[準企シ] 子どもの心身の成長ならびに教育の基盤を支える安全・安心について考える
キーワード:虐待、安全・安心、支援
企画趣旨
2000年児童虐待防止法が施行後も,児童虐待の相談対応件数は増加の一途を辿っている。また,昨今の子どもにまつわる社会現象を概観した時,児童虐待のみならず,子ども同士のいじめ・暴力,スクールハラスメントなど様々な場面で,子どもの安全・安心が脅かされる現状が散見されている。そのような環境の中にあって,子どもの心身の成長ならびに教育は,停滞もしくは破綻する危険性をはらんでいる。何故,そのような現状が引き起こされ,どのようにしてその現状を打破していったら良いのか,教育,福祉,心理の様々な側面から共に考え深めていくことを目的として,今回のシンポジウムを企画した。
具体的には,「何故,子どもの心身の成長ならびに教育の基盤に安全・安心が必要か」の問題提起を基に,教育分野では「学校現場における被虐待体験を有する子どもの教育的支援」について,福祉分野では,児童相談所の立場から「家庭における子どもの安全・安心への支援」,児童養護施設の立場から「児童養護施設で暮らす子どもが感じる安全感・安心感を測定する尺度を用いた生活環境支援」について,心理分野では「心理ケアの観点から見た児童福祉施設で暮らす子どもたち」について,それぞれの分野で活躍している話題提供者が,子どもの安全・安心の現状ならびに支援について,専門職種の垣根を超えて討論を行う。
教育現場における被虐待体験を有する子どもの教育的支援
櫻田 淳
早期発見
被虐待の子どもは虐待されていることを意識していないことが多い。学校が関わる意義は,子どもと保護者の双方の関係を支援することである。
早期発見につながるサインは,学校生活全体から観察される①健康観察(・理由不明の欠席や遅刻・身の回りの衛生状態,不自然な外傷・身体症状・自傷行為・不安げな表情・反抗的態度・異常なほど甘える・学習への意欲低下など)②心身の状態(・発育不良・成長曲線のゆがんだカーブ・むし歯や口腔内の衛生状態・健康診断後の未治療など)③問題行動(・非行・暴力行為など)。子どもが発するサインは場面や状況によって微妙な違いが生じることがあり,全ての教職員がそれぞれの立場から観察して,情報を共有し総合的に判断する必要がある。発達障害を疑う子どもの中には,落ち着きのなさや衝動性など類似性がみられる。子どもの生活環境や特性を理解して検討する必要がある。
被虐待児童の支援
学校では子どもが安心してすごせるように学校全体で支援体制を話し合う。被虐待児童は,「自分がよい子でないから」,「価値が無い」,「愛されていない」という気持ちを閉じ込めて過ごしていて,自己肯定感が低下している。その反動で不安定な言動が目立つことがある。教員は,あたたかく,優しく,目をかけ,「先生は気にかけてくれている」「自分は認められている」「自分は大事にされている」と思われるように関わる。こまめに声をかけ,得意なことを一緒にしたり,たわいもない話をしながら,ゆったり過ごすことも安心感につながる。(実践例:二次元イメージ展開法(発案者,守山正樹)を利用した対話による支援)
被虐待児童の親子関係を観ると,虐待者が貧困や精神疾患や療育能力の問題など複雑な諸事情を抱えている場合がある。教師は,関わりづらい保護者などといった先入観をもたず,こまめに連絡して,保護者のことを気にかけていることを伝える。関係機関との情報交換も必要である。
管理職がリーダーシップを発揮して,経験の浅い担任が抱え込まないようにサポートする校内支援体制の整備が重要である。
引用文献
総合教育技術11月号増刊「実践学校カウンセリング2016」編著小林正幸,執筆櫻田
家庭における子どもの安全・安心への支援
石井謙次郎・望月真里子
児童相談所の日常業務は福祉的な立場であるが,市町村が行う業務の観点からもお伝えしたい。
地域では,昭和40年に制定された母子保健法等を根拠に,市町村がポピュレーションアプローチとして母子保健相談を受け対応している。「妊娠期からの切れ目のない支援」を目標に母子健康手帳交付時から面接をする自治体も多くなり,それぞれのフォロー基準によって家庭訪問等を行っている。市町村要保護対策協議会担当部署でも「特定妊婦」という定義を用い,家族に寄り添い丁寧な対応を行っている。
一方,児童相談所は,児童福祉法,児童虐待防止法を主軸に業務を行っている。従前は療育手帳の判定を含む「障害」の相談がトップを占めていた。しかし,神奈川県では平成29年度以降「虐待相談・通告受付数」が逆転する現象が起き,その対応に時間を費やしている。情報収集とアセスメント,子どもの心理診断,当事者を含めたオーダーメイドの安全プランの立案・施行を繰り返し,安全・安心につながるよう支援をしている。また,保健師は性教育にも携わる。SNSで知り合った異性と性的行為を繰り返す等,性的逸脱行動のある子どもに出会う機会は少なくなく,まず話を聴き,必要な時は心理・知能検査結果を確認し,本人に合った支援内容や方法を考え実施している。そのプロセスで,子どもが自分の気持ちを話すことができる「居場所」と感じると,数回にわたるプログラムに参加してくれるようになり,そのつながりを保つためにこちらも手探りで支援を維持できるように工夫をする。子どもの周りに,具体的な援助をしなくても「居場所」があることは,子どものこころの支え・安心につながると感じている。
日頃の業務を通じて,子どもの安全・安心を守るためには,子どもを取り巻く現状を理解し,関係機関が役割分担しながら連携しあえることが重要と考える。
児童養護施設における安全感・安心感尺度を用いた(集団)養育の可視化・立体化
鈴木 寛・松村 香
平成15年頃から児童養護施設に向けられた課題である「施設の透明化」や「入所児童の権利侵害の撲滅」といった問題に対して,どのような形で答えていけば社会に承認されるのかを考え,当時,まだ緒についたばかりの施設現場での臨床心理士と共に開発したのが「生活安全感・安心感尺度」である。従来の保育士(達)の主観による記録やアセスメントに頼る養育から「エビデンスに基づいた養育へ」進化するためには,様々な状況の数値化が必要であり,その結果により,施設内養育の可視化が可能となると考えた。さらに,施設では子どもは単体で生活しているわけではなく,集団の中でどう生きているかをとらえる必要がある。つまり,子ども同士やたくさんの大人との関係を立体的に把握しなければ,施設養育の特色である集団の力・グループダイナミクスを活用した課題の把握や方向付けに結びつかない。そこで我々は,数値化されたデータをマトリックスで表示することにより,子どもの一人一人の状況を把握するとともに,所属する集団との関係性を表示するようにした。そして,この方法により経年変化の比較がより顕著に表れるため,養育の評価や人材育成のツールとしての可能性が広がった。また,グループの状況を立体的に把握できるため,潜在化した権利侵害の発見にもつながると考えている。
このシステムのデータは,子どもへのアンケートにより取得しているが,その際の自由記述欄に,貴重な意見表明の機会を与えてくれたことに対し感謝している記述があることから,既存の意見を聞く場をもっと配慮すべき課題として,考えさせられることもあり,権利侵害撲滅にも寄与すると考える。
心理ケアの観点から見た児童福祉施設で暮らす子どもたち
高田 治
児童養護施設など家庭に代わり子どもを育てる施設を社会的養護関連施設と言う。戦後,孤児への支援を中心に始まった社会的養護関連施設は,現在では虐待などのために家庭で暮らすことが望ましくないと判断された子どもたちが多く暮らしている。本来,安心を享受できるはずの親元で,安心を得られなかった子どもたちが多く,家庭に恵まれた子ども達と比べて,様々な課題を抱えていることが多い。
虐待経験が与える悪影響は身体発達,生理面,知的発達,情緒発達,対人関係面など広範囲にわたることが知られている。子ども達に接していて素朴に感じるのは,投げやりで将来の希望が感じられない様子である。大切にされた経験が乏しいために,「どうせ自分の思いは聞いてもらえない」,「どう思われようといい」というような態度が見られ,「今より良くなりたい」という思いも乏しい。いつ責められるかわからないという思いが強く,常に不安を抱え,新たなことへの挑戦や探索を避ける傾向がある。そのために,学校の授業においても学習に向かえない子どもたちも多い。感情をコントロールする力や相手の様子を慮る力も育っていないために,同学年の子どもたちと対等な関係を持つことが難しく,トラブルを起こし孤立している子どもも多い。
このような子ども達に,希望を持つ力,自分をコントロールする力など,生きる力を育てることが,社会的養護関連施設の仕事になっている。脅かされない安全で安心できる生活環境を提供することが何よりも必要であり,そのために求められる条件を探ることが課題になっている。昨今,里親における生活が施設生活よりも優れているという印象を与える言説があるが,様々な言説にとらわれず,子どもが健全に育つにはどのような条件が必要かを検討することは,心理学の大きな課題だろう。核家族形態での子育てが研究されることが多かったが,施設養育にも研究対象を広げ,一般の子どもだけでなく,虐待を受けた子どもたちにとって望まれる養育環境,年齢や発達課題に応じて望まれる環境を探る研究が望まれる。
2000年児童虐待防止法が施行後も,児童虐待の相談対応件数は増加の一途を辿っている。また,昨今の子どもにまつわる社会現象を概観した時,児童虐待のみならず,子ども同士のいじめ・暴力,スクールハラスメントなど様々な場面で,子どもの安全・安心が脅かされる現状が散見されている。そのような環境の中にあって,子どもの心身の成長ならびに教育は,停滞もしくは破綻する危険性をはらんでいる。何故,そのような現状が引き起こされ,どのようにしてその現状を打破していったら良いのか,教育,福祉,心理の様々な側面から共に考え深めていくことを目的として,今回のシンポジウムを企画した。
具体的には,「何故,子どもの心身の成長ならびに教育の基盤に安全・安心が必要か」の問題提起を基に,教育分野では「学校現場における被虐待体験を有する子どもの教育的支援」について,福祉分野では,児童相談所の立場から「家庭における子どもの安全・安心への支援」,児童養護施設の立場から「児童養護施設で暮らす子どもが感じる安全感・安心感を測定する尺度を用いた生活環境支援」について,心理分野では「心理ケアの観点から見た児童福祉施設で暮らす子どもたち」について,それぞれの分野で活躍している話題提供者が,子どもの安全・安心の現状ならびに支援について,専門職種の垣根を超えて討論を行う。
教育現場における被虐待体験を有する子どもの教育的支援
櫻田 淳
早期発見
被虐待の子どもは虐待されていることを意識していないことが多い。学校が関わる意義は,子どもと保護者の双方の関係を支援することである。
早期発見につながるサインは,学校生活全体から観察される①健康観察(・理由不明の欠席や遅刻・身の回りの衛生状態,不自然な外傷・身体症状・自傷行為・不安げな表情・反抗的態度・異常なほど甘える・学習への意欲低下など)②心身の状態(・発育不良・成長曲線のゆがんだカーブ・むし歯や口腔内の衛生状態・健康診断後の未治療など)③問題行動(・非行・暴力行為など)。子どもが発するサインは場面や状況によって微妙な違いが生じることがあり,全ての教職員がそれぞれの立場から観察して,情報を共有し総合的に判断する必要がある。発達障害を疑う子どもの中には,落ち着きのなさや衝動性など類似性がみられる。子どもの生活環境や特性を理解して検討する必要がある。
被虐待児童の支援
学校では子どもが安心してすごせるように学校全体で支援体制を話し合う。被虐待児童は,「自分がよい子でないから」,「価値が無い」,「愛されていない」という気持ちを閉じ込めて過ごしていて,自己肯定感が低下している。その反動で不安定な言動が目立つことがある。教員は,あたたかく,優しく,目をかけ,「先生は気にかけてくれている」「自分は認められている」「自分は大事にされている」と思われるように関わる。こまめに声をかけ,得意なことを一緒にしたり,たわいもない話をしながら,ゆったり過ごすことも安心感につながる。(実践例:二次元イメージ展開法(発案者,守山正樹)を利用した対話による支援)
被虐待児童の親子関係を観ると,虐待者が貧困や精神疾患や療育能力の問題など複雑な諸事情を抱えている場合がある。教師は,関わりづらい保護者などといった先入観をもたず,こまめに連絡して,保護者のことを気にかけていることを伝える。関係機関との情報交換も必要である。
管理職がリーダーシップを発揮して,経験の浅い担任が抱え込まないようにサポートする校内支援体制の整備が重要である。
引用文献
総合教育技術11月号増刊「実践学校カウンセリング2016」編著小林正幸,執筆櫻田
家庭における子どもの安全・安心への支援
石井謙次郎・望月真里子
児童相談所の日常業務は福祉的な立場であるが,市町村が行う業務の観点からもお伝えしたい。
地域では,昭和40年に制定された母子保健法等を根拠に,市町村がポピュレーションアプローチとして母子保健相談を受け対応している。「妊娠期からの切れ目のない支援」を目標に母子健康手帳交付時から面接をする自治体も多くなり,それぞれのフォロー基準によって家庭訪問等を行っている。市町村要保護対策協議会担当部署でも「特定妊婦」という定義を用い,家族に寄り添い丁寧な対応を行っている。
一方,児童相談所は,児童福祉法,児童虐待防止法を主軸に業務を行っている。従前は療育手帳の判定を含む「障害」の相談がトップを占めていた。しかし,神奈川県では平成29年度以降「虐待相談・通告受付数」が逆転する現象が起き,その対応に時間を費やしている。情報収集とアセスメント,子どもの心理診断,当事者を含めたオーダーメイドの安全プランの立案・施行を繰り返し,安全・安心につながるよう支援をしている。また,保健師は性教育にも携わる。SNSで知り合った異性と性的行為を繰り返す等,性的逸脱行動のある子どもに出会う機会は少なくなく,まず話を聴き,必要な時は心理・知能検査結果を確認し,本人に合った支援内容や方法を考え実施している。そのプロセスで,子どもが自分の気持ちを話すことができる「居場所」と感じると,数回にわたるプログラムに参加してくれるようになり,そのつながりを保つためにこちらも手探りで支援を維持できるように工夫をする。子どもの周りに,具体的な援助をしなくても「居場所」があることは,子どものこころの支え・安心につながると感じている。
日頃の業務を通じて,子どもの安全・安心を守るためには,子どもを取り巻く現状を理解し,関係機関が役割分担しながら連携しあえることが重要と考える。
児童養護施設における安全感・安心感尺度を用いた(集団)養育の可視化・立体化
鈴木 寛・松村 香
平成15年頃から児童養護施設に向けられた課題である「施設の透明化」や「入所児童の権利侵害の撲滅」といった問題に対して,どのような形で答えていけば社会に承認されるのかを考え,当時,まだ緒についたばかりの施設現場での臨床心理士と共に開発したのが「生活安全感・安心感尺度」である。従来の保育士(達)の主観による記録やアセスメントに頼る養育から「エビデンスに基づいた養育へ」進化するためには,様々な状況の数値化が必要であり,その結果により,施設内養育の可視化が可能となると考えた。さらに,施設では子どもは単体で生活しているわけではなく,集団の中でどう生きているかをとらえる必要がある。つまり,子ども同士やたくさんの大人との関係を立体的に把握しなければ,施設養育の特色である集団の力・グループダイナミクスを活用した課題の把握や方向付けに結びつかない。そこで我々は,数値化されたデータをマトリックスで表示することにより,子どもの一人一人の状況を把握するとともに,所属する集団との関係性を表示するようにした。そして,この方法により経年変化の比較がより顕著に表れるため,養育の評価や人材育成のツールとしての可能性が広がった。また,グループの状況を立体的に把握できるため,潜在化した権利侵害の発見にもつながると考えている。
このシステムのデータは,子どもへのアンケートにより取得しているが,その際の自由記述欄に,貴重な意見表明の機会を与えてくれたことに対し感謝している記述があることから,既存の意見を聞く場をもっと配慮すべき課題として,考えさせられることもあり,権利侵害撲滅にも寄与すると考える。
心理ケアの観点から見た児童福祉施設で暮らす子どもたち
高田 治
児童養護施設など家庭に代わり子どもを育てる施設を社会的養護関連施設と言う。戦後,孤児への支援を中心に始まった社会的養護関連施設は,現在では虐待などのために家庭で暮らすことが望ましくないと判断された子どもたちが多く暮らしている。本来,安心を享受できるはずの親元で,安心を得られなかった子どもたちが多く,家庭に恵まれた子ども達と比べて,様々な課題を抱えていることが多い。
虐待経験が与える悪影響は身体発達,生理面,知的発達,情緒発達,対人関係面など広範囲にわたることが知られている。子ども達に接していて素朴に感じるのは,投げやりで将来の希望が感じられない様子である。大切にされた経験が乏しいために,「どうせ自分の思いは聞いてもらえない」,「どう思われようといい」というような態度が見られ,「今より良くなりたい」という思いも乏しい。いつ責められるかわからないという思いが強く,常に不安を抱え,新たなことへの挑戦や探索を避ける傾向がある。そのために,学校の授業においても学習に向かえない子どもたちも多い。感情をコントロールする力や相手の様子を慮る力も育っていないために,同学年の子どもたちと対等な関係を持つことが難しく,トラブルを起こし孤立している子どもも多い。
このような子ども達に,希望を持つ力,自分をコントロールする力など,生きる力を育てることが,社会的養護関連施設の仕事になっている。脅かされない安全で安心できる生活環境を提供することが何よりも必要であり,そのために求められる条件を探ることが課題になっている。昨今,里親における生活が施設生活よりも優れているという印象を与える言説があるが,様々な言説にとらわれず,子どもが健全に育つにはどのような条件が必要かを検討することは,心理学の大きな課題だろう。核家族形態での子育てが研究されることが多かったが,施設養育にも研究対象を広げ,一般の子どもだけでなく,虐待を受けた子どもたちにとって望まれる養育環境,年齢や発達課題に応じて望まれる環境を探る研究が望まれる。