The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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ポスター発表 PC(01-83)

ポスター発表 PC(01-83)

Sat. Oct 7, 2017 3:30 PM - 5:30 PM 白鳥ホールB (4号館1階)

3:30 PM - 5:30 PM

[PC19] 留学体験等のふりかえりに大学の授業はいかに貢献しうるのか

学問知と実践知を統合する「世界と越境するフォーラム」の試み

田島充士 (東京外国語大学)

Keywords:学問知, 実践知, 越境

問   題
 世界で活躍できる「グローバル人材」(文部科学省)の育成が目指される中,学生の海外滞在(留学等)を推進する大学は多い。その一方で,学生が海外での滞在経験を通して学んだ体験的知識(「実践知」と呼ぶ)を大学授業で学んだ概念的知識(「学問知」と呼ぶ)と結びつけてふりかえり,彼ら自身の生きた理論にまで昇華させる省察活動を促進する取り組みに関する実践報告は少ない。
 「世界と越境するフォーラム」は以上の問題意識に基づき,留学を含む海外滞在経験を経た学生を対象として,学問知を活用した学生独自の研究=省察活動を促進する実践として開発された。参加学生が異質な活動文脈を背景とする聴き手へ発表することを想定し,設定されたテーマについて,海外で得た具体的な実践知とそれらに関連する抽象的な学問知を相互に参照し省察を深めることを目指す。
学問知には,学習者が見聞きする個々の具体的な実践知を体系的にまとめ,時空間を異にする社会において検証・蓄積された実践知の相互検証を可能にする機能が認められる(ヴィゴツキー, 2001)。異質な活動文脈を背景とする他者との対話は「越境」(Engeström, 2001)と呼ばれるが,学問知は,特定の文脈で得られた実践知を他者に的確に伝える越境において効果的に使用されるものといえる(田島, 2016)。
 本実践は,この学問知の機能を最大限に活用し,学生らが特定の経験文脈で得た知見を,異なる活動文脈における実践的課題と結びつけ,様々な課題解決に自律的に取り組むという意味でのグローバル人材育成の試みといえる。実践方法の枠組みとして,「説明活動」(田島・森田, 2009)を参考にした。
方   法
調査時期:2016年1月—2月。90分授業15回で構成される集中講義(4日間)の形式で実施した。
調査対象者:都内国立大学に在籍し,授業登録を行った,海外滞在体験のある3・4年生6名。
倫理的配慮:調査対象者に対し,収集したデータは学術的目的に使用し,私的情報も公表しないことを文書で説明した。
実践内容:異文化交流に関わる諸問題の解決を図るという設定テーマについて,海外で感じた具体的体験の事例(実践知)から考え,これまで大学で学んできた理論的知見(学問知)を活用し,それらの問題解決案を探るよう指導した。授業1〜2日には,学生たちは2名1チームに分かれ,大学授業で収集してきた講義ノート・資料を参照しながら研究を進め,パワーポイントに成果をまとめた。授業3日目に「中間発表会」として,これらの成果を他の受講者を聴き手として発表した(1チームあたり発表時間20分程度)。この際,聴き手の学生に対し「発表される研究について知識はないが,その内容に関心を寄せる」他者の立場に立って,批判的な質問を行うことを求めた。これは質疑応答が越境的性質を帯びることを目指して行った介入だった。本発表会後,学生らは4日目に実施する「最終発表会」に向け研究内容の調整を行った。最終発表会ではゲストとして2名の教員が招かれ,リアルな他者の立場から学生らの発表内容に対し批判的な質問を行った。発表会終了後,授業の振り返りを行った。
結果と考察
 中間発表会で学生たちが発表した内容は,彼ら自身が選択した実践知と学問知との関連が分かりにくく,説得力に欠ける傾向にあった。また発表を行う学生らは,聴き手からの批判的な質問に対して十分に応じることができないと感じる者が多かった。一方,この越境体験を手がかりとして,他者の視点から研究内容を精査する動きがみられた。
 最終発表会で学生たちが発表した研究内容は,中間発表会のものと比較すれば,実践知と学問知との関連がより明確に理解できるものとなり,発表者とは異なる文脈に生きる他者視点を意識したものになっていた。またゲスト教員からの批判的なコメントに対しても,的確に応答できた。
 授業の振り返りでは,発表会における越境的質疑応答を経験することで,自らの研究内容について深く省察できるようになったとする意見が共有された。また留学経験等で得た実践知を学問知と関連づけて再検証することで,他者にも理解できる情報になるとの気づきも共有された。さらに自らの意見に対する肯定的な関心をともなう批判的コメントを受ける越境的交流は,積極的に省察を行う動機づけになるとの指摘も得た。