The 58th meeting of the Japanese association of educational psychology

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自主企画シンポジウム

ニイルとアドラーから考える21世紀の学校のもうひとつの姿

Mon. Oct 10, 2016 1:00 PM - 3:00 PM 54会議室B (5階54会議室B)

企画:向後千春(早稲田大学)
司会:向後千春(早稲田大学)
話題提供:伊澤幸代(早稲田大学アドラー心理学研究会), 堂坂更夜香(早稲田大学アドラー心理学研究会), 堀真一郎#(きのくに子どもの村学園), 加藤聖香(早稲田大学)

1:00 PM - 3:00 PM

[JH05] ニイルとアドラーから考える21世紀の学校のもうひとつの姿

向後千春1, 伊澤幸代2, 堂坂更夜香3, 堀真一郎#4, 加藤聖香5 (1.早稲田大学, 2.早稲田大学アドラー心理学研究会, 3.早稲田大学アドラー心理学研究会, 4.きのくに子どもの村学園, 5.早稲田大学)

Keywords:ニイル, アドラー, 学校システム

企画の趣旨
(向後千春)
 サマーヒル学校を作ったニイル(1883-1973)は当時のフロイトの理論に影響を受けていたが, それ以上にアドラー(1870-1937)の理論,たとえば「劣等感とその補償(inferiority feelings and compensation)」や「優越性の追求(striving for superiority)」の方がより妥当だと考えていた。アドラーもまた子どもの教育については強い関心を持ち,それは『子どもの教育』(1970)のような本になっている。
 学校教育についてニイルとアドラーに共通するアイデアは以下のような点である。
 (1) 先生と生徒は人間として対等である。
 (2) ルールが必要なときは全員で決める。
 (3) 生徒は実際の経験や失敗から学ぶことが多い。
 (4) 学校の使命は教科の学習よりもむしろ人格の発達である。
 日本の学校教育は,その教育技術の研鑽が「レッスン・スタディ」として世界から評価されている一方で,いじめや不登校の問題は解決の方向に向かっているとは言いがたい。そして,21世紀の教育は,粘り強さや自己調整力といった「非認知的スキル」をいかに扱うかという課題を避けては通れないだろう。
 本シンポジウムでは, ニイルの理念による学校である「子どもの村学園」を和歌山県, 福井県, 山梨県で設立, 運営している堀真一郎氏を迎えて, ニイルとアドラーの教育についてのアイデアを検討しながら, 21世紀の学校のもうひとつの姿を見出すことを目的とする。
アドラー『子どもの教育』から見た学校教育
(伊澤幸代・堂坂更夜香)
 第一次世界大戦後, オーストリアの荒廃はその道徳にも及んだ。そのような時代背景のもと, 教師に働きかけ, 多くの子どもに影響を与える教育改革こそが, 平和な世界への変革に有効であると考えたアドラーは, ウィーンに児童相談所を設け, 教師の相談に応じて子どもたちを援助する方法を教えた。
 アドラー(1969)は, 「学校は, 家庭と国家の中間に位置するものである」と述べ, 人間形成の場としてその役割の重要性にいち早く着目し, 子どもが個々に受けてきた教育の欠点を補い, 生きることの知識と技術が教えられる場所であるべきとした。アドラー(1970)は, 学習上の失敗より子どもの心理的失敗が重要であるとし, 子どもたちに勇気と自信を与えること, また, 困難は障害ではなく, 乗り越える課題であると教えることで, すべての子どもたちのその精神的な能力を刺激する努力を主張した。
 すべての人間は優越性という目標を追求して行動する, というのがアドラー心理学の基本的な考え方である。子どもの教育においても, 子どもが何を目的としてその行動をとっているかを洞察し, その行動が子どもの人生に有用であるように, また, 子どもの関わる共同体にとって有用なものを生み出すように導くことが教育の役割である, とアドラーは述べている。ゆえに子どもが共同体のメンバーである教師, 友人, 親との連帯感を認められるように援助しなければならない。
 アドラーの指摘は教材にまで及び, 教材は興味深く, 実用的で, 物事に対して総合的なアプローチの仕方を教えられるものであるべきとした。「道理にかなった範囲で」とした上で, 経験から学ばせることが最善の教育方法であると述べ, 子どもが自ら体験し, 経験知を積み重ねることを推奨している。
 何が正解か競い合う場となった学校は, 子ども同士または教師と子どものよい人間関係が形成しにくくなっており, 様々な問題を生んでいる。アドラーの考え方を, 現代の学校教育における諸問題にどのように生かせるかが私たちの課題である。
きのくに子どもの村学園のDNA
(堀 真一郎)
 きのくに子どもの村学園は1992年4月に和歌山県に最初の小学校を設立し, 現在は4つの県(和歌山, 福井, 福岡, 山梨)に小中計8校, 高等専修学校1校を設置し, スコットランドに元私立学校1校の施設を所有している。
 私たちがモデルにしたのはイギリスのニイル(A.S.Neill,1883-1973)のサマーヒル(Summerhill School,1921-)である。ニイルは『問題の子ども』(2009)の冒頭で「困った子というのは実は不幸な子である」と言い切る。親や社会から与えられた道徳や良心と本来もって生まれた人間性との葛藤を内心に抱え, その葛藤から生じた自己否定感や罪の意識に苦しんでいて, その結果として問題行動を示す子どもである。
 ニイルがまずめざしたのは, この内心の問題から子どもを解放し, 自己肯定感と生きる喜びをとりもどさせることだ。そのために彼は「プライベート・レッスン」と称する独特の心理療法をおこなったり, 盗癖の治らない子といっしょに隣家へニワトリ泥棒に入ったりした。この与えられた道徳からの解放を彼は「教育解除」あるいは「再教育」と呼んだ。
 日本では広く誤解されているが, ニイルは問題児の治療のために学校をつくったわけではない。むしろ「迷信, 因習, 偽善」から解放され「自分自身の生き方」のできる「自由な子ども」への成長の手助けを教育の根本目標としたのである。
 きのくに子どもの村は, このニイルの思想と実践を起点として, そこにアメリカのデューイ(John Dewey,1859-1952)の「活動的な仕事(Active Occupations)」の理論を付け加える。具体的な生活から題材をとって「みずから創造的に考える力」を育てる体験学習の理論だ。ニイルが自由な感情を第一に考えたとすれば, デューイは「自由な知性」を教育目標の中心に据えたといってよい。しかし実際には感情が自由でないと自由な知性は育ちにくいし, 自由な知性は感情の解放を促進する。(なおニイルもデューイも, 自由な人間関係, あるいは生き生きとした子ども集団の意義を重視している。)
 ニイルの思想と実践を丸呑みにした上で, デューイの体験学習を大事にした教育家がジョン・エッケンヘッド(John Aitkenhead,1910-1998)である。彼はスコットランドにキルクハニティ・ハウス校(Kilquhanity House School,1940-1997)を開設し, 農業, 建築, 料理, 楽器製作などの「ホンモノの仕事」をカリキュラムに取り入れた。
(サマーヒルは今も健在だが, キルクハニティは20年前に閉校になり, きのくに子どもの村がその施設を引き継いでいる。)
 というわけで, きのくに子どもの村のDNAとは, デューイ, ニイルそしてエッケンヘッドの3人である。私たちのめざす子ども像は「自由な子ども」, つまり感情面でも, 知的にも, 人間関係においても自由な子どもだ。実践上の基本原理は「自己決定」「個性化」 「体験学習」で, カリキュラムは, 「プロジェクト」 「基礎学習」 「自由選択」 「ミーティング」で構成されている。クラスはプロジェクトのテーマをもとに異年齢の子どもで編成され, 「工務店」 「おもしろりょうり店」 「きのくにファーム」などと名付けられている。
 最後に, 子どもの村の学校は無認可のフリースクールではない。すべて正規の, つまり認可を受けた私立学校である(堀, 2013)。
 なおアドラーについては私自身は無知に近いのだが, ニイルは著書の中で「ユングよりもフロイト, フロイトよりもアドラーを評価する」という意味のことを書いている。
ニイルとアドラーから考える21世紀の学校の姿
(加藤聖香)
 ニイルは, 子どもたちに対して「自分自身の生き方をする自由」, 言い換えると「自己決定」を徹底して認めた。ニイルが自己決定を大切にしていたのは, 個性を尊重し, 権威にすがることなく自ら考える姿勢を身につけて欲しいと願ったからである。一方, アドラー心理学では教育が目標にするのは, 子どもの「自立する力」と「共同体感覚」を育成することである。
 文部科学省(2008)は小・中学校の学習指導要領を改訂した。新しい学習指導要領は, 子どもたちの現状をふまえ, 「生きる力」をはぐくむという理念のもと, 知識や技能の習得とともに思考・判断力・表現力などの育成を重視している。 「生きる力」とは, (1)基礎的な知識・技能を習得し, それらを活用して, 自ら考え, 判断し, 表現することにより, さまざまな問題に積極的に対応し解決する力, (2)自らを律しつつ, 他人とともに協調し, 他人を思いやる心や 感動する心などの豊かな人間性, (3)たくましく生きるための健康や体力, としている。
 小貫(2007)はデューイの教育論は, 学校は直接的な経験の可能性を追求する場であり, 観察やフィールドワークを基礎として探求する「学びの共同体」であると述べている。つまり, デューイの言う「経験」とは参加型学習である。改訂された文部科学省の指導要領はこの参加型学習の考えに沿っている。
 デューイの教育理論をとり入れたニイルとアドラー心理学の2つの視点から, 21世紀の学校の姿は子どもたちの「生きる力」を育む事のできる学校である。子どもたちにとって楽しく, 安心でき所属感を得られるコミュニティであることが望まれる。自分が能力を発揮することで, コミュニティに貢献できることを経験する。そこから, 共同体感覚を養い, 自立した人間になることができる。このような観点から21世紀の学校の姿について検討したい。
引用文献
Adler, A. (1969). The Science of Living, Double day& Company, New York. (岸見一郎 (訳)(2012). アドラー・セレクション―個人心理学講義 アルテ)
Adler, A. (1970). The Education of Children, Gateway Editions, Ltd. (Original work published 1930) (岸見一郎(訳)(2014).アドラー・セレクション―子どもの教育 アルテ)
小貫 仁(2007).IV-2 学校における教育方法をめぐる一考察〜参加型学習の編纂とその課題 開発教育, 54, 66-78.
堀 真一郎(2013).きのくに子どもの村の教育―体験学習が中心の自由学校の二十年 黎明書房
文部科学省(2008).小学校学習指導要領解説,総則.
ニイル, A.S.(2009).堀 真一郎(訳)新版ニイル選集(1)問題の子ども 黎明書房