[JA05] 授業研究から学校改革に繋ぐ
授業研究の質的転換への挑戦
キーワード:授業研究、学び合うコミュニティ、学校改革
企画趣旨
日本の学校においては,授業研究が伝統的に行われ,近年では諸外国にも導入されつつある。しかし,授業研究の在り方は学校によってさまざまであるという現状がある。日常的に授業を見合い語り合っている学校もあれば,教育委員会の指導主事の訪問日に定型的に行っている学校もある。諸外国での導入のされ方も,教材研究,学習指導案の作成,授業の参観といった一連の型が紹介されるにとどまっていることも少なくない。
授業研究は,学校において実施することそのものが目的ではなく,教師の専門性をより高め,学校を専門職として学び合うコミュニティへと発展させていく鍵になるものである。企画者らは「ワードマップ 授業研究―実践を変え、理論を革新する」(木村優・岸野麻衣編著,新曜社,2019年)において,専門職として学び合うコミュニティが培われるようには,いかにして授業を見合い語り合うとよいのか,さらには省察的に学びをより深めるためにいかにして記録を書き読み合うのか,そのプロセスやサイクルの在り方について論じてきた。
本シンポジウムでは,本書における提起の基軸ともいえるモード・シフトという授業研究の質的な転換と,その実現に欠かせない「書く」ことによる省察という点について焦点を当て,どのようにして授業研究が専門職として学び合うコミュニティとしての学校につながっていくのか,具体的な実践例も提示しながら話題提供を行う。特に近年,教師の多忙化と働き方改革が問題となっている中,どのようにこうした授業研究を実現していくのか,実際に取り組む難しさも含め,実践者と研究者の両者の話題提供を通して議論したい。
話題提供
授業研究のモード・シフトのストラテジー
木村 優・高間祐治
本話題提供ではまず,授業研究の先行研究及び先行実践に関する理論研究と,学校フィールドワークによって得られた授業研究の実践に関する質的データの分析結果から,授業研究のモード類型を紹介する。そして,上述した授業研究の「課題」を乗り越えるために,いかにして授業研究のモード・シフトを実現するのかについて議論を進める。
なお,学校フィールドワークは小学校13校,中学校20校,高校12校で実施した。それぞれ校内で実施される授業研究会(指導主事訪問や公開研究会を含む)に定期参加することで,研究会資料を収集すると共に,管理職・研究主任及び参加教員との研究会の振り返りを適宜実施した。結果,学校それぞれで多様な授業研究の中で重視されているモードとして,〈チェックリスト・評価〉,〈プランニング・検証〉,〈ダイアローグ・根拠〉,〈マルチスパイラル・探究〉の4類型が析出された。
モード1 チェックリスト・評価 学校における授業研究のプロセスを,ビジネスにおける業務管理・品質管理の手法であるPDCAサイクルに置き換えるように展開する。その最たる例が授業チェックリストである。チェックリストに基づき,授業者の技術や知識を評定し,授業研究会で評定の低かったポイントについて参観者が批評や助言を行う。
モード2 プランニング・検証 教師の授業づくりのプロセスに沿いながら,授業実施前の段階を特に重視する。特に,学習指導案を繰り返し検証することで教師の授業に関する知識を集中的に鍛える。また,研究授業を行う学級と異なる学級(ときには同じ学級)で同内容の授業を試行し,子どもたちの反応から授業の計画を修正することもある。以上により,研究授業の計画を厳密化していく。
モード3 ダイアローグ・根拠 子どもの学びの見取りと同僚間のダイアローグを核にすえ,実践の協働省察を重視する。子どもの学ぶ姿を根拠として,実践の振り返りを行い,授業と授業研究の改善に向けた創造的な議論を行う。授業と授業研究の実践前における綿密な計画よりは,実践中と実践後における授業者を含めた参加者全員の省察を重視する
モード4 マルチスパイラル・探究 モード3に時間軸を組み込むことで授業と授業研究の発展・進化を明確化し,子どもの長い探究のプロセスを教師が協働探究し続けていく。子どもと教師の探究プロセスと学校の発展プロセスを相似形でとらえ,それぞれ相乗作用でもって押し上げていく。
教師のスキル向上と知識習得を過剰に追求するモード1・2は,教師の省察的実践と同僚との協働文化を停滞・減退させる危険性を有する。実践の省察を重視するモード3は,根拠ベースの授業研究であるもののシングル・ループの閉じた実践に留まり,一方でモード4は子ども・教師・学校の進化を前提にしたデザインを有する。
以上の知見から,モード1・2からモード3,そしてモード4へと,授業研究のモード・シフトを実現するには,授業研究を教師の専門性開発の中核である省察的実践,そして教師たちが協働で学び合って互いの省察的実践を高め合う学校組織文化の成熟へと明確に結びつけることが必須であることが示唆される。
そこで,学校の実情に応じながら,授業研究を機軸として学校における教師たちの協働学習システム・文化・実践を洗練していく必要がある。複数中学校の具体的な実践事例から,授業研究のモード・シフトを促すストラテジーとして,教師たちによる実践の協働省察・再構成を探究する〈授業研究年間サイクルのデザイン〉と,授業参観記録と授業実践記録を協働生成する〈実践を書く文化の生成〉の二つの授業研究実践が示された。
長い時間にわたる学びを捉え直す―「書く」ことによる省察と実践の再構成
岸野麻衣・牧田秀昭
授業は,教師同士が見合い検討し合う1時間の授業を越えて,それまで・その後の営みの中にあるものである。単元の中でどう学習が始まり,どう展開していくのか,あるいはその前後の単元とのつながり,さらには年間の学びのつながりの中で行われるものといえる。モード4の授業研究においては,授業を見合うにあたって,その日の授業での子どもの姿を捉え,次時にさらに学びが深まるようにどのような手立てを行うのかを協働で探っていきながら,単元を通しての学びや単元を越えての学びを捉え直していこうとするものである。ビデオによる授業の検討や,1時間のみの授業場面の検討では,こうした長いスパンでの実践を捉えることは難しい。それに対して,綴られた実践記録は,長い時間にわたる子どもの学びや育ちを表現することが可能であり,検討しあうことが可能となる。本話題提供では,実践記録を書くことが実践者や学校にとってどのような意味を持ち,学校で書き読み合う文化がどのように形成されるのか,論じたい。
第1に,実践記録を書くことで,子どもたちの学びや育ちの過程を辿り直すことが可能である。見合い授業研究会を行った日の授業だけに閉じず,そこからどう展開していったのか,捉え直すのである。子どもの学びの筋を書くにあたって,自分がどのように子どもたちの活動を捉えていたのか(捉えられていなかったのか)ということに気付かされる。それはとりもなおさず,そこでの学習環境のどこが良くどこが問題だったのかを考えることにつながり,ひいては次の単元ではどのように授業を構成するか,もう一度この単元を構成するならどのようにするか,考え直すことが可能になる。
第2に,書かれた記録は多くの場合,研究紀要や実践集録として学校に残り,読み継がれていく。それにより,実践に取り組んだ教師が異動のために不在となっても,学校において大事にしてきたことや優れた実践を共有することができ,継承し,学校の文化につないでいくことが可能である。
このように実践記録は,実践者が自分の実践について省察を深める道具になると同時に,学校において専門職として学び合うことを支える道具になりうる。しかし,これは容易なことではなく,実現するにはさまざまな工夫が必要ともいえる。
一つには,書いていく過程においてである。教師たちが書いてみては一緒に悩みながら,書き方や内容について模索し,自律進化させていく場と関係性が必要である。二つには,書くことそのものが目的化しないよう,たとえば読み合い,語り合うことで次の展望が見えてくるような場を設定するなど,書いたことの意義を感じられることである。三つには,書くことを日常化していくことである。たとえば授業研究において,参観者は参観した感想を協議会の場で語って終わるのではなく,参観記録を書いて実践者に渡すなど,書いたものを共有することである。これは,参観者自身にとっても,授業を観て感じたことについて根拠を持って吟味し直し言語化することにつながる。実践者にとっても,授業をしている間には見えなかった子どもたちの姿に触れることができ,次の時間の授業を構成していくのに役立てることができる。授業研究が授業者のために行われるのではなく,参加するすべての人にとって学びの場になることが求められる。
当日は,このような,見合い語り合うだけでなく書き読み合うことも含め,長い時間にわたる学びを射程に入れた授業研究により,学校が専門職として学び合うコミュニティになっていく過程について具体的な実践事例も提示したい。
日本の学校においては,授業研究が伝統的に行われ,近年では諸外国にも導入されつつある。しかし,授業研究の在り方は学校によってさまざまであるという現状がある。日常的に授業を見合い語り合っている学校もあれば,教育委員会の指導主事の訪問日に定型的に行っている学校もある。諸外国での導入のされ方も,教材研究,学習指導案の作成,授業の参観といった一連の型が紹介されるにとどまっていることも少なくない。
授業研究は,学校において実施することそのものが目的ではなく,教師の専門性をより高め,学校を専門職として学び合うコミュニティへと発展させていく鍵になるものである。企画者らは「ワードマップ 授業研究―実践を変え、理論を革新する」(木村優・岸野麻衣編著,新曜社,2019年)において,専門職として学び合うコミュニティが培われるようには,いかにして授業を見合い語り合うとよいのか,さらには省察的に学びをより深めるためにいかにして記録を書き読み合うのか,そのプロセスやサイクルの在り方について論じてきた。
本シンポジウムでは,本書における提起の基軸ともいえるモード・シフトという授業研究の質的な転換と,その実現に欠かせない「書く」ことによる省察という点について焦点を当て,どのようにして授業研究が専門職として学び合うコミュニティとしての学校につながっていくのか,具体的な実践例も提示しながら話題提供を行う。特に近年,教師の多忙化と働き方改革が問題となっている中,どのようにこうした授業研究を実現していくのか,実際に取り組む難しさも含め,実践者と研究者の両者の話題提供を通して議論したい。
話題提供
授業研究のモード・シフトのストラテジー
木村 優・高間祐治
本話題提供ではまず,授業研究の先行研究及び先行実践に関する理論研究と,学校フィールドワークによって得られた授業研究の実践に関する質的データの分析結果から,授業研究のモード類型を紹介する。そして,上述した授業研究の「課題」を乗り越えるために,いかにして授業研究のモード・シフトを実現するのかについて議論を進める。
なお,学校フィールドワークは小学校13校,中学校20校,高校12校で実施した。それぞれ校内で実施される授業研究会(指導主事訪問や公開研究会を含む)に定期参加することで,研究会資料を収集すると共に,管理職・研究主任及び参加教員との研究会の振り返りを適宜実施した。結果,学校それぞれで多様な授業研究の中で重視されているモードとして,〈チェックリスト・評価〉,〈プランニング・検証〉,〈ダイアローグ・根拠〉,〈マルチスパイラル・探究〉の4類型が析出された。
モード1 チェックリスト・評価 学校における授業研究のプロセスを,ビジネスにおける業務管理・品質管理の手法であるPDCAサイクルに置き換えるように展開する。その最たる例が授業チェックリストである。チェックリストに基づき,授業者の技術や知識を評定し,授業研究会で評定の低かったポイントについて参観者が批評や助言を行う。
モード2 プランニング・検証 教師の授業づくりのプロセスに沿いながら,授業実施前の段階を特に重視する。特に,学習指導案を繰り返し検証することで教師の授業に関する知識を集中的に鍛える。また,研究授業を行う学級と異なる学級(ときには同じ学級)で同内容の授業を試行し,子どもたちの反応から授業の計画を修正することもある。以上により,研究授業の計画を厳密化していく。
モード3 ダイアローグ・根拠 子どもの学びの見取りと同僚間のダイアローグを核にすえ,実践の協働省察を重視する。子どもの学ぶ姿を根拠として,実践の振り返りを行い,授業と授業研究の改善に向けた創造的な議論を行う。授業と授業研究の実践前における綿密な計画よりは,実践中と実践後における授業者を含めた参加者全員の省察を重視する
モード4 マルチスパイラル・探究 モード3に時間軸を組み込むことで授業と授業研究の発展・進化を明確化し,子どもの長い探究のプロセスを教師が協働探究し続けていく。子どもと教師の探究プロセスと学校の発展プロセスを相似形でとらえ,それぞれ相乗作用でもって押し上げていく。
教師のスキル向上と知識習得を過剰に追求するモード1・2は,教師の省察的実践と同僚との協働文化を停滞・減退させる危険性を有する。実践の省察を重視するモード3は,根拠ベースの授業研究であるもののシングル・ループの閉じた実践に留まり,一方でモード4は子ども・教師・学校の進化を前提にしたデザインを有する。
以上の知見から,モード1・2からモード3,そしてモード4へと,授業研究のモード・シフトを実現するには,授業研究を教師の専門性開発の中核である省察的実践,そして教師たちが協働で学び合って互いの省察的実践を高め合う学校組織文化の成熟へと明確に結びつけることが必須であることが示唆される。
そこで,学校の実情に応じながら,授業研究を機軸として学校における教師たちの協働学習システム・文化・実践を洗練していく必要がある。複数中学校の具体的な実践事例から,授業研究のモード・シフトを促すストラテジーとして,教師たちによる実践の協働省察・再構成を探究する〈授業研究年間サイクルのデザイン〉と,授業参観記録と授業実践記録を協働生成する〈実践を書く文化の生成〉の二つの授業研究実践が示された。
長い時間にわたる学びを捉え直す―「書く」ことによる省察と実践の再構成
岸野麻衣・牧田秀昭
授業は,教師同士が見合い検討し合う1時間の授業を越えて,それまで・その後の営みの中にあるものである。単元の中でどう学習が始まり,どう展開していくのか,あるいはその前後の単元とのつながり,さらには年間の学びのつながりの中で行われるものといえる。モード4の授業研究においては,授業を見合うにあたって,その日の授業での子どもの姿を捉え,次時にさらに学びが深まるようにどのような手立てを行うのかを協働で探っていきながら,単元を通しての学びや単元を越えての学びを捉え直していこうとするものである。ビデオによる授業の検討や,1時間のみの授業場面の検討では,こうした長いスパンでの実践を捉えることは難しい。それに対して,綴られた実践記録は,長い時間にわたる子どもの学びや育ちを表現することが可能であり,検討しあうことが可能となる。本話題提供では,実践記録を書くことが実践者や学校にとってどのような意味を持ち,学校で書き読み合う文化がどのように形成されるのか,論じたい。
第1に,実践記録を書くことで,子どもたちの学びや育ちの過程を辿り直すことが可能である。見合い授業研究会を行った日の授業だけに閉じず,そこからどう展開していったのか,捉え直すのである。子どもの学びの筋を書くにあたって,自分がどのように子どもたちの活動を捉えていたのか(捉えられていなかったのか)ということに気付かされる。それはとりもなおさず,そこでの学習環境のどこが良くどこが問題だったのかを考えることにつながり,ひいては次の単元ではどのように授業を構成するか,もう一度この単元を構成するならどのようにするか,考え直すことが可能になる。
第2に,書かれた記録は多くの場合,研究紀要や実践集録として学校に残り,読み継がれていく。それにより,実践に取り組んだ教師が異動のために不在となっても,学校において大事にしてきたことや優れた実践を共有することができ,継承し,学校の文化につないでいくことが可能である。
このように実践記録は,実践者が自分の実践について省察を深める道具になると同時に,学校において専門職として学び合うことを支える道具になりうる。しかし,これは容易なことではなく,実現するにはさまざまな工夫が必要ともいえる。
一つには,書いていく過程においてである。教師たちが書いてみては一緒に悩みながら,書き方や内容について模索し,自律進化させていく場と関係性が必要である。二つには,書くことそのものが目的化しないよう,たとえば読み合い,語り合うことで次の展望が見えてくるような場を設定するなど,書いたことの意義を感じられることである。三つには,書くことを日常化していくことである。たとえば授業研究において,参観者は参観した感想を協議会の場で語って終わるのではなく,参観記録を書いて実践者に渡すなど,書いたものを共有することである。これは,参観者自身にとっても,授業を観て感じたことについて根拠を持って吟味し直し言語化することにつながる。実践者にとっても,授業をしている間には見えなかった子どもたちの姿に触れることができ,次の時間の授業を構成していくのに役立てることができる。授業研究が授業者のために行われるのではなく,参加するすべての人にとって学びの場になることが求められる。
当日は,このような,見合い語り合うだけでなく書き読み合うことも含め,長い時間にわたる学びを射程に入れた授業研究により,学校が専門職として学び合うコミュニティになっていく過程について具体的な実践事例も提示したい。