The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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ポスター発表 PB(01-83)

ポスター発表 PB(01-83)

Sat. Oct 7, 2017 1:00 PM - 3:00 PM 白鳥ホールB (4号館1階)

1:00 PM - 3:00 PM

[PB74] 『人生すごろく』を介した学習とアイデンティティについての検討

高校三年生の社会科授業実践の分析をもとに

保坂裕子 (兵庫県立大学)

Keywords:人生すごろく, アイデンティティ, ナラティヴ

『人生すごろく』と授業実践
 青年期,とりわけ高校の時期は,その後の人生に大きな影響を与える進路選択に直面する重要な時期とされている。というのも,高校への進学率が97%を超える現代において,高校在学中に卒業以降の人生設計を考えることが求められ,一つの大きな節目ととらえられているためである。しかしその一方で,高校生にとってまだ見ぬこれからの『人生』を構想することは容易ではない。そこで,ゲーム感覚で『人生』を見通す,『人生すごろく』の活用が試みられている。
 『人生すごろく』は,自らの人生を時系列に沿ってフローチャート(「すごろく」)として描きだしたり,あるいは,「すごろく」をプレイしてみることで様々な人生をめぐる選択や気づきを促したりする試みである。たとえば,家庭科の教材として中高生のライフイベントについての意識を調査する際に用いられたり(斎藤・岡村・上野・牧野, 1999など),高校生や大学生によって自らのキャリアをデザインする際に活用されたりしている(渡邉, 2010など)。現在において過去を過去として受容していることが将来への希望を持つうえで重要であり(石川, 2014),自らのこれまでの人生を振り返る『人生すごろく』は,個人が自らの人生(キャリア)について考える際の有用なツールであると考えられる。さらに吉川(2008)はゲームとしての『人生すごろく』による学びについて検討するなかで,個人のみではなく,グループで取り組むことによって,他者を媒介とした自己理解につながっているという点に着目している。このように『人生すごろく』は,自らのキャリアについて検討するにとどまらない,新たな学習の可能性をもつと考えられる。

学習とアイデンティティ
 ここで検討する授業実践の目的は,『人生すごろく』作成という活動を通して,「わたしとはなにか」について考える機会を提供することであった。自らの過去を振り返り,今後を展望することは,「わたしとはなにか」というアイデンティティの問いと不可分の学習実践である(Lave & Wenger, 1991)。Holland & Lachicotte(2007)はヴィゴツキアンの立場から,アイデンティティを「文化的に想定され,個人が価値を置く社会的立場において,適切であるとされる,感情,理解,埋め込まれた知識を組織化する高次の心理的機能」(p.113)であるとしている。『人生すごろく』を通して語られる彼・彼女らの「人生」は,彼・彼女らが何に価値を置き,何が正当であると考えているのかという社会文化的背景を示す。そしてそれらは当然,<いまーここ>という文脈から切り離すことはできない。この授業実践を通して,自らの人生についての語りに取り組み,またさらに別なる語りの可能性について考えること,そしてそれらを分析することで,彼・彼女らのアイデンティティの在り様について検討することができる。

研究目的と方法
 大阪府下の公立高校で三年生を対象とした社会科の授業において,『人生すごろく』の作成を行った。卒業を控え,多くの生徒たちが自らの進路選択を終えた年度末の1月から2月にかけて,個々のすごろくの作成,およびグループでのすごろく作成を行った。また作業後,インタヴュー調査を実施した。分析対象とするのは,『人生すごろく』と本授業実践についての個々の記述データおよびインタヴューによる語りのデータである。

結果と考察
 本発表では,授業において作成された個人およびグループの『人生すごろく』について,とりわけ作成者の行為主体性(agency)に着目し,検討する。さらに,すごろく作成後におこなったグループ・インタヴューの分析をもとに,『人生すごろく』を介したナラティヴ・アイデンティティ研究の可能性について考察する。
 『人生すごろく』の作成によって,多くの生徒は「いま」を共有する仲間たちがそれぞれ異なった人生を歩み,多様な経験をしてきたことに気づいた。そしてそのうえで,自分にはなかった新たなアイディアや視点と出会い,改めて自らと向き合い,これからについて考えることができた。たとえば「自分の経験だけで物事を決めないほうがよい」といった他者とつながることによって見えてくる新たな可能性への気づきもみられた。『人生すごろく』を授業実践に導入すること,およびナラティヴ・アイデンティティ研究のためのツールとすることの可能性について検討したい。