日本教育心理学会第59回総会

講演情報

ポスター発表 PA(01-83)

ポスター発表 PA(01-83)

2017年10月7日(土) 10:00 〜 12:00 白鳥ホールB (4号館1階)

10:00 〜 12:00

[PA43] 児童の相対主義的理解および寛容性を伸ばす道徳授業の実践

意見の背後にある価値観の理解に着目して

太田絵梨子1, 福田麻莉2, 池田慎之介3 (1.東京大学大学院, 2.東京大学大学院, 3.東京大学大学院)

キーワード:相対主義, 寛容性, モラルジレンマ

問題と目的
 近年,学校教育では,多様な価値観を持つ他者と協働できる資質・能力の育成が重視されている(中央教育審議会,2014)。多様な価値観を持つ他者の理解に関して,心理学研究では,相対主義(relativism)と寛容性(tolerance)の2側面から検討されてきた(e.g.,Wainryb,1993; Wright,2012)。相対主義は,「様々な信念が存在し,必ずしも正しい答えは1つではないということへの理解」,寛容性は,「自分と異なる信念を持つ他者を許容できること」と定義される(長谷川,2014)。先行研究では,個人の嗜好や社会的慣習に比べ,道徳的な判断に関わる場面では,相対主義や寛容性が低い傾向にあることが明らかにされている(e.g.,Wainryb,1991)。
 そこで本研究では,道徳的葛藤を生じさせるモラルジレンマ場面に焦点を当て,自分と異なる判断をした他者に対する相対主義的な理解や寛容性を高める道徳授業を開発し,その効果を検証する。我が国では,道徳の教科化に伴い,「道徳的価値を自分事として理解し,多面的・多角的に深く考えたり,議論したりする道徳教育の充実」(文部科学省,2017)が求められていることから,それに対する具体的な方策の提案として本実践を位置付けることができる。
方   法
対象 都内公立小学校の第6学年1学級(33名)
時期 2016年12月中旬に,2時限連続で実施した。時間は1時限につき45分間であった。
モラルジレンマ素材 荒木(1990)のモラルジレンマ資料を参考に,小学生にとってイメージしやすい学校生活(i.e.,町探検の行事)における道徳的葛藤場面を作成し,ストーリー形式で提示した。
授業内容 (1)道徳的価値観の教授:Kohlbergによる道徳的判断の発達段階(Kohlberg & Hersh,1977)を参考に,道徳的場面において人がどのような価値観に基づき判断を行うかについて説明した。(2)価値観の読み取り:モラルジレンマ場面に対する多様な意見を読み,それぞれの意見がどのような価値観に基づいて生じたものかについて考えさせる活動を行った。(3)価値観の性質理解:モラルジレンマ場面について,新たな条件を情報として加え(i.e.,グループの1人がもうすぐ転校してしまうため,今回が最後の町探検である),自分自身の道徳的判断も揺らぐことを経験させた。それをもとに,人の持つ価値観は1つではなく,状況に応じて重み付けをしており,価値観どうしに優劣はないことを説明した。(4)グループディスカッション:(1)〜(3)までに説明した事を踏まえ,自分たち自身の意見についてグループの中で話し合い,お互いにどのような価値観に基づいて意見を言っているか考えさせる活動を行った。
事前・事後調査 本実践の効果を検討するため,授業前後に質問紙調査を実施した。質問紙は以下の3つの内容で構成した。(1)モラルジレンマ場面に対する意見:授業中に提示したものとは異なるモラルジレンマ場面を与え,それに対する児童自身の意見を記入させた。(2)他者の意見に対する相対主義・寛容性:(1)で回答した意見とは異なる意見を提示し,それに対する相対主義(「この意見は正しいと思いますか?それとも間違っていると思いますか?」,4件法)と寛容性(「もしこの人があなたに『一緒に遊ぼう』と言ってきたらどう思いますか?」,4件法)を測定した。(3)対立場面における対処行動:意見の相違が原因で対立している他者を目撃した際に,どのように対処すべきと思うかについて,場面想定法による自由記述で測定した。
結   果
相対主義・寛容性 事前・事後調査における得点の変化を分析した結果,相対主義において,授業前に比べ授業後の方が有意に得点が高かった(F(1,31)=8.21,p<.01)。一方,寛容性得点においては有意な変化が見られなかった。
価値観への着目 (3)の自由記述における回答を5つのカテゴリ(1:価値観を考える,2:意見の良いところ悪いところを考える,3:理由を聞く,4:話し合う,5:その他(「落ち着く」等))に分けて評定し,調査時期×カテゴリのクロス表においてフィッシャーの正確確率検定を行ったところ,「価値観を考える」というカテゴリにおいて授業後の方が有意に比率が高かった(p<.05)。
考   察
 本実践により,意見の背後にある価値観の理解を促すことで,相対主義的理解や,対立場面において価値観に着目することへの意識が高まることが示唆された。今回は2時限分という短期的な介入であったため効果は限定的であったが,今後はより長期的な介入を見据えた検討が求められる。