日本教育心理学会第61回総会

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自主企画シンポジウム

[JC05] JC05
道徳教育における教育心理学の貢献

Sat. Sep 14, 2019 3:30 PM - 5:30 PM 3号館 3階 (3305)

企画・司会・話題提供:米田英嗣(青山学院大学)
企画・司会・話題提供:林創(神戸大学)
話題提供:池田まさみ(十文字学園女子大学)
指定討論:松尾直博(東京学芸大学)

[JC05] 道徳教育における教育心理学の貢献

米田英嗣1, 林創2, 池田まさみ3, 松尾直博4 (1.青山学院大学, 2.神戸大学, 3.十文字学園女子大学, 4.東京学芸大学)

Keywords:道徳教育、発達、モラルシンキング

企画の趣旨
 平成30年度から小学校において,平成31年度から中学校において,「道徳」の科目が教科化され,「特別の教科 道徳」となる。教育現場では,道徳という教科で何を教えたら良いのか,どのように評価したら良いのか,模索の状態が続いている。道徳性は,いかに発達するのか。どのように獲得されるのか,どのように教育をしていく必要があるのかを議論する必要がある。
 そこで,本シンポジウムでは,人間の道徳性について,教育心理学,発達心理学,認知心理学,教育工学の視点から実証的な検討をしている三氏から話題を提供していただく。道徳性について現在の研究において,何が,どこまで明らかになっているのかを議論し,今後はどのような研究が必要になり,人間の道徳性についてどのように評価を行っていくべきかを議論する。
 三氏からの話題提供の後,道徳教育について教育心理学研究,学校教育,特に道徳および国語の授業実践の検討において先導的な役割を果たしている指定討論者から,新しい時代の道徳教育に向けて提言を行うための討論をしていただく。シンポジウムの最後には全体討論を行うことで,今後,教育心理学は道徳教育にどのように貢献していくべきであるかについて,シンポジウム全体を通して考えていきたい。

話題提供
道徳性の発達的検討
林 創
 道徳性は一般に,理性によって支えられ,学習や経験の影響が重要だと考えられてきた。学校の道徳の授業でも,議論させたりすることが多く,理性的判断が求められているように感じられる。しかし,近年の発達心理学の研究では,既に赤ちゃんの頃から,他者の行為の社会的評価を行うことが知られ,道徳性のめばえにつながる善悪の直観的な判断が見られることが報告されている。すなわち,理性が道徳的判断を生むのではなく,まず直観的な判断があり,その後に,それを正当化する道徳的な理由づけが生み出される,という考え方が近年の心理学では主流となっている。
 人間の直観的判断は進化的にも重要である。しかし,現在の生活では,裁判だけでなく,身近な社会的問題の解決においても,時間をかけて理性的に判断することが必要とされる。また,子どもがそうした判断ができるようになることも求められる。
 道徳判断において,直観だけに左右されず理性的に考えていく鍵となる心のはたらきとして,ここでは,心の理論と実行機能の発達に注目したい。どちらも言葉や論理的思考が高まる幼児期から児童期に顕著な発達が見られ,道徳性との関連を示す発達研究が蓄積されている。
 これらの知見をふまえて,直観を考慮に入れた上で,それだけに左右されない理性的な道徳判断の力を高めるには,大人による教育(指導)が大切であることをお話したい。その過程で,「考え,議論する道徳」につながる道徳教育を行うための教育心理学的貢献を議論させていただきたい。

話題提供
定型発達および自閉スペクトラム児を対象にした道徳教育のための実験的検討
米田英嗣
 道徳教育において,児童生徒に特定の価値観を押し付けようとするものではないかといった批判がある。道徳教育の本来の使命からすれば,特定の価値観を押し付けることは,道徳教育が目指す方向の対極にあると考えられる (中央教育審議会, 2014)。児童生徒が発達の段階に応じて学び,理解を深めるとともにそれを基にしながら,それぞれの人生において出会う多様で複雑な事象に対して,多角的に考え,判断し,適切に行動するための資質,能力を養うことが必要であると考えられる(中央教育審議会, 2014)。
 自閉スペクトラム症を持つ児童は,悪意の理解が困難であると言われている。たとえば,相手がだまそうとする際に相手の悪意に気がつかないことがある (Frith, 2003; 子安, 2000)。こうしたことは,自閉スペクトラム症を持つ児童は他者の行動といった外的な情報は理解できるにも関わらず,意図や人物の特性といった内的な情報を利用することが難しいことを示している。したがって,自閉スペクトラム症の児童に対して有効な道徳教材を考案することは急務であるといえる。
 こうした目的を達成するために,葛藤状況を与えた物語教材を作成することが有効であると考えられる。そこで,善悪について深く考えさせるために,登場人物の特性の善悪,登場人物の行為の善悪,登場人物が行った行為の結末の善悪を組み合わせた物語題材を開発した。この題材を用いて定型発達者および自閉スペクトラム症を持つ児童を対象とした善悪判断の研究を紹介する。
 ある人物について判断をする際に,どのような手がかりに基づいて判断をするのか,どのような根拠に基づいて判断をするのか,善悪判断のメカニズムを検討してきた(Komeda et al., in preparation; Komeda et al., 2016)。定期発達および自閉スペクトラム症の児童期の研究を踏まえ,道徳の評価は,今後,どのように行っていくべきか,道徳という教科ではどのような内容を学習するべきかについても話題提供を行う。

話題提供
モラルシンキングを育成する道徳教育
池田まさみ
 「特別の教科 道徳」が設置された背景には,いじめなど現実の問題に対応できる資質・能力を育成するねらいがある。その教育は「教わる,知る」から「考え,議論する道徳」へと転換され,問題や課題を他人事ではなく自分事として捉え,考えることに重点が置かれている。つまり,単にモラルというよりも“モラルシンキング”として,その育成を検討していく必要があるだろう。モラルシンキングは,自己と他者の双方の思考に目を向け物事の因果関係をエビデンスに基づいて推論するクリティカルシンキングに通じるもので,教育現場では,生徒が実際に現象を体験したり,因果関係を推論したりする機会をつくることが重要になる。池田他(2014)は,錯視や認知バイアスなど心理学的現象を取り入れた認知体験型の思考教材を開発し,主に中高生を対象に,クリティカルシンキングを育成すべく授業や効果測定を行ってきた。同時に,中学生版モラルシンキング尺度を開発し(池田他, 2018),これらの思考力間の関係を検証するため,尺度を用いたパネル調査を実施した。
 本発表では,実践研究やパネル調査での因果分析の結果を紹介する。現場教員との連携のあり方や教授法・教材における心理学的アプローチについて議論を深めたい。

指定討論
新しい時代の道徳教育に向けて
松尾直博
 新しい学習指導要領解説で,「道徳科の授業では,教師が特定の価値観をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは,目指す方向の対極にあるものである」(文部科学省,2015)と表現がなされているように,道徳的方位磁針(モラルコンパス)と道徳的地図(モラルマップ)を持ち,未来を自在に生きていける子どもの育成を目指すのが目標ともいえる(松尾,2016)。このような意味において,道徳教育において教育心理学が貢献できるところは大いにあると考えられる。
 三氏からの話題提供を受け,本指定討論では,教育心理学や発達心理学で得られた知見を教育現場にどのように応用するか,また,教育現場で問題となっていることをどのようにして教育心理学や発達心理学で検討すべきかについて議論を行う。