10:00 〜 12:00
[JA03] 学校適応はどのようにとらえられるのか(9)
小学校における学級への適応と教師の影響
キーワード:適応, 小学校, 教師
企画趣旨
近年,様々な学校適応に関する問題が大きく取り上げられるようになってきた。学校適応に関する問題を理解・援助する際には,学校という文脈における適応という概念について再検討する必要があるといえる。こうした問題意識から,一連の学校適応に関するシンポジウムを企画し,様々な視点から学校適応に関する問題を議論してきた(大久保・半澤,2009;半澤・大久保,2010;大久保・半澤,2011,半澤・大久保,2012,大久保・半澤,2013,半澤・大久保,2014; 半澤・大久保, 2015; 岡田・大久保・半澤, 2016)。
今回のシンポジウムでは,小学校段階における重要な集団の単位である「学級」に焦点を当て,学級への適応と小学生の学級適応の主要な規定因である教師の影響について,検討したい。それぞれの話題提供者の報告では,自らの研究の有効性とその限界も踏まえたうえで,フロアの皆様との議論を通じて,小学校における学級への適応と教師の影響について理解を深めていきたい。
話題提供者としては,昨年の教育心理学研究に論文が掲載されている東京大学大学院の利根川明子先生に「教室の感情的風土と児童の学級適応感」というタイトルで発表していただく。また,小学校教師として勤務した経験を基に数多くの研究を行っている中部大学の三島浩路先生に「学級集団から考える学級適応」というタイトルで発表していただく。そして,学校適応や個人と環境のマッチングについて研究していた香川大学の大久保が「学級への適応感と教師と児童のマッチング」というタイトルで発表する。指定討論者としては,学級風土に関する数多くの研究を行っている伊藤亜矢子先生と教師教育に関する数多くの研究を行っている三島知剛先生にお願いすることとした。今回のテーマである児童の学級への適応と教師の影響だけでなく,今後の学校適応に関する研究の方向性や課題も含めてフロアと活発に議論していきたい。
教室の感情的風土と児童の学級適応感
利根川明子(東京大学大学院教育学研究科)
従来の教授学習研究では,認知的プロセスが重視される傾向にあり,児童が抱く感情の問題は過小評価されてきたという批判がある(e.g., Meyer & Turner, 2007)。しかし近年では,教室場面における児童の感情に焦点化した研究も蓄積されてきている(e.g., Pekrun & Linnnenbrink-Garcia, 2014)。それらの研究では,児童のポジティブな感情経験が効果的な学習方略の使用や学習動機づけ,学業成績を促進すること(e.g., Lichtenfeld et al., 2012)や,教室における教師やクラスメイトからの感情サポートが多いほど,児童の学習への取り組みや学業成績が促進されること(e.g., Reyes et al., 2012)など,主として児童の感情と学業達成との関連について,実証的な知見が得られている。
一方で,児童の感情が重要な意味をもつのは,学業達成だけに限らない。教室で児童が経験・表出する感情は,教室内の関係性を取り結ぶものであり,児童の学級での居心地の良さといった,主観的な適応感にも影響をもたらしうる。実際に,利根川(2016)では,教室場面での児童の感情表出と学級適応感(大久保・青柳, 2004)の関連を検討し,喜びなどのポジティブな感情を表出することの多い児童ほど学級適応感が高く,怒りなどのネガティブな感情を表出することが多い児童ほど学級適応感が低いことを示唆している。
また,教室にはその学級に固有の情緒的な雰囲気,すなわち,感情的風土(emotional climate)が存在する。感情的風土は,学級全体としての児童の感情表出の強度や,ある児童の感情表出に対する教師やクラスメイトからの感情サポートの質によって特徴づけられる。たとえば,児童がネガティブな感情を表出したときに,教師やクラスメイトからのサポートが得られない場合,児童の適応感の低下はより顕著なものになる可能性があるなど,児童の感情表出と学級適応の関係について考える場合には,学級単位でみたときの感情的風土の影響についても考慮する必要がある。
本発表では,教師からの感情サポートをはじめとする感情的風土に着目し,学級の感情的風土が児童の学級適応感にどのような効果を持ちうるのか,研究事例を紹介しながら考察する。
学級集団から考える学級適応
三島浩路(中部大学現代教育学部)
小学校教師として20年ほど過ごした経験から,友人関係・学習・心身の健康度という3つの要因が,学級適応に関連するのではないかと考え,学級適応状況を調べる尺度を開発した(三島, 2006)。この尺度には教師との関係性を問う項目はない。しかし,子どもたちの興味・関心に根ざした“分かる授業”を教師が行えば,学習に関連した適応状態は改善するだろう。また,友人関係の固定化を抑制し,フラットな学級集団づくりを意識した学級経営を教師が意図的に行えば,学級雰囲気や友人相互の関係など学級集団に関わる側面への影響を通して,友人関係に関連した適応状況に,教師の指導行動等が影響を与えるであろう。
今回は,教師の指導行動や教育観が,子どもの学級適応に影響を与えるプロセスの中でも,学級雰囲気や友人関係などといった学級集団の人間関係に関わる側面に注目して話題提供を行う。
「総合的な学習」「理科」の授業など,グループを単位とした活動が小学校では頻繁に行われる。こうしたグループは,それぞれの教師が授業内容等に応じた方法で編成するわけだが,グループの編成方法が子どもたちの友人関係に影響を与えるのではないかと考えて調査を行った(三島, 2008a)。その結果,独占的で親密な仲間関係を求める女子児童の志向性の強さに,教師が行うグループ編成の方法が影響を与える可能性があることが示唆された。
特定の極めて親しい友人との親密な関係を背景に,その関係に属さない第三者に対する排他的な考え方や行動傾向の強さを「独占的な親密関係指向」(三島, 2008b)とし,こうした指向性を強めることが,友人関係に関連した学級適応感や,「学校に来るのは楽しい」などといったより包括的な学級適応感覚(総合的適応感覚)等に関連するのかどうかを検討した。その結果,「独占的な親密関係指向」を強めた女子児童は,年度初めに比べて年度末の方が,心身の健康状態や総合的適応感覚に関する指標の平均値が有意に低下しており,「独占的な親密関係指向」を強めることは,学級適応を悪化させる可能性があることが示唆された。さらに,児童一人ひとりの感覚である「独占的な親密関係指向」が学級雰囲気に影響を与え,学級雰囲気が子どもたちの適応に影響を与える可能性もある(三島, 2012)。
教師の指導行動・教育観と,子どもの学級適応の関係について,友人関係や学級雰囲気との関連を中心に議論したい。
学級への適応感と教師と児童のマッチング
大久保智生(香川大学教育学部)
これまで,学校における児童の適応感の多くは,友人との関係や教師との関係や学業などの研究者があらかじめ設定した要因の集合として測定されてきた(例えば, 浜名・松本, 1993; 戸ヶ崎・秋山・嶋田・坂野, 1997)。しかし,実際には学業に積極的に取り組まなくても適応していると感じる児童もいるように,学業が必ずしも児童の適応感に結びついているとは限らないといえる(江村・大久保, 2012)。一方,学校における児童の適応感を友人との関係や教師との関係や学業などの要因の集合とは別の視点から捉えて測定している児童用の適応感尺度としては,河村・田上(1997)のいじめ被害・学級不適応児童発見尺度が挙げられる。いじめ被害・学級不適応児童発見尺度は,「非侵害の因子」「承認の因子」の2因子で構成されているが,具体的な項目を見てみると,1人でいることを好む児童にとっては侵害されているとは言い難い項目や児童が学級で承認されていることとは異なる項目があり,客観的な視点による価値基準から項目が作成されているといえる(江村・大久保, 2012)。そのため,測定結果は必ずしも児童の適応感につながらないとも考えられる。
学校における児童の適応について考える際には,個人と環境との関係の中で児童が環境をどのように主観的に認知し,環境に対してどのような感情を抱いているのかを知ることから出発する必要がある(大久保, 2005)。小学校は学級担任制であるため,担任教師のから多大な影響を受けると考えられ,教師と子どもの関係が重要であるという指摘もある(近藤, 1994)。こうした小学校固有の特徴を勘案すると,小学校における児童の適応に関しては,中学生や高校生とは異なり,学級に焦点を当てて適応感を測定する必要があるといえる。そこで,本報告では,まず,児童の適応感をどのように測定したらよいのかについて,江村・大久保(2012)の学級適応感に関する研究を紹介しながら考えてきたい。
さらに,これまで中学生と高校生を対象とした大久保・加藤(2005)の研究では,生徒と学校風土の適合・マッチングから生徒の学校適応感について検討してきたが,実践を視野に入れると小学生を対象とした研究では,教師の側に焦点を当て,教師と児童の適合・マッチング(近藤, 1994)から児童の学級適応感について検討する必要があるといえる。そこで,本報告では,小学校においてどのように個人と環境のマッチングをとらえることができるのかについて,大久保・江村・尾崎(2013)の教師の学級経営スタイルと学級集団の適合・マッチングから児童の学級適応感を検討した研究を紹介しながら考えていきたい。
近年,様々な学校適応に関する問題が大きく取り上げられるようになってきた。学校適応に関する問題を理解・援助する際には,学校という文脈における適応という概念について再検討する必要があるといえる。こうした問題意識から,一連の学校適応に関するシンポジウムを企画し,様々な視点から学校適応に関する問題を議論してきた(大久保・半澤,2009;半澤・大久保,2010;大久保・半澤,2011,半澤・大久保,2012,大久保・半澤,2013,半澤・大久保,2014; 半澤・大久保, 2015; 岡田・大久保・半澤, 2016)。
今回のシンポジウムでは,小学校段階における重要な集団の単位である「学級」に焦点を当て,学級への適応と小学生の学級適応の主要な規定因である教師の影響について,検討したい。それぞれの話題提供者の報告では,自らの研究の有効性とその限界も踏まえたうえで,フロアの皆様との議論を通じて,小学校における学級への適応と教師の影響について理解を深めていきたい。
話題提供者としては,昨年の教育心理学研究に論文が掲載されている東京大学大学院の利根川明子先生に「教室の感情的風土と児童の学級適応感」というタイトルで発表していただく。また,小学校教師として勤務した経験を基に数多くの研究を行っている中部大学の三島浩路先生に「学級集団から考える学級適応」というタイトルで発表していただく。そして,学校適応や個人と環境のマッチングについて研究していた香川大学の大久保が「学級への適応感と教師と児童のマッチング」というタイトルで発表する。指定討論者としては,学級風土に関する数多くの研究を行っている伊藤亜矢子先生と教師教育に関する数多くの研究を行っている三島知剛先生にお願いすることとした。今回のテーマである児童の学級への適応と教師の影響だけでなく,今後の学校適応に関する研究の方向性や課題も含めてフロアと活発に議論していきたい。
教室の感情的風土と児童の学級適応感
利根川明子(東京大学大学院教育学研究科)
従来の教授学習研究では,認知的プロセスが重視される傾向にあり,児童が抱く感情の問題は過小評価されてきたという批判がある(e.g., Meyer & Turner, 2007)。しかし近年では,教室場面における児童の感情に焦点化した研究も蓄積されてきている(e.g., Pekrun & Linnnenbrink-Garcia, 2014)。それらの研究では,児童のポジティブな感情経験が効果的な学習方略の使用や学習動機づけ,学業成績を促進すること(e.g., Lichtenfeld et al., 2012)や,教室における教師やクラスメイトからの感情サポートが多いほど,児童の学習への取り組みや学業成績が促進されること(e.g., Reyes et al., 2012)など,主として児童の感情と学業達成との関連について,実証的な知見が得られている。
一方で,児童の感情が重要な意味をもつのは,学業達成だけに限らない。教室で児童が経験・表出する感情は,教室内の関係性を取り結ぶものであり,児童の学級での居心地の良さといった,主観的な適応感にも影響をもたらしうる。実際に,利根川(2016)では,教室場面での児童の感情表出と学級適応感(大久保・青柳, 2004)の関連を検討し,喜びなどのポジティブな感情を表出することの多い児童ほど学級適応感が高く,怒りなどのネガティブな感情を表出することが多い児童ほど学級適応感が低いことを示唆している。
また,教室にはその学級に固有の情緒的な雰囲気,すなわち,感情的風土(emotional climate)が存在する。感情的風土は,学級全体としての児童の感情表出の強度や,ある児童の感情表出に対する教師やクラスメイトからの感情サポートの質によって特徴づけられる。たとえば,児童がネガティブな感情を表出したときに,教師やクラスメイトからのサポートが得られない場合,児童の適応感の低下はより顕著なものになる可能性があるなど,児童の感情表出と学級適応の関係について考える場合には,学級単位でみたときの感情的風土の影響についても考慮する必要がある。
本発表では,教師からの感情サポートをはじめとする感情的風土に着目し,学級の感情的風土が児童の学級適応感にどのような効果を持ちうるのか,研究事例を紹介しながら考察する。
学級集団から考える学級適応
三島浩路(中部大学現代教育学部)
小学校教師として20年ほど過ごした経験から,友人関係・学習・心身の健康度という3つの要因が,学級適応に関連するのではないかと考え,学級適応状況を調べる尺度を開発した(三島, 2006)。この尺度には教師との関係性を問う項目はない。しかし,子どもたちの興味・関心に根ざした“分かる授業”を教師が行えば,学習に関連した適応状態は改善するだろう。また,友人関係の固定化を抑制し,フラットな学級集団づくりを意識した学級経営を教師が意図的に行えば,学級雰囲気や友人相互の関係など学級集団に関わる側面への影響を通して,友人関係に関連した適応状況に,教師の指導行動等が影響を与えるであろう。
今回は,教師の指導行動や教育観が,子どもの学級適応に影響を与えるプロセスの中でも,学級雰囲気や友人関係などといった学級集団の人間関係に関わる側面に注目して話題提供を行う。
「総合的な学習」「理科」の授業など,グループを単位とした活動が小学校では頻繁に行われる。こうしたグループは,それぞれの教師が授業内容等に応じた方法で編成するわけだが,グループの編成方法が子どもたちの友人関係に影響を与えるのではないかと考えて調査を行った(三島, 2008a)。その結果,独占的で親密な仲間関係を求める女子児童の志向性の強さに,教師が行うグループ編成の方法が影響を与える可能性があることが示唆された。
特定の極めて親しい友人との親密な関係を背景に,その関係に属さない第三者に対する排他的な考え方や行動傾向の強さを「独占的な親密関係指向」(三島, 2008b)とし,こうした指向性を強めることが,友人関係に関連した学級適応感や,「学校に来るのは楽しい」などといったより包括的な学級適応感覚(総合的適応感覚)等に関連するのかどうかを検討した。その結果,「独占的な親密関係指向」を強めた女子児童は,年度初めに比べて年度末の方が,心身の健康状態や総合的適応感覚に関する指標の平均値が有意に低下しており,「独占的な親密関係指向」を強めることは,学級適応を悪化させる可能性があることが示唆された。さらに,児童一人ひとりの感覚である「独占的な親密関係指向」が学級雰囲気に影響を与え,学級雰囲気が子どもたちの適応に影響を与える可能性もある(三島, 2012)。
教師の指導行動・教育観と,子どもの学級適応の関係について,友人関係や学級雰囲気との関連を中心に議論したい。
学級への適応感と教師と児童のマッチング
大久保智生(香川大学教育学部)
これまで,学校における児童の適応感の多くは,友人との関係や教師との関係や学業などの研究者があらかじめ設定した要因の集合として測定されてきた(例えば, 浜名・松本, 1993; 戸ヶ崎・秋山・嶋田・坂野, 1997)。しかし,実際には学業に積極的に取り組まなくても適応していると感じる児童もいるように,学業が必ずしも児童の適応感に結びついているとは限らないといえる(江村・大久保, 2012)。一方,学校における児童の適応感を友人との関係や教師との関係や学業などの要因の集合とは別の視点から捉えて測定している児童用の適応感尺度としては,河村・田上(1997)のいじめ被害・学級不適応児童発見尺度が挙げられる。いじめ被害・学級不適応児童発見尺度は,「非侵害の因子」「承認の因子」の2因子で構成されているが,具体的な項目を見てみると,1人でいることを好む児童にとっては侵害されているとは言い難い項目や児童が学級で承認されていることとは異なる項目があり,客観的な視点による価値基準から項目が作成されているといえる(江村・大久保, 2012)。そのため,測定結果は必ずしも児童の適応感につながらないとも考えられる。
学校における児童の適応について考える際には,個人と環境との関係の中で児童が環境をどのように主観的に認知し,環境に対してどのような感情を抱いているのかを知ることから出発する必要がある(大久保, 2005)。小学校は学級担任制であるため,担任教師のから多大な影響を受けると考えられ,教師と子どもの関係が重要であるという指摘もある(近藤, 1994)。こうした小学校固有の特徴を勘案すると,小学校における児童の適応に関しては,中学生や高校生とは異なり,学級に焦点を当てて適応感を測定する必要があるといえる。そこで,本報告では,まず,児童の適応感をどのように測定したらよいのかについて,江村・大久保(2012)の学級適応感に関する研究を紹介しながら考えてきたい。
さらに,これまで中学生と高校生を対象とした大久保・加藤(2005)の研究では,生徒と学校風土の適合・マッチングから生徒の学校適応感について検討してきたが,実践を視野に入れると小学生を対象とした研究では,教師の側に焦点を当て,教師と児童の適合・マッチング(近藤, 1994)から児童の学級適応感について検討する必要があるといえる。そこで,本報告では,小学校においてどのように個人と環境のマッチングをとらえることができるのかについて,大久保・江村・尾崎(2013)の教師の学級経営スタイルと学級集団の適合・マッチングから児童の学級適応感を検討した研究を紹介しながら考えていきたい。