13:00 〜 15:00
[JB04] わが国における自己調整学習の展開と未来
理論と実践の両面から
キーワード:自己調整学習, 理論研究, 実践研究
主体的・自律的な学習者の育成は,わが国の学校教育施策においても中核的な重要課題であり,その理論的基盤と実践的な指導への要望は近年とみに強くなっている。
自己調整学習(Self-Regulated Learning)は,このような教育動向のなかで,重要な役割を担いうる教育心理学理論である。学習心理学研究者のバリー・ジマーマン(Barry J. Zimmerman),そして学習における自己効力研究で知られるディル・シャンク(Dale H. Schunk)により1980年代後半に生まれた自己調整学習研究は,アメリカやヨーロッパ諸国を中心に,アジアやオセアニアなど世界的な学習研究の主要な動向となっている。わが国の研究の履歴は欧米に比べると長くはないものの,それらの蓄積のもとにいくつかの重要な知見を見出してきている(e.g. 伊藤, 2009; 自己調整学習研究会, 2012など)。また本学会においても,10年以上に渡り自己調整学習にかかわるシンポジウムや発表は継続,増加してきており,多くの参加者から高い関心を集める,わが国の学習研究の重要な流れのひとつとして学界や教育関係者にも認識されてきたといえる。
本シンポジウムでは,自己調整学習研究の理論的系譜をたどり,欧米を中心とした研究の経過について論じつつ,日本において近年の10年で自己調整学習研究がどのように発展してきたかについて論じる。次に,自己調整学習研究の理論面,そして実践面での近年の研究動向について討論する。その上で,研究の世界的動向のなかで,わが国の研究知見のもつ意義について議論し,より広く深い視点から,わが国の自己調整学習研究の未来を展望する。
自己調整学習研究とわが国における10年
中谷素之(名古屋大学)
自己調整学習研究の誕生と系譜
1980年代後半,ジマーマンによって新たな学習研究の理論的枠組みである自己調整学習(Self-Regulated Learning;SRL)が提唱された。自己調整学習という新たな概念の広がりは,学習研究において認知革命の波が起こり,その後,動機づけなどの情動的要因への注目が集まった心理学界の動向を背景としたものであり,単なる受け身で機械的な学習者像から,主体としての学習者の役割への変換を意味するものでもあった。
自己調整学習の特徴と強み
自己調整学習はその起源として,学習理論のなかでも社会的認知理論(e.g., Bandura, 1986)に基づく観察学習やモデリングといった社会的学習の影響を受けており,従来の知識や記憶,あるいは条件づけを中心とした学習モデルとは一線を画す社会的な特徴をもつといえる。初期の自己調整学習の代表的研究のひとつである自己調整学習方略のリスト開発(e.g., Zimmerman & Martinez-Pons, 1986)や主要な著作(e.g., Schunk & Zimmerman, 1998)においても,他者や社会的な視点が強調され,その傾向は今日の展開にもつながっている。
また,自己調整学習に関して,「個人が自らの学習に認知,動機づけ,行動の側面で積極的に関与している状態のこと」(Zimmerman & Schunk, 1989)と定義されるように,自己調整学習の基本的な考え方には,学習を何らかの主要な要因のみに起因するものとしてとらえるのではなく,認知,動機づけ,行動といった複合的な要因によって生じる相互作用的な現象としてとらえるという視点も特徴的である(Zimmerman & Schunk, 2001;塚野ら, 2006)。
自己調整学習研究:日本での動向
わが国における自己調整学習研究の歴史をみると,1990年代,速水(1990)などによって自己調整学習方略研究などの研究動向が紹介された。その後,辰野(1997)の「学習方略の心理学」のなかで自己調整学習を含む学習方略研究が体系的に紹介されている。
わが国において自己調整学習を中心とした研究グループである自己調整学習研究会は,富山大学名誉教授の塚野州一を代表として,2006年に発足した。学習研究,動機づけ研究などの国内の教育心理学領域の若手・中堅の研究者が集まり,自己調整学習のキーワードである認知,メタ認知,動機づけ,学習方略を中心とした研究の推進と展開をみせてきている。本学会における10年のシンポジウムの主題や関連の発表テーマからは,活発な議論と研究の進展がうかがえる。認知・メタ認知,協同・協調,理論と実践,学習指導・学習支援などをキーワードに,わが国の教育研究における今後の展開を論じる。
自己調整学習研究の理論上の展開をめぐって
伊藤崇達(京都教育大学)
自己調整学習研究の理論面での展開を考える上で,Zimmerman & Schunk(2001)による編著“Self-regulated learning and academic achievement”(邦訳書『自己調整学習の理論』塚野州一 編訳, 2006)でなされた理論的検討が1つの基点となるであろう。そこでは,可能性のある理論として,社会的認知,オペラント,現象学,情報処理,意思,ヴィゴツキー派,構成主義が取り上げられている。この領域の研究を牽引してきたZimmerman & Schunkは社会的認知理論の立場をとっている。その後の専門書(e.g., Schunk & Zimmerman, 2011;塚野・伊藤, 2014;自己調整学習研究会, 2012)を概観すると,理論的,実証的な知見が積み重ねられてきている。概ね過去10年のわが国をはじめとした顕著な動向ということで,ここでは以下の3側面に限定して強調しておきたい。
情動・動機づけや学習適応の役割を積極的に位置づけたモデル
従来の自己調整学習研究では,どちらかといえば積極的に学びに向かうあり方に理論の焦点があったところがある。テスト不安や無力感などのようなネガティブな情動をいかに自己調整し,学習に適応していくかという側面にも目を向ける必要性が指摘されてきている(e.g., 上淵, 2004によるコーピングモデル。グローバルにはEfklides, 2011のMASRLモデル等)。学業的満足遅延(Bembenutty, 2007)に関する研究など(中西・中谷・中西, 2015)も新たな示唆をもたらしている。学習をより適応的なものにするために,情動に加え,学習者自らの動機づけを調整する方略やプロセスについても検証が試みられてきている(e.g., Umemoto, 2015)。
学習の自己調整を捉える縦断・横断的視点の拡張
Zimmermanによる自己調整のサイクルモデルは伝統的な社会的認知理論の見方を拡げ,課題へのエンゲージメントが生起する前後の時点を含めているところに特長がある(Schunk & Usher, 2013)が,課題内容や時点をどのように捉えるかで調整の意味合いは異なってくる。本邦では,篠ヶ谷(2012)による学習のフェイズ関連づけモデルが示唆的である。状況や場面をこえて学習がいかに生起・持続するかについて検討が進んでいる。
自己プロセスから社会的プロセスへ
社会的プロセスに焦点をあてた知見も出されている(e.g., 瀬尾, 2012の援助要請のモデル等)。海外では,Socially shared regulation of learningという新たな理論的枠組みについて検討が進められてきている(e.g., Panadero & Järvelä, 2015)が,本邦でも学習における協同性について検討が始まっており(岡田他, 2015),今後の展開が期待される。
「自己調整学習の実践」に関する研究の展開
瀬尾美紀子(日本女子大学)
主体的・自律的に学ぶ学習者は,どのような働きかけによって育成できるか。この実践的な問いへの関心は,学界・教育界のみならず社会全体においても,近年ますます高まってきている。自己調整学習理論は,「主体的・自律的に学ぶ」とはどのような学習かを「自己調整学習」として明らかにしてきているが,冒頭の問いに答えることはそれほど容易ではない。自己調整学習が,メタ認知,動機づけ,学習行動(学習方略)を自らの学習過程に能動的に関与させる(Zimmerman, 1989)といった,多様な要因が複合的に関連して機能するという特徴を持つためである。
自己調整学習の階層性
また,自己調整学習には複数の階層があり,文章読解や数学的問題解決などの個別の課題レベル(ミクロレベル),毎日の授業,宿題,家庭学習レベル(メゾレベル),中間試験や期末試験などに向けた比較的長期のスパンにおける学習(マクロレベル)に大きく分けることができる。それぞれは相互に関わり合っているものの,主にどのレベルの自己調整をターゲットとするかによっても実践方法は異なってくるだろう。
自己調整学習の実践に関する研究は広がりを見せつつあるが,上記のような自己調整学習の複合的メカニズムと多層的な特徴,それに発達段階への考慮等も絡んでくることによって,実践の目的も方法も非常に多様かつ広範であるように思われる。
自己調整学習の実践的研究
本発表では,議論の拡散を避けるために,先行研究の網羅的な紹介は行わない。筆者が共同研究者と行った研究,周辺的に関わってきた研究等を中心に比較的詳細に報告し,それらが自己調整学習理論の枠組みにおいて,どういった要因やレベルを扱ったものと考えられるか考察・整理する。具体的に取り上げる研究は,1)学習方略の習得を促す実践研究,2)メタ認知の育成を図る実践研究,3)包括的・総合的な支援により自立した学習者の育成をめざす実践研究である。自己調整学習に関する実践研究全体から見ると部分的な紹介になるが,上記の検討を通して,わが国における実践研究の特徴の一端を示していきたい。
また,学校や教育委員会が「家庭学習の指導」にも関心を寄せ,授業改善とともに家庭学習の指導も積極的に行うことで,子どもたちの学力向上を図ろうとする動きがみられる。このような学校教育の動向も踏まえながら,自己調整学習に関するこれからの実践研究の方向性や教育実践への展開について,議論できればと考えている。
自己調整学習(Self-Regulated Learning)は,このような教育動向のなかで,重要な役割を担いうる教育心理学理論である。学習心理学研究者のバリー・ジマーマン(Barry J. Zimmerman),そして学習における自己効力研究で知られるディル・シャンク(Dale H. Schunk)により1980年代後半に生まれた自己調整学習研究は,アメリカやヨーロッパ諸国を中心に,アジアやオセアニアなど世界的な学習研究の主要な動向となっている。わが国の研究の履歴は欧米に比べると長くはないものの,それらの蓄積のもとにいくつかの重要な知見を見出してきている(e.g. 伊藤, 2009; 自己調整学習研究会, 2012など)。また本学会においても,10年以上に渡り自己調整学習にかかわるシンポジウムや発表は継続,増加してきており,多くの参加者から高い関心を集める,わが国の学習研究の重要な流れのひとつとして学界や教育関係者にも認識されてきたといえる。
本シンポジウムでは,自己調整学習研究の理論的系譜をたどり,欧米を中心とした研究の経過について論じつつ,日本において近年の10年で自己調整学習研究がどのように発展してきたかについて論じる。次に,自己調整学習研究の理論面,そして実践面での近年の研究動向について討論する。その上で,研究の世界的動向のなかで,わが国の研究知見のもつ意義について議論し,より広く深い視点から,わが国の自己調整学習研究の未来を展望する。
自己調整学習研究とわが国における10年
中谷素之(名古屋大学)
自己調整学習研究の誕生と系譜
1980年代後半,ジマーマンによって新たな学習研究の理論的枠組みである自己調整学習(Self-Regulated Learning;SRL)が提唱された。自己調整学習という新たな概念の広がりは,学習研究において認知革命の波が起こり,その後,動機づけなどの情動的要因への注目が集まった心理学界の動向を背景としたものであり,単なる受け身で機械的な学習者像から,主体としての学習者の役割への変換を意味するものでもあった。
自己調整学習の特徴と強み
自己調整学習はその起源として,学習理論のなかでも社会的認知理論(e.g., Bandura, 1986)に基づく観察学習やモデリングといった社会的学習の影響を受けており,従来の知識や記憶,あるいは条件づけを中心とした学習モデルとは一線を画す社会的な特徴をもつといえる。初期の自己調整学習の代表的研究のひとつである自己調整学習方略のリスト開発(e.g., Zimmerman & Martinez-Pons, 1986)や主要な著作(e.g., Schunk & Zimmerman, 1998)においても,他者や社会的な視点が強調され,その傾向は今日の展開にもつながっている。
また,自己調整学習に関して,「個人が自らの学習に認知,動機づけ,行動の側面で積極的に関与している状態のこと」(Zimmerman & Schunk, 1989)と定義されるように,自己調整学習の基本的な考え方には,学習を何らかの主要な要因のみに起因するものとしてとらえるのではなく,認知,動機づけ,行動といった複合的な要因によって生じる相互作用的な現象としてとらえるという視点も特徴的である(Zimmerman & Schunk, 2001;塚野ら, 2006)。
自己調整学習研究:日本での動向
わが国における自己調整学習研究の歴史をみると,1990年代,速水(1990)などによって自己調整学習方略研究などの研究動向が紹介された。その後,辰野(1997)の「学習方略の心理学」のなかで自己調整学習を含む学習方略研究が体系的に紹介されている。
わが国において自己調整学習を中心とした研究グループである自己調整学習研究会は,富山大学名誉教授の塚野州一を代表として,2006年に発足した。学習研究,動機づけ研究などの国内の教育心理学領域の若手・中堅の研究者が集まり,自己調整学習のキーワードである認知,メタ認知,動機づけ,学習方略を中心とした研究の推進と展開をみせてきている。本学会における10年のシンポジウムの主題や関連の発表テーマからは,活発な議論と研究の進展がうかがえる。認知・メタ認知,協同・協調,理論と実践,学習指導・学習支援などをキーワードに,わが国の教育研究における今後の展開を論じる。
自己調整学習研究の理論上の展開をめぐって
伊藤崇達(京都教育大学)
自己調整学習研究の理論面での展開を考える上で,Zimmerman & Schunk(2001)による編著“Self-regulated learning and academic achievement”(邦訳書『自己調整学習の理論』塚野州一 編訳, 2006)でなされた理論的検討が1つの基点となるであろう。そこでは,可能性のある理論として,社会的認知,オペラント,現象学,情報処理,意思,ヴィゴツキー派,構成主義が取り上げられている。この領域の研究を牽引してきたZimmerman & Schunkは社会的認知理論の立場をとっている。その後の専門書(e.g., Schunk & Zimmerman, 2011;塚野・伊藤, 2014;自己調整学習研究会, 2012)を概観すると,理論的,実証的な知見が積み重ねられてきている。概ね過去10年のわが国をはじめとした顕著な動向ということで,ここでは以下の3側面に限定して強調しておきたい。
情動・動機づけや学習適応の役割を積極的に位置づけたモデル
従来の自己調整学習研究では,どちらかといえば積極的に学びに向かうあり方に理論の焦点があったところがある。テスト不安や無力感などのようなネガティブな情動をいかに自己調整し,学習に適応していくかという側面にも目を向ける必要性が指摘されてきている(e.g., 上淵, 2004によるコーピングモデル。グローバルにはEfklides, 2011のMASRLモデル等)。学業的満足遅延(Bembenutty, 2007)に関する研究など(中西・中谷・中西, 2015)も新たな示唆をもたらしている。学習をより適応的なものにするために,情動に加え,学習者自らの動機づけを調整する方略やプロセスについても検証が試みられてきている(e.g., Umemoto, 2015)。
学習の自己調整を捉える縦断・横断的視点の拡張
Zimmermanによる自己調整のサイクルモデルは伝統的な社会的認知理論の見方を拡げ,課題へのエンゲージメントが生起する前後の時点を含めているところに特長がある(Schunk & Usher, 2013)が,課題内容や時点をどのように捉えるかで調整の意味合いは異なってくる。本邦では,篠ヶ谷(2012)による学習のフェイズ関連づけモデルが示唆的である。状況や場面をこえて学習がいかに生起・持続するかについて検討が進んでいる。
自己プロセスから社会的プロセスへ
社会的プロセスに焦点をあてた知見も出されている(e.g., 瀬尾, 2012の援助要請のモデル等)。海外では,Socially shared regulation of learningという新たな理論的枠組みについて検討が進められてきている(e.g., Panadero & Järvelä, 2015)が,本邦でも学習における協同性について検討が始まっており(岡田他, 2015),今後の展開が期待される。
「自己調整学習の実践」に関する研究の展開
瀬尾美紀子(日本女子大学)
主体的・自律的に学ぶ学習者は,どのような働きかけによって育成できるか。この実践的な問いへの関心は,学界・教育界のみならず社会全体においても,近年ますます高まってきている。自己調整学習理論は,「主体的・自律的に学ぶ」とはどのような学習かを「自己調整学習」として明らかにしてきているが,冒頭の問いに答えることはそれほど容易ではない。自己調整学習が,メタ認知,動機づけ,学習行動(学習方略)を自らの学習過程に能動的に関与させる(Zimmerman, 1989)といった,多様な要因が複合的に関連して機能するという特徴を持つためである。
自己調整学習の階層性
また,自己調整学習には複数の階層があり,文章読解や数学的問題解決などの個別の課題レベル(ミクロレベル),毎日の授業,宿題,家庭学習レベル(メゾレベル),中間試験や期末試験などに向けた比較的長期のスパンにおける学習(マクロレベル)に大きく分けることができる。それぞれは相互に関わり合っているものの,主にどのレベルの自己調整をターゲットとするかによっても実践方法は異なってくるだろう。
自己調整学習の実践に関する研究は広がりを見せつつあるが,上記のような自己調整学習の複合的メカニズムと多層的な特徴,それに発達段階への考慮等も絡んでくることによって,実践の目的も方法も非常に多様かつ広範であるように思われる。
自己調整学習の実践的研究
本発表では,議論の拡散を避けるために,先行研究の網羅的な紹介は行わない。筆者が共同研究者と行った研究,周辺的に関わってきた研究等を中心に比較的詳細に報告し,それらが自己調整学習理論の枠組みにおいて,どういった要因やレベルを扱ったものと考えられるか考察・整理する。具体的に取り上げる研究は,1)学習方略の習得を促す実践研究,2)メタ認知の育成を図る実践研究,3)包括的・総合的な支援により自立した学習者の育成をめざす実践研究である。自己調整学習に関する実践研究全体から見ると部分的な紹介になるが,上記の検討を通して,わが国における実践研究の特徴の一端を示していきたい。
また,学校や教育委員会が「家庭学習の指導」にも関心を寄せ,授業改善とともに家庭学習の指導も積極的に行うことで,子どもたちの学力向上を図ろうとする動きがみられる。このような学校教育の動向も踏まえながら,自己調整学習に関するこれからの実践研究の方向性や教育実践への展開について,議論できればと考えている。