The 58th meeting of the Japanese association of educational psychology

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自主企画シンポジウム

机に向かって集中し続ける力をいかに生み出すか

教室に静まりが生まれた

Mon. Oct 10, 2016 1:00 PM - 3:00 PM 54会議室A (5階54会議室A)

企画:惣宇利紀子(株式会社 公文教育研究会)
司会:惣宇利紀子(株式会社 公文教育研究会)
話題提供:惣宇利紀子(株式会社 公文教育研究会), 河本伸一#(善通寺市立東中学校), 松繁寿和#(大阪大学)
指定討論:吉田甫(立命館大学)

1:00 PM - 3:00 PM

[JH04] 机に向かって集中し続ける力をいかに生み出すか

教室に静まりが生まれた

惣宇利紀子1, 河本伸一#2, 松繁寿和#3, 吉田甫4 (1.株式会社公文教育研究会, 2.善通寺市立東中学校, 3.大阪大学, 4.立命館大学)

Keywords:集中力, 考える力, 基礎学力

企画趣旨
 21世紀型学力が求められる今日において,自分で考える力は益々必要とされてきている。そうした力を身につけるためには,「机に向かって集中し続ける力」が大事な要素の一つになると考える。
 全国で200以上の学校・施設(主に,中学校・高校・大学・児童養護施設・障がい者自立支援施設・医療機関など)に公文式数学を導入している中で,生徒達の集中力が変わったという声を聞くことが多い。年齢も学校システムも異なる文脈において,こうした同様の現象が学習者に生まれていることに関心を抱き,研究を開始したのが背景である。スポーツや音楽といった様々な活動の中でも集中力を高めることはできるが,ここでは学校・施設で実際に起きている「机に向かって学習をし続ける」という意味での集中力を取り上げたい。
 前提として,公文プログラムは,個人別・習熟度別に進めることができる教材と指導法で,生徒達は自分のペースで10枚つづりのプリントを解き,採点後に間違いがあった場合は100点になるまで修正をするといった学習内容である。学校(主に,中学校・高校・大学)に導入しているケースでは,基礎学力の補強,学習態度形成の支援,進学・就職の支援といったニーズが多く,学校に公文プログラムを提供し,学校の教職員が指導を行うというスタイルで行っている。
 話題提供では,一つ目に実際に導入している学校教員の立場から,どの様にして一人でも多くの生徒に集中力を持たせ,学校全体の成果としているのかの実践例を,二つ目に,プログラムを提供している立場から,ある地域での効果測定をもとに,机に向かって集中し続ける状態が生まれるプロセスについての考察を,最後に経済学の立場から,実際に起きている学校の変化についての考察を行いたい。そして,子どもたちの学習活動における処理過程など様々な研究を行っている指定討論者に,教育心理学の立場からのコメントをいただいた上で,フロアの皆さまと,机に向かって集中し続ける力をどの様に育むのか,またそのことでどの様な効果が生まれるのかについて,議論したいと思う。
話題提供1
教室に静まりが生まれた
河本伸一(善通寺市立東中学校)
 現在の中学校に着任したときの第一印象は,『騒がしい!大変なところに来た!』であると同時に,『あぁ,生徒のエネルギーと時間がもったいない!』という気持ちであった。数学科講師として何かしなければという焦りは空回りを続けたが,課題のある生徒は強い劣等感を抱き,それに長くは耐えられず,心の平衡を保つために学業以外で自己主張を続けることをよく目にした。
 2002年,学校長が課題のある二人の生徒に,公文式教材をさせてみたところ驚くほどの変化が起きた。この体験から2003年,全国で初めて公立中学に公文式教材(算数・数学)を全校導入することとなった。一人ひとりの学力に応じた個人別・習熟度別の教材を与えた結果,朝学習の時間に静まりが生まれた。静まりは,集中していることを意味する。集中することが心地よいことだと生徒たちは初めて経験したように感じた。集中するためには『できるもの』を与える必要があったのだ。生徒がもつエネルギーが正しい方向に向かうようになった。
 『学習習慣の定着・基礎学力の向上』を補強できるこうした学習を活用した結果,数年を経て学校は様変わりした。実際,こうした民間プログラムを学校が取り入れるには,教えることを中心とする学校に自学という概念を持ち込むことへの抵抗,学習時間の捻出,膨大な教材採点への対応などの課題と直面した。そんな中で試行錯誤を繰り返し,最終的に教師自らの成長や変化によって,時には地域(PTA・老人会等)の応援を得てこれらを乗り切った。生徒は『できる教材』に熱心に取り組み,高校課程を修了するものまで現れた。卒業前の作文では,誘導したわけではないが,『集中力』『忍耐力』『継続することの大切さ』という言葉が多かった。その文面からは自信がみなぎっている様に感じた。
 自己肯定感は他から与えられるものではなく,何かを徹底的に行い,そのことが自分で出来るようになって初めて得られる自己評価である。課題のある生徒に対し,当該生徒の起こした問題行動に対処することは学校として当然であるが,自ら考える力を鍛えることも同様に,いやそれこそが最も重要であることをこれまでの経験から学んだ。こうした課題における学校の取り組み事例について,話題提供したい。
話題提供2
机に向かって集中し続ける状態はどの様に生まれるのか
惣宇利紀子(公文教育研究会)
 生徒一人ひとりの能力や学習姿勢が様々なように,集中し続けることができる時間や内容もまた様々である。実際に学校で起きている生徒達の集中力の変化について,そのプロセスを考えたい。
 まずは,集中する時間についてだが,もともと集中が長く続かない生徒であっても,その生徒にとって,すらすらと学習できる課題を個人別・習熟度別に与えることで変化が起きると考える。課題内容は,すでに小学校の時に習ったものであるが,単純な計算問題にとどまらず,頭の中で通分や約分をする様な四則の分数計算を段階的に解くことによって,処理できる量を無理なく増やしていくことができ,短時間でも座って学習できるようになったり,もともと集中力がある生徒でも,作業し続けることができる時間が更に増えていくと考える。
 続いて,徐々に長く,複雑になっていく式の問題を解かせたり,教えてもらわずに,例題をもとに自分で法則を考えて解くといった学習をしていく中で,式全体を見ながら解き方を考える様になったり,例題から類推していく力が徐々に身についていくことによって,取り組む課題がたとえ難しくなっていっても,思考し続ける構えが出来る様になっていくと思われる。
 そして,ある程度の期間において学習を継続させるためには,それらの力や学習の構えに加えて,自分の答えを軌道修正したり,間違いにも根気強く取り組む姿勢が大事である。採点後に間違いがあった箇所を100点になるまで訂正作業を行うという過程を通して,自分の間違えと向き合うストレスを軽減させ,ミスした箇所を素早く探しだし,正しい答えを根気強く解くという姿勢が高まると考える。
 これらの力を総合的に測る能力テストを用いて,ある地域の中学校の協力の元,公文式を学習している実験群と,その群と同じ条件下の対照群とを比較したところ(Fig.1),公文式を学習する前の1年生時点においては対照群の方が高いが(F [1,813]=6.39,p<.05),2年生~3年生になると実験群の方が高くなることが確認できた(中学2年生:F [1,813]=8.64,p<.01;中学3年生:F [1,813]=3.86,p<.05)。
 学年と学校の組み合わせによる交互作用が見られた(F [2,813]=8.71,p<.001)。
 以上によって,生徒達に共通して見られた集中力の変化は,処理力・思考力・修正力といった力が段階的に,かつ総合的に高まっていくことで生まれてくるのではないかと考察する。
話題提供3
経済学からみた捉え方
松繁寿和(大阪大学)
 具体的な教育方法とその成果を補足しようとする経済学の取り組みは,緒についたばかりであり,長い歴史を持つ教育学における蓄積を漸く学び始めた段階であるといえる。しかし,逆にそうであるがゆえに,新たな視点から分析が進められこれまで見落とされてきた事実が発見されるかもしれない。
 経済学ができる貢献の一つは,実証的な方法の応用であろう。学問の性格上,政策効果の検証や費用対効果の測定が問われる傾向が強く,統計的に精度の高い分析が求められる。今回,公文式を導入している学校・施設やその関係者の協力を得て行った取り組みは,教育効果を継続的に計測しており,純粋にその効果を測れるという点で極めて貴重な事例といえる。
 もう一つの貢献は,企業内人事に関する分野で進められてきた教育訓練,働く意欲や従業員満足度に関する知見であろう。近年,労働者や企業の生産性を上げるには心理的側面が重要であることも認識されており,心理学や人間行動学の考え方や分析方法が取り入れられ実証的研究が進められている。上司や仲間との人間関係が,仕事ぶりに影響を与え成果をかなり左右するという統計分析の結果もある。公文式学習も,学習効果として単に計算能力だけでなく,『集中力』,『忍耐力』,『学習習慣の定着・基礎学力の向上』といった意欲や取組姿勢に注目しており,学問領域を越えた比較が可能となっている点で興味深い。