10:00 〜 12:00
[JD05] 学力不振生徒へのアプローチ
身体機能とビジョントレーニング
キーワード:学力不振生徒, ビジョントレーニング, 身体機能
企画趣旨
学齢期の子供において“教育”の要請とは,学校などにおける,「科目学習の成績評価」もしくは,それらの向上と考えるのが,現在は一般的だろう。現在,表1に示すように高等学校への進学率は98%を超えていることから,日本の子供たちは義務教育を修了するだけで十分とはみなされず,高等教育を受けるための学力が求められる。その結果,得手不得手にかかわらず「勉強はせねばならないもの」となっている。その要請が前提となり,「学力不振」は,大なり小なり本人だけでなく,保護者にとっても大問題となる。さらに,一般的に「やればできる」と考えられ,(量的に)十分教育を受けたにも関わらず,著しく学力が低いと,LDなどといった,“障害”として認知されるに至る。
しかし,人の能力とは千差万別・十人十色なものであるから,必然的に“障害”とされるに至るまでではなにも関わらず,一般的な学習法で必ずしも「やればできる」にならない子どもたちが多数存在している。現状彼らは,「勉強が嫌いだ」「やる気がない」といった,心の持ちよう,つまり性格の問題として,ひたすら批判の対象となっているのではないか。
当シンポジウムでは,そのような“学力不振生徒”にとっての「できない原因」を掘り下げることによって,彼らを助けるために何ができるか,どうすべきかを検討していきたい。
話題提供1
“学力不振生徒”の指導現場から
岡本康志(個別指導学習塾サポーツ京田辺代表)
筆者が主宰する個別指導学習塾において,一般的な進学塾とは一線を画し,「勉強が苦手な子のため」に特化した指導にとりくむことによって,一般的な“先生”の立場からでは気づきにくい学力不振生徒(公立中学校でオール2レベル)の子供たちの姿について,“障害”と捉えてもしかるべきものが多数みられる。
普通学級の中の発達障碍児は6%と言われているが(表2),それはまさに氷山の一角であり,通知簿「2」レベルが“障害的”であるとみなすならば,相対評価的に概算すれば30%にものぼる。そう考えると,“普通の子”たちが大人(ましてや学力上位者の先生たち)から見ると,想像を絶するほど困難な“勉強”を“せねばならないもの”として社会的強要にさらされているということを理解せねばならなくなる。そのような“学力不振生徒”の現実を報告したい。
話題提供2
子どもの目と学習能力
富永絵理子(オプトメトリスト・視機能トレーニングセンター・ジョイビジョン京田辺所長)
一般に日本では「目がいい人=裸眼の遠見視力が1.0以上の人」というように低次の視機能の一つである「視力」だけがよく知られているが,スポーツや学習,実生活の中では「見て理解する」や「見て行動する」という低次の視機能から高次の知覚や認知,運動まで含めた広い意味での視覚機能が重要な役割を果たしている。この基礎的な能力の弱さによってスポーツ・学習の習得や練習効果が妨げられてしまっている子どもの存在と,からだの「学習受け入れ態勢作り」の一環としてビジョントレーニングの重要性を訴えたい。
視覚機能は生まれてから徐々に育っていくが,それが実は反射や行動による練習を経て獲得される能力であって,獲得しきれていない場合もあるということは一般にはあまり認識されていない。視覚機能に弱さを持つ子ども自身も,自分の知覚・認知を弱みがない場合のそれと比べることができないため自ら困難さを訴え出ることはほぼなく,また一部の能力に弱さがあるが他の能力が高いという個人内差の大きい子どもの場合,弱みが隠れてしまっていて周囲もその困難さに気付けないというケースもある。
視覚機能に何らかの弱さがあると,読書時の行飛ばし,ボールが受けられない,書字が乱雑,よくものにぶつかるなど様々な苦手さとして現れる。こういった状況へのアプローチとして,視覚機能のアセスメントとビジョントレーニングを行い,状況が改善された例を報告する(例:図1 )。
話題提供3
身体機能と集中力:適応課題の必要性
中鶴真人(作業療法士・株式会社THEM)
学習不振児の中にはLD,ADHDなど診断がつく発達障害を抱える子どもやグレーゾーンと呼ばれる診断はついていないが「気になる子」までさまざまな子どもが存在するが,成績以前に,机にジッと座れない,集中力が無く散漫,バランスをはじめとする身体能力が低いなどの共通の問題や特徴が多くみとめられる。脳に器質的な問題が無くてもこの様な心と身体の問題が起こる原因を紐解いていくと,幼少期のあそびとその環境に行き当たると筆者は考える。
本来,子どもは発育発達の過程で立って歩けるようになると共に冒険を開始し(立つ前から)世界を広げていく。具体的には登ったり渡ったりくぐったりを必要とする遊びを通じて,自分の出来ること,行けるところを増やして身体能力や視覚などのあらゆる感覚を統合していくだけでなく,自己実現や自信などの心も養っていく。つまり環境に対して適応しようとする過程に身体能力や心の発達の秘密があり,これらは不可分で同時に発達していくと考える。
中でも2歳以降は,気をつけないと落ちたり転倒するような所に行きたがる傾向が増える。それは,身体能力だけでなく,リスクマネジメントの意識が芽生えるからである。実は「危ない!」という意識を持っている時,子どもは非常に集中している。この集中の持続時間は,この様な場面で発達し長くなっていく。
つまり,幼少期にこの様な遊びを通じて,身体能力や連続集中時間を伸ばして来た子どもは,運動が得意でちゃんと集中して勉強できる「座れる子」になるのである。
しかし,今,危ない遊具も含む危険な環境が少なくなりつつある。1万人に1人の重大事故や死亡事故で危ない遊具が撤去され,残り9999人が運動をちゃんと発達させられない環境となっているといえる。従って今,運動指導者や保育に関わる指導者の提供する遊びの役割がかなり重要になっている点について報告する。
学齢期の子供において“教育”の要請とは,学校などにおける,「科目学習の成績評価」もしくは,それらの向上と考えるのが,現在は一般的だろう。現在,表1に示すように高等学校への進学率は98%を超えていることから,日本の子供たちは義務教育を修了するだけで十分とはみなされず,高等教育を受けるための学力が求められる。その結果,得手不得手にかかわらず「勉強はせねばならないもの」となっている。その要請が前提となり,「学力不振」は,大なり小なり本人だけでなく,保護者にとっても大問題となる。さらに,一般的に「やればできる」と考えられ,(量的に)十分教育を受けたにも関わらず,著しく学力が低いと,LDなどといった,“障害”として認知されるに至る。
しかし,人の能力とは千差万別・十人十色なものであるから,必然的に“障害”とされるに至るまでではなにも関わらず,一般的な学習法で必ずしも「やればできる」にならない子どもたちが多数存在している。現状彼らは,「勉強が嫌いだ」「やる気がない」といった,心の持ちよう,つまり性格の問題として,ひたすら批判の対象となっているのではないか。
当シンポジウムでは,そのような“学力不振生徒”にとっての「できない原因」を掘り下げることによって,彼らを助けるために何ができるか,どうすべきかを検討していきたい。
話題提供1
“学力不振生徒”の指導現場から
岡本康志(個別指導学習塾サポーツ京田辺代表)
筆者が主宰する個別指導学習塾において,一般的な進学塾とは一線を画し,「勉強が苦手な子のため」に特化した指導にとりくむことによって,一般的な“先生”の立場からでは気づきにくい学力不振生徒(公立中学校でオール2レベル)の子供たちの姿について,“障害”と捉えてもしかるべきものが多数みられる。
普通学級の中の発達障碍児は6%と言われているが(表2),それはまさに氷山の一角であり,通知簿「2」レベルが“障害的”であるとみなすならば,相対評価的に概算すれば30%にものぼる。そう考えると,“普通の子”たちが大人(ましてや学力上位者の先生たち)から見ると,想像を絶するほど困難な“勉強”を“せねばならないもの”として社会的強要にさらされているということを理解せねばならなくなる。そのような“学力不振生徒”の現実を報告したい。
話題提供2
子どもの目と学習能力
富永絵理子(オプトメトリスト・視機能トレーニングセンター・ジョイビジョン京田辺所長)
一般に日本では「目がいい人=裸眼の遠見視力が1.0以上の人」というように低次の視機能の一つである「視力」だけがよく知られているが,スポーツや学習,実生活の中では「見て理解する」や「見て行動する」という低次の視機能から高次の知覚や認知,運動まで含めた広い意味での視覚機能が重要な役割を果たしている。この基礎的な能力の弱さによってスポーツ・学習の習得や練習効果が妨げられてしまっている子どもの存在と,からだの「学習受け入れ態勢作り」の一環としてビジョントレーニングの重要性を訴えたい。
視覚機能は生まれてから徐々に育っていくが,それが実は反射や行動による練習を経て獲得される能力であって,獲得しきれていない場合もあるということは一般にはあまり認識されていない。視覚機能に弱さを持つ子ども自身も,自分の知覚・認知を弱みがない場合のそれと比べることができないため自ら困難さを訴え出ることはほぼなく,また一部の能力に弱さがあるが他の能力が高いという個人内差の大きい子どもの場合,弱みが隠れてしまっていて周囲もその困難さに気付けないというケースもある。
視覚機能に何らかの弱さがあると,読書時の行飛ばし,ボールが受けられない,書字が乱雑,よくものにぶつかるなど様々な苦手さとして現れる。こういった状況へのアプローチとして,視覚機能のアセスメントとビジョントレーニングを行い,状況が改善された例を報告する(例:図1 )。
話題提供3
身体機能と集中力:適応課題の必要性
中鶴真人(作業療法士・株式会社THEM)
学習不振児の中にはLD,ADHDなど診断がつく発達障害を抱える子どもやグレーゾーンと呼ばれる診断はついていないが「気になる子」までさまざまな子どもが存在するが,成績以前に,机にジッと座れない,集中力が無く散漫,バランスをはじめとする身体能力が低いなどの共通の問題や特徴が多くみとめられる。脳に器質的な問題が無くてもこの様な心と身体の問題が起こる原因を紐解いていくと,幼少期のあそびとその環境に行き当たると筆者は考える。
本来,子どもは発育発達の過程で立って歩けるようになると共に冒険を開始し(立つ前から)世界を広げていく。具体的には登ったり渡ったりくぐったりを必要とする遊びを通じて,自分の出来ること,行けるところを増やして身体能力や視覚などのあらゆる感覚を統合していくだけでなく,自己実現や自信などの心も養っていく。つまり環境に対して適応しようとする過程に身体能力や心の発達の秘密があり,これらは不可分で同時に発達していくと考える。
中でも2歳以降は,気をつけないと落ちたり転倒するような所に行きたがる傾向が増える。それは,身体能力だけでなく,リスクマネジメントの意識が芽生えるからである。実は「危ない!」という意識を持っている時,子どもは非常に集中している。この集中の持続時間は,この様な場面で発達し長くなっていく。
つまり,幼少期にこの様な遊びを通じて,身体能力や連続集中時間を伸ばして来た子どもは,運動が得意でちゃんと集中して勉強できる「座れる子」になるのである。
しかし,今,危ない遊具も含む危険な環境が少なくなりつつある。1万人に1人の重大事故や死亡事故で危ない遊具が撤去され,残り9999人が運動をちゃんと発達させられない環境となっているといえる。従って今,運動指導者や保育に関わる指導者の提供する遊びの役割がかなり重要になっている点について報告する。