日本教育心理学会第59回総会

講演情報

自主企画シンポジウム 5

「動機づけを支える」ことを考える

2017年10月7日(土) 13:00 〜 15:00 会議室232 (2号館3階)

企画・話題提供:岡田涼(香川大学)
企画・話題提供:大谷和大(北海道大学大学院)
司会:梅本貴豊(九州女子大学)
話題提供:青木直子(藤女子大学)
指定討論:外山美樹(筑波大学)
指定討論:町岳(大田区立東調布第一小学校)

13:00 〜 15:00

[JB05] 「動機づけを支える」ことを考える

岡田涼1, 大谷和大2, 梅本貴豊3, 青木直子4, 外山美樹5, 町岳6 (1.香川大学, 2.北海道大学大学院, 3.九州女子大学, 4.藤女子大学, 5.筑波大学, 6.大田区立東調布第一小学校)

キーワード:動機づけ

企画趣旨
 学校現場においては,学習意欲の重要性が強く認識されている。次期学習指導要領では,主体的・対話的で深い学び,いわゆるアクティブ・ラーニングの実現が重視され,学習者の自ら協同的に学ぶ姿勢を育むための指導や支援のあり方が模索されている。
 学習意欲の問題について,これまで動機づけ研究の知見が蓄積されてきた。学習者の動機づけのあり様をとらえる多様な理論が構築され,膨大な数の実証研究が行われてきた。そのなかで,自律的な動機づけや熟達志向的な目標志向性がさまざまな学習成果につながることが明らかにされている。同時に,学習者の動機づけを促す支援や学習環境のあり方についても研究が行われてきた。一連の研究知見から,授業をはじめとする学習指導場面における指導や支援のあり方を先行要因とし,学習者の動機づけが影響を受け,学習成果を示す結果変数につながるかことを示すプロセスが明らかにされてきたのである。特に,学習者である児童・生徒に指導や支援を行う教師の役割が注目され,実際のその重要性が多くの研究で明らかにされている。
 しかし,おそらく実際の学校現場における学習意欲の問題は,多様な側面を有している。動機づけ研究で蓄積されてきた実証研究の成果をそのまま適用するだけでは必ずしも十分ではないかもしれない。特に,動機づけを支えるということを考える際には,「授業場面でどのような指導を行えば児童・生徒の動機づけを高めることができるか」という枠組みを超えて,より多様な視点で教授者と学習者との関係を捉えることが必要であると考えられる。
 本シンポジウムでは,「学習者の動機づけを支える」ということについて,学習指導のあり方から動機づけという直線的な関連性を超える視点を探っていきたい。学習者のおかれた社会的文脈,動機づけの支援に対する子どもや教師のとらえ方,教師が経験則からもつ動機づけの有効性に関する信念など,複数の視点から「学習者の動機づけを支える」ということについて考える。そのことを通して,今後の動機づけ研究および研究知見を踏まえた教育実践を展開していくための示唆を得ることを目指す。

学級の社会的環境と学習動機づけ
大谷和大(北海道大学大学院)
 本発表では,学習動機づけにおける学級の社会的環境の意義について論じる。学校教育を通じ,児童・生徒たちは一つの学級で長い時間を同じ仲間,そして教師と共有する。学級集団では,教師の信念や学級の目標,教師-児童・生徒間の縦の関係はもちろん,児童・生徒間の横の人間関係が複雑に入り組み,その質を形成していると考えられる。そして,学級環境は,児童・生徒の様々な生活の側面に影響を及ぼしていることは想像にかたくない。
 これまでの動機づけ研究では,主に個人の目標志向性などの個人差変数から動機づけを予測する研究が蓄積されてきた(Hulleman et al., 2010)。それと同時に,環境要因に着目した検討も行われてきた。達成目標理論では,主に学級環境を熟達目標構造(課題の熟達を強調),遂行目標構造(課題の遂行を強調)の2つの側面から捉える(Ames & Archer, 1988)。一方,通常の学級で強調される目標(例えば,学級目標)は,学業的なものよりも社会的なもの(規範や思いやりなど)であることが一般的である。こうした学級の社会的目標あるいは環境が児童・生徒の動機づけにどのような関連をするのかを検討することは教育実践上の意義がある。
 本発表では,学級で強調される社会的な目標のなかでも,互恵性や思いやりに関する目標が共有されている学級を特に向社会的環境とよび,学級の向社会的環境がどのように学習といった他領域の動機づけに関連するのかについて論じる。向社会的環境は児童・生徒の学業はもちろん,教師を含め様々な教育上の恩恵があることが示されている(Jennings & Greenberg, 2009; Reyes et al., 2012)。向社会的環境は,基本的に学級内の人間関係を円滑にすることで学習に関連すると考えられる(大谷他, 2016)。例えば,(1)休み時間などに勉強を教えあったりするなど相互学習を通して,(2)授業実践を根底から支えることを通して,学習を促進すると考えられる。(2)については,近年,授業場面では,協同学習やアクティブ・ラーニングなどの教授法が導入されているが,これらの活動は,基本的にグループワークなど人間関係を介するものである。そこでは,騒がない,順番に話すことなど,基本的な社会的スキルから,人の意見を傾聴する姿勢や,相互尊敬などより高次な社会性が要求される。向社会的環境はこうした授業実践の導入をスムーズにすると考えられる。当日は,動機づけを考えるうえでの学級経営の重要性についても議論したい。

子どもの動機づけを支える教師のほめ
青木直子(藤女子大学)
 教師は,子どもの学習に対する動機づけを高めるため,さまざまな工夫を行いながら授業を行う。また,授業の際には,子どもの反応を引き出したり,子どもの反応に対してフィードバックを行うなどして,子どもの学習に対する動機づけを把握したり,動機づけを高めるような働きかけを行っている。特に,肯定的な言語によるフィードバック(ほめ)は,心理学的な研究によって動機づけを高める効果が確認されており,特別な道具も必要としないため,動機づけを高めるための働きかけとして用いられることが多い。
 しかし,教師が子どもの動機づけを高めようとして子どもをほめても,その働きかけはいつでも動機づけを高めるわけではない。たとえば,教師が子どもに「できたね,練習をがんばったからだね」と声をかけ,これまでの努力を認め,今後も練習を続けてほしいというメッセージを発信したとしても,子どもは「できてよかった,もうがんばらなくてもいいみたい」と考え,その後は取り組まなくなるといったことがある。また,教師がある子どものことを取り上げてほめ,クラス全体に「○○さんの工夫ってすごいよね,○○さんの方法を参考にして,みんなで上手になろう」というメッセージを伝えようとしていても,ほめられた子どもが「みんなにも聞こえるようにほめられてはずかしい」と感じたり,その他の子どもが「○○さんだけほめられていてずるい」と受け止めるといった場合もある。一方で,教師の意図の通り,「私もそのやり方でやってみたい」「僕にも教えて」と,子ども同士で教え合う姿が見られたり,友達に教える・友達から教えてもらうことで学習への動機づけが高まるといった展開になったりする場合もある。
 これまでのほめることに関する研究は,どのようにほめるとどのように行動が変わるかといった,教師や実験者といったほめ手側の視点から行われたものであった。しかし,ほめる・ほめられるということは,ほめ手と受け手の間でのコミュニケーションであり,子どもの受け止め方によっては,ほめ手の意図とは違った影響がもたらされる場合もある。本話題提供では,ほめられる側の子どもとほめる側の教師の両方の視点から,「ほめ」の動機づけを高める効果の認識や「ほめ」の意図の解釈などを紹介し,子どもの動機づけを支えるということについて考える材料としたい。

教師からみた自律性支援の有効性
岡田 涼(香川大学)
 学校教育において,いかにして児童・生徒の動機づけを高めるかは重要な課題の一つである。これまで教育心理学研究のなかで,動機づけを高めるためのさまざまな方策が検討されてきた(Pintrich, 2003; Reeve, 2014)。その1つに,自律性支援(Deci & Ryan, 1987)がある。自律性支援は,学習者の視点に立ち,学習者自身の選択や自発性を促そうとする指導上の態度や信念であり,(1)児童・生徒の視点に立つ,(2)内的な動機づけの資源にはたらきかける,(3)要求する際に理由づけをする,(4)児童・生徒の否定的な感情を認める,(5)統制的でない言語表現を用いる,(6)辛抱強く待つ,などの側面を有している(Reeve, 2014)。
 教師の自律性支援的な指導は,児童・生徒の動機づけや学業達成,学校適応など,幅広く学習成果に影響することが明らかにされてきた(Reeve, 2016)。一連の研究知見から,教師の自律性支援は,動機づけを支えるうえで有効な指導のあり方が実証的に明らかにされてきたといえる。
 自律性支援は教育実践への貢献を視野に入れたものである。その研究知見が学校現場で活かされるためには,蓄積されてきた知見の意義が実践を行う教師に伝わることが不可欠である。しかし,実証研究の文脈とは別に,教師は日々の教育実践から,児童・生徒の動機づけに関して独自の考え方や信念を有していると思われる。そういった教師の考え方や信念は,児童・生徒に向き合うなかで作られてきた経験知であり,実証研究とは違う点での確からしさを含んでいると考えられる。そういった教師の経験知が,自律性支援に関する実証研究の知見と同一のものであるかどうかはわからない。もし仮に,教師が自律性支援に示される指導を有効だと捉えていないのであれば,自律性支援の有効性を示す実証研究の知見を伝えようとしたとしても,それが教育実践に活かされることを期待するのは難しい。教育心理学的な概念としての自律性支援が教育現場で活かされるためには,教師がもつ動機づけに関する経験知や信念と自律性支援という概念の想定がどの程度一致しているかを明らかにしておくことが必要である。実証研究か経験知かという対立図式ではなく,両者の接点と異同を明らかにすることが重要であると思われる。
 本発表では,教師が自律性支援に相当する指導が児童・生徒の動機づけにとってどの程度有効であると考えているかを「自律性支援の有効性認知」とし,自律性支援の有効性認知という視点から,自律性支援の概念を再検討する。このことによって,教育心理学における動機づけ研究の知見と実践による経験知との接点を探っていきたい。