[JH02] 学校心理教育の効果を高める環境づくり
子どもとつながる学校心理教育
キーワード:安心安全な環境づくり、学校心理教育、3レベルの支援方法
企画趣旨
松本有貴
本邦では,社会性と情動の学習(SEL),または,学校で行う心理教育が有用であるという認識が広がっている。SELとは,「情動」の認知と扱い方ならびに他人との共感的な思いやりのある「対人関係」を学習することである(日本SEL研究会,2018)。しかし,SELが継続した実践の取り組みになるためにはまだまだ研究が必要なようである。欧米の一部の国・地域やオーストラリアのように国全体で継続的に実践されるにはどうすればいいのだろうか。学校のニーズや資源は様々で,学校や学級がSELを実施可能な時間数や必要度も異なる。学級・学校がそれぞれに役立つ情報と支援方法を選択的に利用できるシステムがSELや学校心理教育を促進するのではないかと期待して企画者・話題提供者は「子どもとつながる学校心理教育」の研究(科研基盤(C))を行ってきた。
その研究は,可能な時間数や必要性に応じて学級・学校が選択できる3つのレベルの支援を提供し,その効果について比較検証を行ったものである。具体的には,プログラムの実施時間や内容,および,実施者の準備と実践の労力を総合的に考え,レベル1(情報提供),レベル2(朝の会や帰りの会で行う短い心理プログラム),レベル3(授業時間を10回くらい使う心理プログラム)を設定した。本シンポジウムでは,いずれのレベルにも共通する環境的要因について話題提供を行い,議論を行う。この環境要因については,レベル1で提供される情報の内容にも含まれるものであり,レベル2,レベル3のプログラムの効果を高めるためにも重要なものである。また,どのような学校心理教育,SELを実施する上でも重要であると考えられるものであるため,広く一般的な学校心理教育の効果を支える環境的要因として議論を行う。なお,レベル2,レベル3のプログラムについては,資料の提供にとどめ,本シンポジウムでは詳細な紹介は行わない。
本シンポジウムは,教員,心理士,研究者が協働した「子どもとつながる学校心理教育」の研究から,特に環境づくりについて話題提供を行い,SEL,学校心理教育が果たす役割に加えて,安心・安全な環境がSELや学校心理教育の効果をどのように高めるのかについて,普及という観点も加えて意見を交流し合う場を提供したい。
心理教育の効果を保障するための学校,学級環境
石本雄真
心理プログラムを学級で実践し,自分の感情に気づくことができるようになったり,アサーティブに自分の考えを主張できるようになったりしたとして,学級や学校に多様な感情や考えを受け止める文化がなければそれらの身についたスキルは実践されないであろう。実際に,プログラムの内容と学級の日常的な文化とが統合したきにプログラムの効果が大きいことが指摘されている(Durlak et al., 2011)。しかしながら,日本においては友人関係について,キャラを用いた人間関係の拡がりが指摘されるように(瀬沼,2009),本音で友人と交流することを避ける傾向もみられる。キャラを用いた友人関係が強固にある場合は,そこでキャラとは異なる感情や考えを表現することは難しい。加えて,日本の学校においては多様性よりも同一性を重視する傾向が強く,これらのことが相まって心理プログラムの効果が十分に発揮されないことが懸念される。そもそも,ありのままの感情や考えを出し合えない関係性は「居場所のなさ(居場所欠乏感)」にもつながるものであり(石本,2010),子どもたちにとってそのような関係性をもつ学校,学級は過ごしやすい環境とはいえないであろう。
これらのことから,心理プログラムの効果を十分に発揮するためにも,子どもたちがすごしやすい学校,学級をつくるためにも,学校や学級において多様性(ダイバーシティ)を尊重する雰囲気をつくることは重要であると考えられる。
それでは,学校や学級に多様性を尊重する雰囲気をつくるにはどのようにしたらよいのであろうか。本話題提供では,多様性を尊重する学校,学級にするために教員の認識や学習の前提などの面でどういったことが必要であると考えられるのかについて,方向性を示し議論を深めたい。
学校での包括的な予防アプローチ
瀧澤 悠
心の問題の予防には,心と身体のストレスのバランスを保つことが大きなキーポイントであることが明らかになっている。ストレスのバランスを上手く保つことが,神経科学的には交感神経と副交感神経のバランスを上手く保つことへ繋がり,それが心,脳,身体の健康的な機能と成長を促し,心の問題予防に役立つことが明らかになっている。
心と身体のストレスのバランスには,心,身体,行動,環境の様々な要因が影響することが明らかになっている。例えば,心,身体,行動の要因としては,個人の認知や感情の習慣,睡眠,運動,食事,人との交流,趣味やスポーツなどの活動などを含めた生活や行動の習慣が挙げられる。影響する環境要因としては,家庭,学級,地域社会の人間関係,習慣,文化,物理環境などが挙げられる。
そのため,子どもの心の問題予防を効果的に行うためには,例えば,心だけから,身体だけから,環境だけからというような,1つの方向からアプローチを行うだけでは,効果的な予防を行うことは難しい。効果的な予防アプローチを行うには,様々な要因が心と身体のストレスに影響することを理解したうえで,特に必要だと判断される部分に重点を置いた,包括的な予防アプローチが重要となる。
これが理想ではあるが,現実的に学校現場では,場所,時間,人的,経済的リソースなど様々な制限があるため,予防アプローチのために多くのことを一度に行うのは難しい。本話題提供では,包括的な予防アプローチの重要性を理解した上で,特に学校という現場で日ごろから手軽にしかも効果的に,心の問題予防のために行えることに焦点を当て,議論を深めたい。
学校の体制づくり
島嵜仁恵
2000年始め大阪府の小規模校のA小学校では,個別の支援をすすめるための取り組みが始まり,しだいに個別の支援ばかりでなく,学校全体に秩序ある環境をつくるための取り組みにも広がった。全教職員が共通認識に基づき児童に対しては共通対応をめざした。少しずつ落ち着きを取り戻しつつあったが,20xx年に入学した児童たちには,それまで以上に心理的情緒的な課題がある児童が在籍しているように思われた。
個別に対応しなければならない児童が多くみられ,これまでと同じ対応では学級全体が落ち着いて学習に集中する環境を作ることができないのではないかと危惧された。
そこで,市の教育委員会が実施した心理教育プログラム「ファンフレンズ」の研修に藁をもつかむ気持ちで1年生に関わる担任,支援学級担任,通級指導教室担任4名が参加し,2学期早々に取り入れた。学外からの応援も得ながら,それ以来毎年度,1年生入学後時期を選んで1学期中に心理教育プログラムを継続して実施している。
担任が変わってもプログラムを継続することができているのは,通級指導教室の担当者がプログラム実施に継続して関わっており,通級担当者が変わっても次の担当者に引き継でいるからであろう。また,何よりも担任が,プログラムの実施とその後の活用によって児童が変化することを実感するからであろう。
学校の体制として個別の支援委員会等を通じて「子どもたちが安心できる学校を協働して作っていく」「6年間で子どもを育てる」という認識が共有され,教員の異動があってもそれらを伝えていく仕組みについて報告し,学校の環境づくりを促す体制づくりについて提案する。
心理教育をいかした学級づくり
西田千寿子
小学校において,学級経営を円滑にすることが学力面においても生活面においても,児童を支える基盤となる。一人一人の児童が安全・安心と思える学級であり,一人一人の個性が認められ,正しく評価されることで学習面でも意欲的になり,生活面でも安定をもたらすことにつながる。
学級づくりにおいては,個々の教師の技量にかかわるところも大きい。しかし,心理教育を使いユニバーサルに予防的な介入をすることによって,学級文化が高められ,より円滑に学級づくりができる場合がある。そこに,SELや学校心理教育の重要な役割が認められる。
今回は,心理教育のプログラムを使って介入した2年生の取り組みを紹介したい。この学級では,ルール作り,関係性を高めるために使用した心理教育のプログラム,そして,教科学習の3つの柱で環境づくりを実践した。それらの実践を報告しながら考察を進めていきたい。
また,子どもたちと一部保護者の学年末の感想から,2年生の子どもたちが望む学級像の傾向を紹介し,学級担任として配慮すべきことについて考えたことを共有したい。児童が居場所を持てる学級の担任と児童の愛着関係の観点から,学級の環境づくりについても考えていきたい。
松本有貴
本邦では,社会性と情動の学習(SEL),または,学校で行う心理教育が有用であるという認識が広がっている。SELとは,「情動」の認知と扱い方ならびに他人との共感的な思いやりのある「対人関係」を学習することである(日本SEL研究会,2018)。しかし,SELが継続した実践の取り組みになるためにはまだまだ研究が必要なようである。欧米の一部の国・地域やオーストラリアのように国全体で継続的に実践されるにはどうすればいいのだろうか。学校のニーズや資源は様々で,学校や学級がSELを実施可能な時間数や必要度も異なる。学級・学校がそれぞれに役立つ情報と支援方法を選択的に利用できるシステムがSELや学校心理教育を促進するのではないかと期待して企画者・話題提供者は「子どもとつながる学校心理教育」の研究(科研基盤(C))を行ってきた。
その研究は,可能な時間数や必要性に応じて学級・学校が選択できる3つのレベルの支援を提供し,その効果について比較検証を行ったものである。具体的には,プログラムの実施時間や内容,および,実施者の準備と実践の労力を総合的に考え,レベル1(情報提供),レベル2(朝の会や帰りの会で行う短い心理プログラム),レベル3(授業時間を10回くらい使う心理プログラム)を設定した。本シンポジウムでは,いずれのレベルにも共通する環境的要因について話題提供を行い,議論を行う。この環境要因については,レベル1で提供される情報の内容にも含まれるものであり,レベル2,レベル3のプログラムの効果を高めるためにも重要なものである。また,どのような学校心理教育,SELを実施する上でも重要であると考えられるものであるため,広く一般的な学校心理教育の効果を支える環境的要因として議論を行う。なお,レベル2,レベル3のプログラムについては,資料の提供にとどめ,本シンポジウムでは詳細な紹介は行わない。
本シンポジウムは,教員,心理士,研究者が協働した「子どもとつながる学校心理教育」の研究から,特に環境づくりについて話題提供を行い,SEL,学校心理教育が果たす役割に加えて,安心・安全な環境がSELや学校心理教育の効果をどのように高めるのかについて,普及という観点も加えて意見を交流し合う場を提供したい。
心理教育の効果を保障するための学校,学級環境
石本雄真
心理プログラムを学級で実践し,自分の感情に気づくことができるようになったり,アサーティブに自分の考えを主張できるようになったりしたとして,学級や学校に多様な感情や考えを受け止める文化がなければそれらの身についたスキルは実践されないであろう。実際に,プログラムの内容と学級の日常的な文化とが統合したきにプログラムの効果が大きいことが指摘されている(Durlak et al., 2011)。しかしながら,日本においては友人関係について,キャラを用いた人間関係の拡がりが指摘されるように(瀬沼,2009),本音で友人と交流することを避ける傾向もみられる。キャラを用いた友人関係が強固にある場合は,そこでキャラとは異なる感情や考えを表現することは難しい。加えて,日本の学校においては多様性よりも同一性を重視する傾向が強く,これらのことが相まって心理プログラムの効果が十分に発揮されないことが懸念される。そもそも,ありのままの感情や考えを出し合えない関係性は「居場所のなさ(居場所欠乏感)」にもつながるものであり(石本,2010),子どもたちにとってそのような関係性をもつ学校,学級は過ごしやすい環境とはいえないであろう。
これらのことから,心理プログラムの効果を十分に発揮するためにも,子どもたちがすごしやすい学校,学級をつくるためにも,学校や学級において多様性(ダイバーシティ)を尊重する雰囲気をつくることは重要であると考えられる。
それでは,学校や学級に多様性を尊重する雰囲気をつくるにはどのようにしたらよいのであろうか。本話題提供では,多様性を尊重する学校,学級にするために教員の認識や学習の前提などの面でどういったことが必要であると考えられるのかについて,方向性を示し議論を深めたい。
学校での包括的な予防アプローチ
瀧澤 悠
心の問題の予防には,心と身体のストレスのバランスを保つことが大きなキーポイントであることが明らかになっている。ストレスのバランスを上手く保つことが,神経科学的には交感神経と副交感神経のバランスを上手く保つことへ繋がり,それが心,脳,身体の健康的な機能と成長を促し,心の問題予防に役立つことが明らかになっている。
心と身体のストレスのバランスには,心,身体,行動,環境の様々な要因が影響することが明らかになっている。例えば,心,身体,行動の要因としては,個人の認知や感情の習慣,睡眠,運動,食事,人との交流,趣味やスポーツなどの活動などを含めた生活や行動の習慣が挙げられる。影響する環境要因としては,家庭,学級,地域社会の人間関係,習慣,文化,物理環境などが挙げられる。
そのため,子どもの心の問題予防を効果的に行うためには,例えば,心だけから,身体だけから,環境だけからというような,1つの方向からアプローチを行うだけでは,効果的な予防を行うことは難しい。効果的な予防アプローチを行うには,様々な要因が心と身体のストレスに影響することを理解したうえで,特に必要だと判断される部分に重点を置いた,包括的な予防アプローチが重要となる。
これが理想ではあるが,現実的に学校現場では,場所,時間,人的,経済的リソースなど様々な制限があるため,予防アプローチのために多くのことを一度に行うのは難しい。本話題提供では,包括的な予防アプローチの重要性を理解した上で,特に学校という現場で日ごろから手軽にしかも効果的に,心の問題予防のために行えることに焦点を当て,議論を深めたい。
学校の体制づくり
島嵜仁恵
2000年始め大阪府の小規模校のA小学校では,個別の支援をすすめるための取り組みが始まり,しだいに個別の支援ばかりでなく,学校全体に秩序ある環境をつくるための取り組みにも広がった。全教職員が共通認識に基づき児童に対しては共通対応をめざした。少しずつ落ち着きを取り戻しつつあったが,20xx年に入学した児童たちには,それまで以上に心理的情緒的な課題がある児童が在籍しているように思われた。
個別に対応しなければならない児童が多くみられ,これまでと同じ対応では学級全体が落ち着いて学習に集中する環境を作ることができないのではないかと危惧された。
そこで,市の教育委員会が実施した心理教育プログラム「ファンフレンズ」の研修に藁をもつかむ気持ちで1年生に関わる担任,支援学級担任,通級指導教室担任4名が参加し,2学期早々に取り入れた。学外からの応援も得ながら,それ以来毎年度,1年生入学後時期を選んで1学期中に心理教育プログラムを継続して実施している。
担任が変わってもプログラムを継続することができているのは,通級指導教室の担当者がプログラム実施に継続して関わっており,通級担当者が変わっても次の担当者に引き継でいるからであろう。また,何よりも担任が,プログラムの実施とその後の活用によって児童が変化することを実感するからであろう。
学校の体制として個別の支援委員会等を通じて「子どもたちが安心できる学校を協働して作っていく」「6年間で子どもを育てる」という認識が共有され,教員の異動があってもそれらを伝えていく仕組みについて報告し,学校の環境づくりを促す体制づくりについて提案する。
心理教育をいかした学級づくり
西田千寿子
小学校において,学級経営を円滑にすることが学力面においても生活面においても,児童を支える基盤となる。一人一人の児童が安全・安心と思える学級であり,一人一人の個性が認められ,正しく評価されることで学習面でも意欲的になり,生活面でも安定をもたらすことにつながる。
学級づくりにおいては,個々の教師の技量にかかわるところも大きい。しかし,心理教育を使いユニバーサルに予防的な介入をすることによって,学級文化が高められ,より円滑に学級づくりができる場合がある。そこに,SELや学校心理教育の重要な役割が認められる。
今回は,心理教育のプログラムを使って介入した2年生の取り組みを紹介したい。この学級では,ルール作り,関係性を高めるために使用した心理教育のプログラム,そして,教科学習の3つの柱で環境づくりを実践した。それらの実践を報告しながら考察を進めていきたい。
また,子どもたちと一部保護者の学年末の感想から,2年生の子どもたちが望む学級像の傾向を紹介し,学級担任として配慮すべきことについて考えたことを共有したい。児童が居場所を持てる学級の担任と児童の愛着関係の観点から,学級の環境づくりについても考えていきたい。