日本教育心理学会第59回総会

講演情報

自主企画シンポジウム 3

縦断的研究の難しさ

中学生の社会的行動の研究を通して得たこと

2017年10月8日(日) 13:30 〜 15:30 会議室223 (2号館2階)

企画・司会:二宮克美(愛知学院大学)
企画・指定討論:氏家達夫(名古屋大学)
話題提供:五十嵐敦(福島大学)
話題提供:井上裕光(千葉県立保健医療大学)
話題提供:山本ちか(名古屋文理大学短期大学部)

13:30 〜 15:30

[JE03] 縦断的研究の難しさ

中学生の社会的行動の研究を通して得たこと

二宮克美1, 氏家達夫2, 五十嵐敦3, 井上裕光4, 山本ちか5 (1.愛知学院大学, 2.名古屋大学, 3.福島大学, 4.千葉県立保健医療大学, 5.名古屋文理大学短期大学部)

キーワード:縦断的研究, 中学生, 社会的行動

企画趣旨
二宮 克美
調査の概要:本研究は,平成14(2002年)9月に調査を開始し,平成16年(2004年)9月に終了した。氏家を研究代表者とする「中学生の非行・反社会的問題行動に対する危険要因と防御要因についての縦断的研究」で科研費補助金を得た。年3回の縦断的調査を企画し,中1の2学期・3学期,中2の1学期・2学期・3学期,中3の1学期・2学期の7時点で,愛知県と福島県の中学校全14校で実施した。調査用紙の回収率は,1回目調査からそれぞれ,54.34%,57.02%,49.45%,43.02%,61.17%,65.41%,65.95%であった。また,中1・中2・中3のそれぞれの2学期には,生徒の父親と母親にも調査を実施した。父親調査の回収率は,それぞれ47.57%,26.73%,27.69%であり,母親調査の回収率はそれぞれ56.35%,30.61%,31.71%であった。
調査人数:7回すべて調査を受けた最終的な人数は,合計293名(男子121名,女子172名)である。また,3回すべてで,父―母―生徒の3者データが揃っているのは,男子生徒で118組,女子生徒で121組である。
調査内容:7回の質問項目は多岐にわたっているが,下記の項目は全7回の調査で必ず質問した項目である。(1)ふだんの様子;抑うつ症状,心身症あるいは身体症状,不審なできごと,反社会的行動の予兆,親に対する甘え行動,イライラ感,生活リズムの変調の7側面62項目,(2)社会的行動;規則違反,盗み,攻撃性・破壊行動,喫煙・飲酒・薬物,性的行動,親との良好な関係,向社会的行動,その他の行動の8側面43項目。この他に,自己評価,進路意識など調査時点によって回答を求めた。
 110回にわたって学会報告を重ねてきたが,調査結果の全容を明らかにするには道遠く,今回でいったん区切りをつけることとした。

「移行過程」における時間的展望の視点から
                 五十嵐 敦
 中学生という青年期への移行期には,その間にも学年移行をはじめ多くの出来事やそれに伴う変化がある。これまで時間軸に沿って自己を意識することが,日常生活の適応と密接にかかわっていることを報告してきた。例えば「今何をしていいか混乱」「将来のことを考えてもしかたがない」は問題行動の程度の有意な説明変数であった。時間的展望が未来展望かどうかとともに,今を中心にうまく構築されていないことの問題などが注目された。問題・不適応行動との関連では,社会的スキルが時間的展望によってその機能にも影響していることも確認された。
 キャリア形成の視点から,時間的展望としての進路意識や目標の明確化が強調されるが,そのリスクについても縦断的研究によって明らかとなった。「大人になりたい」意識が必ずしもポジティブなものではなかった。成績(自己報告)との関連では,評価に有意な変化はなく時間的展望との関連は不明のままであったが,日常の生活リズムの変調は「いま」の混乱と関連していた。
 この時間的展望も,変化を意識しやすい移行期には一律には扱えないようだ。これまで縦断的研究として,各調査時期の結果を同一因子として比較したが,再検討したところ構造自体が変化し量的な変化に加え質的な変化についても着目しなければならない。こうしたことなどを報告する。

全体的自己価値についての縦断的変化
                 山本 ちか
 全体的自己価値とは自分自身についての評価的感情であり,例えば自分のことが好きであるのか,自分に満足しているのかといった自分自身全体について肯定的に評価しているのか,それとも否定的に評価しているのかの程度を示すものである。
 こうした全体的自己価値について,中学生はどのような様相を示すのかをこれまでの一連の研究の中で検討してきた。特に①中学1年2学期から中学3年2学期までの2年間に中学生の全体的自己価値がどのように変化したのか,②その変化にはどのような要因が影響を与えているのかについて検討をおこなった。まだ分析途中である点も多いが,これまで明らかとなった点について報告する。
 なお,全体的自己価値については,7時点中5時点で測定しているが,時点間の間隔が一定でないこと等から,主に中学1年2学期,中学2年2学期,中学3年2学期の3時点の結果を中心に報告する。3時点全て,全体的自己価値のすべての項目に回答のあったのは,男子236名,女子307名,合計543名であった。
 まず,全体的自己価値の2年間の変化については,横断調査と縦断調査の両方から検討を行った。中学1年生,2年生,3年生の間に全体的自己価値に相違がみられるかどうかを横断的に検討した結果,女子は男子よりもネガティブに評価しており,中学1年生より3年生の得点が低く,中学生の2年間に全体的自己価値は低下していた。また,中学1年から3年までの2年間に全体的自己価値が変化するのかどうかを縦断的に検討した結果,ネガティブに評価するようになるという変化がみられ,その変化には性差はみられないことが示された。横断データと縦断データの両方で,また愛知と福島の両方のサンプルで,一貫して女子は男子よりもネガティブに評価しているということ,中学生は学年が上がるにつれて全体的自己価値が低下することが示された。
 次に全体的自己価値の変化に影響を与える要因としては,親との関係の知覚,家庭の雰囲気,親からの評価,経済状況といった「家族関係の要因」,友だちとの関係の知覚,友だちとの嫌なできごとの経験といった「友だち関係の要因」,学校適応,成績,進路意識といった「学校の要因」をとりあげ,検討してきた。また「向社会的行動」や「問題行動」について,全体的自己価値との双方向的な影響について検討を行った。今回の話題提供では,この中のいくつかの要因について,縦断データを用いた交差遅延効果モデルと同時効果モデル,および潜在成長曲線モデルの検証結果を報告する。

「変化」は質の違いか,量の違いか
          井上 裕光
 縦断的研究は,全時点の共通指標で各時点を捉え,時点経過を独立変数として共通指標の変化を使って,設定したモデルを検証しようとするものである。縦断的研究の難しさとは,1)データ欠損の問題,2)生成モデルの妥当性,3)モデルを検証するためのデータの利用の可否,とまとめられる。この研究では,1)の時間経過に伴うデータ欠損に備えて,学校単位での大規模な調査を計画した。また,2)に対処するため,中学生自身への自己報告データだけでなく,父・母それぞれの調査を組み合わせて,中学生の状態を単純な自己報告ではなく立体的に記述する方策を取り,さらに,第1時点調査のモデル生成時に7時点目最終の状態を想定し,縦断計画1時点目の中1だけでなく,中1・中2・中3の横断データ測定によって,モデルの記述が可能な共通指標となっているかの確認を行った。そして,3)に対応するために,2地点でのモデル比較を行い,地点ごとの比較でモデルの全体構造が妥当かを(つまり部分の合計が全体に一致するかを)検討した。
 1)のデータ欠損は調査時点ごとの欠損と全時点通しての欠損,各項目レベルでの欠損と尺度としての欠損,また,父・母・中学生が完備しているかどうかの欠損と,欠損の発生が異なってくる。2,000組を超えたデータでも,父・母・中学生が揃っていて,対象の共通指標(たとえば,抑うつの状態)に各時点で全項目において欠損なく回答しており,7時点でも完備しているという条件では,10分の1になってしまう(2,243→205)。各時点では最大の欠損でも40%弱にとどまる(894/2,243)ものの,時点ごとに欠損値推定が可能であったとしても(最小の欠損は62%弱 1381/2,243),全時点での欠損値推定が困難であった。そのため,selection biasを承知の上で,欠損なしデータを使った全時点評価をすることになった。2)で生成モデルの検討が可能になったものの,父・母による子の評価と中学生の自己評価との関係という側面が組み込まれて,立体的なデータをどのように単純化するかが問題になり,モデル検証ごとに単純化の方法が異なることも発生してしまった。3)では,中学生の社会的行動の全体像を捉えるような膨大な項目群の一部を用いた記述モデルであるから,記述の時点間の変化を連続的な(量の)変化としてだけ扱うという問題が生じた。話題提供として,この想定に対しての対処の経緯を報告する。

研究の総括と指定討論
氏家 達夫
 この研究は,中学生とその保護者を対象に,非行・反社会的問題行動に対する危険要因と防御要因を明らかにすることを目的とした縦断調査であった。ここでは,総括の議論として,次の4点について簡単にまとめる。
 第1に,この研究では,非行・反社会的問題行動の中学3年間の軌跡を捉えることができた。軌跡はそれほど特殊ではなかった。重大な非行行動をとる子どもは少なかったが,中学1年生から継続して非行行動を繰り返す子どもの存在が確認された。一方で,多くの子どもはどの時点でもほとんど非行行動を示さないこともわかった。この結果は,ある意味当たり前かもしれないが,そのことが確認できたということの価値は小さくない。第2に,先行研究で知られていた危険要因と防御要因をある程度示すことができた。例えば,気質要因が仲間の影響を緩衝する可能性を示すことができた。第3に,親の要因がそれほど子どもの非行・反社会的問題行動に影響力を持っていなかった。第4に,中学生時期の縦断的研究の難しさについて,発達的観点と方法論的観点から議論を行う。
このシンポジウムで3つの話題提供が行われるが,そのうちの2つは,時間的展望と全体的自己価値という,それぞれが中学生時期の発達にとって意味のある変化を捉えている。また,もう1つは,複数の回答者からのデータを縦断的に分析する際の理論的,実際的問題を議論するものである。指定討論としては,この研究の目的であった非行・反社会的問題行動に対する危険要因と防御要因という観点から,それぞれどのようなことがいえそうなのかについての議論を期待したい。