13:30 〜 15:30
[JE05] 縦断研究でとらえる思春期・青年期の現在
歴史・時代をふまえた分析から
キーワード:縦断研究, 思春期, 青年期
企画趣旨
思春期・青年期の変化をとらえるために,多くの縦断研究が行われている。特に発達精神病理学の分野では,大規模な縦断調査が多数行われ,エピジェネティックな視点から思春期・青年期の問題行動を予測する要因や発達パターンの存在が明らかになっている(Moffitt, 1993)。
こうした状況のなか,我が国においても数多くの思春期・青年期に関する縦断研究が行われている。しかし,これらの縦断研究により,横断研究で得られる知見とは異なるいったい何が明らかになったのであろうか。またそれによって明らかになった知見は,教育現場や社会に対して,どのような新たな実践的・社会的な意義をもっているのだろうか。これまでこのような点について整理が行われることは少なかった。そこで本シンポジウムでは,縦断研究が明らかにする思春期・青年期というものとは何か?またそこにどのような課題があるのかということに焦点をあて議論したいと思う。
具体的には,3名の縦断研究を行っている研究者に登壇していただき,それぞれの視点から縦断研究を通して明らかになったこと,およびそこから引き出される社会的意義と課題について論じていただく。
まず加藤弘通氏からは,思春期の子ども一般にみられる自尊心の低下という現象に関する研究を報告していただく。縦断的な検討から明らかになったこととともに,そのことが教育実践に対してもつ批判的な意義について論じていただく。
次に金子泰之氏からは,問題行動といった通常の発達から一見するとはずれるような行動に焦点をあてた報告をしていただく。それにより縦断研究によって明らかになる新たな問題行動についての理解と対応について論じていただく。
最後にこれまで小学生から大学生までを対象に多くの縦断研究を行ってきた都筑学氏から報告いただく。自らの研究史をふりかえっていただき,その中で明らかになる縦断研究の必要性と新たな課題について論じていただく。縦断研究は一般的には時間を取り入れた研究である。しかし,時間は同時に歴史性や時代性を帯びており,同じ○年間の変化を追跡したといっても,そこには異なる時間が流れていると考えられる。都筑氏には,長い縦断研究の経験から,このような歴史性と時代性を縦断研究のなかでどのように考えるべきかについても論じていただく予定である。
各話題提供者の報告内容は以下の通りである。
縦断研究によって明らかになったこと
-なぜ思春期に自尊心がさがるのか-
加藤弘通(北海道大学大学院教育学研究院)
日本の子どもたちの自尊心が低いことがさまざまなところで問題視されており(古荘, 2009),小中学校の現場では,低い自尊心を向上させようとソーシャルスキルトレーニングや人間関係プログラムなど多くの取り組みがなされている。また多くの心理学者もそうしたプログラムの開発や実践に携わっている(渡辺・星, 2009)。
しかしその一方で,思春期は発達的にみて自尊心が大きく低下する時期であることも多くの研究によって指摘されている(Robins & Trzesniewsk i, 2005)。その理由としては,第二次性徴といった身体的要因(Connolly, Paikoff, Buchanan, 1996; Hater, 1998)や小学校から中学校への移行にともなう環境的要因(Wigfield, Eccles, MacIver, Reuman, & Midgley, 1991)など,様々な要因が指摘されてきた。そのなかでも本研究では,思春期に生じる思考の発達に注目した。具体的には,批判的思考態度(平山・楠見, 2004)が中学生の自尊心の変化パターンに与える影響について検討するために,公立中学校2校,国立中学校2校の中学生を対象に,3年間9時点にわたる縦断調査を行った。その結果,以下の2つのことがわかった。
1つは中学1年入学時の批判的思考態度の発達の違いがその後の自尊心の変化パターンに影響を与えているということである。具体的には,批判的思考態度の高い者のほうが,その後中学2年次まで自尊心の低下が著しいということである。つまり,思春期における自尊心の低下には,批判的思考態度の発達が関係していると考えられる。
2つは,しかしその一方で,批判的思考態度の発達は自尊心の低下を引き起こすが,中長期的には自尊心の下げ止まりにも貢献しているということである。具体的には中学2年次にもっとも自尊心が低下する時点が訪れるが,批判的思考態度が高い者のほうが,その最低点の値が他の者に比べて有意に高いということである。つまり,思春期における思考の発達は「短期的には自尊心の低下を引き起こすが,中長期的には自尊心の過度な低下を抑える」ということが明らかになったということである。
このようなある要因がもつ短期的な効果と中長期的な効果を明らかにした点に,縦断研究の意味があると考えられる。さらにこうした結果をふまえ,実践的には,従来の自尊心を向上させようとするプログラムがもつ短期的な視点を批判的に検討したいと思う。
3年間の縦断調査から浮かび上がる中学生の学校適応と生徒指導
金子泰之(常葉大学短期大学部)
学校現場において中学生の様子を見ていると,学校での勉強はできる一方,授業中にふざけたり学校内のルールから逸脱した服装で登校する生徒がいたりする。また,学校内のルールから逸脱したり教師に反発するなどトラブルを頻繁に起こす一方,行事や部活に対しては一生懸命取り組む生徒がいたりする。ここから見えてくる生徒像は,学校生活に関与しながら,それと同時に学校という枠から逸脱する生徒である。非行少年は遵法的な文化と逸脱的な文化を漂流する(Matza, 1964)と言われている。問題行動が多いことが問題で,少ないことは望ましいという1つの尺度だけでは思春期の学校適応の実態を捉えることはできない。
金子(2012)は,学校と教師の持つ価値への肯定的な適応を示す中学生の行動を向学校的行動と定義し,横断的なアンケート調査にもとづき向学校的行動と問題行動の2つの行動指標から中学生の学校適応を捉えた。向学校的行動と問題行動のそれぞれに及ぼす要因は異なっているため,問題行動を抑止するのが困難な生徒だったとしても,向学校的行動を促進することで生徒を学校生活に巻き込むことができることが明らかとなった。
もう1つ,学校現場の中学生と向き合っていると見えてくる特徴は,例えば,入学した1年次は大きなトラブルを起こすことなく学校生活を過ごせたのに,2年次において問題行動が増え始め,高校受験が近くなってくる3年次に落ち着き始めるといった中学3年間での行動の揺れ動きである。上記の金子(2012)の結果は,横断的な調査にもとづく結果であるため,中学3年間の中で生徒の行動がどのように揺れ動くのかを捉えることはできていなかった。報告者は,問題行動,向学校的行動,中学生に対する教師の関わりについてアンケート調査を実施し,3年間にわたる縦断調査から思春期の学校適応を捉えた。当日は,中学3年間の縦断調査から見えてくる中学生の向学校的行動と問題行動の関係や,中学3年間の中でどの時期に生徒指導することが問題行動の抑止につながるのかを報告したい。
私が縦断研究を始めた理由
-環境移行に伴う時間的展望の変化-
都筑 学(中央大学文学部)
1997年,博士論文を提出した。その後,開始したのが環境移行に伴う時間的展望の縦断研究である。その際,縦断研究のコストとパフォーマンスの兼ね合いを考慮した。時間的展望が変化しそうな時期に的を絞るのが効果的だと考えた。学校間の移行や学校から社会への移行の前後は,環境が大きく変わる。そのことによって,時間的展望も変わることが予想された。そこで,小・中・高・大という移行期に焦点化した縦断研究をおこなおうと思った。幸い,科研費補助を1997年から2011年まで4つ受けて,縦断研究を実施した。調査結果も科研費学術図書出版助成を受けて刊行することができた。
そのうちの一つが,小学校から中学校への移行に関する調査である。そこで得られたデータにもとづく時間的展望の論文が,ある教育学者の目に留まった。声をかけられたことがきっかけとなって,小中一貫教育(小中一貫校)の共同検討チームに入ることになった。学校教育が子どもの発達に及ぼす影響について,調査データにもとづいて原稿を執筆した(本の分担執筆)。
2000年に広島県呉市で創設された小中一貫校は,従来は特区等の例外措置としての位置づけだった。この4月から小中一貫校は,学校教育法1条校となった。義務教育学校として,学校制度として正式に位置づけられたのである。小学校と中学校で学ぶ児童生徒と小中一貫校で学ぶ児童生徒の意識や実態の比較は,重要な研究課題である。
私自身,当初は縦断データを取ることを目指していた。歴史の流れの中で,学校教育制度が変更となり,学校教育との関係をより強く意識せざるを得なくなってきた。
心理学研究は,心理学の内部に留まっていることはできない。社会との関係性を意識しながら心理学研究を進めていくことが重要である。シンポジウム当日は,上記のような自分の体験にもとづきながら,時代や社会を視野に入れた縦断研究のあり方について論じてみたい。
以上3名の報告をふまえ,指定討論には,青年期の研究に造詣の深く,自らも縦断研究に取り組んでいる池田幸恭氏に,青年心理学の視点からコメントをいただく。またフロアとのやり取りをとおして,縦断研究を通して明らかになる思春期・青年期の現在の姿を検討するとともに,縦断研究がもつ可能性とその条件について論じていければと思う。
思春期・青年期の変化をとらえるために,多くの縦断研究が行われている。特に発達精神病理学の分野では,大規模な縦断調査が多数行われ,エピジェネティックな視点から思春期・青年期の問題行動を予測する要因や発達パターンの存在が明らかになっている(Moffitt, 1993)。
こうした状況のなか,我が国においても数多くの思春期・青年期に関する縦断研究が行われている。しかし,これらの縦断研究により,横断研究で得られる知見とは異なるいったい何が明らかになったのであろうか。またそれによって明らかになった知見は,教育現場や社会に対して,どのような新たな実践的・社会的な意義をもっているのだろうか。これまでこのような点について整理が行われることは少なかった。そこで本シンポジウムでは,縦断研究が明らかにする思春期・青年期というものとは何か?またそこにどのような課題があるのかということに焦点をあて議論したいと思う。
具体的には,3名の縦断研究を行っている研究者に登壇していただき,それぞれの視点から縦断研究を通して明らかになったこと,およびそこから引き出される社会的意義と課題について論じていただく。
まず加藤弘通氏からは,思春期の子ども一般にみられる自尊心の低下という現象に関する研究を報告していただく。縦断的な検討から明らかになったこととともに,そのことが教育実践に対してもつ批判的な意義について論じていただく。
次に金子泰之氏からは,問題行動といった通常の発達から一見するとはずれるような行動に焦点をあてた報告をしていただく。それにより縦断研究によって明らかになる新たな問題行動についての理解と対応について論じていただく。
最後にこれまで小学生から大学生までを対象に多くの縦断研究を行ってきた都筑学氏から報告いただく。自らの研究史をふりかえっていただき,その中で明らかになる縦断研究の必要性と新たな課題について論じていただく。縦断研究は一般的には時間を取り入れた研究である。しかし,時間は同時に歴史性や時代性を帯びており,同じ○年間の変化を追跡したといっても,そこには異なる時間が流れていると考えられる。都筑氏には,長い縦断研究の経験から,このような歴史性と時代性を縦断研究のなかでどのように考えるべきかについても論じていただく予定である。
各話題提供者の報告内容は以下の通りである。
縦断研究によって明らかになったこと
-なぜ思春期に自尊心がさがるのか-
加藤弘通(北海道大学大学院教育学研究院)
日本の子どもたちの自尊心が低いことがさまざまなところで問題視されており(古荘, 2009),小中学校の現場では,低い自尊心を向上させようとソーシャルスキルトレーニングや人間関係プログラムなど多くの取り組みがなされている。また多くの心理学者もそうしたプログラムの開発や実践に携わっている(渡辺・星, 2009)。
しかしその一方で,思春期は発達的にみて自尊心が大きく低下する時期であることも多くの研究によって指摘されている(Robins & Trzesniewsk i, 2005)。その理由としては,第二次性徴といった身体的要因(Connolly, Paikoff, Buchanan, 1996; Hater, 1998)や小学校から中学校への移行にともなう環境的要因(Wigfield, Eccles, MacIver, Reuman, & Midgley, 1991)など,様々な要因が指摘されてきた。そのなかでも本研究では,思春期に生じる思考の発達に注目した。具体的には,批判的思考態度(平山・楠見, 2004)が中学生の自尊心の変化パターンに与える影響について検討するために,公立中学校2校,国立中学校2校の中学生を対象に,3年間9時点にわたる縦断調査を行った。その結果,以下の2つのことがわかった。
1つは中学1年入学時の批判的思考態度の発達の違いがその後の自尊心の変化パターンに影響を与えているということである。具体的には,批判的思考態度の高い者のほうが,その後中学2年次まで自尊心の低下が著しいということである。つまり,思春期における自尊心の低下には,批判的思考態度の発達が関係していると考えられる。
2つは,しかしその一方で,批判的思考態度の発達は自尊心の低下を引き起こすが,中長期的には自尊心の下げ止まりにも貢献しているということである。具体的には中学2年次にもっとも自尊心が低下する時点が訪れるが,批判的思考態度が高い者のほうが,その最低点の値が他の者に比べて有意に高いということである。つまり,思春期における思考の発達は「短期的には自尊心の低下を引き起こすが,中長期的には自尊心の過度な低下を抑える」ということが明らかになったということである。
このようなある要因がもつ短期的な効果と中長期的な効果を明らかにした点に,縦断研究の意味があると考えられる。さらにこうした結果をふまえ,実践的には,従来の自尊心を向上させようとするプログラムがもつ短期的な視点を批判的に検討したいと思う。
3年間の縦断調査から浮かび上がる中学生の学校適応と生徒指導
金子泰之(常葉大学短期大学部)
学校現場において中学生の様子を見ていると,学校での勉強はできる一方,授業中にふざけたり学校内のルールから逸脱した服装で登校する生徒がいたりする。また,学校内のルールから逸脱したり教師に反発するなどトラブルを頻繁に起こす一方,行事や部活に対しては一生懸命取り組む生徒がいたりする。ここから見えてくる生徒像は,学校生活に関与しながら,それと同時に学校という枠から逸脱する生徒である。非行少年は遵法的な文化と逸脱的な文化を漂流する(Matza, 1964)と言われている。問題行動が多いことが問題で,少ないことは望ましいという1つの尺度だけでは思春期の学校適応の実態を捉えることはできない。
金子(2012)は,学校と教師の持つ価値への肯定的な適応を示す中学生の行動を向学校的行動と定義し,横断的なアンケート調査にもとづき向学校的行動と問題行動の2つの行動指標から中学生の学校適応を捉えた。向学校的行動と問題行動のそれぞれに及ぼす要因は異なっているため,問題行動を抑止するのが困難な生徒だったとしても,向学校的行動を促進することで生徒を学校生活に巻き込むことができることが明らかとなった。
もう1つ,学校現場の中学生と向き合っていると見えてくる特徴は,例えば,入学した1年次は大きなトラブルを起こすことなく学校生活を過ごせたのに,2年次において問題行動が増え始め,高校受験が近くなってくる3年次に落ち着き始めるといった中学3年間での行動の揺れ動きである。上記の金子(2012)の結果は,横断的な調査にもとづく結果であるため,中学3年間の中で生徒の行動がどのように揺れ動くのかを捉えることはできていなかった。報告者は,問題行動,向学校的行動,中学生に対する教師の関わりについてアンケート調査を実施し,3年間にわたる縦断調査から思春期の学校適応を捉えた。当日は,中学3年間の縦断調査から見えてくる中学生の向学校的行動と問題行動の関係や,中学3年間の中でどの時期に生徒指導することが問題行動の抑止につながるのかを報告したい。
私が縦断研究を始めた理由
-環境移行に伴う時間的展望の変化-
都筑 学(中央大学文学部)
1997年,博士論文を提出した。その後,開始したのが環境移行に伴う時間的展望の縦断研究である。その際,縦断研究のコストとパフォーマンスの兼ね合いを考慮した。時間的展望が変化しそうな時期に的を絞るのが効果的だと考えた。学校間の移行や学校から社会への移行の前後は,環境が大きく変わる。そのことによって,時間的展望も変わることが予想された。そこで,小・中・高・大という移行期に焦点化した縦断研究をおこなおうと思った。幸い,科研費補助を1997年から2011年まで4つ受けて,縦断研究を実施した。調査結果も科研費学術図書出版助成を受けて刊行することができた。
そのうちの一つが,小学校から中学校への移行に関する調査である。そこで得られたデータにもとづく時間的展望の論文が,ある教育学者の目に留まった。声をかけられたことがきっかけとなって,小中一貫教育(小中一貫校)の共同検討チームに入ることになった。学校教育が子どもの発達に及ぼす影響について,調査データにもとづいて原稿を執筆した(本の分担執筆)。
2000年に広島県呉市で創設された小中一貫校は,従来は特区等の例外措置としての位置づけだった。この4月から小中一貫校は,学校教育法1条校となった。義務教育学校として,学校制度として正式に位置づけられたのである。小学校と中学校で学ぶ児童生徒と小中一貫校で学ぶ児童生徒の意識や実態の比較は,重要な研究課題である。
私自身,当初は縦断データを取ることを目指していた。歴史の流れの中で,学校教育制度が変更となり,学校教育との関係をより強く意識せざるを得なくなってきた。
心理学研究は,心理学の内部に留まっていることはできない。社会との関係性を意識しながら心理学研究を進めていくことが重要である。シンポジウム当日は,上記のような自分の体験にもとづきながら,時代や社会を視野に入れた縦断研究のあり方について論じてみたい。
以上3名の報告をふまえ,指定討論には,青年期の研究に造詣の深く,自らも縦断研究に取り組んでいる池田幸恭氏に,青年心理学の視点からコメントをいただく。またフロアとのやり取りをとおして,縦断研究を通して明らかになる思春期・青年期の現在の姿を検討するとともに,縦断研究がもつ可能性とその条件について論じていければと思う。