日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PE(01-64)

ポスター発表 PE(01-64)

2016年10月9日(日) 13:30 〜 15:30 展示場 (1階展示場)

[PE54] 心身の変化によるリスク経験時のキャリアレジリエンスの働き

職業的アイデンティティに着目して

児玉真樹子 (広島大学)

キーワード:キャリアレジリエンス, 心身の変化, 職業的アイデンティティ

問題と目的
 Schlossberg(1981)は,キャリア発達をキャリア・トランジション(転機)の連続から成るものと捉え,このトランジションを乗り越えることの重要性を指摘している。岡田(2013)は,キャリア・トランジションのきっかけの一つとして心身の変化(病気等)があり,これが焦りや苛立ちを感じたり,適性の有無などの内省につながることを明らかにしている。これはキャリア形成を脅かすリスクの一つと捉えられる。このようなリスクに直面したときに,それに対処してキャリア形成を促す心理的特性を,児玉(2015)はキャリアレジリエンスとして,その構成要素を検討した。その結果,チャレンジ・問題解決・適応力(以下,問題対応力),ソーシャルスキル,新奇性・興味関心の多様性(以下,新奇・多様性),未来志向,援助志向の5つの要素からなることが明らかになった。本研究では,心身の変化によるリスクの経験におけるキャリアレジリエンスの5つの構成要素の働きを解明することを目的とする。
方   法
調査手続きと対象者 2015年12月に,Webによる調査法で正社員1000名分(男性500名,女性500名;平均年齢44.10歳)のデータを得た。
調査項目 キャリアレジリエンスについてはキャリアレジリエンス尺度(児玉,2015)を用いて4段階評定で測定した。キャリア形成の指標として,実現感,役割獲得感,喪失感の3因子からなる職業的アイデンティティ(児玉・深田,2005)を4段階評定で測定した。また,この3か月以内の心身の変化の有無を尋ね,それによる焦りや苛立ちの程度および内省の程度を各々4段階評定で尋ねた。
結   果
心身の変化によるリスク経験とキャリアレジリエンスの関係 心身の変化を経験した人(n=391)のみを対象に,それに対する焦りや苛立ちの程度 とキャリアレジリエンスの各要素との相関係数を算出したところ,問題対応力と未来志向で有意 な負の相関を示した(順にr=-.10,p<.05;r=-.14,p<.01)。また内省の程度との相関係数を算出したところ,未来志向で有意な負の相関を示した(r=-.14,p<.01)。
心身の変化によるリスク経験のキャリア形成に及ぼすネガティブな影響の,キャリアレジリエンスの緩和効果 心身の変化を経験し,それにより焦りや苛立ちを感じている,もしくは適性に関する内省をしたと回答した者を,心身の変化によるリスク経験群(以下R群,n=359),それ以外をリスク非経験群(以下NR群,n=641)とした。キャリアレジリエンスについては,構成要素ごとに,平均値±1SDを基準として高・中・低群に分類し,高・低群を分析対象とした。職業的アイデンティティを従属変数,キャリアレジリエンスの各構成要素の高低と心身の変化によるリスク経験の有無を独立変数とした2要因分散分析を行った。その結果,次の箇所で有意な交互作用がみられた。
 まず職業的アイデンティティの役割獲得感因子においては,キャリアレジリエンスのソーシャルスキルと未来志向において有意な交互作用がみられ(F(1,581)=6.29,p<.05;F(1,680)=6.16,p<.05),単純主効果の検定の結果,いずれもキャリアレジリエンスの保有度合が低い群では,NR群がR群より得点が高かった。またNR群,R群ともに,キャリアレジリエンスの高群が低群より得点が高かった。また,職業的アイデンティティの喪失感因子は,キャリアレジリエンスの援助志向で有意な交互作用(F(1,534)=5.48,p<.05)がみられ,単純主効果の検定の結果,キャリアレジリエンスの保有度が高い群ではR群がNR群より高くなった。またNR群においてはキャリアレジリエンス低群が高群より高かった。
考   察
 相関分析の結果より,心身の変化を体験しても,キャリアレジリエンスの問題対応力と未来志向の保有度合いが高いと,焦りや苛立ちを感じたり,適性について考え直すなどに至らず,心身の変化がリスク要因になりにくいことが示された。また,分散分析の交互作用の結果より,ソーシャルスキルと未来志向の保有度合が低いと,心身の変化によるリスクを経験することで職業役割獲得感が低くなるが,これらの保有度合が高いとそのような変化はみられなかった。すなわち,キャリアレジリエンスのうちソーシャルスキルと未来志向は,心身の変化のリスク経験によるネガティブな影響を緩和することが示された。
(本研究は科学研究費助成事業 基盤研究(C)課題番号2680887の助成を受けています)