[JC01] ポジティブ生徒指導の動向(5)
PBISと人格教育に関する実践
キーワード:PBIS、生徒指導、人格教育
企画趣旨
本シンポジウムでは,過去4回にわたってPBIS(ポジティブ行動支援:ポジティブ生徒指導)の理論と実践を中心に,我が国の学校現場でのポジティブで予防的な生徒指導の導入方法について検討してきた。
今回は,「PBISと人格教育に関する実践」という副題で合計4名の先生方からPBISと人格教育の理論と実践についてご紹介いただく。そして,ポジティブで予防的な生徒指導を日本の学校において導入する場合には,どのような形が効果的なのか,またどのような課題があるのか,引き続き考えていきたい。
米国におけるA中高一貫校での「PBIS」と「人格教育」の実践
市川 哲
PBIS(Positive Behavioral Interventions and Supports:ポジティブ行動支援:ポジティブ生徒指導)とは,子供の適切な行動の増加を目的とし,スクールワイド,クラスワイドに行う「ポジティブで予防的」な生徒指導システムである(池田, 2014)。また,予防的支援の第1層,第1層で改善が見られなかった子供に対する第2層,第2層で改善が見られなかった子供に対する第3層の階層的支援からなる(Sugai, 2013)。
人格教育(Character education)とは,米国の子供が学校全体で市民(Citizenship)・公正(Fairness)・責任(Responsibility)・尊重(Respect)・寛容(Tolerance)等の価値概念(徳目)を10程度選択し,1つの概念を1つの単元として,幼稚園から高校まで繰り返し学習させるものである(中原,2017)。
発表者は2017年1月に米国ウィスコンシン州のA中高一貫校(以下,対象校)へ視察を行った。対象校は,視察時点で人格教育導入6年目(PBISも同時期に導入)であった。また,対象校はアメリカ全土で特に優れた人格教育に取り組んでいる学校の1校に選ばれており,人格教育とPBISに同時に取り組んでいた。本発表では,対象校における「PBIS」と「人格教育」の取り組みを紹介する。
参考文献
池田実(2014)「学校全体の行動教育(肯定的な介入と支援)」生徒指導士認定協会応用講座
市川哲・池田実・渡邊毅(2017)米国における小中学校での「PBIS」と「人格教育」の実践に関する視察報告 平成28年度学校カウンセリング学会総会研修会
Sugai,G(2013) すべての児童・生徒のためのポジティブな行動的介入と支援 日本教育心理学会第55回総会講演
日本の小学校におけるSWPBIS
松山康成
石隈(1999)は学校心理学の枠組みから,3段階の心理教育的援助サービスを提唱している。また文部科学省(2010)も,集団指導と個別指導を進める指導原理として,生徒指導事象を第1次から第3次的支援に分けて指導する必要性を示している。このようにわが国において多層支援の重要性は指摘されてきている。アメリカではこの多層支援はMTSS(Multi-Tier System of Supports)と呼ばれ、子どもの学力,行動などの様々な側面を多層支援でサポートしようとする取り組みが近年広がっている。その中でも行動面の多層支援として,PBISが着目されている。
私は,アメリカで取り組まれている PBIS の視察を2013年と2014年に2度行い(枝廣・松山, 2015),アメリカの学級で取り組まれている PBIS の実際を見た。アメリカにおいて数多くの実践研究が行われ支援効果が実証されているPBISであるが,日本ではまだ導入や展開といった動向は少なく,学校全体で取り組むPBISの実践例は僅かである。
そこで本研究では,学校全体でPBISに取り組むためにビジュアル版行動指導計画シート(松山, 2018)を開発し,それを用いて特別活動における委員会活動や児童会活動を通して全校児童を対象に実践を行った。具体的には,児童会活動において登校時におけるあいさつ回数の増加を目指した実践を取り組んだ。また委員会活動において清掃時間における残されたごみの数や大きさの減少を目指した実践を取り組んだ。この他,学校内3つの委員会活動において全校児童対象のSWPBISが実施された。各委員会,児童会担当の教員は,児童とともに行動指導計画シートを作成し、職員会議に提案,他の職員の協力を得ながら児童が主体となって取り組みを展開することとした。
参考文献
枝廣和憲・松山康成(2015)学校全体における積極的行動介入および支援(SWPBIS)の動向と実際 ―イリノイ州District15公立小学校における取り組みを中心に― 岡山大学学生支援センター年報 (8)27-37
枝廣和憲・松山康成(2015)学校全体における積極的行動介入および支援の動向と実際 ―イリノイ州 District15 公立中学校における取り組みを中心に― 岡山大学教師教育開発センター紀要 5(1)35-43
松山康成(2018)児童会活動による学校全体のポジティブ行動支援 ―ビジュアル版行動指導計画シートの開発と活用― 学校カウンセリング研究19 25-31
道徳教育とポジティブ生徒指導
溝口哲志
近年子ども達による学級崩壊が大きな問題となっている。学級崩壊が起きる要因の一つとして,子どもたちの自己肯定感の低さが考えられる。その為,発表者は子ども達の自己肯定感を向上させることを第一に,学級経営や仲間作りをしてきた。主な取り組みとしては,3つある。
1つ目は「ポジティブカード」の活用である。これは,子ども達による賞賛活動の1つである。具体的には,子どもたちが友達にされて嬉しかった事や,すごいと思った事を星形の紙に書いて帰りの会で発表するという活動である。発表し学級全体から賞賛されることで,子ども達の自己肯定感や自己有用感を高める事を狙いとして取り組んでいる。
2つ目は「道徳カード」の活用である。これは,教師による子どもへの賞賛活動である。子ども達が徳目にあった行動をした際に,子ども達を褒めてカードを渡す活動である。全員の目の前で,教師が賞賛することによって子ども達の自己有用感を向上させる事を狙いとした活動である。
3つ目は「ナンバーワン宣言」である。これは,子ども達が1ヶ月間頑張りたいことや,その理由を紙に書き,毎日朝の会で発表するという活動である。朝の会では子ども達の心が落ち着くような呼吸法やイメージトレーニング等を用いて,一日が穏やかな気持ちから始められるようにする。子ども達を落ち着かせることによって,子ども達が発表しやすい環境を作り,発表を聞いてもらう事で自己肯定感の向上を狙いとした活動である。
これらの活動の成果としては,学級が落ち着きを取り戻し始めたことで,子どもの問題行動が減少したことがあげられる。活動実施以前には嫌なことがあると教室を飛び出したり,友だちに手を出したり等の問題行動があったが,以前よりも穏やかに学校生活を送る事が出来るようになった。さらに,困った友達を見つけた時にはすぐに手を差し伸べる等,互いに協力して活動する姿を多く見ることができた。また,6月上旬に実施したQ-Uの結果は,昨年度と比べて学校に対する満足度が約20%向上していた。この事から,子ども達が学級や教室が居心地の良い所と感じている事がうかがえる。
ポジティブ生徒指導(PBIS)と人格教育―行動支援は規範意識を醸成するか
福井龍太
アメリカの学校では,学校規則を定め,生徒にその規則を守る指導をし,その規則に違反すれば罰を与えて矯正する,というゼロトレランスを基盤とした段階的規律指導が実施されていたが,罰を与えても生徒の行動が改善しない,という問題が指摘されるようになった。
これを背景としてPBISを取り入れる学校が急速に拡大した。PBISはABA(応用行動分析)を基盤としており,専ら期待行動の強化に焦点を当て,生徒の行動全体における望ましい行動の割合を増やすことによって,結果的に問題行動の発生を予防する。PBISは期待行動そのものに注目した教育的枠組みであるが故に,本来そこに道徳性や人格といった個人特性を介在させる必要はない。
最近のアメリカの学校では,しかしながら,期待行動表において徳目を提示することをはじめとして,PBISと人格教育とが関連付けられはじめている。本発表では,先行研究を踏まえ,PBISと人格教育の関わりについて,規範意識の醸成との関連から検討する。
参考文献
Althof and Berkowitz (2006) “Moral education and character education: their relationship and roles in citizenship education,” Journal of Moral Education 35, 495–518.
本シンポジウムでは,過去4回にわたってPBIS(ポジティブ行動支援:ポジティブ生徒指導)の理論と実践を中心に,我が国の学校現場でのポジティブで予防的な生徒指導の導入方法について検討してきた。
今回は,「PBISと人格教育に関する実践」という副題で合計4名の先生方からPBISと人格教育の理論と実践についてご紹介いただく。そして,ポジティブで予防的な生徒指導を日本の学校において導入する場合には,どのような形が効果的なのか,またどのような課題があるのか,引き続き考えていきたい。
米国におけるA中高一貫校での「PBIS」と「人格教育」の実践
市川 哲
PBIS(Positive Behavioral Interventions and Supports:ポジティブ行動支援:ポジティブ生徒指導)とは,子供の適切な行動の増加を目的とし,スクールワイド,クラスワイドに行う「ポジティブで予防的」な生徒指導システムである(池田, 2014)。また,予防的支援の第1層,第1層で改善が見られなかった子供に対する第2層,第2層で改善が見られなかった子供に対する第3層の階層的支援からなる(Sugai, 2013)。
人格教育(Character education)とは,米国の子供が学校全体で市民(Citizenship)・公正(Fairness)・責任(Responsibility)・尊重(Respect)・寛容(Tolerance)等の価値概念(徳目)を10程度選択し,1つの概念を1つの単元として,幼稚園から高校まで繰り返し学習させるものである(中原,2017)。
発表者は2017年1月に米国ウィスコンシン州のA中高一貫校(以下,対象校)へ視察を行った。対象校は,視察時点で人格教育導入6年目(PBISも同時期に導入)であった。また,対象校はアメリカ全土で特に優れた人格教育に取り組んでいる学校の1校に選ばれており,人格教育とPBISに同時に取り組んでいた。本発表では,対象校における「PBIS」と「人格教育」の取り組みを紹介する。
参考文献
池田実(2014)「学校全体の行動教育(肯定的な介入と支援)」生徒指導士認定協会応用講座
市川哲・池田実・渡邊毅(2017)米国における小中学校での「PBIS」と「人格教育」の実践に関する視察報告 平成28年度学校カウンセリング学会総会研修会
Sugai,G(2013) すべての児童・生徒のためのポジティブな行動的介入と支援 日本教育心理学会第55回総会講演
日本の小学校におけるSWPBIS
松山康成
石隈(1999)は学校心理学の枠組みから,3段階の心理教育的援助サービスを提唱している。また文部科学省(2010)も,集団指導と個別指導を進める指導原理として,生徒指導事象を第1次から第3次的支援に分けて指導する必要性を示している。このようにわが国において多層支援の重要性は指摘されてきている。アメリカではこの多層支援はMTSS(Multi-Tier System of Supports)と呼ばれ、子どもの学力,行動などの様々な側面を多層支援でサポートしようとする取り組みが近年広がっている。その中でも行動面の多層支援として,PBISが着目されている。
私は,アメリカで取り組まれている PBIS の視察を2013年と2014年に2度行い(枝廣・松山, 2015),アメリカの学級で取り組まれている PBIS の実際を見た。アメリカにおいて数多くの実践研究が行われ支援効果が実証されているPBISであるが,日本ではまだ導入や展開といった動向は少なく,学校全体で取り組むPBISの実践例は僅かである。
そこで本研究では,学校全体でPBISに取り組むためにビジュアル版行動指導計画シート(松山, 2018)を開発し,それを用いて特別活動における委員会活動や児童会活動を通して全校児童を対象に実践を行った。具体的には,児童会活動において登校時におけるあいさつ回数の増加を目指した実践を取り組んだ。また委員会活動において清掃時間における残されたごみの数や大きさの減少を目指した実践を取り組んだ。この他,学校内3つの委員会活動において全校児童対象のSWPBISが実施された。各委員会,児童会担当の教員は,児童とともに行動指導計画シートを作成し、職員会議に提案,他の職員の協力を得ながら児童が主体となって取り組みを展開することとした。
参考文献
枝廣和憲・松山康成(2015)学校全体における積極的行動介入および支援(SWPBIS)の動向と実際 ―イリノイ州District15公立小学校における取り組みを中心に― 岡山大学学生支援センター年報 (8)27-37
枝廣和憲・松山康成(2015)学校全体における積極的行動介入および支援の動向と実際 ―イリノイ州 District15 公立中学校における取り組みを中心に― 岡山大学教師教育開発センター紀要 5(1)35-43
松山康成(2018)児童会活動による学校全体のポジティブ行動支援 ―ビジュアル版行動指導計画シートの開発と活用― 学校カウンセリング研究19 25-31
道徳教育とポジティブ生徒指導
溝口哲志
近年子ども達による学級崩壊が大きな問題となっている。学級崩壊が起きる要因の一つとして,子どもたちの自己肯定感の低さが考えられる。その為,発表者は子ども達の自己肯定感を向上させることを第一に,学級経営や仲間作りをしてきた。主な取り組みとしては,3つある。
1つ目は「ポジティブカード」の活用である。これは,子ども達による賞賛活動の1つである。具体的には,子どもたちが友達にされて嬉しかった事や,すごいと思った事を星形の紙に書いて帰りの会で発表するという活動である。発表し学級全体から賞賛されることで,子ども達の自己肯定感や自己有用感を高める事を狙いとして取り組んでいる。
2つ目は「道徳カード」の活用である。これは,教師による子どもへの賞賛活動である。子ども達が徳目にあった行動をした際に,子ども達を褒めてカードを渡す活動である。全員の目の前で,教師が賞賛することによって子ども達の自己有用感を向上させる事を狙いとした活動である。
3つ目は「ナンバーワン宣言」である。これは,子ども達が1ヶ月間頑張りたいことや,その理由を紙に書き,毎日朝の会で発表するという活動である。朝の会では子ども達の心が落ち着くような呼吸法やイメージトレーニング等を用いて,一日が穏やかな気持ちから始められるようにする。子ども達を落ち着かせることによって,子ども達が発表しやすい環境を作り,発表を聞いてもらう事で自己肯定感の向上を狙いとした活動である。
これらの活動の成果としては,学級が落ち着きを取り戻し始めたことで,子どもの問題行動が減少したことがあげられる。活動実施以前には嫌なことがあると教室を飛び出したり,友だちに手を出したり等の問題行動があったが,以前よりも穏やかに学校生活を送る事が出来るようになった。さらに,困った友達を見つけた時にはすぐに手を差し伸べる等,互いに協力して活動する姿を多く見ることができた。また,6月上旬に実施したQ-Uの結果は,昨年度と比べて学校に対する満足度が約20%向上していた。この事から,子ども達が学級や教室が居心地の良い所と感じている事がうかがえる。
ポジティブ生徒指導(PBIS)と人格教育―行動支援は規範意識を醸成するか
福井龍太
アメリカの学校では,学校規則を定め,生徒にその規則を守る指導をし,その規則に違反すれば罰を与えて矯正する,というゼロトレランスを基盤とした段階的規律指導が実施されていたが,罰を与えても生徒の行動が改善しない,という問題が指摘されるようになった。
これを背景としてPBISを取り入れる学校が急速に拡大した。PBISはABA(応用行動分析)を基盤としており,専ら期待行動の強化に焦点を当て,生徒の行動全体における望ましい行動の割合を増やすことによって,結果的に問題行動の発生を予防する。PBISは期待行動そのものに注目した教育的枠組みであるが故に,本来そこに道徳性や人格といった個人特性を介在させる必要はない。
最近のアメリカの学校では,しかしながら,期待行動表において徳目を提示することをはじめとして,PBISと人格教育とが関連付けられはじめている。本発表では,先行研究を踏まえ,PBISと人格教育の関わりについて,規範意識の醸成との関連から検討する。
参考文献
Althof and Berkowitz (2006) “Moral education and character education: their relationship and roles in citizenship education,” Journal of Moral Education 35, 495–518.