[JA02] 学校におけるビジョントレーニングの実践と可能性
発達支援とスポーツビジョントレーニング
Keywords:読み書き不全、ビジョントレーニング、スポーツビジョントレーニング
問題提起と目的
ビジョントレーニング(Vision training)とは眼球のコントロール能力,焦点合わせ機能,両目の協調機能,動体視力,立体視能力,奥行き認識能力,認知による表象機能などを向上させるトレーニングの総称である。ビジョントレーニングは読み書きの苦手な子どもの視覚機能(ものを見る力)の発達を促すために役立てられている。
眼球運動には「跳躍性眼球運動」「追従性眼球運動」「輻輳運動(両眼のチームワーク)」などがあり,両眼の運動が適切に機能することにより,外界を認知し,適切な表象を形成することができる。しかし,発達的な要因でなんらかの齟齬が生じ,その機能が阻害されるとき,両眼の運動を中心とした視機能のトレーングにより,認知的機能の回復が行われる。
アメリカ合衆国においてビジョントレーニングは空軍のパイロットの視機能訓練に始まり,斜視の改善な80年の歴史を持ち,視機能訓練士のような国家資格も存在する。発達障害にビジョントレーニングが応用されるようになったのは1980年代からであり,現在では限定学習症だけでなく,ADHDの短期記憶の改善や,より軽度の読み書き困難(不全)にも応用されている。
このようなビジョントレーニングだが,教育現場ではどのようなプログラムをどの程度の頻度で実践していけばよいのかという点については議論も多い。本シンポジウムでは小学校から大学までのビジョントレーニングの実践について具体的に紹介し,その応用可能性を検討する。
話題提供①
大学の学生相談室で効果がみられたビジョントレーニングのプログラム
斎藤富由起
大学生においても,読みや書字に不全感を抱く学生は多く,学生相談室の主訴の一つとなっている(斎藤,2019)。そこで,「読みへの不全感のある大学生」(16名)を対象に,ビジョントレーニングを行った。関東地方の四年制大学の学生相談室の協力を得て,「読みへの不全感がある学生」に研究協力の募集をし,応募した19名のうち,3種類の数字の読みの速さ(A,B,C)のアセスメントをとった。アセスメントの結果,3-1で示した平均値+1SD以上の結果を示した16名を実験協力者とした。
16名をランダムサンプリングにより2群(1群8名)に分け,ビジョントレーニング群と統制群に分類した。実験期間は2018年8月にベースラインを測定し,9月から10月の2ヶ月間に合計20回のプログラムを実施した。トレーニングは10月末日までとして,1ヵ月後の効果を測定するため,11月末日にフォローアップとして効果を検証した。その結果,読みの速さと正確さにおいて有意な効果が見いだされた。本シンポジウムでは以上のプログラムを紹介し,その効果と今後の課題について報告する。
話題提供②
小学校でのビジョントレーニングの効果とスポーツビジョントレーニングの紹介
北出勝也・竹本晴香
小学校時代の学校不適応感の一部には読み書きの不全感があげられる。竹本(2016)は小学校の普通学級で長期的に模写・視覚認知テストによるビジョントレーニングの効果の検討をおこなった。全学年に模写・視覚認知テストを行った結果,小学校3年生以外はビジョンとレーニングの効果が得られた。本研究の結果,普通学級の子どもでも模写・視覚認知テストに相当数の誤答がみられたことは注目に値する。
また竹本(2016)は「言葉の教室」に通う小学生に対してビジョントレーニングをおこなった。
①人数:「ことば」の教室に通う児童9名(男子6名:女子3名:小学校1年生2名,2年生3名。3年生1名,4年生1名,5年生2名)
②参加形態:週に1~2回(週2回は2名),学校内にある「ことば」の教室において,ビジョントレーニングを10分から15分,行う。ビジョントレーニング以外の時間は構音障害の指導や通常学級での学習支援,およびソーシャルスキルトレーニングなどを行っていた。
③指導形態:オプトメトリスト(1名)の指導の元,担任(1名)と学生ボランティア(1名)で個別指導計画を立て,その子どもに必要なビジョントレーニングを実践した。
その結果,読みのスピードが速まり,誤答数は減少した。つまり,子どもたちの読みは単に早くなっただけでなく正確に早く読めるようになったと結論とできる。
質的分析の結果から,「ことば」の教室でやる意味(家庭との違い)は,①友達同士に張り合い②子どもがやりたいことをやる(やりたくないことはやらなくてもいいという判断がオプトメトリストにより判断できる)③学校内の子どもの動きを見た先生の意見をすぐに個別指導計画を取り入れることができる(鏡文字ある・漢字を覚えるのが苦手・カタカナを覚えられない子はジオボードでかけた体験を得ることができた,近くと遠くを見る力(板書を読み取る力)が弱いなどの教員ならではの意見を取り入れた個別指導計画がすぐにできることと考えられる。そして,その苦手なことが学校内でできるようになると,子どもがやる気になると考えられる。
先生の意見(こういうことが苦手)→ことばの教室で個別指導→できるようになった→学校内で苦手が克服→やる気がアップのシステムがビジョントレーニングの効果を最大限に引き上げると考えられる。
以上をまとめると,見る力の問題は障がいのある子どもだけでなく,普通学級にもビジョントレーニングの必要性が高いと考えられる。普通学級でビジョントレーニングを行うことにより,眼球運動のみならず視機能や眼と手の協応が向上し,「読み」と「書き」の学習活動をより円滑にする効果が得られるのだろう。
「ことば」の教室や通級では,友達同士に張り合いがでて,子どもがやりたいことができる,また学校内の子どもの動きを見た先生の意見をすぐに個別指導計画を取り入れることができるため,苦手なことが学校内でできるようになると,子どもの達成動機が高まると考えられる。こうしたポジティブな循環システムが迅速に行われることが学校内でビジョントレーニングを行う最も大きな利点と考えられる。
また,ビジョントレーニングは二次障害への有効な対処法にもなりうる。アックションリサーチの最中に失敗が多いので人前で話したがらず,自己肯定感が低い児童と出会ったが,ビジョントレーニングを行うにつれて,発表で褒める回数が増え,二次障害の低下に歯止めがかかったケースも体験した。これらを総合的に考え合わせると教育センターや療育施設だけでなく,学校内でビジョントレーニングを定期的に導入することも特別支援教育の中では期待される。
学校内の発達障害が疑われる子どもの割合は1学年に6.3パーセントだが,それは健常児と連続しており,普通学級においても「読み」について課題を抱える子どもが存在し,ビジョントレーニングのニーズがあることが示された。普通学級か,特別支援学級かという分類ではなく,眼球運動や両眼のチームワーク,眼と手の協応に弱い子どもへの支援が必要となるのだろう。本話題提供では,小学校で実際にどのようにビジョントレーニングを用いたのか,また近年注目されるスポーツビジョントレーニングとはどのようなものなのかについて報告する。
指定討論
吉田梨乃・飯島博之・江南健志
小学生を対象に,インプロ教育を利用したコミュニケーションスキル学習を行う立場から吉田梨乃が,また,病院の心理師として発達障害児の支援にたずさわる立場から飯島博之がそれぞれ指定討論を行う。スポーツ団体に普及しているスポーツビジョントレーニングについてはスポーツ領域の社会心理学が専門の江南健志が質問を行う。特にスポーツ領域においては各種の実証データも出そろい始め,近年急速に進展がみられている。その具体例も質疑を行いたい。
ビジョントレーニングの普及に伴い,その実践方法が小学校から大学までの学校内で行われるようになり,具体的な支援方法のガイドライン作りへと可能性が広がっている。教育領域におけるビジョントレーニングの可能性について本シンポジウムが役立つことができれば幸甚である。
ビジョントレーニング(Vision training)とは眼球のコントロール能力,焦点合わせ機能,両目の協調機能,動体視力,立体視能力,奥行き認識能力,認知による表象機能などを向上させるトレーニングの総称である。ビジョントレーニングは読み書きの苦手な子どもの視覚機能(ものを見る力)の発達を促すために役立てられている。
眼球運動には「跳躍性眼球運動」「追従性眼球運動」「輻輳運動(両眼のチームワーク)」などがあり,両眼の運動が適切に機能することにより,外界を認知し,適切な表象を形成することができる。しかし,発達的な要因でなんらかの齟齬が生じ,その機能が阻害されるとき,両眼の運動を中心とした視機能のトレーングにより,認知的機能の回復が行われる。
アメリカ合衆国においてビジョントレーニングは空軍のパイロットの視機能訓練に始まり,斜視の改善な80年の歴史を持ち,視機能訓練士のような国家資格も存在する。発達障害にビジョントレーニングが応用されるようになったのは1980年代からであり,現在では限定学習症だけでなく,ADHDの短期記憶の改善や,より軽度の読み書き困難(不全)にも応用されている。
このようなビジョントレーニングだが,教育現場ではどのようなプログラムをどの程度の頻度で実践していけばよいのかという点については議論も多い。本シンポジウムでは小学校から大学までのビジョントレーニングの実践について具体的に紹介し,その応用可能性を検討する。
話題提供①
大学の学生相談室で効果がみられたビジョントレーニングのプログラム
斎藤富由起
大学生においても,読みや書字に不全感を抱く学生は多く,学生相談室の主訴の一つとなっている(斎藤,2019)。そこで,「読みへの不全感のある大学生」(16名)を対象に,ビジョントレーニングを行った。関東地方の四年制大学の学生相談室の協力を得て,「読みへの不全感がある学生」に研究協力の募集をし,応募した19名のうち,3種類の数字の読みの速さ(A,B,C)のアセスメントをとった。アセスメントの結果,3-1で示した平均値+1SD以上の結果を示した16名を実験協力者とした。
16名をランダムサンプリングにより2群(1群8名)に分け,ビジョントレーニング群と統制群に分類した。実験期間は2018年8月にベースラインを測定し,9月から10月の2ヶ月間に合計20回のプログラムを実施した。トレーニングは10月末日までとして,1ヵ月後の効果を測定するため,11月末日にフォローアップとして効果を検証した。その結果,読みの速さと正確さにおいて有意な効果が見いだされた。本シンポジウムでは以上のプログラムを紹介し,その効果と今後の課題について報告する。
話題提供②
小学校でのビジョントレーニングの効果とスポーツビジョントレーニングの紹介
北出勝也・竹本晴香
小学校時代の学校不適応感の一部には読み書きの不全感があげられる。竹本(2016)は小学校の普通学級で長期的に模写・視覚認知テストによるビジョントレーニングの効果の検討をおこなった。全学年に模写・視覚認知テストを行った結果,小学校3年生以外はビジョンとレーニングの効果が得られた。本研究の結果,普通学級の子どもでも模写・視覚認知テストに相当数の誤答がみられたことは注目に値する。
また竹本(2016)は「言葉の教室」に通う小学生に対してビジョントレーニングをおこなった。
①人数:「ことば」の教室に通う児童9名(男子6名:女子3名:小学校1年生2名,2年生3名。3年生1名,4年生1名,5年生2名)
②参加形態:週に1~2回(週2回は2名),学校内にある「ことば」の教室において,ビジョントレーニングを10分から15分,行う。ビジョントレーニング以外の時間は構音障害の指導や通常学級での学習支援,およびソーシャルスキルトレーニングなどを行っていた。
③指導形態:オプトメトリスト(1名)の指導の元,担任(1名)と学生ボランティア(1名)で個別指導計画を立て,その子どもに必要なビジョントレーニングを実践した。
その結果,読みのスピードが速まり,誤答数は減少した。つまり,子どもたちの読みは単に早くなっただけでなく正確に早く読めるようになったと結論とできる。
質的分析の結果から,「ことば」の教室でやる意味(家庭との違い)は,①友達同士に張り合い②子どもがやりたいことをやる(やりたくないことはやらなくてもいいという判断がオプトメトリストにより判断できる)③学校内の子どもの動きを見た先生の意見をすぐに個別指導計画を取り入れることができる(鏡文字ある・漢字を覚えるのが苦手・カタカナを覚えられない子はジオボードでかけた体験を得ることができた,近くと遠くを見る力(板書を読み取る力)が弱いなどの教員ならではの意見を取り入れた個別指導計画がすぐにできることと考えられる。そして,その苦手なことが学校内でできるようになると,子どもがやる気になると考えられる。
先生の意見(こういうことが苦手)→ことばの教室で個別指導→できるようになった→学校内で苦手が克服→やる気がアップのシステムがビジョントレーニングの効果を最大限に引き上げると考えられる。
以上をまとめると,見る力の問題は障がいのある子どもだけでなく,普通学級にもビジョントレーニングの必要性が高いと考えられる。普通学級でビジョントレーニングを行うことにより,眼球運動のみならず視機能や眼と手の協応が向上し,「読み」と「書き」の学習活動をより円滑にする効果が得られるのだろう。
「ことば」の教室や通級では,友達同士に張り合いがでて,子どもがやりたいことができる,また学校内の子どもの動きを見た先生の意見をすぐに個別指導計画を取り入れることができるため,苦手なことが学校内でできるようになると,子どもの達成動機が高まると考えられる。こうしたポジティブな循環システムが迅速に行われることが学校内でビジョントレーニングを行う最も大きな利点と考えられる。
また,ビジョントレーニングは二次障害への有効な対処法にもなりうる。アックションリサーチの最中に失敗が多いので人前で話したがらず,自己肯定感が低い児童と出会ったが,ビジョントレーニングを行うにつれて,発表で褒める回数が増え,二次障害の低下に歯止めがかかったケースも体験した。これらを総合的に考え合わせると教育センターや療育施設だけでなく,学校内でビジョントレーニングを定期的に導入することも特別支援教育の中では期待される。
学校内の発達障害が疑われる子どもの割合は1学年に6.3パーセントだが,それは健常児と連続しており,普通学級においても「読み」について課題を抱える子どもが存在し,ビジョントレーニングのニーズがあることが示された。普通学級か,特別支援学級かという分類ではなく,眼球運動や両眼のチームワーク,眼と手の協応に弱い子どもへの支援が必要となるのだろう。本話題提供では,小学校で実際にどのようにビジョントレーニングを用いたのか,また近年注目されるスポーツビジョントレーニングとはどのようなものなのかについて報告する。
指定討論
吉田梨乃・飯島博之・江南健志
小学生を対象に,インプロ教育を利用したコミュニケーションスキル学習を行う立場から吉田梨乃が,また,病院の心理師として発達障害児の支援にたずさわる立場から飯島博之がそれぞれ指定討論を行う。スポーツ団体に普及しているスポーツビジョントレーニングについてはスポーツ領域の社会心理学が専門の江南健志が質問を行う。特にスポーツ領域においては各種の実証データも出そろい始め,近年急速に進展がみられている。その具体例も質疑を行いたい。
ビジョントレーニングの普及に伴い,その実践方法が小学校から大学までの学校内で行われるようになり,具体的な支援方法のガイドライン作りへと可能性が広がっている。教育領域におけるビジョントレーニングの可能性について本シンポジウムが役立つことができれば幸甚である。