10:00 〜 12:00
[j-sym01] 地域の問題に立ち向かう教育心理学
キーワード:教育心理学, 地域
企画趣旨
研究者の地域貢献の重要性が叫ばれるようになって久しい。特に地方大学では,教員を評価する上で研究,教育だけでなく,地域貢献の重要性が占める割合は大きくなってきている。G型,L型大学の議論には多くの問題があるが,これまでのように大学や学会の中だけで研究し,発表し,論文を書いていればよい時代は終焉を迎えつつあることは確かである。教育心理学には不毛性に関する議論に代表されるように実践に貢献していないという批判がこれまでされてきたが,時代の変化とともに現在,実践を全く考えずに研究だけを行っている教育心理学者は少なくなってきていると考えられる。こうした地方大学や教育心理学を取り巻く状況を踏まえると,地方にいるからこそできる教育心理学に関する研究もあるといえる。特に,それぞれの地域固有の問題や課題に対して,教育心理学がどのように貢献できるのかについて改めて考える機会としたい。
地方にいると,研究を行う上で,大都市圏に比べて資金やマンパワーの不足などの不利を感じることが多いといえる。しかし,大学が少なく,研究者が少ない地方だからできる研究も存在し,非常にやりがいがあるとも考えられる。今回は,地域固有の問題や課題に立ち向かっている若手・中堅の教育心理学者に研究活動を紹介してもらい,地方だからこそできる教育心理学に関する研究,そして教育心理学の地域貢献について考えていきたい。
話題提供者としては,沖縄県でひきこもり・ニート・不登校の問題に関わっている琉球大学の中尾達馬先生に「沖縄におけるひきこもり・ニート・不登校の支援者支援」というタイトルで発表していただく。また,福井県で学校現場と協働した取り組みを行っている福井大学の岸俊行先生に「小規模県だからこそ出来る学校現場と協働で行う実践的取り組み」というタイトルで発表していただく。さらに,北海道で酪農家民泊体験実習に関わっている北海道教育大学の半澤礼之先生に「『酪農家民泊体験実習』プログラムによる大学生の学びと成長」というタイトルで発表していただく。そして,香川県で万引き防止対策を中心に地域の防犯対策に関わっている香川大学の大久保が「万引き対策を中心とした地域と連携した防犯対策の取り組み」というタイトルで発表する。指定討論者としては,次期総会準備委員長である氏家達男先生にお願いすることとした。地域の課題に教育心理学がどう貢献しうるのかだけでなく,今後の教育心理学の方向性も含めてフロアと活発に議論していきたい。
「沖縄におけるひきこもり・ニート・不登校の支援者支援」
中尾達馬
総務省労働力調査によれば,沖縄県におけるニート(若年無業者)は2014年平均で1万5千人にのぼり,人口比率は4.6%と全国平均2.1%を大きく上回っていた。さらに,文部科学省学校基本調査によれば,沖縄県内中学校の2014年度不登者数は1,617名で,不登校率は3.20%と,これも全国平均(2.76%)を上回っていた(琉球新報, 2015)。
アタッチメント研究者である発表者は,以前から,社会的ひきこもり・ニートといった青年の非社会性の問題に関心を抱き,彼ら・彼女らに特異的な心理的特徴や発達とアタッチメントという視点からニート・ひきこもりへと至るプロセスをどのように理論化できるのか,という課題に取り組んできた。その中で,NPO法人ニュースタート事務局関西,フリースペース和の家をはじめとする若者支援NPOと出会い,教育心理学者として非社会性の問題とどのように向き合い,何を貢献できるのか,ということを考えるようになった。
本発表では,発表者が沖縄においてNPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆいと共に行った「沖縄県における社会的ひきこもり支援の現状調査」,「那覇市保護管理課委託事業としてスタートした生活保護世帯の不登校中学生に対する居場所づくり支援事業(居場所名:Kukulu[ククル])における居場所の効果研究」を中心に,現在,取り組んでいる「同法人がひきこもり青少年や地域孤立している障がい者の方が訓練し,地域参加するための事業所:コミュッと!」や「平成28年にスタートした不登校などの若者支援を行う 認定NPO法人侍学園スクオーラ・今人 沖縄校」における効果研究について紹介する。
「小規模県だからこそ出来る学校現場と協働で行う実践的取り組み」
岸 俊行
福井県は総人口が80万人を下回っている非常に小さい県である。4年制大学は国立1校,公立2校,私立2校の5大学しかない。本シンポジウムでは,そのような小規模県で活動・研究している一研究者として現在,取り組んでいる実践について報告していく。報告では,具体的に,以下の二つの点について行う。一つは「小規模県だからこそ生じる課題に対しての実践」,二つは「小規模県だからこそその特色を活かしてできる実践」である。
小規模県の教育現場における課題として,小規模校の問題が挙げられる。そこでの学力の問題や授業運営の問題,また,小規模校ならではの人間関係構築に関わる問題などである。その一方で,小規模校のデメリットを解消すべく小中学校の統廃合の動きもみられている。しかし,統廃合による通学の問題や“地域の学校”という問題など新たな問題も生じる。本報告では,このような小規模校の有する課題に対して,教育心理学を専門とするものとしてどのような取り組みが可能なのか,その取り組みの紹介を行う。具体的には,多様な人間関係の構築機会を保障するための“へき地小規模校連携事業”の取り組みおよび問題点について報告する。
次に,地方の小規模県だからこそ出来る取り組みとして,市町の教育委員会と大学の授業とをコラボレーションした形の教員研修を行っている。現場の教員にとってはOJT的な意味合いを持った研修となり,学生にとってはアクティブラーニングの要素を持った学びに位置づけられる。この教育委員会と協働で行っている連携事象について報告を行う。
「『酪農家民泊体験実習』プログラムによる大学生の学びと成長」
半澤礼之
酪農家民泊体験実習とは,大学生を対象とした酪農家宅での1泊2日の作業体験・生活体験を軸とする体験実習(以下民泊,全行程は2泊3日)を指す。民泊は,第一次産業が盛んな北海道という地域特性を生かし,学生に対して体験を通じた食育指導力の向上や,地域とのつながりの重要性の理解を促すことを目的として,授業の一環として行われているものである。民泊プログラムは2回にわたる事前研修会(コーディネーターによる講話,食や地域に対する考え方を問う質問紙調査,酪農に関する知識を問う事前コンセプトマップの作成)と,1泊2日の民泊体験(作業体験・生活体験),そしてそれらの研修会や体験をふまえた全体での合宿形式での振り返り(事後コンセプトマップの作成,個人ワーク,グループワークなど)で構成されている (宮前・半澤・内山,2015)。
本発表の観点は以下の二点である。第一に民泊プログラムの概要を説明するとともに,学生の学びや成長を捉えるために実施した事前・事後のコンセプトマップの作成や面接調査の結果を報告する。事前コンセプトマップと事後コンセプトマップの比較から,彼らの知識構造が変化していることが推察され,面接調査の結果からは,彼らが学びを通じた将来展望を抱いている可能性があることが示唆された(半澤・宮前,2015)。また,第二の観点として,授業の一環として行われている本プログラムに対して,心理学の観点からどのような貢献が可能かについても議論を行う。授業という制約の中で,どのようにして学生の学びや成長の測定を行うのか,また,彼らの学びや成長を促すプログラム作成に心理学がどのような形で寄与できるのかについても考えていきたい。
「万引き対策を中心とした地域と連携した防犯対策の取り組み」
大久保智生
現在,万引き被害の規模は約4500億円以上と推定されており,全国的な社会問題となっている。香川県においても,万引き犯罪は人口1000人当たりの万引きの認知件数が2009年まで7年連続全国ワースト1位になるなど,大きな社会問題となっていたため,香川県警察と香川大学の共同事業として万引き防止対策事業が立ち上がり,県内の万引きの実態を把握し,対策を策定するために数多くの調査研究を行ってきた。さらに,対策事業では万引き防止対策協議会を開催し,調査研究の成果に基づいた対策の提言を行い,万引きしにくい関係作りと万引きされにくい店作りというスローガンを掲げ,様々な関係機関と連携して数多くの実践研究を行ってきた。その結果,全国ワースト1位からも脱却し,万引きの認知件数は着実に減少してきている(大久保・時岡・岡田,2013)。
現在では,万引き対策をこれまでと同様に,地域と連携しながら実施しているが,高齢者が被害者となる犯罪が増加してきているため,様々な関係機関と連携し,高齢者向けの特殊詐欺に関する教育プログラムの開発も行っている。さらに,加害者が立ち直ることができように,少年院と連携し,窃盗に関する矯正教育プログラムの開発を行っている。このように,初めは,ふとしたことから始まった事業がどのように大きなムーブメントになっていったのか,日本一小さな県だからこそできた調査や実践について報告を行う。さらに,教育心理学がどのように地域の犯罪などの課題に貢献しうるのか,また,関係機関とどのような連携が必要なのかについても報告を行う。
研究者の地域貢献の重要性が叫ばれるようになって久しい。特に地方大学では,教員を評価する上で研究,教育だけでなく,地域貢献の重要性が占める割合は大きくなってきている。G型,L型大学の議論には多くの問題があるが,これまでのように大学や学会の中だけで研究し,発表し,論文を書いていればよい時代は終焉を迎えつつあることは確かである。教育心理学には不毛性に関する議論に代表されるように実践に貢献していないという批判がこれまでされてきたが,時代の変化とともに現在,実践を全く考えずに研究だけを行っている教育心理学者は少なくなってきていると考えられる。こうした地方大学や教育心理学を取り巻く状況を踏まえると,地方にいるからこそできる教育心理学に関する研究もあるといえる。特に,それぞれの地域固有の問題や課題に対して,教育心理学がどのように貢献できるのかについて改めて考える機会としたい。
地方にいると,研究を行う上で,大都市圏に比べて資金やマンパワーの不足などの不利を感じることが多いといえる。しかし,大学が少なく,研究者が少ない地方だからできる研究も存在し,非常にやりがいがあるとも考えられる。今回は,地域固有の問題や課題に立ち向かっている若手・中堅の教育心理学者に研究活動を紹介してもらい,地方だからこそできる教育心理学に関する研究,そして教育心理学の地域貢献について考えていきたい。
話題提供者としては,沖縄県でひきこもり・ニート・不登校の問題に関わっている琉球大学の中尾達馬先生に「沖縄におけるひきこもり・ニート・不登校の支援者支援」というタイトルで発表していただく。また,福井県で学校現場と協働した取り組みを行っている福井大学の岸俊行先生に「小規模県だからこそ出来る学校現場と協働で行う実践的取り組み」というタイトルで発表していただく。さらに,北海道で酪農家民泊体験実習に関わっている北海道教育大学の半澤礼之先生に「『酪農家民泊体験実習』プログラムによる大学生の学びと成長」というタイトルで発表していただく。そして,香川県で万引き防止対策を中心に地域の防犯対策に関わっている香川大学の大久保が「万引き対策を中心とした地域と連携した防犯対策の取り組み」というタイトルで発表する。指定討論者としては,次期総会準備委員長である氏家達男先生にお願いすることとした。地域の課題に教育心理学がどう貢献しうるのかだけでなく,今後の教育心理学の方向性も含めてフロアと活発に議論していきたい。
「沖縄におけるひきこもり・ニート・不登校の支援者支援」
中尾達馬
総務省労働力調査によれば,沖縄県におけるニート(若年無業者)は2014年平均で1万5千人にのぼり,人口比率は4.6%と全国平均2.1%を大きく上回っていた。さらに,文部科学省学校基本調査によれば,沖縄県内中学校の2014年度不登者数は1,617名で,不登校率は3.20%と,これも全国平均(2.76%)を上回っていた(琉球新報, 2015)。
アタッチメント研究者である発表者は,以前から,社会的ひきこもり・ニートといった青年の非社会性の問題に関心を抱き,彼ら・彼女らに特異的な心理的特徴や発達とアタッチメントという視点からニート・ひきこもりへと至るプロセスをどのように理論化できるのか,という課題に取り組んできた。その中で,NPO法人ニュースタート事務局関西,フリースペース和の家をはじめとする若者支援NPOと出会い,教育心理学者として非社会性の問題とどのように向き合い,何を貢献できるのか,ということを考えるようになった。
本発表では,発表者が沖縄においてNPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆいと共に行った「沖縄県における社会的ひきこもり支援の現状調査」,「那覇市保護管理課委託事業としてスタートした生活保護世帯の不登校中学生に対する居場所づくり支援事業(居場所名:Kukulu[ククル])における居場所の効果研究」を中心に,現在,取り組んでいる「同法人がひきこもり青少年や地域孤立している障がい者の方が訓練し,地域参加するための事業所:コミュッと!」や「平成28年にスタートした不登校などの若者支援を行う 認定NPO法人侍学園スクオーラ・今人 沖縄校」における効果研究について紹介する。
「小規模県だからこそ出来る学校現場と協働で行う実践的取り組み」
岸 俊行
福井県は総人口が80万人を下回っている非常に小さい県である。4年制大学は国立1校,公立2校,私立2校の5大学しかない。本シンポジウムでは,そのような小規模県で活動・研究している一研究者として現在,取り組んでいる実践について報告していく。報告では,具体的に,以下の二つの点について行う。一つは「小規模県だからこそ生じる課題に対しての実践」,二つは「小規模県だからこそその特色を活かしてできる実践」である。
小規模県の教育現場における課題として,小規模校の問題が挙げられる。そこでの学力の問題や授業運営の問題,また,小規模校ならではの人間関係構築に関わる問題などである。その一方で,小規模校のデメリットを解消すべく小中学校の統廃合の動きもみられている。しかし,統廃合による通学の問題や“地域の学校”という問題など新たな問題も生じる。本報告では,このような小規模校の有する課題に対して,教育心理学を専門とするものとしてどのような取り組みが可能なのか,その取り組みの紹介を行う。具体的には,多様な人間関係の構築機会を保障するための“へき地小規模校連携事業”の取り組みおよび問題点について報告する。
次に,地方の小規模県だからこそ出来る取り組みとして,市町の教育委員会と大学の授業とをコラボレーションした形の教員研修を行っている。現場の教員にとってはOJT的な意味合いを持った研修となり,学生にとってはアクティブラーニングの要素を持った学びに位置づけられる。この教育委員会と協働で行っている連携事象について報告を行う。
「『酪農家民泊体験実習』プログラムによる大学生の学びと成長」
半澤礼之
酪農家民泊体験実習とは,大学生を対象とした酪農家宅での1泊2日の作業体験・生活体験を軸とする体験実習(以下民泊,全行程は2泊3日)を指す。民泊は,第一次産業が盛んな北海道という地域特性を生かし,学生に対して体験を通じた食育指導力の向上や,地域とのつながりの重要性の理解を促すことを目的として,授業の一環として行われているものである。民泊プログラムは2回にわたる事前研修会(コーディネーターによる講話,食や地域に対する考え方を問う質問紙調査,酪農に関する知識を問う事前コンセプトマップの作成)と,1泊2日の民泊体験(作業体験・生活体験),そしてそれらの研修会や体験をふまえた全体での合宿形式での振り返り(事後コンセプトマップの作成,個人ワーク,グループワークなど)で構成されている (宮前・半澤・内山,2015)。
本発表の観点は以下の二点である。第一に民泊プログラムの概要を説明するとともに,学生の学びや成長を捉えるために実施した事前・事後のコンセプトマップの作成や面接調査の結果を報告する。事前コンセプトマップと事後コンセプトマップの比較から,彼らの知識構造が変化していることが推察され,面接調査の結果からは,彼らが学びを通じた将来展望を抱いている可能性があることが示唆された(半澤・宮前,2015)。また,第二の観点として,授業の一環として行われている本プログラムに対して,心理学の観点からどのような貢献が可能かについても議論を行う。授業という制約の中で,どのようにして学生の学びや成長の測定を行うのか,また,彼らの学びや成長を促すプログラム作成に心理学がどのような形で寄与できるのかについても考えていきたい。
「万引き対策を中心とした地域と連携した防犯対策の取り組み」
大久保智生
現在,万引き被害の規模は約4500億円以上と推定されており,全国的な社会問題となっている。香川県においても,万引き犯罪は人口1000人当たりの万引きの認知件数が2009年まで7年連続全国ワースト1位になるなど,大きな社会問題となっていたため,香川県警察と香川大学の共同事業として万引き防止対策事業が立ち上がり,県内の万引きの実態を把握し,対策を策定するために数多くの調査研究を行ってきた。さらに,対策事業では万引き防止対策協議会を開催し,調査研究の成果に基づいた対策の提言を行い,万引きしにくい関係作りと万引きされにくい店作りというスローガンを掲げ,様々な関係機関と連携して数多くの実践研究を行ってきた。その結果,全国ワースト1位からも脱却し,万引きの認知件数は着実に減少してきている(大久保・時岡・岡田,2013)。
現在では,万引き対策をこれまでと同様に,地域と連携しながら実施しているが,高齢者が被害者となる犯罪が増加してきているため,様々な関係機関と連携し,高齢者向けの特殊詐欺に関する教育プログラムの開発も行っている。さらに,加害者が立ち直ることができように,少年院と連携し,窃盗に関する矯正教育プログラムの開発を行っている。このように,初めは,ふとしたことから始まった事業がどのように大きなムーブメントになっていったのか,日本一小さな県だからこそできた調査や実践について報告を行う。さらに,教育心理学がどのように地域の犯罪などの課題に貢献しうるのか,また,関係機関とどのような連携が必要なのかについても報告を行う。