The 58th meeting of the Japanese association of educational psychology

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自主企画シンポジウム

教育心理学的観点を活かした大学生教育・大学生支援の工夫と課題

Mon. Oct 10, 2016 10:00 AM - 12:00 PM 54会議室B (5階54会議室B)

企画:川原誠司(宇都宮大学)
司会:川原誠司(宇都宮大学)
話題提供:川原誠司(宇都宮大学), 山地弘起(大学入試センター), 黒沢学(東京電機大学), 永井知子(四国大学)

10:00 AM - 12:00 PM

[JG05] 教育心理学的観点を活かした大学生教育・大学生支援の工夫と課題

川原誠司1, 山地弘起2, 黒沢学3, 永井知子4 (1.宇都宮大学, 2.大学入試センター, 3.東京電機大学, 4.四国大学)

Keywords:大学教育, 質保証, 教育心理学

企画趣旨
 大学進学率がユニバーサル段階であることが言われ,以前より多様な層が入学していると言われる大学においては,質保証という言葉に表れるような教育上の課題が以前にも増して出現している。学力の課題,学び方の課題,対人関係の課題,精神保健上の課題など,大学教員といえども,研究や講義だけでない教師の面を多様に要求される。
 中には自分の専門の研究(講義)やそこでの限定された学生との関係のみに固執する者もいるように思えるが,その一方で何とか学生全体の現状を見据えてより良い教育方法や支援方法を考える教員も多くの大学にいるだろう。しかし,そういうことが個々の大学の中ではなかなか気運として高まらない部分もある。このような教育面での大学改革については,一部の大学教員が腐心し,努力し,場合によっては過剰な責任を負ったり疲弊していったりということも少なくないだろう。
 本シンポジウムは,そのような中で,教育心理学の各領域を専門とする者が,所属する大学教育組織の中で何らかの教育方法や支援方法を考え,工夫してきたことを話題提供するものである。そこには学習や認知,臨床,発達,評価等の教育心理学にまつわる様々な要素が含まれる。フロアからも情報や意見を賜り,大学生教育や大学生支援の気運を一層醸成することを目的とする。
 一口に大学と言っても,それぞれの大学の置かれている状況は異なる面があろう。地域差,国私の差,学部差,四年制・短期大学の差など,「一律に大学改革を求められながら,各大学や各学部等が具体的に置かれている状況が異なる」ことを考慮することも不可欠である。そのような個々の苦悩を表出する中で通底する要素を析出し,思いある者同士がつながる機会になればと期待する。
長崎大学における教養教育改革事例
(山地弘起)
 長崎大学は,教育・経済・医・歯・薬・工・環境・水産・多文化社会の9学部からなる実学系中規模総合大学である。学士課程には7,600名強の学生が在籍し,毎年の入学者はおよそ1,700名である。教員は病院所属を含め1,000名を越える。
 この大学では,教育改革の出発点として平成24年度から新教養教育カリキュラムを導入し,それまで人文社会科学・人間科学・自然科学の分野配分型で実施していた教養教育を,特定テーマの科目群を履修する「モジュール方式」に転換した。
 テーマには「安全で安心できる社会」「健康と共生」「環境問題を考える」「核兵器のない世界をめざして」など30近くがあり,いずれにおいても現代的内容を学際的に深め汎用的技能育成を図るアクティブラーニングが目指された。モジュール方式では,担当教員団によって1テーマ当たり8科目から9科目が提供され,学生は初年次後期から2年次終了までの1年半の間,選択したテーマの学習を同一学生集団で継続することになった。
 この新たな教養教育には全教員の3分の1弱にあたる300名ほどが参画し,教員同士および教員と学生の間で密接なコミュニケーションを介しながらアクティブラーニングの実施と改善に努めることで,主体的学びを促す全学的な教育改善への好循環が期待された。その後モジュール方式は平成27年度後期からの第4クールで大きな修正が加えられ,初年次と2年次のモジュールを別々に選択できるようにするとともに,考える力に焦点をおいた具体的な授業設計支援を提供するようになっている。
 本報告では,長崎大学の教育改善部署で教養教育改革に取り組んだ経験から,この間の教学マネジメントのあり方を振り返るとともに,「学生による教育改善のための協議会」が細々とではあるが学生の意見を集約して教養教育改革へのフィードバックを行ってきた意義と課題を紹介したい。
Small but Robust; 工科系大学の導入教育とその効果
(黒沢 学)
 本話題提供者の勤務する工科系大学では2006年度から新入生を対象とした導入教育プログラムを行っており,筆者はそのカリキュラムの設定と実際の運用の両面に携わってきた。ここでは,そのプログラムに関して,概要に加えその効果について述べる。参加者の関心はプログラム作成の経緯や実際の運用(e.g. 学生への個別の対応の方法)にもあるかもしれないが,それらはシンポジウムの場(あるいはその後)において必要に応じて説明したい。
 この新科目は大学全体のカリキュラム改編,その元にあった学生の準備状態の多様化の中で生まれてきた。その内容は出版教科書(初年次テキスト編集委員会, 2014 (2nd Ed.))に詳しいが,大きく分ければ,life skillsとacademic skillsからなる。すなわち,(1) 学習への準備(自己管理や心身の健康),(2) インプットの技術(ノートテイキングや資料の検索),(3) アウトプットの方法(レポートライティングの技術とルール)である。その後,年次の進行とともにカリキュラムの見直しも行っているが,現在はキャリア教育に力を入れるべきという要請にどう応えるか,そしてデジタル化にどう対応するかが問題になっている。その進行についても報告したい。
 では,このように多くの人手と労力をかけた教育プログラムに効果はあるのだろうか。国内外で同様の報告がある中,話題提供者も関連学会で定期的に報告してきた。それを要約すれば "Small but Robust" となろうか。例えば,本科目履修者と非履修者のその次の学期におけるある科目のレポートの成績を比較する(黒沢, 2008)と,履修者では有意に高いものの効果量は小さい(10点満点で平均値差が.41,Cohen's d=.37)。しかし,様々な条件で調査した結果,毎回この程度の有意な差が見られる。それはなぜなのだろうか。そして,それをより高めることは可能なのだろうか。可能だとして,どのようにすればできるのだろうか。このような問題について,実際にデータを示しつつ考察・討論したい。
小規模大学における統合的学修支援
(永井知子)
 心理的なしんどさを抱える学生に加え,学力や社会性に課題のある学生が,入学後の大学生活にうまく適応できず,中途退学や休学に至ることは少なくない。また,専門職養成課程(保育・教育・看護・栄養)においては,実習でのつまずきから,職業選択の見直しが必要になるケースもあり,心理面,学習面,進路面といった幅広い学生の支援ニーズに対応することが求められている。
 本学では,学生がより良い大学生活を送れるよう,平成21年4月より学修支援センター(以下,センターとする)が設立された。センター内にはグループワークルームやリラックスルーム,学修スペース,相談コーナーが設けられており,飲食サービスを行うなど,学生が居心地よく過ごせるよう構成されている。また,学習サポートプログラム(小集団・個別)やキャリアアップ支援(就職力アップ)といった学習支援や,スタッフやピアサポーターによるメンタルケアなど,不安を解消できる学内の居場所の一つとして機能している。
 また,大勢が苦手な人や不登校気味な人も安心して利用できるよう,より静かな環境で学習したい人のための部屋として臨床心理士が常駐する第二学修支援センター(以下,スタディルームとする)が設立された。センターおよびスタディルームは学生相談室のように予約制ではなくオープンな組織であるため,学生が必要に応じていつでもかけこむことができ,学生とスタッフ間に信頼関係が構築されやすく,学生の困り感や支援ニーズを引き出すことが可能となっている。
 そのため,本来であれば敷居が高いと感じられるような学生相談室や保健センター,キャリア支援課,学生サポートセンターなど,学内の諸機関と学生をつなぐといったコーディネート的な役割を担うことができ,自ら進んで行動することに抵抗や課題をもつ学生にとって本当に必要な支援をスムーズに提供することが可能となっている。
 小規模大学ゆえにできる学習および学修の統合的な支援について,具体的な取り組みと今後の課題について話題提供を行う。
課程必修授業「コミュニケーション演習」「メンタルヘルス実習」の取り組み
(川原誠司)
 本取り組みは,教員養成学部の「新課程」のものである。新課程は,学部内では本筋ではないと見られ,他学部からは教育学部とまとめられ……という立場に置かれやすい。教育カリキュラムも「次いで」「二番煎じ」にされることも多い。
 2009年度発足の宇都宮大学教育学部総合人間形成課程において,そのコアカリキュラムの中に「コミュニケーション演習」「メンタルヘルス実習」という科目を必修として新設した。これらの科目が意図する教育的要素は,話題提供者が教員養成の学生に不足すると長年感じていたものであり,以前に所属していた教育実践総合センターでは教員養成の学生対象に選択で開講していた。
 これらの授業は,一方的な講義だけで終わるものではなく,「学ぶ仲間づくり」「他者への配慮」「能動的学習」「勤勉さ」「学習成果の公開」「内省への働きかけ」などを通して,学士力や社会人基礎力に挙げられているコミュニケーションやメンタルヘルスの要素を育てる意図がある。例えば,「メンタルヘルス実習」については,メンタルヘルスに関する専門的講義(疾患等の羅列・解説のようなもの)ではなく,自らのメンタルヘルスに関連して,感じ考えるヒントを専門的見地から簡潔に説明した後は,学生自身のそして互いのあり方について共有し,指摘することを主眼とした。
 本授業で得たものについては,課程学生の多くから高い評価を得ている面がある。決して「楽な」授業ではなく,学生もその点は実感しているが,それゆえに得られるものも多く,社会に出てからもその要素が活かされ,評価されている。
 現在では新課程をなくす方向性だが,教員養成課程の中で,教師のコミュニケーションやメンタルヘルスに関して,学生が実感して考える機会は(意識の高い大学を除き)あまりないように感じる。質保証の観点からも,質の高い教員養成のために「隣」の課程が示唆するものを呈示したい。