[PF09] 統合失調症経験者の成人期以降における生涯発達支援に関する研究の意義
Keywords:統合失調症、生涯発達、成人期
はじめに
統合失調症は,思春期から青年期に発症し,幻覚妄想,精神運動性障害や意欲減退,感情平板化,認知機能障害を呈し,生活の広範囲に後遺障害をもたらす精神疾患であり,長期にわたる症状コントロールと生活支援を必要とする。薬物療法を中心とした集中的治療と精神科リハビリテーションの普及により社会的予後は格段に改善されたが,その一方で地域生活における支援が不可欠となった。本報告では,統合失調症経験者の成人期以降の生涯発達支援の課題とその研究に取り組む意義について検討する。
精神保健医療福祉の現状と施策の動向
精神疾患総患者数は約392.4万人,28.9万人は精神病床に入院している。入院患者数は過去15年間で減少傾向にある一方,外来患者数は2倍以上に増加している。精神病床数は過去15年間で35.8万床から33.8万床へ減少,平均在院日数は過去10年間で52.5日短縮し,274.7日となった。特に,新規入院患者の入院期間が短縮し,約9割は1年以内に退院している。
2004年,「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では,「入院治療中心から地域生活中心へ」という理念が示され,施策は大きく転換した。2014年「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」では,入院医療中心の精神医療から精神障害者の地域生活を支えるための精神医療への改革の実現に向けて方向性を定めた。
成人期以降の生涯発達と統合失調症
E.H.エリクソンは,成人前期の発達課題を「親密性対孤独」とした。配偶者をはじめ親しい友人や職場の同僚等との密接な関係を築くことが求められる。成人期の発達課題は「generativity(世代継承性)対停滞」である。次世代を育むことを含め,自ら生み育んだものを継承するという心理社会的課題に焦点があてられる。老年期の発達課題は「統合対絶望」である。
かつては,入院医療中心の施策を背景に,発症からの半生のほとんどを精神病床で過ごす統合失調症経験者も少なくなかった。近年,統合失調症経験者の入院短期化と地域生活移行が進み,自己決定が尊重されるようになった。それは同時に,成人期以降の生涯発達の課題に直面することを意味する。統合失調症経験者の多くは,症状コントロールの難しさから教育や労働の機会を制約され,他者と親密な関係を築くことに困難を有することも少なくない。地域生活が可能になったからこそ,発達課題に直面することとなり,成人期以降の生涯発達への支援の必要性が高まったと言える。
先行研究の検討
統合失調症経験者のライフヒストリーに関する国内研究は散見される。例えば北村(2004)は,ライフヒストリー法を用いて,統合失調症経験者は病を含めた様々な事柄に直面するたびに自分の世界観と対話し,独自の意味を創り出していると考察した。結婚,妊娠,出産,子育てに関する研究や就労支援に関する研究等,成人期以降の発達課題に関する研究も散見される。例えば,澤田(2012)は,子どもを希望する統合失調症患者の看護支援に関するケアガイドの作成と評価について報告している。また,小笠原ら(2015)等,知的障害者の「生涯発達」に関する研究が散見されたが,知的機能の生涯にわたる変化に関する研究であった。統合失調症経験者について,生涯発達と支援について検討した先行研究はなかった。
考 察
統合失調症経験者の生涯発達については,これまでほとんど着目されていない。それは,統合失調症経験者のほとんどが,半生におよび長期入院を余儀なくされていたことや自己決定の主体者としてみなされてこなかったことによると考えらえる。発達課題に関連した研究は取り組まれているが,支援方法の検討や評価に焦点があてられ,それらの生涯発達における意味について検討したものはなかった。統合失調症経験者の生涯発達,特に発症以降の生涯発達のありようを明らかにすることは,その支援を検討するうえで不可欠である。
文 献
北村育子:病いの中に意味が創り出されていく過程一精神障害・当事者の語りを通して,構成要素とその構造を明らかにする一,日本精神保健看護学会誌,13(1),34-44,2004
澤田いずみ,宮島直子,高橋由美子他:子どもを希望する統合失調症患者の看護支援に関するケアガイドの作成と評価,日本看護学会論文集. 精神看護 42, 133-136, 2012
小笠原拓,菅野敦:成人期知的障害の生活適応に関する研究―生涯発達及び障害特性の視点による生活適応支援の検討―,東京学芸大学紀要総合教育科学系Ⅱ,66,507-521,2015
統合失調症は,思春期から青年期に発症し,幻覚妄想,精神運動性障害や意欲減退,感情平板化,認知機能障害を呈し,生活の広範囲に後遺障害をもたらす精神疾患であり,長期にわたる症状コントロールと生活支援を必要とする。薬物療法を中心とした集中的治療と精神科リハビリテーションの普及により社会的予後は格段に改善されたが,その一方で地域生活における支援が不可欠となった。本報告では,統合失調症経験者の成人期以降の生涯発達支援の課題とその研究に取り組む意義について検討する。
精神保健医療福祉の現状と施策の動向
精神疾患総患者数は約392.4万人,28.9万人は精神病床に入院している。入院患者数は過去15年間で減少傾向にある一方,外来患者数は2倍以上に増加している。精神病床数は過去15年間で35.8万床から33.8万床へ減少,平均在院日数は過去10年間で52.5日短縮し,274.7日となった。特に,新規入院患者の入院期間が短縮し,約9割は1年以内に退院している。
2004年,「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では,「入院治療中心から地域生活中心へ」という理念が示され,施策は大きく転換した。2014年「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」では,入院医療中心の精神医療から精神障害者の地域生活を支えるための精神医療への改革の実現に向けて方向性を定めた。
成人期以降の生涯発達と統合失調症
E.H.エリクソンは,成人前期の発達課題を「親密性対孤独」とした。配偶者をはじめ親しい友人や職場の同僚等との密接な関係を築くことが求められる。成人期の発達課題は「generativity(世代継承性)対停滞」である。次世代を育むことを含め,自ら生み育んだものを継承するという心理社会的課題に焦点があてられる。老年期の発達課題は「統合対絶望」である。
かつては,入院医療中心の施策を背景に,発症からの半生のほとんどを精神病床で過ごす統合失調症経験者も少なくなかった。近年,統合失調症経験者の入院短期化と地域生活移行が進み,自己決定が尊重されるようになった。それは同時に,成人期以降の生涯発達の課題に直面することを意味する。統合失調症経験者の多くは,症状コントロールの難しさから教育や労働の機会を制約され,他者と親密な関係を築くことに困難を有することも少なくない。地域生活が可能になったからこそ,発達課題に直面することとなり,成人期以降の生涯発達への支援の必要性が高まったと言える。
先行研究の検討
統合失調症経験者のライフヒストリーに関する国内研究は散見される。例えば北村(2004)は,ライフヒストリー法を用いて,統合失調症経験者は病を含めた様々な事柄に直面するたびに自分の世界観と対話し,独自の意味を創り出していると考察した。結婚,妊娠,出産,子育てに関する研究や就労支援に関する研究等,成人期以降の発達課題に関する研究も散見される。例えば,澤田(2012)は,子どもを希望する統合失調症患者の看護支援に関するケアガイドの作成と評価について報告している。また,小笠原ら(2015)等,知的障害者の「生涯発達」に関する研究が散見されたが,知的機能の生涯にわたる変化に関する研究であった。統合失調症経験者について,生涯発達と支援について検討した先行研究はなかった。
考 察
統合失調症経験者の生涯発達については,これまでほとんど着目されていない。それは,統合失調症経験者のほとんどが,半生におよび長期入院を余儀なくされていたことや自己決定の主体者としてみなされてこなかったことによると考えらえる。発達課題に関連した研究は取り組まれているが,支援方法の検討や評価に焦点があてられ,それらの生涯発達における意味について検討したものはなかった。統合失調症経験者の生涯発達,特に発症以降の生涯発達のありようを明らかにすることは,その支援を検討するうえで不可欠である。
文 献
北村育子:病いの中に意味が創り出されていく過程一精神障害・当事者の語りを通して,構成要素とその構造を明らかにする一,日本精神保健看護学会誌,13(1),34-44,2004
澤田いずみ,宮島直子,高橋由美子他:子どもを希望する統合失調症患者の看護支援に関するケアガイドの作成と評価,日本看護学会論文集. 精神看護 42, 133-136, 2012
小笠原拓,菅野敦:成人期知的障害の生活適応に関する研究―生涯発達及び障害特性の視点による生活適応支援の検討―,東京学芸大学紀要総合教育科学系Ⅱ,66,507-521,2015