10:00 〜 12:00
[JG03] 認知心理学からのカリキュラム構成に向けて
知識構築活動から考える
キーワード:カリキュラム構成, 知識構築活動, 認知心理学
企画趣旨
我が国の子どもの学力は, PISA((2015)によると, 2000年代前半の順位の落ち込みから, 数学的リテラシー・科学的リテラシーとも今日かなり改善されてきている。しかし, 学んだことを社会生活へ活かせないという課題が浮かび上がっている。また,全国学力・学習状況調査(2016)の結果をみると, 算数・数学において, 「知識」に関する問題の正答率は高いが, 「活用」に関する問題の正答率は50%にも達していない。これらのことから, 子どもが知識社会で生きるときに役立つ知識構築が十分に獲得されていないことが示唆される。こうした問題の対応として, 現行の教科教育からのアプローチだけでなく, 認知心理学からのアプローチが重要な役割をもつと考えられる。
認知心理学からの教授学習へのアプローチとしては, 子どもの知識や方略を基にしたカリキュラム構成, 認知方略を獲得させる指導, 社会的相互作用としての協同学習,などが研究対象となっている。その中でも, カリキュラム構成については, その重要性は指摘されながらも, 我が国だけでなく海外でもほとんど進展していない。2020年に学習指導要領の全面改訂が行われる。そこでのカリキュラム構成は, 教科の視点からそれぞれの学年にどのような教材を含めるか, どのような新しい内容を配置するか, といった題材の対象範囲についての議論がほとんどである。
本シンポジウムでは, 認知心理学からのカリキュラム構成に向けて, 数学と理科の教科書分析, 精緻化方略などを取り入れた学習法講座, 知識の協同構築による科学的思考を育てるカリキュラム, の研究を紹介する。こうした中で議論を深め, 知識構築の獲得を考えた, 現行のカリキュラム構成とは異なる新しいカリキュラム構成に向けて, 糸口を見つけることにしたい。
中学校数学教科書の問いの構成に関する検討
小田切歩
教科書の問いは,教科内容に関する学習者の理解を促すために設定されている。特に,中学校数学科においては,学習者が教科書に沿って問いを解くことが,授業の中心となる(長崎・西村・二宮,2015)。本発表では,その中学校の数学教科書の問いが,学習者の知識構築を促すような構成になっているのかを検討する。さらに,実際の教科書の問いを取り上げ,その問いの解決を通じた知識構築のプロセスについて考察する。
日本の数学教科書については,国際比較により,学ぶ意義が明示的に述べられていないこと(長崎, 2010)や,練習問題が少ないこと(長崎・田口・松田, 2010)などが指摘されている。また,問いの内容については,学習者の数学的活動の促進という観点から検討が重ねられている(e.g., 平岡・田口・松田, 2010)。しかしながら,学習者の理解の促進という観点からの,問いの内容,および,構成に関する質的な検討は行われていない。
そこで,本発表では,既有知識の活性化,新たな知識の獲得,知識の関連づけ,という,知識構築のプロセスに加え,学ぶ意義の暗示という問いの役割をもとに,中学校数学科教科書の問いを分類する。そして,その量的比較と,問いの並びについて検討する。さらに,知識の関連づけを促す問いに関して,どのような知識が,どのようなプロセスで関連づけられるのかについて,複数の教科書会社の問いを具体的に比較しながら考察する。これらの検討をもとに,当日は,中学校数学科教科書の問いの構成に関する改善について,議論を深めていきたい。
理解の認知プロセスからみた理科教科書の問いの機能に関する検討 石橋優美
学校教育において,教科書は教科の教育内容を学習する際に使用される教材として教授―学習上便利な形に編集された図書であり(柴田, 2000),実践とカリキュラムをつなぐ媒体としての役割を有している。近年の教授学習研究では,学校教育でどのような学習方略が学習者の理解を促すために有効であるかが検討されているが,教科の主たる教材である教科書のあり方については十分な議論がされていない。そこで,学習者が教科の内容を理解するために活用される教科書を対象とし,そのあり方から教科のカリキュラム構成について検討する。
中学校課程の理科では,生徒が教科書に沿って問いを解くことが授業の中心である。そして,生徒の教科内容に関する理解を促すために,教科書には問いが設定されている。これまでにも問いの表面的な形式や出現する場面から問いの特徴を明らかにしている研究はみられるものの,問いと学習者の認知プロセスとの関係については十分に考慮されてこなかった。
そこで本発表では,中学校課程の理科において,教科書の問いが,生徒の理解を促すという機能を果たしているのかについて,理解の認知プロセスの観点からみていく。具体的には,理解することを,知識を関連づけることと捉えることで,理解の認知プロセスを知識の関連づけのプロセスとして示す。その上で,教科書中の問いの目的と理解の認知プロセスを対応させ,中学校課程の理科全体として,また理科固有の領域ごとに,教科書の問いを検討する。これにより,知識の関連づけという観点から中学校課程の理科カリキュラムの構成にどのような支援ができるかを提案したい。
学び方を学ぶ「学習法講座」の実践と効果
―メタ学習カリキュラム開発に向けて-
瀬尾美紀子
21世紀に求められる能力や教育目標について,各国の機関や研究組織が枠組みを提示している。その中で,「メタ認知・メタ学習・学び方の学び」は,共通して組み込まれている。変化の激しい社会では,学校教育終了後にも自ら学んで知識やスキルを更新しそれらを現実場面において活用する必要がある。そのためには,学び方自体を学んでおくことが求められる。
現在,多くの学校では,学び方の指導が行われている。大半は,授業や家庭学習における学習規律および学習習慣や,暗記反復型の学習法が中心である。一方,認知心理学では,深い理解や思考を促す効果的な学習方略に関する知見が豊富に蓄積されている。それらを児童・生徒に明確に伝え確実な習得を促すことは,より豊かで深い学びにつながると考える。
筆者は,認知心理学の成果を生かした学び方を学ぶ授業として,「学習法講座」の開発と実践を共同研究者と行ってきた(Seo et al., in press)。その基本デザインは,1)心理学実験,2)理論解説,3)方略使用練習である。1)は,方略の有効性を実感するため,2)は,方略が有効な理由やしくみを理解するため,そして,3)は,方略を使いこなす見通しを持つために設けた。そして,深い理解にもとづく知識習得を促す「精緻化方略」と,深い思考と学んだことの転移を促す「教訓帰納方略」に関する学習法講座を,中学生を対象に実践した(瀬尾・石崎,2014)。講座1か月と8か月後の調査において方略の自発的な利用が確認され,学習法講座は学習方略の習得と定着に効果があることが示された。今後,小学校高学年への展開,他の学習方略を含めたメタ学習カリキュラムの開発や教科学習カリキュラムとの調整等について,検討を重ねていく予定である。
知識の協同構築を通じて科学的思考・表現を育てる
坂本美紀
科学者が辿るプロセスを模した形で,学習者を科学的探究に従事させる教育実践が,各国の理科教育で急速に広まっている。科学の目的は,収集した証拠に基づく検証や批判を通して,理論や仮説を改善していくことであり,実験データや科学的原理を用いて論証を組み立てる説明と議論は,その核となる活動である。日本の理科教育でも,説明活動などの様々な言語活動を通して,科学的な思考・表現を育てることが目指されている。しかしこれらは,短時間の介入で身につくものではない。本発表では,科学的探究のうち,科学的説明(論証),科学的問いの生成,の各フェーズに焦点化した教育カリキュラムを,それぞれ紹介する。
科学的探究の成果を述べる科学的説明には,探究課題への回答である主張と,個別の事実である証拠,事例を超えた科学的原理である理由づけ,の3要素が必須である。我々の研究チームでは,小学校高学年を対象に,実験で科学的原理を発見する協調学習に,論証構造を意識した科学的説明の練習を組み込んだカリキュラムを開発し,科学的原理により証拠と主張を結びつける説明,複数の証拠で正当化する説明,反論を含む説明を構成する力を,各単元で育成した。一方,目の前の現象を科学的に説明するには,既存の科学的原理を利用することが望まれる。しかし,既知の科学的原理に基づいて思考し,説明を構築したり,探究の出発点となる科学的な問いを生成したりすることは,決して易しくない。我々は,知識の活用を目指した探究活動を通して科学的原理・法則に基づく思考を活性化させる授業により,科学的原理に基づく問いの生成を促す実践研究を行った。当日は,実践内容と評価方法を詳しく紹介する。
我が国の子どもの学力は, PISA((2015)によると, 2000年代前半の順位の落ち込みから, 数学的リテラシー・科学的リテラシーとも今日かなり改善されてきている。しかし, 学んだことを社会生活へ活かせないという課題が浮かび上がっている。また,全国学力・学習状況調査(2016)の結果をみると, 算数・数学において, 「知識」に関する問題の正答率は高いが, 「活用」に関する問題の正答率は50%にも達していない。これらのことから, 子どもが知識社会で生きるときに役立つ知識構築が十分に獲得されていないことが示唆される。こうした問題の対応として, 現行の教科教育からのアプローチだけでなく, 認知心理学からのアプローチが重要な役割をもつと考えられる。
認知心理学からの教授学習へのアプローチとしては, 子どもの知識や方略を基にしたカリキュラム構成, 認知方略を獲得させる指導, 社会的相互作用としての協同学習,などが研究対象となっている。その中でも, カリキュラム構成については, その重要性は指摘されながらも, 我が国だけでなく海外でもほとんど進展していない。2020年に学習指導要領の全面改訂が行われる。そこでのカリキュラム構成は, 教科の視点からそれぞれの学年にどのような教材を含めるか, どのような新しい内容を配置するか, といった題材の対象範囲についての議論がほとんどである。
本シンポジウムでは, 認知心理学からのカリキュラム構成に向けて, 数学と理科の教科書分析, 精緻化方略などを取り入れた学習法講座, 知識の協同構築による科学的思考を育てるカリキュラム, の研究を紹介する。こうした中で議論を深め, 知識構築の獲得を考えた, 現行のカリキュラム構成とは異なる新しいカリキュラム構成に向けて, 糸口を見つけることにしたい。
中学校数学教科書の問いの構成に関する検討
小田切歩
教科書の問いは,教科内容に関する学習者の理解を促すために設定されている。特に,中学校数学科においては,学習者が教科書に沿って問いを解くことが,授業の中心となる(長崎・西村・二宮,2015)。本発表では,その中学校の数学教科書の問いが,学習者の知識構築を促すような構成になっているのかを検討する。さらに,実際の教科書の問いを取り上げ,その問いの解決を通じた知識構築のプロセスについて考察する。
日本の数学教科書については,国際比較により,学ぶ意義が明示的に述べられていないこと(長崎, 2010)や,練習問題が少ないこと(長崎・田口・松田, 2010)などが指摘されている。また,問いの内容については,学習者の数学的活動の促進という観点から検討が重ねられている(e.g., 平岡・田口・松田, 2010)。しかしながら,学習者の理解の促進という観点からの,問いの内容,および,構成に関する質的な検討は行われていない。
そこで,本発表では,既有知識の活性化,新たな知識の獲得,知識の関連づけ,という,知識構築のプロセスに加え,学ぶ意義の暗示という問いの役割をもとに,中学校数学科教科書の問いを分類する。そして,その量的比較と,問いの並びについて検討する。さらに,知識の関連づけを促す問いに関して,どのような知識が,どのようなプロセスで関連づけられるのかについて,複数の教科書会社の問いを具体的に比較しながら考察する。これらの検討をもとに,当日は,中学校数学科教科書の問いの構成に関する改善について,議論を深めていきたい。
理解の認知プロセスからみた理科教科書の問いの機能に関する検討 石橋優美
学校教育において,教科書は教科の教育内容を学習する際に使用される教材として教授―学習上便利な形に編集された図書であり(柴田, 2000),実践とカリキュラムをつなぐ媒体としての役割を有している。近年の教授学習研究では,学校教育でどのような学習方略が学習者の理解を促すために有効であるかが検討されているが,教科の主たる教材である教科書のあり方については十分な議論がされていない。そこで,学習者が教科の内容を理解するために活用される教科書を対象とし,そのあり方から教科のカリキュラム構成について検討する。
中学校課程の理科では,生徒が教科書に沿って問いを解くことが授業の中心である。そして,生徒の教科内容に関する理解を促すために,教科書には問いが設定されている。これまでにも問いの表面的な形式や出現する場面から問いの特徴を明らかにしている研究はみられるものの,問いと学習者の認知プロセスとの関係については十分に考慮されてこなかった。
そこで本発表では,中学校課程の理科において,教科書の問いが,生徒の理解を促すという機能を果たしているのかについて,理解の認知プロセスの観点からみていく。具体的には,理解することを,知識を関連づけることと捉えることで,理解の認知プロセスを知識の関連づけのプロセスとして示す。その上で,教科書中の問いの目的と理解の認知プロセスを対応させ,中学校課程の理科全体として,また理科固有の領域ごとに,教科書の問いを検討する。これにより,知識の関連づけという観点から中学校課程の理科カリキュラムの構成にどのような支援ができるかを提案したい。
学び方を学ぶ「学習法講座」の実践と効果
―メタ学習カリキュラム開発に向けて-
瀬尾美紀子
21世紀に求められる能力や教育目標について,各国の機関や研究組織が枠組みを提示している。その中で,「メタ認知・メタ学習・学び方の学び」は,共通して組み込まれている。変化の激しい社会では,学校教育終了後にも自ら学んで知識やスキルを更新しそれらを現実場面において活用する必要がある。そのためには,学び方自体を学んでおくことが求められる。
現在,多くの学校では,学び方の指導が行われている。大半は,授業や家庭学習における学習規律および学習習慣や,暗記反復型の学習法が中心である。一方,認知心理学では,深い理解や思考を促す効果的な学習方略に関する知見が豊富に蓄積されている。それらを児童・生徒に明確に伝え確実な習得を促すことは,より豊かで深い学びにつながると考える。
筆者は,認知心理学の成果を生かした学び方を学ぶ授業として,「学習法講座」の開発と実践を共同研究者と行ってきた(Seo et al., in press)。その基本デザインは,1)心理学実験,2)理論解説,3)方略使用練習である。1)は,方略の有効性を実感するため,2)は,方略が有効な理由やしくみを理解するため,そして,3)は,方略を使いこなす見通しを持つために設けた。そして,深い理解にもとづく知識習得を促す「精緻化方略」と,深い思考と学んだことの転移を促す「教訓帰納方略」に関する学習法講座を,中学生を対象に実践した(瀬尾・石崎,2014)。講座1か月と8か月後の調査において方略の自発的な利用が確認され,学習法講座は学習方略の習得と定着に効果があることが示された。今後,小学校高学年への展開,他の学習方略を含めたメタ学習カリキュラムの開発や教科学習カリキュラムとの調整等について,検討を重ねていく予定である。
知識の協同構築を通じて科学的思考・表現を育てる
坂本美紀
科学者が辿るプロセスを模した形で,学習者を科学的探究に従事させる教育実践が,各国の理科教育で急速に広まっている。科学の目的は,収集した証拠に基づく検証や批判を通して,理論や仮説を改善していくことであり,実験データや科学的原理を用いて論証を組み立てる説明と議論は,その核となる活動である。日本の理科教育でも,説明活動などの様々な言語活動を通して,科学的な思考・表現を育てることが目指されている。しかしこれらは,短時間の介入で身につくものではない。本発表では,科学的探究のうち,科学的説明(論証),科学的問いの生成,の各フェーズに焦点化した教育カリキュラムを,それぞれ紹介する。
科学的探究の成果を述べる科学的説明には,探究課題への回答である主張と,個別の事実である証拠,事例を超えた科学的原理である理由づけ,の3要素が必須である。我々の研究チームでは,小学校高学年を対象に,実験で科学的原理を発見する協調学習に,論証構造を意識した科学的説明の練習を組み込んだカリキュラムを開発し,科学的原理により証拠と主張を結びつける説明,複数の証拠で正当化する説明,反論を含む説明を構成する力を,各単元で育成した。一方,目の前の現象を科学的に説明するには,既存の科学的原理を利用することが望まれる。しかし,既知の科学的原理に基づいて思考し,説明を構築したり,探究の出発点となる科学的な問いを生成したりすることは,決して易しくない。我々は,知識の活用を目指した探究活動を通して科学的原理・法則に基づく思考を活性化させる授業により,科学的原理に基づく問いの生成を促す実践研究を行った。当日は,実践内容と評価方法を詳しく紹介する。