10:00 〜 12:00
[PA54] 中学校の総合的学習への介入とその継続についての研究
カリキュラム変更のプロセスとその効果
キーワード:総合的な学習, 地震防災, 地域連携
研究の背景と目的
研究者が理論的な観点からデザインした学習の実践が教育の現場でそのまま受け入れられるとは限らない。そのような場合,研究者と現場との間で交渉が行われるが,その過程についての定式化は未だ十分ではない。相互占有モデル(MA:mutual appropriation (Cole & Engeström, 2008; Downing-Wilson, Lecusay & Cole, 2011)はそのような教育の場のデザインについて活動理論を元に提唱された。筆者は同モデルの提唱の実証的な基盤となった学習施設のフィールドワーク,および自ら公立中学校とともに構築した地域連携型の学習環境デザインの10年にわたる実践を踏まえて,社会-技術ネットワークに基づく学習環境デザインについて問題提起を行った(筆者,2015;2017)。本発表ではこの実践で,従来の地震防災学習の成果を維持し,かつ中学校の負荷軽減を目指した2016年度の取組とその含意を報告する。
方 法
担当教員や研究室学生とのプロジェクトチームで意見交換を行い,時間配当を前年の33時間から10時間短縮し,内容を一部修正したプログラムを導入した。対象となる生徒への事前事後のアンケート調査(137名に対する全数調査,事前回収率94.2%,事後93.3%),保護者への調査(回収率73.3%),生徒の作成した「防災パンフレット」のコンテンツ分析,関係教員へのアンケート(回収数10票)などから多面的に成果を検討した。生徒と保護者へのアンケートについては前年のデータとの比較も行った。
結果と考察
以下では矢野・古谷・中村(2017)による分析を紹介した上で中学校と大学,地域の社会-技術ネットワークの系の変容について検討する。
生徒への事後アンケートでは例年,「防災プロジェクトで学んだことは,今後大きな地震が来たときに役に立つと思いますか」という有用感についての質問を行っている。「そう思う」から「そう思わない」までの4つの選択肢で回答を得ているが,本年度の回答でも「そう思う」「まあそう思う」と答えた生徒が合わせて97.6%と,昨年度までと変わらず高い結果となった。授業時間数が減っても有用感は維持されたことが確認できた。また防災パンフレットのコンテンツ分析では短縮で減らした地域インタビューの代わりに実施した1時間のワークショップでテーマとした「非常持ち出し袋」についての言及が昨年度より多く,ワークショップの効果とみられた。一方で,生徒の学びについての自己評価や「楽しい」と感じたかという点では 4段階評定の回答を昨年と比較すると,「そう思う」「まあそう思う」を合計した肯定率では昨年と大差なく高いものの,最も高い「そう思う」が減少し,それ以外の回答が増える傾向があった。
保護者へのアンケートでは67.3%が防災プロジェクトについて家庭内で話題にしていた。また「生徒の学習をきっかけに地震対策を新しく行ったり,見直したりしたことはあるか」という質問に対する肯定率は35.8%で前年より約12ポイント高かった。ワークショップの後,自宅の非常持出袋点検を課題としたことの効果と思われる。これらのことより,生徒から保護者への波及効果の増加がうかがえた。
目標の1つだった教員の負担軽減については教師アンケートより「まち歩き事前指導・準備」や「パンフレット作り」など,昨年より時間を短縮した項目も含めて,今年度の時間数でよいという回答が過半数だった。防災プロジェクトの今後の実施についても「今年の規模で実施するべき(7票)」が最も多く,次いで「もっと縮小して実施すべき(2票)」「取り組みをやめるべき(1票)」となった。前年は「縮小して実施すべき」が最も多かったことから,教員の実施への負担感についても改善が見られたと考える。
以上から,2016年度の取組では時間削減だけでなく実践の質の向上を目指し,生徒の自己評価などに課題は残るものの,一定の成果が得られた。単に時間数を減らすだけでなく,社会-技術的ネットワークの維持という観点をもって,補完的に研究室側の関与度を増し,新しい企画を取り入れたこと,硬直的な提案でなく中学校教員と交渉しながら内容を詰めていったことが成果に繋がったと思われる。一方でいくつかの課題も残った。
このようなメタ分析の事例を重ねることで,介入プロセスの理論化に向けた蓄積ができるものと考える(図表・引用文献は当日掲示)。
謝 辞
取り組みにご協力頂いた中学校,保護者,および研究室の学生の皆さまに心よりお礼申し上げます。
研究者が理論的な観点からデザインした学習の実践が教育の現場でそのまま受け入れられるとは限らない。そのような場合,研究者と現場との間で交渉が行われるが,その過程についての定式化は未だ十分ではない。相互占有モデル(MA:mutual appropriation (Cole & Engeström, 2008; Downing-Wilson, Lecusay & Cole, 2011)はそのような教育の場のデザインについて活動理論を元に提唱された。筆者は同モデルの提唱の実証的な基盤となった学習施設のフィールドワーク,および自ら公立中学校とともに構築した地域連携型の学習環境デザインの10年にわたる実践を踏まえて,社会-技術ネットワークに基づく学習環境デザインについて問題提起を行った(筆者,2015;2017)。本発表ではこの実践で,従来の地震防災学習の成果を維持し,かつ中学校の負荷軽減を目指した2016年度の取組とその含意を報告する。
方 法
担当教員や研究室学生とのプロジェクトチームで意見交換を行い,時間配当を前年の33時間から10時間短縮し,内容を一部修正したプログラムを導入した。対象となる生徒への事前事後のアンケート調査(137名に対する全数調査,事前回収率94.2%,事後93.3%),保護者への調査(回収率73.3%),生徒の作成した「防災パンフレット」のコンテンツ分析,関係教員へのアンケート(回収数10票)などから多面的に成果を検討した。生徒と保護者へのアンケートについては前年のデータとの比較も行った。
結果と考察
以下では矢野・古谷・中村(2017)による分析を紹介した上で中学校と大学,地域の社会-技術ネットワークの系の変容について検討する。
生徒への事後アンケートでは例年,「防災プロジェクトで学んだことは,今後大きな地震が来たときに役に立つと思いますか」という有用感についての質問を行っている。「そう思う」から「そう思わない」までの4つの選択肢で回答を得ているが,本年度の回答でも「そう思う」「まあそう思う」と答えた生徒が合わせて97.6%と,昨年度までと変わらず高い結果となった。授業時間数が減っても有用感は維持されたことが確認できた。また防災パンフレットのコンテンツ分析では短縮で減らした地域インタビューの代わりに実施した1時間のワークショップでテーマとした「非常持ち出し袋」についての言及が昨年度より多く,ワークショップの効果とみられた。一方で,生徒の学びについての自己評価や「楽しい」と感じたかという点では 4段階評定の回答を昨年と比較すると,「そう思う」「まあそう思う」を合計した肯定率では昨年と大差なく高いものの,最も高い「そう思う」が減少し,それ以外の回答が増える傾向があった。
保護者へのアンケートでは67.3%が防災プロジェクトについて家庭内で話題にしていた。また「生徒の学習をきっかけに地震対策を新しく行ったり,見直したりしたことはあるか」という質問に対する肯定率は35.8%で前年より約12ポイント高かった。ワークショップの後,自宅の非常持出袋点検を課題としたことの効果と思われる。これらのことより,生徒から保護者への波及効果の増加がうかがえた。
目標の1つだった教員の負担軽減については教師アンケートより「まち歩き事前指導・準備」や「パンフレット作り」など,昨年より時間を短縮した項目も含めて,今年度の時間数でよいという回答が過半数だった。防災プロジェクトの今後の実施についても「今年の規模で実施するべき(7票)」が最も多く,次いで「もっと縮小して実施すべき(2票)」「取り組みをやめるべき(1票)」となった。前年は「縮小して実施すべき」が最も多かったことから,教員の実施への負担感についても改善が見られたと考える。
以上から,2016年度の取組では時間削減だけでなく実践の質の向上を目指し,生徒の自己評価などに課題は残るものの,一定の成果が得られた。単に時間数を減らすだけでなく,社会-技術的ネットワークの維持という観点をもって,補完的に研究室側の関与度を増し,新しい企画を取り入れたこと,硬直的な提案でなく中学校教員と交渉しながら内容を詰めていったことが成果に繋がったと思われる。一方でいくつかの課題も残った。
このようなメタ分析の事例を重ねることで,介入プロセスの理論化に向けた蓄積ができるものと考える(図表・引用文献は当日掲示)。
謝 辞
取り組みにご協力頂いた中学校,保護者,および研究室の学生の皆さまに心よりお礼申し上げます。