16:00 〜 18:00
[JF06] 教職科目における「教授・学習」領域の再検討
認知心理学の理論と知見を実践に活かすために
キーワード:教授・学習, 教職科目, 授業
企画の趣旨
企画者代表 井上 毅
認知心理学の進展に伴い,その豊富な研究成果は,教育心理学の教授・学習領域の研究に大きな影響を及ぼし,1990年代頃からは,認知心理学を理論的ベースとする教授・学習過程の考え方が急速に広まった。また,それとともに,教育現場に入って問題を見つけて教授・学習過程の研究に取り組む,教育実践により近い立場からの研究も多くなってきている。このような動向を踏まえ,現在,教員養成のための必修とされている,「教職に関する科目」の教授・学習領域の内容に関して再検討を行う必要があると思われる。
この領域の内容は,教育職員免許法施行規則においては,「教育の基礎理論に関する科目」の中で“幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程”の修得が必要とされ,ここで最低1単位分7~8回の授業として,講義がなされている。また,「教育課程及び指導法に関する科目」の中で,“教育の方法及び技術”の修得が必要とされている。これに関しては教育学系の教員が担当している大学が多いと思われるが,教育心理学系の教員が担当している場合には,教授・学習心理学の内容が含まれてくると思われる。
教育心理学に関する大学用テキストで教授・学習領域の内容を調べると,かつては行動主義的学習理論の解説が中心で,さらに授業理論として,プログラム学習,発見学習,有意味受容学習などが紹介されていたものが多くみられる(e.g.倉石・苧阪・梅本(編)『教育心理学-改訂版』,1978)。
その後,認知心理学を理論的ベースとする考え方が広まってくるにつれて,学習理論の説明として行動主義的学習理論の紹介は少しにとどめ,人間の記憶システムや知識,問題解決などの解説が中心となり,教授法に関しては,一斉学習・グループ学習・個別学習,発見学習,受容学習,適正処遇交互作用などが紹介されているものが多い(e.g.服部・外山(編)『スタンダード教育心理学』,2013)。
さらに2000年代に入って,行動主義的学習理論の紹介はほんの少しで,教える際や学習する際に役立つという観点から,記憶の分類,効果的な「覚え方=思い出し方」,学習方略,メタ認知と学習観,などを取り上げたテキスト(藤田(編),『絶対役立つ教育心理学』,2007)も見られるようになった。
ただし,これらのテキストにおいて,教員が授業を工夫して行って学習者が効果的に学んでいくという,教授過程に関する内容の記述は,いまだ十分ではないと思われる。教育実践により近い立場からの研究は,教授過程に関する多くの有用な知見を生み出している。特に,認知心理学的アプローチは学習者の思考過程などの内的プロセスにも言及しうるものであるから,この内的プロセスとの相互作用という観点からの教授過程の知見は,教授行動の担い手である教員にぜひ知っておいてほしい事項である。
今回のシンポジウムでは,このような観点から,意欲的に研究と実践に取り組んでおられるお二人の方に話題提供をしていただき,教職科目の教授・学習領域の内容に関する再検討の機会としたい。
話題提供1
「認知心理学に基づく教授・学習の在り方を伝える」
佐藤浩一
認知心理学に基づいて教授・学習の在り方を考えること,また講義と実践をつなげることが,教職科目にとって重要である。
1.認知心理学の有効性-学習者の思考を考慮する
認知心理学の古典的な理論に「処理水準説」がある。この理論によると,学習は処理の副産物であり,深い処理・精緻な処理が優れた学習をもたらす。しかし授業を参観していると,次のように浅い処理にとどまっている事例を見かける。
(例1)授業の冒頭に「めあて」を音読する。
(例2)計算手続きを復唱する。
(例3)理屈抜きで手続きのみ教える。
(例4)質問や指示が抽象的で,苦手な児童生徒にはとりつく島もない。
学習者の思考がどう働くかを考えずに,手立てのみが使われることがあるようだ。認知心理学はこのように,授業を見る枠組みを与えてくれる。
2.学部の教職科目
授業の概要 筆者が担当する学部の教職科目「発達・教育心理学」では15回中4回を教授・学習に当てている。そこでは上で述べた問題意識から,①反復練習の限界,②学習者が能動的に考える重要性とその背景の基礎研究,③グループでの学習活動,④学習観,⑤振り返りと教訓帰納,などを取り上げる。授業では「説明活動」等を実際に行い受講者自身の思考がどう働いたかを考えさせたり,なぜある手続きが他の手続きより有効か(例:集中学習よりも分散学習),学習者の思考という観点から考えさせたりしている。
教職大学院での実践を踏まえて さらに,教職大学院生が認知心理学を生かして実践した事例を学部の授業で紹介し,受講者が講義と実践をつなげて考えることを促している。
(例1)小3の国語(物語文)。様々な表情を付箋にコピーし,主人公の気持ちにあった表情を場面ごとに貼らせた。苦手な児童も表情を選ぶことで人物の心情を捉え,説明することができた。
(例2)小5の国語(説明文)。「キーワードを見つけよう」といった抽象的な発問ではなく,「繰り返し出てくる言葉を□で囲もう」といった具体的な学習活動を通して,児童に読解方略を教えた。児童は説明文の読解だけでなく,他教科でも方略を意識するようになった。
(例3)小6の国語(意見文の作文)。友達同士で交換して推敲し合った。その際,「最初に自分の立場が書かれている」などの評価基準を明示した。児童は意見文をどう書くかというメタ認知的知識を学び,推敲への抵抗感が薄れた。
(例4)小3の算数。問題解決過程を振り返って,次に生かせる考え方を「考え貯金」としてノートに書き込ませた。児童は次第に自発的に「貯金」し,それを次の問題解決に生かすようになった。
また,こうした成功事例だけでなく,説明活動や振り返りが形骸化したケースや,非認知主義的学習観を伺わせる児童の様子(例:計算結果が出たら式をきれいに消す)なども取り上げている。
カリキュラム設計 本学では,1年次に5日間の実習を経験した上で,2年次に「発達・教育心理学」「教育の方法」を受講する。この組み立て方を活用すれば,実践に即して考えることで講義内容の理解を深めるだけでなく,実習の省察を深めることにも役立つ。今後はさらに,実践と授業を往還するカリキュラム設計が必要であろう。
話題提供2
「授業設計の方法と実例をどう示すか」
市川伸一
教授・学習の心理学は,学校の教員にほとんど役に立たないと言われることがある。なぜ役に立たないと思うかを聞いてみると,「いろんな理論的立場があることはわかるが,抽象的すぎて,それをどのように授業に組み入れたらいいのかわからない」ということのようだ。つまり,理論や,実験・調査から得られた知見を聞いても,日々の授業とは内容や形態があまりにも異なっているので,適用できないということであろう。教授・学習を講じている大学教員に,「具体的に日々の授業にどう生かすのですか」と聞いても,「それは,現場の先生が考えること」と言われてしまう。
一方,より具体的に,○○法(メソッド)や○○学習と呼ばれるような授業方法が教育心理学をベースに提案されることもある。これは,方法論も明確で授業ビデオも提供されている。ところが,これもまた,現場の教師から,「刺激にはなるが,とても日常的には使えない」と言われがちだ。なぜかといえば,特定の理論にこだわりすぎたり,対象とする内容,生徒,教師の条件が厳しすぎたりして,「どの学校でも実践できる授業」には見えない(実際,なっていない)からである。
教育心理学におけるさまざまな理論や知見を普通の授業でも生かすには,教育心理学者自身が,学校教員といっしょになって,それを実現してみるしかないと筆者は考えるようになった。その際重要なことは,理論,知見,方法を個別的・断片的にとりあげるのではなく,一つの単元とか,一コマの授業時間の中で,どう統合的に埋め込んでいくかである。そのような一例として,筆者は,習得型の授業設計論として実践してきた「教えて考えさせる授業」(市川,2008, 2013)を教職課程の講義や,教員研修で紹介している。
「教えて考えさせる授業」は,「0.予習」「1.教師の説明」「2.理解確認」「3.理解深化」「4.自己評価」の段階で一つの授業を展開するもので,それ自体は,当たり前と見えるほどオーソドックスである。しかし,「どこにでも見られるありふれた授業」ではない。従来から中学・高校にありがちな「教えるだけの授業」,1990年代に小学校に普及した「考えさせるだけの授業」が今でも多く見られる中で,講習や研修では,学校教員から斬新な授業と言われる。
それぞれの段階で推奨される方法は,認知心理学や教育心理学での多くの知見の裏づけがある。たとえば,先行オーガナイザー,有意味受容学習,素朴概念,学習者の相互説明(相互教授),協同的問題解決,発見学習,教訓帰納などである。これらを知っている教育心理学者にとっては,別に「斬新」とは見えないはずだ。
しかし,それらを統合して授業設計論として整理し,実際にどのような授業になるのかを実践してみせること,しかも,「そういう授業をすることもできる」というのではなく,普通の学校が,様々な学年,教科で「持続可能な実践」として実現していることを示さなければ,説得力がない。さらに,実践の結果として,学力面,意欲面,態度面でどのような効果が得られているのか,教師はどのような困難を感じ,どのように克服していくのかを示すことも求められるだろう。教職課程の教育心理学が,将来教師となる学生に,こうした授業づくりの展望を与えるものでありたい。
指定討論
岡 直樹・床 勝信
教育心理学研究者と現職教員の観点から,それぞれコメントや問題提起をしていただく。
企画者代表 井上 毅
認知心理学の進展に伴い,その豊富な研究成果は,教育心理学の教授・学習領域の研究に大きな影響を及ぼし,1990年代頃からは,認知心理学を理論的ベースとする教授・学習過程の考え方が急速に広まった。また,それとともに,教育現場に入って問題を見つけて教授・学習過程の研究に取り組む,教育実践により近い立場からの研究も多くなってきている。このような動向を踏まえ,現在,教員養成のための必修とされている,「教職に関する科目」の教授・学習領域の内容に関して再検討を行う必要があると思われる。
この領域の内容は,教育職員免許法施行規則においては,「教育の基礎理論に関する科目」の中で“幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程”の修得が必要とされ,ここで最低1単位分7~8回の授業として,講義がなされている。また,「教育課程及び指導法に関する科目」の中で,“教育の方法及び技術”の修得が必要とされている。これに関しては教育学系の教員が担当している大学が多いと思われるが,教育心理学系の教員が担当している場合には,教授・学習心理学の内容が含まれてくると思われる。
教育心理学に関する大学用テキストで教授・学習領域の内容を調べると,かつては行動主義的学習理論の解説が中心で,さらに授業理論として,プログラム学習,発見学習,有意味受容学習などが紹介されていたものが多くみられる(e.g.倉石・苧阪・梅本(編)『教育心理学-改訂版』,1978)。
その後,認知心理学を理論的ベースとする考え方が広まってくるにつれて,学習理論の説明として行動主義的学習理論の紹介は少しにとどめ,人間の記憶システムや知識,問題解決などの解説が中心となり,教授法に関しては,一斉学習・グループ学習・個別学習,発見学習,受容学習,適正処遇交互作用などが紹介されているものが多い(e.g.服部・外山(編)『スタンダード教育心理学』,2013)。
さらに2000年代に入って,行動主義的学習理論の紹介はほんの少しで,教える際や学習する際に役立つという観点から,記憶の分類,効果的な「覚え方=思い出し方」,学習方略,メタ認知と学習観,などを取り上げたテキスト(藤田(編),『絶対役立つ教育心理学』,2007)も見られるようになった。
ただし,これらのテキストにおいて,教員が授業を工夫して行って学習者が効果的に学んでいくという,教授過程に関する内容の記述は,いまだ十分ではないと思われる。教育実践により近い立場からの研究は,教授過程に関する多くの有用な知見を生み出している。特に,認知心理学的アプローチは学習者の思考過程などの内的プロセスにも言及しうるものであるから,この内的プロセスとの相互作用という観点からの教授過程の知見は,教授行動の担い手である教員にぜひ知っておいてほしい事項である。
今回のシンポジウムでは,このような観点から,意欲的に研究と実践に取り組んでおられるお二人の方に話題提供をしていただき,教職科目の教授・学習領域の内容に関する再検討の機会としたい。
話題提供1
「認知心理学に基づく教授・学習の在り方を伝える」
佐藤浩一
認知心理学に基づいて教授・学習の在り方を考えること,また講義と実践をつなげることが,教職科目にとって重要である。
1.認知心理学の有効性-学習者の思考を考慮する
認知心理学の古典的な理論に「処理水準説」がある。この理論によると,学習は処理の副産物であり,深い処理・精緻な処理が優れた学習をもたらす。しかし授業を参観していると,次のように浅い処理にとどまっている事例を見かける。
(例1)授業の冒頭に「めあて」を音読する。
(例2)計算手続きを復唱する。
(例3)理屈抜きで手続きのみ教える。
(例4)質問や指示が抽象的で,苦手な児童生徒にはとりつく島もない。
学習者の思考がどう働くかを考えずに,手立てのみが使われることがあるようだ。認知心理学はこのように,授業を見る枠組みを与えてくれる。
2.学部の教職科目
授業の概要 筆者が担当する学部の教職科目「発達・教育心理学」では15回中4回を教授・学習に当てている。そこでは上で述べた問題意識から,①反復練習の限界,②学習者が能動的に考える重要性とその背景の基礎研究,③グループでの学習活動,④学習観,⑤振り返りと教訓帰納,などを取り上げる。授業では「説明活動」等を実際に行い受講者自身の思考がどう働いたかを考えさせたり,なぜある手続きが他の手続きより有効か(例:集中学習よりも分散学習),学習者の思考という観点から考えさせたりしている。
教職大学院での実践を踏まえて さらに,教職大学院生が認知心理学を生かして実践した事例を学部の授業で紹介し,受講者が講義と実践をつなげて考えることを促している。
(例1)小3の国語(物語文)。様々な表情を付箋にコピーし,主人公の気持ちにあった表情を場面ごとに貼らせた。苦手な児童も表情を選ぶことで人物の心情を捉え,説明することができた。
(例2)小5の国語(説明文)。「キーワードを見つけよう」といった抽象的な発問ではなく,「繰り返し出てくる言葉を□で囲もう」といった具体的な学習活動を通して,児童に読解方略を教えた。児童は説明文の読解だけでなく,他教科でも方略を意識するようになった。
(例3)小6の国語(意見文の作文)。友達同士で交換して推敲し合った。その際,「最初に自分の立場が書かれている」などの評価基準を明示した。児童は意見文をどう書くかというメタ認知的知識を学び,推敲への抵抗感が薄れた。
(例4)小3の算数。問題解決過程を振り返って,次に生かせる考え方を「考え貯金」としてノートに書き込ませた。児童は次第に自発的に「貯金」し,それを次の問題解決に生かすようになった。
また,こうした成功事例だけでなく,説明活動や振り返りが形骸化したケースや,非認知主義的学習観を伺わせる児童の様子(例:計算結果が出たら式をきれいに消す)なども取り上げている。
カリキュラム設計 本学では,1年次に5日間の実習を経験した上で,2年次に「発達・教育心理学」「教育の方法」を受講する。この組み立て方を活用すれば,実践に即して考えることで講義内容の理解を深めるだけでなく,実習の省察を深めることにも役立つ。今後はさらに,実践と授業を往還するカリキュラム設計が必要であろう。
話題提供2
「授業設計の方法と実例をどう示すか」
市川伸一
教授・学習の心理学は,学校の教員にほとんど役に立たないと言われることがある。なぜ役に立たないと思うかを聞いてみると,「いろんな理論的立場があることはわかるが,抽象的すぎて,それをどのように授業に組み入れたらいいのかわからない」ということのようだ。つまり,理論や,実験・調査から得られた知見を聞いても,日々の授業とは内容や形態があまりにも異なっているので,適用できないということであろう。教授・学習を講じている大学教員に,「具体的に日々の授業にどう生かすのですか」と聞いても,「それは,現場の先生が考えること」と言われてしまう。
一方,より具体的に,○○法(メソッド)や○○学習と呼ばれるような授業方法が教育心理学をベースに提案されることもある。これは,方法論も明確で授業ビデオも提供されている。ところが,これもまた,現場の教師から,「刺激にはなるが,とても日常的には使えない」と言われがちだ。なぜかといえば,特定の理論にこだわりすぎたり,対象とする内容,生徒,教師の条件が厳しすぎたりして,「どの学校でも実践できる授業」には見えない(実際,なっていない)からである。
教育心理学におけるさまざまな理論や知見を普通の授業でも生かすには,教育心理学者自身が,学校教員といっしょになって,それを実現してみるしかないと筆者は考えるようになった。その際重要なことは,理論,知見,方法を個別的・断片的にとりあげるのではなく,一つの単元とか,一コマの授業時間の中で,どう統合的に埋め込んでいくかである。そのような一例として,筆者は,習得型の授業設計論として実践してきた「教えて考えさせる授業」(市川,2008, 2013)を教職課程の講義や,教員研修で紹介している。
「教えて考えさせる授業」は,「0.予習」「1.教師の説明」「2.理解確認」「3.理解深化」「4.自己評価」の段階で一つの授業を展開するもので,それ自体は,当たり前と見えるほどオーソドックスである。しかし,「どこにでも見られるありふれた授業」ではない。従来から中学・高校にありがちな「教えるだけの授業」,1990年代に小学校に普及した「考えさせるだけの授業」が今でも多く見られる中で,講習や研修では,学校教員から斬新な授業と言われる。
それぞれの段階で推奨される方法は,認知心理学や教育心理学での多くの知見の裏づけがある。たとえば,先行オーガナイザー,有意味受容学習,素朴概念,学習者の相互説明(相互教授),協同的問題解決,発見学習,教訓帰納などである。これらを知っている教育心理学者にとっては,別に「斬新」とは見えないはずだ。
しかし,それらを統合して授業設計論として整理し,実際にどのような授業になるのかを実践してみせること,しかも,「そういう授業をすることもできる」というのではなく,普通の学校が,様々な学年,教科で「持続可能な実践」として実現していることを示さなければ,説得力がない。さらに,実践の結果として,学力面,意欲面,態度面でどのような効果が得られているのか,教師はどのような困難を感じ,どのように克服していくのかを示すことも求められるだろう。教職課程の教育心理学が,将来教師となる学生に,こうした授業づくりの展望を与えるものでありたい。
指定討論
岡 直樹・床 勝信
教育心理学研究者と現職教員の観点から,それぞれコメントや問題提起をしていただく。