[JF07] 教育心理学における制御焦点理論の応用可能性
Keywords:制御焦点、制御適合
企画の趣旨
動機づけ研究の領域では,長年,動機づけをどう区別するかが議論されてきた(Molden et al., 2008)。この流れの中で,近年注目されているのが,動機づけを促進焦点と防止焦点の軸で捉える制御焦点理論(regulatory focus theory; Higgins, 1997)である。
制御焦点理論では,促進焦点(promotion focus)と防止焦点(prevention focus)という独立した2つの自己制御システム(制御焦点)が目標達成行動を司ると仮定している。促進焦点は,獲得の存在に接近し,獲得の不在を回避しようと動機づけられ,理想や夢を実現することを目標とする。一方で防止焦点は,損失の不在に接近し,損失の存在を回避しようと動機づけられ,義務や責任を果たすことを目標とする。
そして,この制御焦点理論を発展させた制御適合理論(regulatory fit theory; Higgins, 2007)では,個人の目標志向性(制御焦点)が目標に従事する際の方略・手段・環境と合致すると制御適合(regulatory fit)を経験すると説明した。制御適合が生じると,動機づけ(エンゲージメント)が高まり,パフォーマンスの発揮につながることが示されている(e.g., 外山他,2017a, 2017b, 2017c)。
このように,制御適合理論は,促進焦点と防止焦点のどちらがより適応的であるのかという立場をとっておらず,どちらの個人差も認め,個人に合った動機づけ・パフォーマンスの高め方を提言することが可能な理論である。そのため,教育的な意義が大きく,今後のますますの研究の発展が望まれる。
しかし,制御焦点理論ならびに制御適合理論は,社会心理学の分野で発展した学問であり,Rosenzweig & Miele(2016)が指摘しているように,教育心理学の分野ではこれまで注目されてこなかった。私たちの研究グループでは,近年,教育心理学におけるテーマに関して,制御焦点理論や制御適合理論を用いた研究を行っている。本シンポジウムでは,その中のいくつかの研究を話題提供者に紹介していただく。本シンポジウムを通して,制御焦点理論や制御適合理論を用いて,教育心理学が抱えるテーマに関して,いかに研究・実践・介入ができるのか,その応用可能性についてフロアの方と一緒に考えていきたい。
制御焦点の測定尺度に関する研究動向
海沼 亮
制御焦点理論(Higgins,1997)では,促進焦点と防止焦点という2つの自己制御に関する枠組みによって,得意とするパフォーマンスが異なることが示されてきた。そして,制御焦点の個人差(その個人が,促進焦点の傾向が強いのか,それとも,防止焦点の傾向が強いのか)の測定には,「RFQ(Regulatory Focus Quetionnaire;Higgins et al., 2001)」や「GRFM(General Regulatory Focus Measure;Lockwood et al., 2002)」などの測定尺度が用いられてきた。
これまで,制御焦点に関する先行研究の多くは,大学生を対象に検討されてきたが,近年では,学業場面への応用を見据え,子どもを対象とした尺度開発に関する研究がみられるようになった(e.g, Hodis & Hodis,2016;Hodis et al., 2016)。例えば,Hodis et al.(2016)は,GRFMを基に制御焦点尺度の開発を試みた結果,促進焦点と防止焦点の間に高い相関が確認されたことを報告している。また,Hodis & Hodis(2016)は,RFQを基に中学生の制御焦点を測定する尺度を開発した結果,RFQに軽微な修正を加えることで,促進焦点と防止焦点を独立して測定できたことを報告している。
上記のように,子どもを対象とした制御焦点に関する研究は,尺度開発を中心にその応用可能性について検討が進められているものの(e.g, Hodis., 2017),明らかになっていない部分も多く,議論の余地が残されている。特に,制御焦点の発達的変化や学習場面における働きについては明らかにされていない側面も多い。
そこで,本報告では,制御焦点の測定尺度を中心に先行研究を整理し,教育心理学における制御焦点理論の応用可能性について検討していきたい。また,子どもを対象とした制御焦点尺度作成に関する調査研究の結果を報告し,制御焦点の実態と今後の研究について議論を進めたい。
小学生においても制御適合は起こるのか?
三和秀平
学校教育現場において,子どもたちは教師の指示に従って課題に取り組む機会が多くある。制御適合の考え方に従うと,その指示の効果は子どもの制御焦点によって異なることが想定される。現に,大学生を対象とした先行研究においては“速く”課題に取り組むように教示をしたときと,“正確に”課題に取り組むように教示したときで,そのパフォーマンスは制御焦点によって異なることが示されている(外山他, 2017)。この他にも,制御適合によるパフォーマンスの向上は様々な研究で示されているが,これまでの制御適合に関する研究は,主に青年期以降を対象に行われてきた。そのため,このような知見がそれ以前の発達段階にも援用できるかは定かではない。教育現場にこの理論を援用するためには,様々な発達段階を対象としても,従来と同様の結果が得られるのかを確認する必要がある。
そこで本発表では,小学生を対象に制御適合の効果の検討を行った2つの研究を紹介する。これらの研究ではともに,速さと正確さが求められる計算課題を実施し,担任の教師が課題への取り組み方として熱望的な方略をとるように教示(“速く”課題に取り組む)した群と,警戒的な方略をとるように教示(“正確に”課題に取り組む)した群で制御焦点の違いにより,パフォーマンスが異なるのかを検討した。
Keller & Bless(2006)は,secondary schoolの学生を対象に研究を行い,統制された実験室だけではなく日常的なテストにおいても,制御適合によりパフォーマンスの向上がみられることを示した。そして,子どもの制御焦点との適合が起こるように教育現場の環境を調整していくことの重要さを述べている。本発表を通して,制御適合の考え方をどのように学校教育に援用することができるのかを考えていきたい。
ライバルかチームメイトか?
―競争場面における制御焦点と他者の適合―
長峯聖人
これまで,制御焦点の違い(促進焦点か防止焦点か)によって適応的な結果につながる要因が異なるということが多くの研究によって示されてきた。特に近年は,そうした要因の1つとして具体的な他者が着目されている。例えば,Lockwood et al.(2002)では,促進焦点の個人は自身の理想となる人物を参照することによって,防止焦点の個人は自身の反面教師となるような人物を参照することによって動機づけが高まることが明らかになっている。
そのような流れの中で,競争関係における他者と制御焦点の関係性に着目したのがConverse & Reinhard(2016)である。彼らは具体的な他者としてライバルに着目し,ライバルを強く意識する状況において促進焦点的な動機づけが活性化しやすいことを示した。しかし,彼らの研究は,促進焦点の個人がライバルの存在によって,どの程度適応的な結果につながるのかという制御焦点と具体的な他者の適合に焦点化されたものではない。
そこで本発表ではまず,ライバルが促進焦点の個人にとって有益な存在となりうるかを検討した研究の成果について報告する。一方で,この研究からは競争場面において防止焦点にはどのような他者が有益な存在であるかという点は検証できない。そのため,防止焦点は他者との協調やつながりといった関係性を重視するという知見(e.g., Hui et al., 2013)を踏まえ,チームメイトが防止焦点の個人にとって有益な存在となりうるかを検討した研究の成果も併せて報告する。
学業場面における社会的比較の重要性を明らかにした外山(2009)などから示唆されるように,教育場面においてまわりの児童・生徒と比べる,あるいは競争するといった行為は,効力感や動機づけに対する予測因となる。本発表を通して,競争場面における重要な他者を制御焦点の観点から考えることの意義について考えてみたい。
個人の特徴に合わせた欲求支援行動とは?
―制御焦点理論に着目して―
肖 雨知
自己決定理論では,学業達成を促すことにおいて,「自律性」,「有能感」,「関係性」という3つの基本的心理欲求の充足の重要性を指摘している(Ryan & Deci, 2017)。この3つの欲求は周囲の他者と関わる中で充足され,その充足につながる他者の行動は「欲求支援行動」と呼ばれている。
欲求支援行動の種類として,基本的心理欲求に対応し,「自律性支援」,「有能感支援」,「関係性支援」という3つがある。これまで,学業達成の規定因として,教師や養育者などの他者による欲求支援行動の有効性が繰り返し示されてきた(Ryan & Deci, 2017)。しかし,同じ欲求支援行動であっても,支援を受ける個人の特徴によって,もたらされる効果の質や量が異なる可能性も指摘されている(Vasquez et al., 2016)。本発表では,パズル課題を用いて,学業達成における欲求支援行動の効果を調整する要因として,制御焦点理論を取り上げた研究の結果について報告する。
制御焦点理論では,促進焦点と防止焦点は,望ましい目標に向かってそれぞれ異なる志向性を持つため,情報の敏感さにおいて異なる特徴を有すること(Molden et al., 2008)が述べられている。また,個人が自身の目標志向性に適した欲求支援行動を受けた際に,その欲求支援行動の効果がより顕著になることが先行研究で示されている(Hui et al., 2013)。これらの知見を踏まえると,制御焦点の違い(促進焦点か防止焦点か)によって,適した欲求支援行動が異なる可能性があり,その結果として,学業達成への影響において違いがもたらされることが考えられる。本発表では,多様な指標を用いた検討の結果を踏まえて,制御焦点の観点から学業場面におけるより効果的な支援について考えてみたい。
動機づけ研究の領域では,長年,動機づけをどう区別するかが議論されてきた(Molden et al., 2008)。この流れの中で,近年注目されているのが,動機づけを促進焦点と防止焦点の軸で捉える制御焦点理論(regulatory focus theory; Higgins, 1997)である。
制御焦点理論では,促進焦点(promotion focus)と防止焦点(prevention focus)という独立した2つの自己制御システム(制御焦点)が目標達成行動を司ると仮定している。促進焦点は,獲得の存在に接近し,獲得の不在を回避しようと動機づけられ,理想や夢を実現することを目標とする。一方で防止焦点は,損失の不在に接近し,損失の存在を回避しようと動機づけられ,義務や責任を果たすことを目標とする。
そして,この制御焦点理論を発展させた制御適合理論(regulatory fit theory; Higgins, 2007)では,個人の目標志向性(制御焦点)が目標に従事する際の方略・手段・環境と合致すると制御適合(regulatory fit)を経験すると説明した。制御適合が生じると,動機づけ(エンゲージメント)が高まり,パフォーマンスの発揮につながることが示されている(e.g., 外山他,2017a, 2017b, 2017c)。
このように,制御適合理論は,促進焦点と防止焦点のどちらがより適応的であるのかという立場をとっておらず,どちらの個人差も認め,個人に合った動機づけ・パフォーマンスの高め方を提言することが可能な理論である。そのため,教育的な意義が大きく,今後のますますの研究の発展が望まれる。
しかし,制御焦点理論ならびに制御適合理論は,社会心理学の分野で発展した学問であり,Rosenzweig & Miele(2016)が指摘しているように,教育心理学の分野ではこれまで注目されてこなかった。私たちの研究グループでは,近年,教育心理学におけるテーマに関して,制御焦点理論や制御適合理論を用いた研究を行っている。本シンポジウムでは,その中のいくつかの研究を話題提供者に紹介していただく。本シンポジウムを通して,制御焦点理論や制御適合理論を用いて,教育心理学が抱えるテーマに関して,いかに研究・実践・介入ができるのか,その応用可能性についてフロアの方と一緒に考えていきたい。
制御焦点の測定尺度に関する研究動向
海沼 亮
制御焦点理論(Higgins,1997)では,促進焦点と防止焦点という2つの自己制御に関する枠組みによって,得意とするパフォーマンスが異なることが示されてきた。そして,制御焦点の個人差(その個人が,促進焦点の傾向が強いのか,それとも,防止焦点の傾向が強いのか)の測定には,「RFQ(Regulatory Focus Quetionnaire;Higgins et al., 2001)」や「GRFM(General Regulatory Focus Measure;Lockwood et al., 2002)」などの測定尺度が用いられてきた。
これまで,制御焦点に関する先行研究の多くは,大学生を対象に検討されてきたが,近年では,学業場面への応用を見据え,子どもを対象とした尺度開発に関する研究がみられるようになった(e.g, Hodis & Hodis,2016;Hodis et al., 2016)。例えば,Hodis et al.(2016)は,GRFMを基に制御焦点尺度の開発を試みた結果,促進焦点と防止焦点の間に高い相関が確認されたことを報告している。また,Hodis & Hodis(2016)は,RFQを基に中学生の制御焦点を測定する尺度を開発した結果,RFQに軽微な修正を加えることで,促進焦点と防止焦点を独立して測定できたことを報告している。
上記のように,子どもを対象とした制御焦点に関する研究は,尺度開発を中心にその応用可能性について検討が進められているものの(e.g, Hodis., 2017),明らかになっていない部分も多く,議論の余地が残されている。特に,制御焦点の発達的変化や学習場面における働きについては明らかにされていない側面も多い。
そこで,本報告では,制御焦点の測定尺度を中心に先行研究を整理し,教育心理学における制御焦点理論の応用可能性について検討していきたい。また,子どもを対象とした制御焦点尺度作成に関する調査研究の結果を報告し,制御焦点の実態と今後の研究について議論を進めたい。
小学生においても制御適合は起こるのか?
三和秀平
学校教育現場において,子どもたちは教師の指示に従って課題に取り組む機会が多くある。制御適合の考え方に従うと,その指示の効果は子どもの制御焦点によって異なることが想定される。現に,大学生を対象とした先行研究においては“速く”課題に取り組むように教示をしたときと,“正確に”課題に取り組むように教示したときで,そのパフォーマンスは制御焦点によって異なることが示されている(外山他, 2017)。この他にも,制御適合によるパフォーマンスの向上は様々な研究で示されているが,これまでの制御適合に関する研究は,主に青年期以降を対象に行われてきた。そのため,このような知見がそれ以前の発達段階にも援用できるかは定かではない。教育現場にこの理論を援用するためには,様々な発達段階を対象としても,従来と同様の結果が得られるのかを確認する必要がある。
そこで本発表では,小学生を対象に制御適合の効果の検討を行った2つの研究を紹介する。これらの研究ではともに,速さと正確さが求められる計算課題を実施し,担任の教師が課題への取り組み方として熱望的な方略をとるように教示(“速く”課題に取り組む)した群と,警戒的な方略をとるように教示(“正確に”課題に取り組む)した群で制御焦点の違いにより,パフォーマンスが異なるのかを検討した。
Keller & Bless(2006)は,secondary schoolの学生を対象に研究を行い,統制された実験室だけではなく日常的なテストにおいても,制御適合によりパフォーマンスの向上がみられることを示した。そして,子どもの制御焦点との適合が起こるように教育現場の環境を調整していくことの重要さを述べている。本発表を通して,制御適合の考え方をどのように学校教育に援用することができるのかを考えていきたい。
ライバルかチームメイトか?
―競争場面における制御焦点と他者の適合―
長峯聖人
これまで,制御焦点の違い(促進焦点か防止焦点か)によって適応的な結果につながる要因が異なるということが多くの研究によって示されてきた。特に近年は,そうした要因の1つとして具体的な他者が着目されている。例えば,Lockwood et al.(2002)では,促進焦点の個人は自身の理想となる人物を参照することによって,防止焦点の個人は自身の反面教師となるような人物を参照することによって動機づけが高まることが明らかになっている。
そのような流れの中で,競争関係における他者と制御焦点の関係性に着目したのがConverse & Reinhard(2016)である。彼らは具体的な他者としてライバルに着目し,ライバルを強く意識する状況において促進焦点的な動機づけが活性化しやすいことを示した。しかし,彼らの研究は,促進焦点の個人がライバルの存在によって,どの程度適応的な結果につながるのかという制御焦点と具体的な他者の適合に焦点化されたものではない。
そこで本発表ではまず,ライバルが促進焦点の個人にとって有益な存在となりうるかを検討した研究の成果について報告する。一方で,この研究からは競争場面において防止焦点にはどのような他者が有益な存在であるかという点は検証できない。そのため,防止焦点は他者との協調やつながりといった関係性を重視するという知見(e.g., Hui et al., 2013)を踏まえ,チームメイトが防止焦点の個人にとって有益な存在となりうるかを検討した研究の成果も併せて報告する。
学業場面における社会的比較の重要性を明らかにした外山(2009)などから示唆されるように,教育場面においてまわりの児童・生徒と比べる,あるいは競争するといった行為は,効力感や動機づけに対する予測因となる。本発表を通して,競争場面における重要な他者を制御焦点の観点から考えることの意義について考えてみたい。
個人の特徴に合わせた欲求支援行動とは?
―制御焦点理論に着目して―
肖 雨知
自己決定理論では,学業達成を促すことにおいて,「自律性」,「有能感」,「関係性」という3つの基本的心理欲求の充足の重要性を指摘している(Ryan & Deci, 2017)。この3つの欲求は周囲の他者と関わる中で充足され,その充足につながる他者の行動は「欲求支援行動」と呼ばれている。
欲求支援行動の種類として,基本的心理欲求に対応し,「自律性支援」,「有能感支援」,「関係性支援」という3つがある。これまで,学業達成の規定因として,教師や養育者などの他者による欲求支援行動の有効性が繰り返し示されてきた(Ryan & Deci, 2017)。しかし,同じ欲求支援行動であっても,支援を受ける個人の特徴によって,もたらされる効果の質や量が異なる可能性も指摘されている(Vasquez et al., 2016)。本発表では,パズル課題を用いて,学業達成における欲求支援行動の効果を調整する要因として,制御焦点理論を取り上げた研究の結果について報告する。
制御焦点理論では,促進焦点と防止焦点は,望ましい目標に向かってそれぞれ異なる志向性を持つため,情報の敏感さにおいて異なる特徴を有すること(Molden et al., 2008)が述べられている。また,個人が自身の目標志向性に適した欲求支援行動を受けた際に,その欲求支援行動の効果がより顕著になることが先行研究で示されている(Hui et al., 2013)。これらの知見を踏まえると,制御焦点の違い(促進焦点か防止焦点か)によって,適した欲求支援行動が異なる可能性があり,その結果として,学業達成への影響において違いがもたらされることが考えられる。本発表では,多様な指標を用いた検討の結果を踏まえて,制御焦点の観点から学業場面におけるより効果的な支援について考えてみたい。