日本教育心理学会第61回総会

Presentation information

ポスター発表

[PD] ポスター発表 PD(01-68)

Sun. Sep 15, 2019 10:00 AM - 12:00 PM 3号館 1階 (カフェテリア)

在席責任時間
奇数番号10:00~11:00
偶数番号11:00~12:00

[PD33] 教授過程に「演劇的手法」を用いた教師のリフレクション

小学校における演劇的手法の効果を中心に

吉田梨乃 (東京学芸大学大学院)

Keywords:演劇的手法、教授過程、教師

問題提起と目的
 近年,学校現場で「演劇的手法を用いた授業」の取り組みが行われてきている(e・g,.青柳・角,2017:川島,2017).ここで注目されている演劇的手法とは,必ずしも台本があり,予定調和に場面が展開するものばかりではなく,インプロと呼ばれる即興演劇の手法も含んでいる.
 こうした即興的な演劇的活動は,発達心理学のHolzman(2009)や学習科学のSawyer(2011)などがパフォーマンスの向上や発達の促進の観点から評価している手法である.現在教育領域では教科教育のなかで教科内容の深い理解のために「演劇的手法」を用いる場合もある.さらに,特別活動や総合的な学習の時間,道徳,あるいは学級経営でも演劇的手法を用いた試みが実践されている.
 これまでの演劇的手法を使用した実践研究からは,教科理解や子どものパーソナリティ形成,学ぶ力,学級経営,学校経営,教師の成長などにポジティブな影響や効果を与えているとの仮説が立てられる.また,文部科学省が提唱する「生きる力」や「主体的・対話的で深い学び」に寄与する手法との仮説も立てられるだろう.しかし演劇的手法はどのような構造で効果を生み出しているのかという効果の機序は不明確である.
 そこで本研究の目的は,演劇的手法の効果機序を検証する一環として,小学校の教師が演劇的手法を用いた授業を行った際,どのようなふりかえり(リフレクション)を行うのかに注目し,質的な検討を行う.
方  法
 公立小学校の校内研究の一環として「演劇的手法」を取り入れた授業を行ってきた教員(3名)に対して,演劇的手法を用いた授業を行った後に撮影されたインタビュー調査の動画を分析対象とした.主な質問項目は,①演劇的手法を実践した経験について,②演劇的手法を用いた効果(児童への変化)③演劇的手法を用いた教師の変化,④演劇的手法をどのように継続・応用していくかなどであった.
結  果
 教師が自分に対して演劇的手法を実践するプロセスが得児童生徒にそれを実践する前提として重要な要因となっていた.当初,教師には演劇的手法に対する心理的抵抗感が見られた.それは新しい手法に対する戸惑いもあれば,これが本当に効果的なのかという演劇的な要因に対する不安でもあると考えられた.これの検閲を乗り越え,教師自身も自ら演劇的手法を実践することが,のちに授業で演劇的手法を効果的に用いることに影響を与えていた.
考  察
 従来の教授過程は,定められた教科内容を児童生徒に理解させようという前提がある.この場合,教師の「理解させよう」とする思いが強いほど,児童生徒との関係は一方向になる危険性がある.演劇的手法の利点はこうした教師と児童生徒との関係の方向性を変化させることであり,それが「主体的で対話的な深い学び」と合致している点でもある.教師はどうすればどの児童生徒も参加できるという視点で,児童生徒の立場に視点を変化させ,教え方も児童生徒を見る視点も変化させていく.演劇的手法を通じてどの児童生徒も学級活動に参加することで,それぞれが感じ,考えたことが,次の対話的活動へつながることが示唆される.
 学校教育の中で演劇的手法を用いた実践研究は基本的に児童生徒への影響や効果を中心に検討されてきた.しかし,本研究の結果からは①演劇的手法が児童生徒の教科理解と学びの基礎力やモチベーションに与える影響,②演劇的手法が学級経営に与える影響とともに,③演劇的手法が教師の熟達化に与える影響が示唆された.教師は演劇的手法を実践する経験と,その手法の結果として生じる児童生徒の変化からのフィードバックの双方から熟達化が生まれている.また④演劇的手法を用いた学級の変化から生じる他学級への影響,⑤複数の学級の変化から生じる学校経営の影響などが演劇的手法を用いた授業の効果の構造的なモデルの仮説としてあげられる.
 本研究の結果から学びと情動という論点も得られた.演劇的手法のアクティビティはアイスブレイクやウォームアップとしてファシリテーションの観点から理解されていた.しかし本研究の結果からはアクティビティは児童生徒の感情に作用し,学びという行為に感情が関連していることが示唆されている.情動と学びという論点は「なぜ身体なのか」「なぜアクティビティあるいは楽しさが必要なのか」という点にも関連する.この論点をさらに精査し,仮説を検証していくことが望まれる.