当日は,2つのことを検討したい。1つ目は,学校統廃合により学校経営の方針や学校の雰囲気が変化したときに,子どもたちはそれをどう捉えているのかである。2つ目は,小学校と中学校の学校段階の違いにより,子どもたちの学校統廃合の受け止め方にどのような違いがあるのかである。学校段階が異なる小学校での学校統廃合の調査結果と中学校における学校統廃合の調査結果を比較しながら報告する。