[JE08] 幼児教育と小学校教育の接続期を生きる子どもと保護者(1)
年長児期を探る
Keywords:幼小接続、縦断研究、移行支援
企画趣旨
2018(平成30)年度施行の幼稚園教育要領,保育所保育指針,幼保連携型認定こども園教育・保育要領,2020(令和2)年度施行の小学校学習指導要領において,幼児教育と小学校教育の接続や連携の重要性が引き続き明示された。幼小接続期の実質的な支援の模索は続く。
本シンポジウムでは,幼小接続期を対象とする縦断研究に取り組んだ研究者に登壇いただく。そして,まずは就学前期に焦点を当て,特に年長児期を生きる子どもと保護者について,研究に基づきながら提言していただくこととした。3,4年という中長期的なスパンで幼小接続期を見通しながらも,改めて年長児という時期を追究することが,幼小接続期の実質的な支援の具体化に資すると考えている。
話題提供
幼児期から児童期の発達と環境に関する縦断研究
野口隆子
乳幼児期の保育の質がその後の生涯にわたる子どもの学力や健康,生活などに大きな影響を与えることが長期縦断研究によって実証的に示されている。一方で,保育の質は普遍的なものでなく,特定の文化が保育の機能や方向性をどのように捉え価値付けているのかという社会文化的な価値判断に依存している(秋田・佐川,2011)。同じ国,地域社会の中でも多様な環境を持つ園,学校があり,その中で子どもは生活している。
2011年から2014年にかけて全国5地域(関東,東海,近畿,中国,九州)の幼児期後期(4,5歳)から小学校低学年(1年,2年)の4時点での子どもを対象に,共同による縦断研究をおこなった。その際,保育の質調査(保育場面の行動観察と園の保育環境観察)を計15園でおこない,子どもの発達との関連性について検討した。保育の質調査の結果から,同地域内でも評定値が異なり,保育の質が同様ではないことが示唆された。子どもの発達データのうち,適応型言語能力検査(高橋・中村,2009)の語彙得点の分析結果に着目すると,幼児期の保育の質は小2時点の語彙得点と関連しており,また小2時点の語彙得点や文字の読み書きや国語,読書に対する意識には小さな小学校間差がみられた(野口,2016)。幼児期の保育者の関わり,保育環境の影響とともに,やはり小学校の環境の重要性も示唆された。
シンポジウムでは,5歳児の姿の背景にあるものとして園の保育環境を取り上げ,その具体と多様性について示したい。また,就学時の子どもの戸惑いを受け止める保護者の事例,筆者自身が関わった園内研修や園の取り組みの事例などをご紹介し,話題提供としたい。
小学校就学を控えた幼児と保護者の姿とその背景:保護者への質問紙調査から
田爪宏二
近年,幼児教育・保育と小学校教育との接続における支援として,移行期における幼・保-小間の連携や小学校におけるスタートカリキュラムなど様々な取組みが行われている。しかしながら,学習や生活において保育とは大きく異なる小学校への就学においては,幼児及び保護者には期待とともに不安も少なからず存在することが予想される。実際に不安と感じる事象に直面しそれを乗り越えることで適応的な発達を遂げるとも考えられ,また課題を乗り越えるための力を身につけることが移行期における保育現場において必要な支援のひとつであると考えられる。他方で,不安が高すぎると課題を乗り越えることが困難になり,移行及び就学後の適応に困難さが生じる可能性もあるため,幼児及び保護者の持つ不安を理解し,それを払拭することもまた,移行支援における支援の課題のひとつであると考えられる。
話題提供では,就学を控えた年長児の保護者に対して実施した質問紙調査の分析結果から,就学時における保護者の持つ期待や不安の様相について報告する。入学に対する子ども及び保護者の意識については,いずれもほとんどが「楽しみにしている」と回答し,小学校のことについて親子で話す機会も多いことがうかがわれた。入学前の準備については,園よりもむしろ家庭にその役割があることが認識されていた。また,小学校の説明会や就学時健康診断にはほとんどが参加していたが,その結果就学に対して安心したという回答は4割弱であり,約半数が「どちらともいえない」と回答し,不安を感じている保護者も1割以上みられた。小学校入学後の不安の内容については,因子分析の結果「学校生活への適応」,「学習への適応」,「友達関係・対人スキル」に分けられ,学習への適応に対する不安が最も高かった。さらに,いずれの因子においても説明会や就学時健康診断において不安を示した者ほど不安が高かった。
以上の結果に加え,その背景にある保護者の学習や遊び,子育てに対する意識との関連についても言及しながら,小学校就学を控えた幼児と保護者の姿と,そこにおける支援のあり方について議論を深めたい。
小学校就学を控えた幼児と保護者の姿とその背景:年長児を対象とするインタビュー調査から
滝口圭子
幼稚園,保育所,認定こども園から小学校への就学は,程度の差はあれ,全ての子どもに緊張をもたらす環境の変化といえる。そうした環境移行をどのように迎え,そして乗り越えていくのか,その過程を探りたいと思い,2015(平成27)年度から2017(平成29)年度にかけて,年長児から小学校2年生に至る3年間の縦断研究に取り組んだ(滝口,2018)。田爪氏が保護者を対象とする質問紙調査,滝口が年長児を対象とするインタビュー調査の結果分析を担当し,本発表では,初年度つまり年長児を対象とする調査の結果を報告する。
「小学校とはどのようなところか」という質問に対しては,7割の年長児が「勉強,学習」に言及し,次いで「施設,設備」への言及と「わからない」が1割ずつと続いた。「勉強,学習」の具体的内容は「字を書く」「足し算,引き算」という回答が最も多く,「頭とかよくなること」「頭使って考えること」「(先生の)言ったことする」という回答も認められた。また,6%の年長児が「楽しいところ」「面白いところ」と回答しており,興味深い。どのような過程を経て,そのような認識に至ることになったのかは判断できないが,小学校という未知の存在を肯定的にとらえているといえよう。「小学校で楽しみなこと」については,「勉強,学習」への言及が5割であり,続いて「学校生活」(給食,運動会,遠足,夏休み等)「運動」(ドッジボール,跳び箱,縄跳び等)「遊び」(みんなと遊ぶこと,鬼ごっことかかくれんぼ等)への言及が1割ずつであった。「小学校で心配なこと」に対しては,「ない」という回答が3割で最も多く,次いで「勉強,学習」(勉強が失敗しないかな,100点がとれるか心配等)「通学,安全」(車にぶつかること,1人でおうちに帰れるかどうか等)が2割ずつと続いた。
さて,幼小接続期を対象とする研究の結果は,保護者,保育者はもちろん小学校教諭にも開かれている。幼小接続期の研究結果を,誰にどのように伝えることが,実質的な支援の開発に資するのかについても議論できればと考えている。
引用参考文献
秋田 喜代美・佐川 早季子(2011).保育の質に関する縦断研究の展望 東京大学大学院教育学研究科紀要,51,217-234.
文部科学省(2010).幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告) http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/11/22/1298955_1_1.pdf(2019年4月14日)
野口 隆子(2016).言語,保育の質――観察評定,環境尺度―― 秋田 喜代美(研究代表者) 保育・教育の質が幼児・児童の発達に与える影響の検討 科学研究費助成事業研究成果報告書(基盤研究(A),課題番号23243079)13-16,37-41.
高橋 登・中村 知靖(2009).適応型言語能力検査(ATLAN)の作成とその評価 教育心理学研究,57,201-211.
滝口 圭子(2018).幼児教育と小学校教育の接続期に求められる支援の縦断的追究――幼小の段差の克服の過程―― 科学研究費助成事業研究成果報告書(基盤研究(C)(一般),課題番号26350926)
田爪 宏二・高垣 マユミ(2012).幼児の数量認知の個人差に対する保育者の認識の特徴――幼稚園教諭へのインタビューによる事例的検討―― 臨床発達心理実践研究,7,81-88.
2018(平成30)年度施行の幼稚園教育要領,保育所保育指針,幼保連携型認定こども園教育・保育要領,2020(令和2)年度施行の小学校学習指導要領において,幼児教育と小学校教育の接続や連携の重要性が引き続き明示された。幼小接続期の実質的な支援の模索は続く。
本シンポジウムでは,幼小接続期を対象とする縦断研究に取り組んだ研究者に登壇いただく。そして,まずは就学前期に焦点を当て,特に年長児期を生きる子どもと保護者について,研究に基づきながら提言していただくこととした。3,4年という中長期的なスパンで幼小接続期を見通しながらも,改めて年長児という時期を追究することが,幼小接続期の実質的な支援の具体化に資すると考えている。
話題提供
幼児期から児童期の発達と環境に関する縦断研究
野口隆子
乳幼児期の保育の質がその後の生涯にわたる子どもの学力や健康,生活などに大きな影響を与えることが長期縦断研究によって実証的に示されている。一方で,保育の質は普遍的なものでなく,特定の文化が保育の機能や方向性をどのように捉え価値付けているのかという社会文化的な価値判断に依存している(秋田・佐川,2011)。同じ国,地域社会の中でも多様な環境を持つ園,学校があり,その中で子どもは生活している。
2011年から2014年にかけて全国5地域(関東,東海,近畿,中国,九州)の幼児期後期(4,5歳)から小学校低学年(1年,2年)の4時点での子どもを対象に,共同による縦断研究をおこなった。その際,保育の質調査(保育場面の行動観察と園の保育環境観察)を計15園でおこない,子どもの発達との関連性について検討した。保育の質調査の結果から,同地域内でも評定値が異なり,保育の質が同様ではないことが示唆された。子どもの発達データのうち,適応型言語能力検査(高橋・中村,2009)の語彙得点の分析結果に着目すると,幼児期の保育の質は小2時点の語彙得点と関連しており,また小2時点の語彙得点や文字の読み書きや国語,読書に対する意識には小さな小学校間差がみられた(野口,2016)。幼児期の保育者の関わり,保育環境の影響とともに,やはり小学校の環境の重要性も示唆された。
シンポジウムでは,5歳児の姿の背景にあるものとして園の保育環境を取り上げ,その具体と多様性について示したい。また,就学時の子どもの戸惑いを受け止める保護者の事例,筆者自身が関わった園内研修や園の取り組みの事例などをご紹介し,話題提供としたい。
小学校就学を控えた幼児と保護者の姿とその背景:保護者への質問紙調査から
田爪宏二
近年,幼児教育・保育と小学校教育との接続における支援として,移行期における幼・保-小間の連携や小学校におけるスタートカリキュラムなど様々な取組みが行われている。しかしながら,学習や生活において保育とは大きく異なる小学校への就学においては,幼児及び保護者には期待とともに不安も少なからず存在することが予想される。実際に不安と感じる事象に直面しそれを乗り越えることで適応的な発達を遂げるとも考えられ,また課題を乗り越えるための力を身につけることが移行期における保育現場において必要な支援のひとつであると考えられる。他方で,不安が高すぎると課題を乗り越えることが困難になり,移行及び就学後の適応に困難さが生じる可能性もあるため,幼児及び保護者の持つ不安を理解し,それを払拭することもまた,移行支援における支援の課題のひとつであると考えられる。
話題提供では,就学を控えた年長児の保護者に対して実施した質問紙調査の分析結果から,就学時における保護者の持つ期待や不安の様相について報告する。入学に対する子ども及び保護者の意識については,いずれもほとんどが「楽しみにしている」と回答し,小学校のことについて親子で話す機会も多いことがうかがわれた。入学前の準備については,園よりもむしろ家庭にその役割があることが認識されていた。また,小学校の説明会や就学時健康診断にはほとんどが参加していたが,その結果就学に対して安心したという回答は4割弱であり,約半数が「どちらともいえない」と回答し,不安を感じている保護者も1割以上みられた。小学校入学後の不安の内容については,因子分析の結果「学校生活への適応」,「学習への適応」,「友達関係・対人スキル」に分けられ,学習への適応に対する不安が最も高かった。さらに,いずれの因子においても説明会や就学時健康診断において不安を示した者ほど不安が高かった。
以上の結果に加え,その背景にある保護者の学習や遊び,子育てに対する意識との関連についても言及しながら,小学校就学を控えた幼児と保護者の姿と,そこにおける支援のあり方について議論を深めたい。
小学校就学を控えた幼児と保護者の姿とその背景:年長児を対象とするインタビュー調査から
滝口圭子
幼稚園,保育所,認定こども園から小学校への就学は,程度の差はあれ,全ての子どもに緊張をもたらす環境の変化といえる。そうした環境移行をどのように迎え,そして乗り越えていくのか,その過程を探りたいと思い,2015(平成27)年度から2017(平成29)年度にかけて,年長児から小学校2年生に至る3年間の縦断研究に取り組んだ(滝口,2018)。田爪氏が保護者を対象とする質問紙調査,滝口が年長児を対象とするインタビュー調査の結果分析を担当し,本発表では,初年度つまり年長児を対象とする調査の結果を報告する。
「小学校とはどのようなところか」という質問に対しては,7割の年長児が「勉強,学習」に言及し,次いで「施設,設備」への言及と「わからない」が1割ずつと続いた。「勉強,学習」の具体的内容は「字を書く」「足し算,引き算」という回答が最も多く,「頭とかよくなること」「頭使って考えること」「(先生の)言ったことする」という回答も認められた。また,6%の年長児が「楽しいところ」「面白いところ」と回答しており,興味深い。どのような過程を経て,そのような認識に至ることになったのかは判断できないが,小学校という未知の存在を肯定的にとらえているといえよう。「小学校で楽しみなこと」については,「勉強,学習」への言及が5割であり,続いて「学校生活」(給食,運動会,遠足,夏休み等)「運動」(ドッジボール,跳び箱,縄跳び等)「遊び」(みんなと遊ぶこと,鬼ごっことかかくれんぼ等)への言及が1割ずつであった。「小学校で心配なこと」に対しては,「ない」という回答が3割で最も多く,次いで「勉強,学習」(勉強が失敗しないかな,100点がとれるか心配等)「通学,安全」(車にぶつかること,1人でおうちに帰れるかどうか等)が2割ずつと続いた。
さて,幼小接続期を対象とする研究の結果は,保護者,保育者はもちろん小学校教諭にも開かれている。幼小接続期の研究結果を,誰にどのように伝えることが,実質的な支援の開発に資するのかについても議論できればと考えている。
引用参考文献
秋田 喜代美・佐川 早季子(2011).保育の質に関する縦断研究の展望 東京大学大学院教育学研究科紀要,51,217-234.
文部科学省(2010).幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告) http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/11/22/1298955_1_1.pdf(2019年4月14日)
野口 隆子(2016).言語,保育の質――観察評定,環境尺度―― 秋田 喜代美(研究代表者) 保育・教育の質が幼児・児童の発達に与える影響の検討 科学研究費助成事業研究成果報告書(基盤研究(A),課題番号23243079)13-16,37-41.
高橋 登・中村 知靖(2009).適応型言語能力検査(ATLAN)の作成とその評価 教育心理学研究,57,201-211.
滝口 圭子(2018).幼児教育と小学校教育の接続期に求められる支援の縦断的追究――幼小の段差の克服の過程―― 科学研究費助成事業研究成果報告書(基盤研究(C)(一般),課題番号26350926)
田爪 宏二・高垣 マユミ(2012).幼児の数量認知の個人差に対する保育者の認識の特徴――幼稚園教諭へのインタビューによる事例的検討―― 臨床発達心理実践研究,7,81-88.