10:00 〜 12:00
[PD23] 創造活動における生成したアイデアの評価の重要性と難しさ
大学生を対象としたワークショップ型授業の検討から
キーワード:創造性, ワークショップ, 評価
問題と目的
従来より創造性研究の中では,「拡散的思考」がその本質的な過程や能力として位置づけられてきた(Runco, 2010)。すなわち,多数の,多様で,ユニークなアイデアを生成する能力やスキルこそが,創造性を最もよく説明するという考え方である。そして創造性を促そうという教育実践も,ブレインストーミングに代表される拡散的思考に焦点を当てたものであった。しかし,拡散的思考は創造活動の一部でしかなく,その能力のみを高めても,現実場面において創造的なパフォーマンスは必ずしも高まらないことが指摘されている(Nickerson, 1999)。
また多くの現実場面では,生成したアイデアを最終的にいくつかに絞り込む必要性がある。しかしながら,拡散的にアイデアを生成した後は,「収束的思考」ということが強調されることが中心で(e.g., Runco, & Basadur, 1993),生成したアイデアを評価したり,選択したり,整理したり,文脈を与えたりという段階の重要性や,その具体的なプロセスについては,研究においても教育実践においてもほとんど焦点が当てられていない。本論文では,多様な場面に活かされる創造的な思考を促すことを狙った教育プログラムにおける,生成したアイデアの「評価」の重要性とその難しさについて,いくつかのワークショップ場面のエピソードを基にしながら提起する。
創造的思考のモデル 筆者らは,アーティストや多様な分野の創造的熟達者の活動から得た洞察を基にしながら,様々な場面に適用しうる,感性的な気づきを出発点とした創造的な思考のプロセスモデルを提案している(縣・神野,2015; WiCAN, 2013)。このモデルは,次のフェイズによって構成される。すなわち,「感じる:自らの感覚や感情的な気づきを活かしながら,問題発見をする」「深める:リサーチや他者との議論の中で,感じたことを深めていく」「考える:それらを踏まえつつ,アイデアを拡散的に生成する」「価値づける:生成したアイデアを評価し,相応しいものを選択する」「構造化する:価値づけた基準からアイデアの整理・精緻化を行い,文脈を与えたり効果的に位置づける」「アクション:構造化したものを実行する」の6つである。
筆者らはこのモデルに基づいて,大学の授業等の中で,創造的な思考を獲得させることを狙ったワークショップやプロジェクト型の実践を行ってきた。本研究では,その中で観察されたことや,参加者の内省報告に基づいて,生成したアイデアの評価,すなわち,アイデアを価値づけ,構造化していく過程に含まれる困難さについて検討する。
方 法
本研究で検討の対象とするのは,千葉大学の教養教育の中で行った2つの授業である。一つは,アーティストと連携し,地域の中で活動を行っていくことを主眼に据えたプロジェクト型の授業である。この授業では,毎年度の初めに異なる4分野のクリエイターを招いた4つのワークショップを実施している。もう一つは,大学生と公開講座として受講する一般市民とが一緒に参加し,地域に関わる問題を考えていく,全5回の授業である。
いずれの授業においても,3~5名程度の受講者がグループになってアイデアを生成・提案する,広義の「デザイン」に関わるワークショップを行っており,それらの場面の観察記録,及び事後のレポートやインタビューによる内省報告を本研究の分析の対象とした。
結果と考察
2つの実践に共通して,拡散的にアイデアを生成することは,ワークショップを重ねることにより促進されていった。また内省報告の中でも,「アイデアの生成」について自信を得た学生は多くの割合を占める。他方で,アイデアの「価値づけ」「構造化」のフェイズで躓くグループは多く,この過程の難しさを物語っている。
生成したアイデアの評価には,目標を表象し,その目標の制約からアイデアを取捨選択する必要がある。同時に,当該領域の中でどのようなことが既になされているかという領域知識や,長年の経験によって獲得されるメタ認知スキルや直感も重要な役割を果たす(岡田,2005)。それゆえに,可能性のあるアイデア見通す能力をソフトスキルとしてトレーニングすることは果たして可能なのかということ,またそれが難しいとした場合,このプロセスをワークショップ等の中でどのように体験させられるかということは,議論になる部分だと言える。
従来より創造性研究の中では,「拡散的思考」がその本質的な過程や能力として位置づけられてきた(Runco, 2010)。すなわち,多数の,多様で,ユニークなアイデアを生成する能力やスキルこそが,創造性を最もよく説明するという考え方である。そして創造性を促そうという教育実践も,ブレインストーミングに代表される拡散的思考に焦点を当てたものであった。しかし,拡散的思考は創造活動の一部でしかなく,その能力のみを高めても,現実場面において創造的なパフォーマンスは必ずしも高まらないことが指摘されている(Nickerson, 1999)。
また多くの現実場面では,生成したアイデアを最終的にいくつかに絞り込む必要性がある。しかしながら,拡散的にアイデアを生成した後は,「収束的思考」ということが強調されることが中心で(e.g., Runco, & Basadur, 1993),生成したアイデアを評価したり,選択したり,整理したり,文脈を与えたりという段階の重要性や,その具体的なプロセスについては,研究においても教育実践においてもほとんど焦点が当てられていない。本論文では,多様な場面に活かされる創造的な思考を促すことを狙った教育プログラムにおける,生成したアイデアの「評価」の重要性とその難しさについて,いくつかのワークショップ場面のエピソードを基にしながら提起する。
創造的思考のモデル 筆者らは,アーティストや多様な分野の創造的熟達者の活動から得た洞察を基にしながら,様々な場面に適用しうる,感性的な気づきを出発点とした創造的な思考のプロセスモデルを提案している(縣・神野,2015; WiCAN, 2013)。このモデルは,次のフェイズによって構成される。すなわち,「感じる:自らの感覚や感情的な気づきを活かしながら,問題発見をする」「深める:リサーチや他者との議論の中で,感じたことを深めていく」「考える:それらを踏まえつつ,アイデアを拡散的に生成する」「価値づける:生成したアイデアを評価し,相応しいものを選択する」「構造化する:価値づけた基準からアイデアの整理・精緻化を行い,文脈を与えたり効果的に位置づける」「アクション:構造化したものを実行する」の6つである。
筆者らはこのモデルに基づいて,大学の授業等の中で,創造的な思考を獲得させることを狙ったワークショップやプロジェクト型の実践を行ってきた。本研究では,その中で観察されたことや,参加者の内省報告に基づいて,生成したアイデアの評価,すなわち,アイデアを価値づけ,構造化していく過程に含まれる困難さについて検討する。
方 法
本研究で検討の対象とするのは,千葉大学の教養教育の中で行った2つの授業である。一つは,アーティストと連携し,地域の中で活動を行っていくことを主眼に据えたプロジェクト型の授業である。この授業では,毎年度の初めに異なる4分野のクリエイターを招いた4つのワークショップを実施している。もう一つは,大学生と公開講座として受講する一般市民とが一緒に参加し,地域に関わる問題を考えていく,全5回の授業である。
いずれの授業においても,3~5名程度の受講者がグループになってアイデアを生成・提案する,広義の「デザイン」に関わるワークショップを行っており,それらの場面の観察記録,及び事後のレポートやインタビューによる内省報告を本研究の分析の対象とした。
結果と考察
2つの実践に共通して,拡散的にアイデアを生成することは,ワークショップを重ねることにより促進されていった。また内省報告の中でも,「アイデアの生成」について自信を得た学生は多くの割合を占める。他方で,アイデアの「価値づけ」「構造化」のフェイズで躓くグループは多く,この過程の難しさを物語っている。
生成したアイデアの評価には,目標を表象し,その目標の制約からアイデアを取捨選択する必要がある。同時に,当該領域の中でどのようなことが既になされているかという領域知識や,長年の経験によって獲得されるメタ認知スキルや直感も重要な役割を果たす(岡田,2005)。それゆえに,可能性のあるアイデア見通す能力をソフトスキルとしてトレーニングすることは果たして可能なのかということ,またそれが難しいとした場合,このプロセスをワークショップ等の中でどのように体験させられるかということは,議論になる部分だと言える。