日本教育心理学会第61回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JH01] JH01
ローカリティから考える教師の発達

地域間移動と学校間異動に焦点を当てて

2019年9月16日(月) 13:00 〜 15:00 3号館 2階 (3203)

企画・話題提供:東海林麗香(山梨大学)
企画・話題提供:半澤礼之(北海道教育大学)
司会:岡田有司(東北大学)
話題提供:小田雄仁#(山梨県立塩山高等学校)
指定討論:松嶋秀明(滋賀県立大学)
指定討論:保坂亨(千葉大学教育学部附属教員養成開発センター)

[JH01] ローカリティから考える教師の発達

地域間移動と学校間異動に焦点を当てて

東海林麗香1, 半澤礼之2, 岡田有司3, 小田雄仁#4, 松嶋秀明5, 保坂亨6 (1.山梨大学, 2.北海道教育大学, 3.東北大学, 4.山梨県立塩山高等学校, 5.滋賀県立大学, 6.千葉大学教育学部附属教員養成開発センター)

キーワード:教師、異動、移動

企画趣旨
 学校教育は組織,制度の上に成り立っているものであるが,そのありようは組織,地域,自治体によって大きく異なる。教師個人からすると,できること,すべきこと,求められること,が異なり,したいことも変わってくるかもしれない。ということは,発達の道筋も異なる可能性がある。このような現状を踏まえ本シンポジウムでは,教師の発達を,ローカリティ(場所性)という切り口から検討することとした。この検討は,地域等によってどう異なるかという文化比較的なアプローチによるものではない。人はある具体的なところ(組織,地域,コミュニティなど)で生き,生活している。移動・異動というローカリティが際立つ経験が,教師の発達とどう関わるのかについて検討する。また,発達の場として地域・組織を見ることで,その望ましいあり方についても検討する。
 具体的には話題提供において,半澤が「移行期」「移動」「地域」をキーワードとした研究を,東海林・小田が「異動」「学校文化」「ナラティヴ」をキーワードとした研究を発表する。いずれも質的データを対象に検討をした研究である。
 2つの話題提供において,どんな移行・発達について扱うのかについてであるが,半澤の発表では,地域間移動をするという展望(将来)が,大学生としての自分の学びの有り方(現在)とどう関わってくるのか,という将来から現在へという構造になっている。東海林・小田の発表では,異動(現在)という事柄が,これまでの教師としての自分(過去)の捉えなおし/意味づけの変容/再構成を促し,それを通してこれからの教師としての自分(将来)が形成されていくという,現在を起点として過去をくぐって将来を展望するという構造になっている。ここに,半澤の発表では「へき地・小規模校という特有の課題を抱えた学校が位置する地域への移動」という環境の変化が生じる可能性の展望が,東海林・小田の発表では「進学校から進路多様校への異動」という大きな環境の変化という視点が組み込まれて,丁寧に検討が必要な現象として立ち現れるのである。
 指定討論では,教育相談を専門とする保坂が主に教員のメンタルヘルスの視点から,学校臨床心理学を専門とする松嶋が,主に教育をうける側の子どもの視点から,本シンポジウムの企画趣旨に関連したコメントおよび討論の切り口を提示し,これらをもとに,会場の参加者も交えて討論を進める。
指定討論者による本発表に関連する著作
保坂 亨(2017). 教育をめぐる状況変化:教員のメンタルヘルス(千葉大学教育学部附属教員養成開発センター (編)『新・教育の最新事情』,福村出版,pp73-85)
松嶋秀明(2011). 第12章「学校不適応」の生徒は「障害/病気」なのか?(大久保智生・牧郁子(編著)『実践をふりかえるための教育心理学』,ナカニシヤ出版)

話題提供(1)
地域間移動を展望した教師としての学び―へき地校体験実習を経験した教員志望の大学生に対する面接調査から
半澤礼之
 2015年に中央教育審議会が出した「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について(答申)」からも明らかなように,現代の学校教育は「地域」との連携が強調されている。それに伴い,教員養成での学びにおいても「地域」という視点を強調することの重要性が指摘され(宮前・添田,2015),大学での学びがその大学がおかれている地域との関係の中で再構築される/されている可能性がある。このような現状において,養成段階にいる学生が「地域」という視点が強調された大学での学びをどのように捉えているのか,またそれが彼らの教師としての将来展望にどのような影響をあたえているのかについて検討することは重要であると考えられる。
 本発表は,上述の問題意識に基づいた検討を進める上で,特に学校から社会への移行期における「地域間移動」を学生がどのように展望して学びを進めているのかに焦点をあてる。「地域」という視点を組み込んだ形で学校から社会への移行に焦点を当てた場合,大学が位置する地域と,教師として勤務する地域が異なる学生も存在するだろう。つまり,移行期において「地域間移動」をおこなう学生が一定程度いるということになる。学校の異動の研究においては,地域性の違いについて検討する必要性(姫野・益子,2015)が指摘されている一方で,学校から社会への移行においては,この視点が十分に議論されているとは言いがたい。先述のように教員養成段階においても「地域」が強調されているのならば,それを経験することによって,移行期において「地域」間を移動することを含んだ将来展望が形成され,それが学生の学びに影響を与えるかもしれない。また,その傾向は,特に「地域」の強調が大きいと思われる人口減少の大きい地方において生じる可能性がある。
 以上の議論より,本発表は,特に地域との関わりを強く意識する必要のある「へき地校体験実習」*1)を経験した北海道の教員養成大学に所属する大学生に対する面接調査の結果から次の2点を検討することを目的とする。一点目は,将来教師になるとき/なった後に「地域間を移動すること」について,へき地に教育実習に行った学生はどのように自身の将来展望に組み込んでいるのかについてである。二点目は,その将来展望は在学中の学びにどのような影響を与えるのかについてである。この検討を通じて,「地域」が組み込まれた大学での学びやそれをふまえた「地域間移動」が,彼らの教師としての将来展望形成,そしてそれを通じた教師としての発達とどのように関わっているのかについて議論できたらと考えている。
*1) 本研究でとりあげる「へき地校体験実習」とは,主として全校生徒が10数名程度で,その多くで複式学級が導入されているへき地・小規模校に教育実習に行く授業であり,2年生の体験実習(1週間)と3,4年生の教育実習(2週間)の2つがある。この授業は希望者のみが受講することができる(定員が決まっており,面談で受講者が選ばれる)。主免教育実習とは異なり,選択科目である。
付  記
本研究の一部は科学研究費18K02809(基盤研究(C)「教員養成大学における学生の地域理解と地域間移行:適応と時間的展望との関連から」)の助成を受けて行われた。

話題提供(2)
ナラティヴからみる教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:現象のローカリティに着目して
東海林麗香・小田雄仁
 公立学校教職員にとって異動は避けられないものである。異動それ自体は人生における転機の一つであり,その経験によっては発達に寄与する機会となるものであるが,ネガティブなものとして経験されることや,ネガティブな影響を及ぼすこともある。その影響は,異動する教員自身の職業生活のみならず,その個人的生活,異動元・異動先の組織や児童生徒など,さまざまな方面に及びうるものである。
 教員の異動に関する研究としては,異動に伴う困難の分類,メンタルヘルスへの影響,能力開発・授業改善への影響等,多くは,異動する教員に焦点を当てたものであるが,異動の決定過程に関する研究やそのシステムに関する研究も行われている。
 本発表では,教師にとっての異動の意味と異動に伴う考え方やふるまい方の変容プロセスについて,ナラティヴを素材に検討する。またそのような検討を通じて,教師の発達を支える関係性や組織のありようについても考察したいと考えている。
 ところで,教員の異動のありようは自治体や地域,組織によってその様相が異なり,またどのような立場(異動する側か,受け入れ側か,異動を決定する側か,異動のシステムを構築する側か,など)から見るかによっても見えや理解が異なってくる。本発表では,異動という現象の持つこのようなローカリティに着目する。 異動により進学校と進路多様校の勤務を経験した40代前半の高校教師(小田)のナラティヴを,研究者(東海林)が分析した研究が主な内容となるが,上記のような現象のローカリティに着目しているため,異動の当事者であり学校教育における実践者である小田と,研究者である東海林が共に現象に向き合い記述することで多面的な理解が進むと考えている。また,それにより新たな課題の発見にもつながるだろうと考えた。そのため本発表では,実践者と研究者の共同発表という形式をとることとした。
 主な検討の素材は,希望により進学校から進路多様校へ異動した1ケースを,異動初年度から2年間追跡した調査(インタビュー8回および14回分の授業記録)によるものである。ある特定の立場における経験やある視点からの意味づけの記述から始め,そこから教師の発達について十分に指摘されてこなかった点の掘り起こしを試みたい。
本発表に関連する文献
東海林麗香・上杉尚子(2019). 教師にとっての異動の意味とそのプロセス:実践者と研究者の往復書簡による検討 教育実践学研究 山梨大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要,24,177-187
東海林麗香・小田雄仁(2019). 高校教師にとっての異動の意味と異動に伴う変容プロセス:ナラティヴおよび学校文化という観点から 山梨大学教育学部紀要,28, 233-243
付  記
 この研究およびこの企画は科学研究費17K04346(基盤研究(C)「個の多様性を支える教師のありようと教育実践の変容可能性」)の助成を受けて行われた。