日本教育心理学会第61回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JH06] JH06
教職課程コアカリキュラムは「教育心理学」のありかたをどう変えるか

新課程における教職科目と学問との関係性を問う

2019年9月16日(月) 13:00 〜 15:00 3号館 3階 (3306)

企画・司会・指定討論:藤江康彦(東京大学大学院)
企画・話題提供:野中陽一朗(高知大学)
話題提供:梶井芳明(東京学芸大学)
話題提供:野崎秀正(宮崎公立大学)
指定討論:森敏昭(岡山理科大学)

[JH06] 教職課程コアカリキュラムは「教育心理学」のありかたをどう変えるか

新課程における教職科目と学問との関係性を問う

藤江康彦1, 野中陽一朗2, 梶井芳明3, 野崎秀正4, 森敏昭5 (1.東京大学大学院, 2.高知大学, 3.東京学芸大学, 4.宮崎公立大学, 5.岡山理科大学)

キーワード:教員養成、教職課程コアカリキュラム、教育心理学

企画趣旨
 2019年4月1日から全国の教員養成機能を備える大学において新たな教職課程が実施されている。特に教職課程コアカリキュラムに基づき,全ての大学の教職課程で共通的に修得すべき資質能力が示され,各大学では教員志望者に対して,教職諸科目の内容理解に加え,コアカリキュラムにおいて求められる資質能力を育むことが求められている。新課程における教育心理学に関連する科目は,「教育の基礎的理解に関する科目」のうち「幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」(以下,「教育心理学」と表記)である。この科目には,全体目標及び2つの一般目標,5つの到達目標が設定され厳格化されている。
 教職課程コアカリキュラムの導入に伴い,問われるのは以下の2点である。一つには,上記のように構造化された目標設定のもとで,いかに学習者中心の学習環境を創出するかという点である。これまで教職科目としての「教育心理学」の授業は担当教員が教育心理学の基礎的・実践的学術知見や学生の実態に鑑み,学習内容や授業形態の選定も含めた教育活動に創意工夫を施して教師を目指す学生を心理学の世界に誘う役割も果たしてきた。このような教育活動を遂行できることは,研究対象そのものが人間の学習である教育心理学という学問分野が培ってきた研究の独自性や研究蓄積による。しかし,厳格化された目標設定はともすると教授中心の授業を誘発しうる。あらためて,教職科目における学習者研究やそれに基づく授業デザイン,あるいは大学ごとに学習者としての学生自身の探究を保障するための専門科目も含めたカリキュラムマネジメントが必要である。
 二つには,科目の内容面において「幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」という教職科目と学問領域としての教育心理学の知見との関係をどのように考えるかという点である。これまでの「教育心理学」においても,教師を目指す学生に学んでほしいことは授業者あるいは大学ごとに明示的暗黙的に存在した。しかし,それらは学問としての教育心理学の側から教師を目指す学生への期待に基づいていたのではないだろうか。それに対して,教職課程コアカリキュラムは教育政策として提起された目指すべき教師像を前提として策定されており,それを「幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」においてどのように担うかを授業担当者が考慮することを求められている。その点では,授業デザインの前提自体が教職課程コアカリキュラム以前と以後とでは異なっているといえるだろう。学問としての教育心理学は単に発達や学習についての知見を提供するだけではなく,教育の営為を心理学的なアプローチでとらえ課題解決をしていくためのセンスを教師にもたらすものであるはずである。それは教育心理学者自身が研究者として教育内容やその系統をデザインし授業をすることによって保障されていたのではないだろうか。授業やカリキュラムをデザインするにあたり「教育心理学」を学ぶことと教育心理学を学ぶこととの連続性と非連続性を問うことが必要である。
 指定討論者からは質疑を通して,今後の「教育心理学」の学びのありかたや学問としての基礎的・実践的研究の方向性への提言をおこなってもらう。本シンポジウムは,新課程における「教育心理学」の新たな実践的課題を見出すとともに教育心理学の学問としてのありかたを問うことにも繋がるだろう。

授業内外を繋ぐ学習課題及び授業実践時のグループ構成の工夫:教職志望学生の学習タイプを参照しながら
野中陽一朗
 教職志望学生の学びの捉え方には多様性が考えられる。教職志望学生の養成段階の場を高等教育の枠組みから捉えるならば,単位取得には,授業時間とその前後に伴う予習及び復習を総括した必要時間数が定められている。そのため,学習時間は学びが顕在化する1つの指標として捉えることが出来る。畑野・溝上(2013)や野中(2016)は,大学生の主体性に鑑み,学習時間である「学習の量」だけでなく主体的な授業態度である「学習の質」を踏まえた複数の観点から大学生の学習タイプを類型化し,野中(2016)は更に学習タイプにより授業外での学習支援内容に対する評価に差異が生じることを示している。また,野中(2017)は,授業時の学習プロセスの中でも協同学習の有効性に鑑み,大学生の学習タイプを長濱・安永・関田・甲原(2009)の協同作業認識を構成する3つの観点から類型化し,各タイプの授業形式の評価に対する差異を見出している。これらの研究は,教職志望学生の授業内外に潜む特性を学びの枠組みから解明し,教職志望学生の学習環境デザインに寄与する実証的な研究データとなる可能性を秘めたものだと考えられる。こうした中,教職課程コアカリキュラムにより明示された全体目標及び一般目標や到達目標を達成するため,当該授業担当者は,これまでの学問領域や教育的介入により蓄積された知見を踏まえ,各目標に到る授業内外を介した学習環境デザインをどのように構築するかに意を払いつつ創意工夫した教育実践を考案する必要もあるのではないだろうか。
 そこで,本発表では,教育心理学を受講する教職志望学生の学習タイプを測定した上で,「幼児,児童及び生徒の学習の過程の基礎的な知識」に主眼を置き,当該の学習タイプに応じた授業内外を繋ぐ学習課題,更には学習タイプを参照した授業実践時のグループ構成の工夫に関する探索的な実践研究を紹介する。これらの知見を踏まえ,教職志望学生の学習タイプの捉え方あるいは教育心理学という学問領域に応じた正課内外の学習を繋げる工夫を検討する上で新たにどのような視点が必要になるかを考えていきたい。

新課程の教職科目としての「教育心理学」のあるべき姿についての一提案
梶井芳明
 近年,我が国の教育実践においては,概して,授業内容を正しく理解させる(習得させる)ことに止まらず,適切に応用させる(活用させる)ことが求められており,新たな教職課程の授業科目(教職科目)においても同様である。
 教職科目に位置づく「教育心理学」の授業内容についても,今日,教育実践を支える主要な内容であることを,実践を通して価値づけたり意味づけたりすることが一層求められている。
 一方,教職志望の学生は,教育実践を通して,「教育心理学」の学問的意義について深く学ぼう,学び直そうとする最良の機会を得ることになる。例えば,「教科に関する科目及び教職に関する科目の履修状況を踏まえ,教員として必要な知識技能を修得したことを確認すること」〔教育職員免許法施行規則(昭和29年文部省令第26号)第6条第1項の表備考十一)を主たる目的とした「教職実践演習」の授業においては,「使命感や責任感,教育的愛情等に関する事項」「社会性や対人関係能力に関する事項」「幼児児童生徒理解や学級経営等に関する事項」「教科・保育内容等の指導力に関する事項」の観点から,教職についての学びを「役割演技」「模擬授業」「事例研究」等といった実践,演習形式により振り返ることになるが,そこでの振り返りに資する「教育心理学」の学問的意義とその役割は非常に大きいと推察される。
 話題提供者は,教員養成系大学の学部の授業において,「授業観察演習」「授業実践の心理学」といった科目を担当し,「教育心理学」を履修後の学生に,履修内容を,『授業観察』『授業実践』といった,実の場(本稿では,「学生がよりよい教師になることを目標に,主体的に『授業づくり』について学ぼうとする演習場面」と定義する。)で活用させる取り組みを行っている。
 そこで,本シンポジウムでは,「教育心理学」の履修内容がその後の実の場での「授業づくり」にどのような効果を及ぼし得るのかを,事例に基づく検証結果を根拠に,新課程の教職科目としての「教育心理学」のあるべき姿について提案を行う。

教育実践に活きる心理学的思考力を育てる教育心理学の授業
野﨑秀正
 教育心理学を専門とする研究者は,所属する大学において教員養成の役割を担っていることも多いと思われるが,教師の実践的指導力や現場での実際的な問題に対応する問題解決力など実践性の育成を重視する昨今の教職課程カリキュラム改革は,現場経験のない多くの教育心理学研究者の頭を悩ませていることと思われる。特に,筆者が所属するような開放制の教職課程における心理学関連科目は,必要最低限しか設置されておらず,限られた授業数の中で心理学の知識や見識を教えなければならない。その際,特に一般的な教育心理学の概論書を教科書として使用するような場合,教育心理学の諸理論を系統立てて紹介するだけの授業となりがちで,学ぶ側も暗記を中心とした表層的な学習に陥りやすい。
 こうした現状において,教育心理学の担当教員は,実践的意義のある授業をどのように展開できるのだろうか。心理学の教育実践への活用を考える場合,一般的には,心理学の理論やエビデンスに基づく教育方法を教育実践に直接適用する,学校現場で直面する具体的な問題を心理学の理論から解釈することで解決のためのヒントを得る,などが期待されることが多い。しかし,教職課程においては,そもそも現場経験のない学習者がほとんどであることから,理論の学校現場への適用可能性について考えるよりも,教育や児童生徒に対する教育心理学を通した見方といった後の教育実践に活きる心理学的思考力の育成を主目的と考えた方がいいように思われる。さらに,教師を志す学生は,大学での授業や学びの形態そのものを通して自らの授業観や学習観を形成することもある。そのため,教育心理学の担当教員は,教育心理学の知見を自身の授業に活かすプラクティショナーとしての立場から,そのモデルとなって学生の潜在的な学びを促すことも必要になるだろう。
 以上の観点を踏まえ,今回の報告では,筆者が所属する小規模大学の開放制の教職課程における授業の実践事例を紹介しながら,これからの教職課程コアカリキュラムにおいて必要な教育心理学の実践的意義について考えていきたい。