[JD03] 子どもの育ちを基盤とした学級のユニバーサルデザイン化
Keywords:ユニバーサルデザイン、学級経営、KJQマトリックス
企画趣旨
障害のあるなしに関わらず,互いにその人らしさを認め合いながら,共に生きる社会の実現が求められている。学校で特別な指導を受けている児童生徒の割合は,日本では約3%となっており,イギリス(約20%)やアメリカ(約10%)と比較するとその低さが際立っている(cf:文部科学省,2012)。このことは,支援を要する可能性のある子どもが十分に認識されずに通常学級で学んでいることを示唆するものであり,これらの児童生徒への対応も含めた,包括的な学習環境の整備が求められている。
そのような機運のなかで,学級におけるユニバーサルデザインに注目が集まっている。文部科学省も従来の特別なニーズをもった子どもへの支援だけでなく,インクルーシブ教育の推進に向けた「基礎的環境整備」を打ち出している。一方で,ユニバーサルな支援,教育環境の整備についての知見は,授業の運営を念頭においた,教室環境や教材の整備,視覚化,構造化といった指導方法の工夫等,「物的環境」を対象としたものが多い。
本シンポジウムでは,特に「人的環境」のユニバーサルデザイン化に焦点を当てる。授業のユニバーサル化を支えるのは学級経営であり(桂,2014),そのためには子どもたちの心が揺らがない,安定感のあるクラス(川上,2014)づくりが欠かせない。人的環境の整備には,子どもたちの社会的態度や対人関係技能の育成,それを支える教師の認識やふるまい,また広くは保護者の理解も含めた多軸的な視点が求められる。
そこで,本シンポジウムでは,様々な視点から人的環境のユニバーサルデザイン化を進めている実践事例の紹介を通じて,通常学級におけるユニバーサルデザインに対する理解を深めていく。
教師の賞賛行動を通した人的環境のユニバーサルデザイン化
飯島有哉
賞賛行動すなわち,相手をほめ・認めることは,学校をはじめとする教育現場において教師から児童生徒に対して行われる日常的な働きかけのひとつである。「教師のための子どものほめ方」と冠した書籍が多く出版されているように,これまでに教師が児童生徒をほめることによる効果は経験値として積み重ねられており,またどのように子どもほめるのかということはかねてから教師たちの関心の的であったといえる。
近年では,児童生徒の授業参加行動の増加および授業妨害行動の減少,授業中における生徒同士の助け合いの増加をはじめとする,教師の賞賛行動がもつ様々な効果が実証研究によって示されている (e.g., 庭山・松見, 2016; Vidoni & Ulman, 2010)。また,教師からほめ・認められた経験は,児童生徒が教師に対して抱く信頼感 (中井・庄司, 2006)や,学校生活の充実感と正の関連を持つことが明らかになっており (古市・柴田, 2013),教師が児童生徒をほめ・認めることで,児童生徒の行動上の学校適応だけでなく,心理的な学校適応も向上する可能性が指摘できる。
さらに,教師の賞賛行動は,児童生徒における人的環境デザインの重要な担い手である教師自身のメンタルヘルスに対しても肯定的な影響を持つことが示唆されている (Iijima & Katsuragawa, 2018)。教師の賞賛行動は,児童生徒にとっての認められる体験そのものであり,また重要な人的環境のひとつである教師自身の学校適応の向上にも関連することから,学級における人的環境のユニバーサルデザインの構築に寄与するものであると考えられる。
本話題提供では,これまでに示されてきた賞賛行動の効果に関する様々な知見の紹介に加えて,教師の賞賛行動が児童生徒および教師自身の心理的な学校適応に与える効果について,小中学校での介入実践をもとに報告する。具体的には,教師が一定期間に自身の賞賛行動に関する自己記録を行うことで意識的な賞賛行動を増加させ,これによる児童生徒の学校生活享受感情および教師自身のワーク・エンゲイジメントの変化を測定した。そして、教師が児童生徒を意識的にほめ・認めることで,児童生徒-教師間にどのような相互作用が生じ,さらに児童生徒間にどのような変化が生じ得るのか,質問紙調査による量的なデータとインタビュー調査による質的なデータの双方の観点から検討した結果を報告する。
報告を踏まえ,相手をほめ・認めるという,学校教育現場における最も基本的な働きかけが持つ意味を改めて多角的に捉えることで,賞賛行動を通じた学級における人的環境のユニバーサルデザイン化について考察する。
“心の柔軟性”を高めるためのユニバーサルプログラムの実践
大月 友
学校の中で,子どもたちが豊かな対人関係を築き上げていくためには,個々の子どもたちの心理的な安定が必要になってくる。イライラや不安,落ち込みなどの心理的問題が強まれば,いじめや孤立,引きこもりなどの対人関係上の問題に発展する可能性が高い。そのため,学校内・外でのさまざまなストレスや心理的問題に対して,子どもたちが上手に対応できるようになることを目指した心理教育的アプローチがこれまでに導入されている。
このような流れの中で,発表者らはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)を応用した学級でのユニバーサル・プログラムを開発し,その効果の検証を行っている(石津・下田・大月, 2016:Ohtsuki, Ishizu, & Shimoda, 2017)。ACTは,人々が豊かで充実した意義のある人生を送るために,避けられない苦痛は受け容れながら,自らの人生を進められるよう援助するアプローチであり,行動分析学を理論的基盤として開発された認知行動療法(CBT)の一種である(Hayes, Strosahl, & Wilson, 2012)。ACTでは,心理的な健康は「“今,この瞬間”への柔軟な注意」「価値」「コミットされた行為」「文脈としての自己」「脱フュージョン」「アクセプタンス」という6つのコア・プロセスによって心理的柔軟性が生じた状態であるとされる。そのため,この心理的柔軟性を促進させるために,ACTではさまざまなメタファーや体験的エクササイズなどが用いられる。従来から行われているストレスマネジメントのようなCBTは,主にストレスからの身の“守り方”に重点が置かれているのに対して,ACTはより良い人生にするための“攻め方”にも重点が置かれたアプローチといえる。
発表者らは “守り方”としてのアクセプタンスとマインドフルネスのスキル,“攻め方”としての価値の明確化とコミットメントのスキルを学ぶためのユニバーサルプログラムを作成し,中学校においてクラスワイドな実践を行なってきた。受験直前の中学3年生81名にプログラムを実施した結果,統制群と比較して自尊心やストレス反応といった心理的指標において介入効果が認められた。特に自尊心は,介入群において介入前から介入後,フォローアップにかけて上昇するという結果が示され,受験直前という困難な時期にも関わらず,適応的な側面が促進していることが示唆された。
本シンポジウムでは,これらのACTを応用したユニバーサルプログラムの内容やその効果に関して,そして,心理的柔軟性の促進が子どもたちの対人関係にどのような影響を及ぼし得るかについて話題提供を行う。
小学生におけるKJQマトリックスを活用した保護者の子育て理解促進の試み
藤井 靖
子育て環境におけるユニバーサルデザイン化は,施設・建物,公共交通機関,育児グッズなどのハード面や,広報誌・情報誌,Webサイト,健診時の知識提供など,情報面で主に進んできている面がある。しかし一方で,ソフト面,つまりさまざまな立場・状況にある保護者がそれぞれのライフスタイル,価値観の中で各自が望むような子育てが実現できたり,多様な特徴をもつ子どもに対する,保護者ができる教育・支援の方法が確立され,それが子どもの健全な成長・発達に寄与するためのきっかけやモデル,イメージが,実際に提供されているとはいい難い現状がある。
そこで本話題提供においては,心理尺度であるKJQマトリックスを材料にした,学校における保護者会を活用した子育て理解促進の試みとその効果検討について紹介したい。
具体的には,対象である小学校5,6年生の保護者約120名に,自身の子どもの検査結果を踏まえ,(1)日頃の子どもとの関わりとこれまでの子育ての振り返り,(2)子ども理解,(3)今後の子育てアクションプランについて,ワークシートを用いた個人作業とグループワーク,全体シェアリングを通じて検討してもらった。なお事前事後に,子育て上の悩みや,子育てに対する自己効力感,行動分析的知識理解の度合いなどに関する指標を用いた査定を行い,効果測定の材料とした。以上により,心理検査を用いた保護者自身による子育ての振り返りが,子ども理解や保護者の心理的変化につながりうるかを考察した。なお,保護者会のファシリテートは担任教師と臨床心理士各1名により行われたが,事後に一部の保護者に対して行った面接の質的分析結果や,保護者と担任の連携事例についても当日紹介し,討議の材料としたい。
障害のあるなしに関わらず,互いにその人らしさを認め合いながら,共に生きる社会の実現が求められている。学校で特別な指導を受けている児童生徒の割合は,日本では約3%となっており,イギリス(約20%)やアメリカ(約10%)と比較するとその低さが際立っている(cf:文部科学省,2012)。このことは,支援を要する可能性のある子どもが十分に認識されずに通常学級で学んでいることを示唆するものであり,これらの児童生徒への対応も含めた,包括的な学習環境の整備が求められている。
そのような機運のなかで,学級におけるユニバーサルデザインに注目が集まっている。文部科学省も従来の特別なニーズをもった子どもへの支援だけでなく,インクルーシブ教育の推進に向けた「基礎的環境整備」を打ち出している。一方で,ユニバーサルな支援,教育環境の整備についての知見は,授業の運営を念頭においた,教室環境や教材の整備,視覚化,構造化といった指導方法の工夫等,「物的環境」を対象としたものが多い。
本シンポジウムでは,特に「人的環境」のユニバーサルデザイン化に焦点を当てる。授業のユニバーサル化を支えるのは学級経営であり(桂,2014),そのためには子どもたちの心が揺らがない,安定感のあるクラス(川上,2014)づくりが欠かせない。人的環境の整備には,子どもたちの社会的態度や対人関係技能の育成,それを支える教師の認識やふるまい,また広くは保護者の理解も含めた多軸的な視点が求められる。
そこで,本シンポジウムでは,様々な視点から人的環境のユニバーサルデザイン化を進めている実践事例の紹介を通じて,通常学級におけるユニバーサルデザインに対する理解を深めていく。
教師の賞賛行動を通した人的環境のユニバーサルデザイン化
飯島有哉
賞賛行動すなわち,相手をほめ・認めることは,学校をはじめとする教育現場において教師から児童生徒に対して行われる日常的な働きかけのひとつである。「教師のための子どものほめ方」と冠した書籍が多く出版されているように,これまでに教師が児童生徒をほめることによる効果は経験値として積み重ねられており,またどのように子どもほめるのかということはかねてから教師たちの関心の的であったといえる。
近年では,児童生徒の授業参加行動の増加および授業妨害行動の減少,授業中における生徒同士の助け合いの増加をはじめとする,教師の賞賛行動がもつ様々な効果が実証研究によって示されている (e.g., 庭山・松見, 2016; Vidoni & Ulman, 2010)。また,教師からほめ・認められた経験は,児童生徒が教師に対して抱く信頼感 (中井・庄司, 2006)や,学校生活の充実感と正の関連を持つことが明らかになっており (古市・柴田, 2013),教師が児童生徒をほめ・認めることで,児童生徒の行動上の学校適応だけでなく,心理的な学校適応も向上する可能性が指摘できる。
さらに,教師の賞賛行動は,児童生徒における人的環境デザインの重要な担い手である教師自身のメンタルヘルスに対しても肯定的な影響を持つことが示唆されている (Iijima & Katsuragawa, 2018)。教師の賞賛行動は,児童生徒にとっての認められる体験そのものであり,また重要な人的環境のひとつである教師自身の学校適応の向上にも関連することから,学級における人的環境のユニバーサルデザインの構築に寄与するものであると考えられる。
本話題提供では,これまでに示されてきた賞賛行動の効果に関する様々な知見の紹介に加えて,教師の賞賛行動が児童生徒および教師自身の心理的な学校適応に与える効果について,小中学校での介入実践をもとに報告する。具体的には,教師が一定期間に自身の賞賛行動に関する自己記録を行うことで意識的な賞賛行動を増加させ,これによる児童生徒の学校生活享受感情および教師自身のワーク・エンゲイジメントの変化を測定した。そして、教師が児童生徒を意識的にほめ・認めることで,児童生徒-教師間にどのような相互作用が生じ,さらに児童生徒間にどのような変化が生じ得るのか,質問紙調査による量的なデータとインタビュー調査による質的なデータの双方の観点から検討した結果を報告する。
報告を踏まえ,相手をほめ・認めるという,学校教育現場における最も基本的な働きかけが持つ意味を改めて多角的に捉えることで,賞賛行動を通じた学級における人的環境のユニバーサルデザイン化について考察する。
“心の柔軟性”を高めるためのユニバーサルプログラムの実践
大月 友
学校の中で,子どもたちが豊かな対人関係を築き上げていくためには,個々の子どもたちの心理的な安定が必要になってくる。イライラや不安,落ち込みなどの心理的問題が強まれば,いじめや孤立,引きこもりなどの対人関係上の問題に発展する可能性が高い。そのため,学校内・外でのさまざまなストレスや心理的問題に対して,子どもたちが上手に対応できるようになることを目指した心理教育的アプローチがこれまでに導入されている。
このような流れの中で,発表者らはアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)を応用した学級でのユニバーサル・プログラムを開発し,その効果の検証を行っている(石津・下田・大月, 2016:Ohtsuki, Ishizu, & Shimoda, 2017)。ACTは,人々が豊かで充実した意義のある人生を送るために,避けられない苦痛は受け容れながら,自らの人生を進められるよう援助するアプローチであり,行動分析学を理論的基盤として開発された認知行動療法(CBT)の一種である(Hayes, Strosahl, & Wilson, 2012)。ACTでは,心理的な健康は「“今,この瞬間”への柔軟な注意」「価値」「コミットされた行為」「文脈としての自己」「脱フュージョン」「アクセプタンス」という6つのコア・プロセスによって心理的柔軟性が生じた状態であるとされる。そのため,この心理的柔軟性を促進させるために,ACTではさまざまなメタファーや体験的エクササイズなどが用いられる。従来から行われているストレスマネジメントのようなCBTは,主にストレスからの身の“守り方”に重点が置かれているのに対して,ACTはより良い人生にするための“攻め方”にも重点が置かれたアプローチといえる。
発表者らは “守り方”としてのアクセプタンスとマインドフルネスのスキル,“攻め方”としての価値の明確化とコミットメントのスキルを学ぶためのユニバーサルプログラムを作成し,中学校においてクラスワイドな実践を行なってきた。受験直前の中学3年生81名にプログラムを実施した結果,統制群と比較して自尊心やストレス反応といった心理的指標において介入効果が認められた。特に自尊心は,介入群において介入前から介入後,フォローアップにかけて上昇するという結果が示され,受験直前という困難な時期にも関わらず,適応的な側面が促進していることが示唆された。
本シンポジウムでは,これらのACTを応用したユニバーサルプログラムの内容やその効果に関して,そして,心理的柔軟性の促進が子どもたちの対人関係にどのような影響を及ぼし得るかについて話題提供を行う。
小学生におけるKJQマトリックスを活用した保護者の子育て理解促進の試み
藤井 靖
子育て環境におけるユニバーサルデザイン化は,施設・建物,公共交通機関,育児グッズなどのハード面や,広報誌・情報誌,Webサイト,健診時の知識提供など,情報面で主に進んできている面がある。しかし一方で,ソフト面,つまりさまざまな立場・状況にある保護者がそれぞれのライフスタイル,価値観の中で各自が望むような子育てが実現できたり,多様な特徴をもつ子どもに対する,保護者ができる教育・支援の方法が確立され,それが子どもの健全な成長・発達に寄与するためのきっかけやモデル,イメージが,実際に提供されているとはいい難い現状がある。
そこで本話題提供においては,心理尺度であるKJQマトリックスを材料にした,学校における保護者会を活用した子育て理解促進の試みとその効果検討について紹介したい。
具体的には,対象である小学校5,6年生の保護者約120名に,自身の子どもの検査結果を踏まえ,(1)日頃の子どもとの関わりとこれまでの子育ての振り返り,(2)子ども理解,(3)今後の子育てアクションプランについて,ワークシートを用いた個人作業とグループワーク,全体シェアリングを通じて検討してもらった。なお事前事後に,子育て上の悩みや,子育てに対する自己効力感,行動分析的知識理解の度合いなどに関する指標を用いた査定を行い,効果測定の材料とした。以上により,心理検査を用いた保護者自身による子育ての振り返りが,子ども理解や保護者の心理的変化につながりうるかを考察した。なお,保護者会のファシリテートは担任教師と臨床心理士各1名により行われたが,事後に一部の保護者に対して行った面接の質的分析結果や,保護者と担任の連携事例についても当日紹介し,討議の材料としたい。