日本教育心理学会第61回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JC03] JC03
教授・学習研究の実践ベース・アプローチ

実践しつつ研究を創出する

2019年9月14日(土) 15:30 〜 17:30 3号館 3階 (3303)

企画・話題提供:市川伸一(帝京平成大学)
司会:小林寛子(東京未来大学)
話題提供:瀬尾美紀子(日本女子大学)
話題提供:篠ヶ谷圭太(日本大学)
指定討論:太田絵梨子(東京大学大学院・日本学術振興会)

[JC03] 教授・学習研究の実践ベース・アプローチ

実践しつつ研究を創出する

市川伸一1, 小林寛子2, 瀬尾美紀子3, 篠ヶ谷圭太4, 太田絵梨子5 (1.帝京平成大学, 2.東京未来大学, 3.日本女子大学, 4.日本大学, 5.東京大学大学院・日本学術振興会)

キーワード:教授・学習、教育実践、教科教育

企画趣旨
 教育心理学における学術研究が現実の教育実践と乖離しているのではないかというのは,かつての「教育心理学の不毛性論議」にも端的に表れているように,長年にわたる問題であった。その後,この乖離を埋めるためのさまざまな試みや努力がなされ,教育心理学者の研究活動もしだいに変わりつつある。
 その中の一つが本シンポジウムのテーマである「実践ベース・アプローチ」である。これは,研究者自らが教育実践を計画・実施しながら,それを基盤にした研究を行っていくというもので,実験や調査とも,他者の実践を観察・分析するのとも異なっている。
 アプローチの名称は,最近の私たちの近著(市川,2019)によるものであるが,実質的な活動はほぼ30年にわたって継続され,近年はその成果が『教育心理学研究』をはじめとする学術誌にも掲載されるようになっている。このシンポジウムではそれらを紹介するとともに,今後の展開に向けて議論していきたい。

話題提供1
個別学習支援の実践から研究を立ち上げる
市川伸一
 学校教育のフィールドをもっていない筆者が,自ら教科教育の実践をもちながら研究したいと思って東京工業大学(のち,東京大学)に開設したのが,地域の児童生徒を対象にした学習相談室であった。記憶,理解,問題解決などの認知的課題につまずいている学習者に対するカウンセリングであることから,これを「認知カウンセリング」と名づけた(市川,1989, 1991)。
 そのケース検討会において,当初話題になったのは,学習者の素朴概念や指導困難な内容,また,それらの指導法の工夫などであったが,学習者の自立を促すということから,内容的な指導だけでなく,学習観,学習方略,学習動機などが新たなトピックになっていった。
 指導にあたっては,筆者自身が経験的に行ってきた方法を,認知心理学的な視点から整理し,概念化してきた。また,個別のケースを扱う中で新たな方法も提案されている。こうした個別の実践は,1990 年代には書籍として刊行してきたが(市川, 1993, 1998),『教育心理学研究』に「実践研究」というジャンルができてからは,学術雑誌論文として掲載される事例も出て来た(市川,2000;植木,2002;清河・犬塚, 2004;植阪,2010)。
 また,この活動は,学習者の実態を知って,有効な支援方法を提案するというだけではなく,現実の場面から問題を抽出して教育心理学の基礎研究として展開するということもねらいとしていた。実際,学習動機の2要因モデル(市川,1998),教訓帰納の認知メカニズム(寺尾, 1998),問題解決における図表作成指導の効果(植阪, 2014)などの実証研究は,認知カウンセリングでの問題意識から立ち上がってきた研究である。
 教育心理学の研究者や学生が認知カウンセリングを行うということのメリットは,心理学的な視点をもって個々の学習者の行動をていねいに見たり話を聞いたりできるので,一方では学術研究の文脈では出てこなかった問題が抽出されること,他方では,学校での授業に対しても新たな問題提起ができることではないかと思われる。これらは,学術文献からテーマを発掘するというのとも,教育界からのニーズに応じて問題を解決するというのとも異なるスタンスと言えるだろう。

話題提供2
学習ゼミナールからの研究展開
篠ヶ谷圭太
 「学習ゼミナール」とは,毎年夏休みに中学生を大学に集め,5日間にわたって開催される学習教室であり,筆者は修士課程の時から5年間,この学習ゼミナールの歴史の授業を担当した。
 当時の教育界では,学力向上に向けて家庭学習の重要性に再度注目が集まるようになっていたため,筆者はこの学習ゼミナールで,授業前に教科書を読む予習群と,授業後に教科書を読む復習群を設け,授業理解度の比較を行った。
 その結果,因果説明テスト(歴史の背景因果についての説明を求めるテスト)において,予習群の方が復習群よりも高い成績を示したが,もともと学習において知識の関連づけを重視していない学習者には,こうした予習の効果が見られないことも明らかとなった(篠ヶ谷, 2008)。
 この結果をもとに,翌年以降の学習ゼミナールでは,「予習中の処理方略」に焦点を当て,予習をする際に質問を生成させ,質問に対して自分なりの予想を書かせる(篠ヶ谷, 2011),質問の生成方法の手順を示す(篠ヶ谷, 2013)といった介入の効果を検討した。また,それと並行して,予習中の方略と授業中の方略の関係について質問紙調査を行い,予習中の方略次第で授業での方略使用が変容することや(篠ヶ谷, 2010),予習方略の影響が教師の授業スタイルによって変動すること(篠ヶ谷, 2014)を明らかにしていった。
 筆者は毎年,学習ゼミナールという実践の場が設定されていたことで,常に,効果的な介入を行う「責任」を感じていた。それが筆者の探究活動の大きな原動力となっていたことは間違いない。また,自分で教材を作成し,授業を行ったことで,学習者の反応をより真摯に受け止めることができた。それにより,自分が教えた学習者の姿を念頭におきながら,その後の研究を展開できたように思われる。このように研究と実践を結びつけ,学習者の姿をイメージしながら研究を行う姿勢は,教授・学習研究者として今後も大切にしていきたいところである。

話題提供3
「学び方」の習得をめざす学習法講座と教科授業の連動―学校をフィールドとして
瀬尾美紀子
 「学習法講座」は,意味理解や教訓帰納といった学習方略を紹介する授業の総称である。認知心理学のデモ実験によって方略の有効性を体験後,教科学習への適用の仕方を練習することが多い。筆者は,教訓帰納を中心に学習法講座の開発実践研究に関わってきた。教訓帰納は,問題を解いた後「その問題を解くことによって何を学んだのか」,間違いの原因や問題のポイントなどを言語化することで,次の問題解決場面に転移させるねらいがある。自らの学習の振り返りにもつながり,学習の自己調整に必要な方略である。
 しかし,中学生では自発的に教訓帰納を行っている生徒が3割ほどであり,明示的な指導の必要性が感じられた。そこで教訓帰納を紹介する学習法講座を計画し,ある中学校の特別授業として筆者が実施した。講座直後は,多くの生徒が教訓帰納の有効性を実感し,講座前よりも教訓帰納を行ったが,1か月後には講座前の状態に戻り,学習法講座単独の働きかけの限界が示唆された(瀬尾・赤坂・植阪・市川,2013)。
 一方,別の中学校教師から,数学の授業内で教師による教訓帰納の取り組みを1年間行ってきたものの,自発的に行う生徒は少ないことについて相談を受けた。そこで,その教師と連携し,意見交換と調整を行いながら,数学の授業における働きかけを継続するとともに,学習法講座を実施した。結果,講座実施から約1か月半後にも,6割強の生徒たちが自発的に教訓帰納を行っている様子が確認され,その効果は9か月後にもほぼ維持されていた(瀬尾・石﨑,2014)。
 一連の学校実践研究を通じて,教育効果を確実にするためには,学校の先生方との問題意識の共有と,具体的な方策を共同で検討し実践することが重要であることを再認識した。また,学校と長期間にわたって関わることは,短期の実験や調査より,時間や労力も必要であるが,先生の考え方や生徒の具体的な様子を深く知ることができ,それを実践研究へと反映できるメリットもあったように感じている。
 その後,先生自らが学習法講座を実践する他の学校事例も増えてきている。新教育課程で,学習の自己調整,とくに学び方の習得は,学校教育の主要な目標に位置づけられ,評価の視点の一つにもなっている。効果的な教育方法を,今後も先生方と探求していきたい。

参考文献
市川伸一(編) 2019 『教育心理学の実践ベース・アプローチ:実践しつつ研究を創出する』東京大学出版会