日本教育心理学会第59回総会

講演情報

ポスター発表 PA(01-83)

ポスター発表 PA(01-83)

2017年10月7日(土) 10:00 〜 12:00 白鳥ホールB (4号館1階)

10:00 〜 12:00

[PA02] 幼児期の感情表出を促す文化的要因

短期縦断的観察研究による検討

芝崎美和1, 芝崎良典2 (1.新見公立短期大学, 2.東大阪大学)

キーワード:感情表出, 幼児, 文化的要因

問題と目的
 近年,幼児期,児童期における子どもの社会情動的問題に注目が集められるようになってきた。中でも,集団活動に難しさを抱える子どもへの関心は年々高まり,保育・教育現場ではこれらの子どもたちに対する多くのアプローチが見られる。しかし,子どもを対象としたSSTの多くに関して,その効果は一時的であり,トレーニングによって培われた能力を子どもが遊び場面や日常生活で必ずしも発揮できるとは限らないという問題点が指摘されている( 例えば,藤枝・相川, 2001)。感情コンピテンスに着目した場合,日常生活に般化させにくいSSTをあえて導入するよりも,その子どもの置かれた文化的環境の見直しに重点を置くべきであろう。そこで本研究では,感情表出に難しさを抱える幼児の事例検討を行うことによって,感情表出に影響する要因の解明を試みる。
方   法
観察対象児 感情表出に未熟さが見られる幼児について,担任保育者と園長に聞き取りを行い,予備観察を実施した結果,年中児クラス(4歳児)に在籍する女児(A児)を観察対象とした。
観察期間 2016年4月~9月の週1回程度であり,観察時間は10時~11時半までの自由選択遊びと組活動での時間であった。
観察・記録方法 参与観察法を採用し,遊びや生活をともにする中で観察を行った。園児からの働きかけには応答するが,自発的な介入は行わないよう努めた。観察対象児と他児および保育者とのやりとり,観察対象児の言動をフィールドノートに記録し,エピソード記録としてまとめた。観察終了後は,エピソードについて園長や担当保育者等と協議する場を設けた。なお,本研究は,保護者からの同意を得て実施されている。
結果と考察
 他児との相互作用におけるA児の感情表出に質的な変化が認められた段階を3つ(Ⅰ~Ⅲ期)に分けた。
Ⅰ期:行動と感情の一致・不一致
 Ⅰ期は,他児に対する共感性や向社会的行動などに感情表出が伴わない時期である。この期では,A児は他児と遊び場面を共有するものの,相互作用の対象が特定の女児1名(B児)に限定されることが多かった(5月~7月)。
Ⅱ期:感情の言語化と仲間関係の広がり
 Ⅱ期は,感情表出には目立った変化は見られないが,特にポジティブな感情が行動に次第に反映されるようになり,遊びにおける相互交渉の対象に広がりが見られるようになった時期である。遊びを共有する他児が増えるにつれ,遊び場面での言語的発話にも増加傾向が見られた(8月)。
 他児との相互作用においてA児の笑顔が少しずつ見られるようになってきた。A児は表情から感情を読み取ることが難しく,また他児に比べて目立って活発ということもない。しかし,A児の行動をよく観察してみると,向社会的行動が多く見られる。そこで保育者は,本研究を通して得られたエピソードを中心に,養育者がA児のポジティブな側面に注目できるような対話を重ねるよう努めた。その結果,観察当初からゆっくりとA児に対する養育者の見方がポジティブなものに変容し,A児と養育者の間に笑顔が増えた。これは,保育者の働きかけによって養育者の育児効力感が高められたことに帰因していると思われる。
Ⅲ期:友達との繋がりの中での感情の表出
 Ⅲ期は,他児との相互作用において,行動に感情表出が伴い始めた時期である。特にポジティブ感情の表出が顕著となり,一方,感情表出の少なさに帰因する他児とのトラブルは減少した。
 A児のクラスでは,集団遊びの頻度がきわめて少なかった。Ⅲ期では,そのことに注目した保育者が意図的にクラスでの集団遊びを増加させた。集団遊びにおける一つ一つの言語的やりとりは仲間との関係性を密なものとし,仲間の中に自己の存在意義を見つける作業を助けたと推察される。A児の中に育ち始めていた友達意識は,集団遊びの繰り返しによってより強固なものとなったように思われる。集団遊びの中で芽生えた「友達といる安心感」は,A児の感情表出力を高める重要な要因となったと推察される。