日本教育心理学会第59回総会

講演情報

自主企画シンポジウム 4

心理教育を子どもたちにいかに届けるか?

プログラムのfeasibilityを考える

2017年10月9日(月) 10:00 〜 12:00 会議室231 (2号館3階)

企画・話題提供:石本雄真(鳥取大学)
企画・話題提供:松本有貴(徳島文理大学)
司会:青山郁子(静岡大学)
話題提供:山本利枝(大阪大学)
指定討論:宮崎昭#(山形大学)

10:00 〜 12:00

[JG04] 心理教育を子どもたちにいかに届けるか?

プログラムのfeasibilityを考える

石本雄真1, 松本有貴2, 山本利枝3, 宮崎昭#4, 青山郁子5 (1.鳥取大学, 2.徳島文理大学, 3.大阪大学, 4.山形大学, 5.静岡大学)

キーワード:心理教育, feasibility, SEL

企画趣旨
石本雄真(鳥取大学)
 2015年度,日本の小中学校における不登校児童の割合は過去最大の値を示すなど(文部科学省,2016),児童生徒の心理的適応に関する問題は対応が急がれる状況である。また国際比較において,学校を楽しいと感じている小中学生の割合が日本は他国よりも小さいことが示されており(杉村・石井・張・渡部,2007),明確な問題を示す児童生徒以外にも不適応状態が拡がっていることが懸念される。学齢期の不適応問題に対して,諸外国では予防的介入を含めさまざまな心理教育が実施されている(Bore, Hendricks, & Womack,2013)。特に近年では,さまざまな利点から学校での予防的,初期的介入が広がっており,その効果も確認されている(Polanin, Espelage, & Pigott,2012など)。そのような中,日本においても学校を始めとする集団場面において徐々に心理教育的支援が拡がっている。しかしながら日本の学校においては時間的余裕が極めて少なく,心理教育を実施することが困難であるとされることが多い。また,学校教員が実施する場合,実施するための時間が確保できたとしても,まだ解決すべき課題がある。例えば,日本の教員は諸外国と比較し多忙であることから,実施のための研修に通うことが困難であったり,実施のための教材準備が困難であったりすることもある。さらに,これまで広く心理教育が実施されてこなかったことを考えると,実施者や児童生徒が心理教育に不慣れであることも円滑な実施上の障壁となる可能性が考えられる。このように,心理教育を実施する上での日本固有の難しさが存在することから,諸外国の心理教育プログラムをそのまま導入することは困難であることが多く,このことは日本において心理教育が大きく広がらない一つの要因であると考えられる。これらのことから,日本において心理教育を子どもたちに提供することで不適応を予防したり適応を支援したりするためには,効果的なプログラムを用意することだけではなく,子どもたちに届くような工夫が必要であるといえる。一方で,届けるための工夫を追求することでプログラムのfidelity(忠実性)を損なうなどし,効果が得られなくなるのであれば元も子もない。本シンポジウムは,プログラムの効果について議論するのではなく,プログラムを子どもたちにいかに届けるか,そのfeasibility(利用可能性)について議論・検討することで,今後日本において心理教育を拡げていくための課題や解決策を探るものである。

選択肢を用意する
マルチレベルという選択肢
松本有貴(徳島文理大学)
 持続可能な学校予防教育として,学校の事情に合わせた介入メニューを用意することが,介入の実施を促進すると考えられる。これまでの介入実践においては,プログラム回数,時間が決まったものが多く,それらの回数,時間も短いものではないため,時間的ゆとりの少ない現代の日本の学校において実施することの障害となっている。しかし一方で,学校の問題に対する危機意識が強く,多くの時間を介入に用いることができる学校も存在する。このため,複数の介入レベルの支援方法を提供することで,学校の事情に合わせた選択活用が支援できる。予防教育的支援を,エビデンスに基づき実践可能で継続可能な支援として構築するために,マルチレベルの支援方法を教員に提供するのである。最も介入度の高いレベル3(CBTに基づく10回のプログラム「フレンズ」など)。介入度が中のレベル2(短時間・短期間のブリーフCBT(BCBT)など)。最も介入度が低いレベル1は,セッションとして時間を設けたプログラムは行わず,学級で担任が指導に役立てることのできるCBTに基づく理論や技術を理解する教材を提供するものである。学校現場が使いやすいプログラムや方法を提供することは,心理教育の実践を広げる可能性は増すが,エビデンスの検証は必要である。学校で行われている日常的な活動支援よりも効果があるのか,ピットフォールはないのか,つまり,わざわざ行う価値があるほどの効果があるのか,を問う必要がある。ある研究協力校における教員との話し合いで幾つかの課題が出され,子ども記入,保護者記入,教員記入の質問紙調査が実施された。そこでは,学校のワークロードは悪化したといえる。日本の公立校で実施可能な評価方法の検討は必須である。評価方法においても,学校現場が選べるマルチメソッドの検討が必要である。評価方法が選べる,評価者が選べる,どの側面を測るかが選べる,など多面的評価方法を提供することが望ましい。本シンポジウムでは,マルチレベルプログラム,評価のマルチメソッドのそれぞれについて,例を挙げて検討したい。

教材準備を考える
負担軽減と積極的意義
山本利枝(大阪大学)
 新しいプログラムを導入する際に最も時間を必要とするのが教材準備である。特に小学校の担任は全科の教員免許状を持ち,8教科の中で,音楽図工の2教科を専科教員に受け持ってもらっても残り6教科の教材準備に日々追われている。子どもたちの下校後開かれる会議・保護者対応等が終わるとすでに勤務時間は過ぎている。そこから明日の授業準備に入るのである。この多忙な毎日の仕事に更に心理教育の教材準備を追加することの大変さは推察できる。導入したくても準備のできない現実がある。そこで次の提案をしたい。(1)予防教育プログラムの開発・提案者:学校にプログラムを提案する際にはプログラムの指導用マニュアル・参考指導案及びデーター・参考児童用ワークシートのデーター等をDVDで提供できる。この他で大いに助かるのが黒板教示用の参考資料データーであろう。印刷,ラミネート加工をすることで長期使用が可能になり,準備時間の短縮にもなる。(2)学校:教材準備ではチームを組み,長期休業中に時間を設定して共同作業日を設けるのはどうか。スクールカウンセラー・養護教諭・学年が協力して児童の実態に合わせた教材準備に関わることで,プログラム内容の研修にもなる。いったん作成できれば次の学年がほぼ同じものを使うことができる。必要な教材・教具・指導案を1セット揃えて専用バッグに保存し,教室を移動することでの授業実施が可能になるのではないかと考える。終了後は教材室に全学年分を収納し必要な時にいつでも取り出せるようにしてはどうか。カウンセラーや養護教諭が一緒に作成しているので,時には指導者として授業に参加できる。プログラムの提案者・学校双方の連携と工夫で心理教育導入への道を探りたい。一つのプラグラムの教材バッグを例に話題提供をしたい。

学校以外の場所を活用する
放課後等デイサービスでの実践から
石本雄真(鳥取大学)
 上述のように,諸外国では学齢期の不適応問題に対してさまざまな心理教育が学校において提供されている。学校での介入の利点として,継続的な支援が可能であること,病院等に通うことで生じる周囲からのネガティブな評価が生じないこと,利用が容易であること,友人間でのサポートが期待できること等が挙げられる(Miller, Laye-Gindhu, Liu, March, Thordarson, & Garland,2011)。このように学校で行う心理教育についてはさまざまな利点が指摘されているが,企画趣旨にもあるように,日本の学校において心理教育を行う上では解決を必要とする多くの課題がある。このことに対して,学校で行う上での課題をひとつひとつ解決していくことも重要であるが,学校以外の場で子どもたちに心理教育を届けることも有効であると考えられる。その際,継続的な支援の可能性やスティグマが生じる懸念,子どもたち同士でのサポートの可能性等を考えると,医療機関は予防的,初期的介入の場としては適した場所とは考えにくい。すでに子どもたちが利用しており,一定期間継続的に利用するものであり,子どもたち同士のサポートが考えられる場が望ましいといえよう。具体的には,児童館,放課後児童クラブ(学童保育),適応指導教室(教育支援センター),児童発達支援,放課後等デイサービス等の学外施設が考えられる。それぞれ利用者の特性が異なり,学校のようにほぼすべての子どもたちに届けることが可能ではないという点においては課題も残るが,リスクの高い特定の集団に届けるうえではむしろ利点もある。そのほかの課題として,実施者の専門性の不足も挙げられる。話題提供者らは不安症状を示すことが多い発達障害をもつ子どもが,不安やイライラといった気持ちとうまくつき合っていくことを支援するため,放課後等デイサービスや特別支援学級で実施できるCBTに基づくプログラムPEACE(Yamane, Matsumoto, & Ishimoto, 2016)を開発し,放課後等デイサービスや特別支援学級における教職員による実施の効果を検証してきた。放課後等デイサービスは対象となる発達障害をもつ子どもに対して継続的なプログラムを提供するには適した場所であると考えられる。一方で,放課後等デイサービスの職員は専門性の高さや背景とする専門性にばらつきがあり(石本,2016;Matsumoto, Ishimoto, & Yamane, 2016),学校での実施よりもきめ細やかな支援が必要となる場合がある。本話題提供では,放課後等デイサービスでの心理教育実践を通してみられた,学外施設における心理教育の利点や課題について示し,学校外での実施の可能性について検討する。