13:00 〜 15:00
[JH02] 文系学生に対する心理統計教育
卒論指導・査読で気になる統計解析
キーワード:心理統計教育, 卒論指導, 査読
企画の趣旨
心理学を専攻する文系学生が,心理統計の授業で学んだ知識を活用する場として,卒業論文は欠かすことができない。卒論に取り組む過程で,それまで講義として教えられるものであった,言わば受動的に教授されていた心理統計が,学生自らデータを扱い処理するという能動的な活動に変わる。卒論における統計解析を通じて,学生は心理統計の重要さを再認識し,その難しさや面白さに気づくことになる。大学教員として,学生の卒論指導の経験を重ねていくと,学生が行う統計解析に対して様々な気づきが生じる。同様の気づきは,論文査読という作業の中でも生じうる。本シンポジウムでは,卒論指導や論文査読における「気になる統計解析」に焦点を当てる。
話題提供者は,幼児期と児童期の発達心理学,心理統計学といったバックグラウンドを持つ。本シンポジウムでは,卒論指導や論文査読の豊富な経験に基づいた具体的・実践的な話を伺う。話題提供の内容は,(1)心理統計を専門としない研究者が心理統計の授業を担当することとそこでの気づき,(2)構造方程式モデリングの入門的知識の一歩先の話題,(3)統計解析の理想と現実のジレンマ,といったものである。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントする。続いて,フロアとの意見交換を通じて議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
統計が専門でない研究者の心理統計の授業
林 創
2013年に神戸大学に着任して,前任者が担当されていた「心理統計法」という授業を初めて担当することになった。神戸大学の発達科学部(2017年度入学生より,国際人間科学部に改組されている)では,2年生で心理発達論コースに配属された学生が,「心理統計法1」(前期,2単位)と「心理統計法2」(後期,2単位)を履修することになっている。選択必修科目であるが,心理発達論コースの学生は必修扱いとしているため,全員が受講する。配当年次および学習内容ともに,心理系のコースとしては平均的なものである。発表者は,そのうちの前期の「心理統計法1」を担当している。扱う内容は,記述統計の基礎から,推測統計の説明,統計的仮説検定のうち,t検定までを扱っている。
着任後,「心理統計法」の最初の授業の際に,不安を抱きながら教室に向かったことと,半期が終わったときの安堵感は今でも覚えている。発表者はこれまで,自分の研究を通じて,さまざまな検定も行ってきたが,自分が(それなりに)使えることと教えることでは大きな違いがある。案の上,学生からの質問に答えられず,翌週まで時間をかけて調べることもたびたびであった。全国的に,心理統計の専門家がおられる大学は多くなく,神戸大学のように,統計が専門でない心理学の研究者が,心理統計の授業を担当している場合も多い。そこで本発表では,数学が得意でもない(むしろ苦手な),ごく一般的な心理学の研究者が,心理統計の授業を担当するに当たって,どのような苦労があり,どのような授業を準備して,進めているのかをお話させていただければと考えている。
また,統計の授業を担当して,学生が2年生で「心理統計法」で学習したことが,3年生でのゼミごとの共同研究や,4年生での卒業論文での研究にどうつながっていると感じているか,あるいは,卒論等の研究で学生が間違えて適用しやすい分析など,気づいた点についても話題提供をさせていただきたい。その過程で,より良い授業を行っていく上での工夫やアイデアを,みなさんと議論させていただければと考えている。
構造方程式モデリングにおける統制変数,媒介変数,交互作用の取り扱い
室橋 弘人
学部教育において構造方程式モデリングを扱っている大学はあまり多くないと思われるが,大学院課程においては広く教えられており,修士論文や,以降の研究論文において構造方程式モデリングを利用するのは,特に珍しいことではなくなっている。しかし構造方程式モデリングの最大の魅力は自分の研究仮説に応じて自由にモデルを組み立てられることであり,逆に言うならば,必要に応じた適切なモデルを指定することができなければ,その利用価値は大きく減じてしまうことになる。これを行うためには,パス図を構成する基本的な部品について知るだけでは必ずしも十分ではなく,特定の仮説を指定するためにはパスをこのように引けば良いという,ある種の定石のようなものに関する知識も必要となる。しかし,こうした情報は必ずしも教科書の中でまとまって提供されているわけではないため,入門的な知識を学ぶ授業だけではカバーしにくい面がある。
中でもこれまでの発表者の経験の中でアドバイスを求められることが比較的多かった話題として,この発表では,(1)統制変数,(2)媒介変数,(3)交互作用について取り上げたい。これらは具体的な研究内容に関係なく,様々な領域において研究仮説を構築するための部品として利用されることが多い要素である。したがって,これらのうちいずれかを含む仮説を表現するようなモデルを指定したいと考える機会が多いにも関わらず,全てについてきちんと章を立てて解説を行っている専門書は,意外と少ないのが現状である。もちろん,この3つはいずれも,構造方程式モデリングのモデルの中に組み込んで推定対象とすることが可能である。しかし,それを実現するための方法や,結果の解釈において参照すべき情報などは,各々異なっている。そこで発表では,これらの概念について改めて整理を行った上で,自分の研究仮説を表すモデルにどのように組み込んで実際に推定を行えばよいのかについて,具体的な例を示しながら紹介したい。構造方程式モデリングの基本的な知識は学んだけれども,自由自在に使いこなすのはまだ難しいという方の参考になればと考えている。
「気になる統計解析」あれこれ―理想的な統計解析と現実的な制約との間のジレンマ―
杉澤 武俊
卒論指導や論文査読において「気になる統計解析」といったときにまず思い浮かぶのは,適切な手法の選択ができていない,あるいは,適切な手法で分析されていても結果の解釈が妥当でないというような,誤用に関するものである。統計解析の実践におけるありがちな誤用の指摘や,より適切な手法の提案などはこれまでもしばしばおこなわれてきている(例えば,杉澤・吉田・荘島・南風原,2016)。また,明らかに誤用であるといえないまでも,何となく「本当にこれでいいのだろうか」というモヤモヤとした違和感のために「気になる」ものもある。こうした「気になる統計解析」が出てくる背景として,(1)統計学の授業等で習ったはずの内容を理解できていない,あるいは,卒業研究で実践する頃には忘れてしまっている,(2)研究目的を適切に達成するために必要な手法や知識が授業等で習った範囲を超えている(限られた授業時間で必要十分な内容をカバーしきれていない),(3)研究の指導をする教員に知識が不足している,あるいは誤解がある,(4)そもそも適切な手法自体が存在しない(統計学のテキストや論文を調べてもどこにも載っていない),あるいは理論的に提案された手法を実行するためのソフトウエアが整備されていない,などの要因が考えられる。
統計教育という文脈と絡めて考えたときに,上記の(1)については個別指導による対応を行い,その後の授業改善のきっかけとする,(3)は教員に対する啓蒙活動などによる対応が考えられるが,(2)や(4)のようなケースで,例えば卒論レベルの学生が意味もわかっていない手法を形式的に適用させることの是非なども含めて,現実的な制約を考慮してどこまでを求めるべきか(どこからは妥協してもよいか)という悩ましい問題に直面することがしばしばある。本話題提供では,データハンドリングなどの変数の取り扱い,因子分析による尺度構成の手順,検定手法の選択など,従来指摘されてきた誤用の問題も含めたさまざまな「気になる統計解析」の事例を紹介しながら,統計教育を行なっていく上で単純な解決が難しそうな悩ましい問題について,議論するきっかけを提供したいと考えている。
心理学を専攻する文系学生が,心理統計の授業で学んだ知識を活用する場として,卒業論文は欠かすことができない。卒論に取り組む過程で,それまで講義として教えられるものであった,言わば受動的に教授されていた心理統計が,学生自らデータを扱い処理するという能動的な活動に変わる。卒論における統計解析を通じて,学生は心理統計の重要さを再認識し,その難しさや面白さに気づくことになる。大学教員として,学生の卒論指導の経験を重ねていくと,学生が行う統計解析に対して様々な気づきが生じる。同様の気づきは,論文査読という作業の中でも生じうる。本シンポジウムでは,卒論指導や論文査読における「気になる統計解析」に焦点を当てる。
話題提供者は,幼児期と児童期の発達心理学,心理統計学といったバックグラウンドを持つ。本シンポジウムでは,卒論指導や論文査読の豊富な経験に基づいた具体的・実践的な話を伺う。話題提供の内容は,(1)心理統計を専門としない研究者が心理統計の授業を担当することとそこでの気づき,(2)構造方程式モデリングの入門的知識の一歩先の話題,(3)統計解析の理想と現実のジレンマ,といったものである。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントする。続いて,フロアとの意見交換を通じて議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
統計が専門でない研究者の心理統計の授業
林 創
2013年に神戸大学に着任して,前任者が担当されていた「心理統計法」という授業を初めて担当することになった。神戸大学の発達科学部(2017年度入学生より,国際人間科学部に改組されている)では,2年生で心理発達論コースに配属された学生が,「心理統計法1」(前期,2単位)と「心理統計法2」(後期,2単位)を履修することになっている。選択必修科目であるが,心理発達論コースの学生は必修扱いとしているため,全員が受講する。配当年次および学習内容ともに,心理系のコースとしては平均的なものである。発表者は,そのうちの前期の「心理統計法1」を担当している。扱う内容は,記述統計の基礎から,推測統計の説明,統計的仮説検定のうち,t検定までを扱っている。
着任後,「心理統計法」の最初の授業の際に,不安を抱きながら教室に向かったことと,半期が終わったときの安堵感は今でも覚えている。発表者はこれまで,自分の研究を通じて,さまざまな検定も行ってきたが,自分が(それなりに)使えることと教えることでは大きな違いがある。案の上,学生からの質問に答えられず,翌週まで時間をかけて調べることもたびたびであった。全国的に,心理統計の専門家がおられる大学は多くなく,神戸大学のように,統計が専門でない心理学の研究者が,心理統計の授業を担当している場合も多い。そこで本発表では,数学が得意でもない(むしろ苦手な),ごく一般的な心理学の研究者が,心理統計の授業を担当するに当たって,どのような苦労があり,どのような授業を準備して,進めているのかをお話させていただければと考えている。
また,統計の授業を担当して,学生が2年生で「心理統計法」で学習したことが,3年生でのゼミごとの共同研究や,4年生での卒業論文での研究にどうつながっていると感じているか,あるいは,卒論等の研究で学生が間違えて適用しやすい分析など,気づいた点についても話題提供をさせていただきたい。その過程で,より良い授業を行っていく上での工夫やアイデアを,みなさんと議論させていただければと考えている。
構造方程式モデリングにおける統制変数,媒介変数,交互作用の取り扱い
室橋 弘人
学部教育において構造方程式モデリングを扱っている大学はあまり多くないと思われるが,大学院課程においては広く教えられており,修士論文や,以降の研究論文において構造方程式モデリングを利用するのは,特に珍しいことではなくなっている。しかし構造方程式モデリングの最大の魅力は自分の研究仮説に応じて自由にモデルを組み立てられることであり,逆に言うならば,必要に応じた適切なモデルを指定することができなければ,その利用価値は大きく減じてしまうことになる。これを行うためには,パス図を構成する基本的な部品について知るだけでは必ずしも十分ではなく,特定の仮説を指定するためにはパスをこのように引けば良いという,ある種の定石のようなものに関する知識も必要となる。しかし,こうした情報は必ずしも教科書の中でまとまって提供されているわけではないため,入門的な知識を学ぶ授業だけではカバーしにくい面がある。
中でもこれまでの発表者の経験の中でアドバイスを求められることが比較的多かった話題として,この発表では,(1)統制変数,(2)媒介変数,(3)交互作用について取り上げたい。これらは具体的な研究内容に関係なく,様々な領域において研究仮説を構築するための部品として利用されることが多い要素である。したがって,これらのうちいずれかを含む仮説を表現するようなモデルを指定したいと考える機会が多いにも関わらず,全てについてきちんと章を立てて解説を行っている専門書は,意外と少ないのが現状である。もちろん,この3つはいずれも,構造方程式モデリングのモデルの中に組み込んで推定対象とすることが可能である。しかし,それを実現するための方法や,結果の解釈において参照すべき情報などは,各々異なっている。そこで発表では,これらの概念について改めて整理を行った上で,自分の研究仮説を表すモデルにどのように組み込んで実際に推定を行えばよいのかについて,具体的な例を示しながら紹介したい。構造方程式モデリングの基本的な知識は学んだけれども,自由自在に使いこなすのはまだ難しいという方の参考になればと考えている。
「気になる統計解析」あれこれ―理想的な統計解析と現実的な制約との間のジレンマ―
杉澤 武俊
卒論指導や論文査読において「気になる統計解析」といったときにまず思い浮かぶのは,適切な手法の選択ができていない,あるいは,適切な手法で分析されていても結果の解釈が妥当でないというような,誤用に関するものである。統計解析の実践におけるありがちな誤用の指摘や,より適切な手法の提案などはこれまでもしばしばおこなわれてきている(例えば,杉澤・吉田・荘島・南風原,2016)。また,明らかに誤用であるといえないまでも,何となく「本当にこれでいいのだろうか」というモヤモヤとした違和感のために「気になる」ものもある。こうした「気になる統計解析」が出てくる背景として,(1)統計学の授業等で習ったはずの内容を理解できていない,あるいは,卒業研究で実践する頃には忘れてしまっている,(2)研究目的を適切に達成するために必要な手法や知識が授業等で習った範囲を超えている(限られた授業時間で必要十分な内容をカバーしきれていない),(3)研究の指導をする教員に知識が不足している,あるいは誤解がある,(4)そもそも適切な手法自体が存在しない(統計学のテキストや論文を調べてもどこにも載っていない),あるいは理論的に提案された手法を実行するためのソフトウエアが整備されていない,などの要因が考えられる。
統計教育という文脈と絡めて考えたときに,上記の(1)については個別指導による対応を行い,その後の授業改善のきっかけとする,(3)は教員に対する啓蒙活動などによる対応が考えられるが,(2)や(4)のようなケースで,例えば卒論レベルの学生が意味もわかっていない手法を形式的に適用させることの是非なども含めて,現実的な制約を考慮してどこまでを求めるべきか(どこからは妥協してもよいか)という悩ましい問題に直面することがしばしばある。本話題提供では,データハンドリングなどの変数の取り扱い,因子分析による尺度構成の手順,検定手法の選択など,従来指摘されてきた誤用の問題も含めたさまざまな「気になる統計解析」の事例を紹介しながら,統計教育を行なっていく上で単純な解決が難しそうな悩ましい問題について,議論するきっかけを提供したいと考えている。