日本教育心理学会第61回総会

講演情報

ポスター発表

[PC] ポスター発表 PC(01-66)

2019年9月14日(土) 15:30 〜 17:30 3号館 1階 (カフェテリア)

在席責任時間
奇数番号15:30~16:30
偶数番号16:30~17:30

[PC45] モラルジレンマ教育における非行少年の回答の特徴

少年院における実践

本間優子1, 長尾貴志#2, 相賀啓太郎#3 (1.新潟青陵大学, 2.四国少年院, 3.四国少年院)

キーワード:少年院、モラルジレンマ、アルメニア課題

目  的
 本研究は,モラルジレンマ課題である「アルメニア大地震 奇跡の生還」(荒木・松尾,1992)を用いた少年院における道徳教育プログラムを観察し,非行少年の回答内容の特徴および効果的なプログラムについて検討を行うことを目的とした。
方  法 
対象者:少年院に入院し継続的に道徳教育プログラムを受講している少年8名。うち1名は遅刻によりプログラム終盤より参加した。
プログラム実施者:法務教官1名。
プログラムの流れ:まず,「アルメニア大地震 奇跡の生還」(荒木・松尾,1992)を段落毎に少年が朗読し内容把握を行った。以下,物語概略を示す。
 1988年,ソ連のアルメニア共和国で大地震が起こりました。けがの軽い人はどんどんあとまわしにされ,医者にみてもらうことができません。ジュリエッタのとなりのベッドには,兄のアイカスは衰弱しきった体を横たえています。アイカスは崩れ落ちた9階建てのビルの地下室から5日目に助け出されたのです。(中略)「先生聞いてください。兄は35日ぶりに今日,がれきの下から救われたのです。どうか,お助けください。」「35日ぶり。」ジュリエッタの訴えを聞いた医者はこの奇跡に驚き,全力で兄のアイカスの治療にとりかかりました。何も知らない兄は少しずつよくなり健康を回復していきました。ところで,このニュースは「奇跡の生還」としてその日の内に世界中をかけめぐりました。テレビ,新聞はくずれた建物の下から35日ぶりに50歳の電気技師アイカス・アコピャンさんが救出されたと伝えています。内容把握の後,「ジュリエッタの行為は正しいと言えるか。それとも正しくないと言えるか。それはなぜか」という問いについてディスカッションが行われた。朗読からディスカッション終了までの所要時間は1時間程度であった。
倫理的配慮
 第一筆者と院長間で研究協定が締結されており,それに基づき倫理的配慮がなされた。
結果と考察
 「ジュリエッタの行為は正しいと言えるか。それとも正しくないと言えるか。それはなぜか」という問いに対し,遅刻者を除いた7名の少年の回答は,「正しい」が3名,「正しくない」が4名であった。「正しい」と回答した3名については,「兄を助けるためにOK(少年A)」,「35日は嘘だけど,5日間は本当だし,少なくともそれくらい重症なので,優先順位はある(少年B)」,「(少年Bと)同じです(少年C)」という回答であった。他方,「正しくない」と回答した4名については,「嘘をついて姿を消した(ジュリエッタが兄を助けたあと,行方不明になったと少年Dは独自に解釈)のがダメ。責任をとれ!(少年D)」,「優先順位はあったのだから,嘘をつかず正当に訴えれば良かった(少年E)」,「(少年Eと)同じです(少年F)」,「他にも重症な人がいる,割り込んだのがいけない。嘘をつくのはいいが,割り込むのは良くない(少年G)」であった。特に少年(D,G)については話の論点がズレてしまっており,自分独自の善悪の理由づけをしている点が特徴的であると言える。次に,「正しい」という回答をした3名に対し,再度説明を求めたところ,「ジュリエッタにしたら,他人より兄が大切なのでいい(少年A)」,「重体だから,割り込んでもいい。肉親なので(少年B)」,「治療の判断は医師がするのだから良い(少年C)」という意見が出され,肉親なので特別だったり,責任の所在を他者にすり替える回答が示された。最後に全体に対し,「あなただったらどうしますか?治療を受けるために嘘をつくか/つかないか」という質問がなされたが,「嘘をつく」が8名中7名,「嘘をつかない」が1名であった。「嘘をつく」と回答した7名中3名は,「ジュリエッタの行為は正しいと言えるか。それとも正しくないと言えるか」という設問に対しては「正しくない」と回答していた少年たちであり,回答が変わった理由としては,「自分のことだと正常な判断ができない」という理由であった。「嘘をつかない」と回答した1名については,「35日間治療を受けていないのは事実」という回答であった。以上,少年院における道徳教育において留意すべき点として,アルメニア課題のようなモラルジレンマは,色々な人の意見を聞くことで多角的な物の見方を促進し,受容するという社会的視点取得能力(役割取得能力)に関するトレーニングにはなるが,物事の善悪に関する理解については核心に迫ることは難しいことが観察から明らかとなった。今後は特に「善悪」に焦点を当て熟慮を促す教材開発を行い,それを用いたプログラム実施が必要である。引き続き効果的なプログラムについて検討を進めていきたい。   
付  記
 本研究は2018年度(公)日工組社会安全研究財団の研究助成を受け実施された。