[PF57] 自己道徳観および自己への慈しみと境界性人格障害傾向との関連
Keywords:Self Compassion、道徳、境界性人格障害
研究の背景と目的
平成30年度より,「道徳」が教科化され,「特別の教科:道徳」と位置付けられた。しかしながら,数量的評価をしないという特異性ゆえに,子ども自身の道徳的価値や行動変容の程度を自己評定する方法が開発されていないのが現状である。
現在の道徳教育は,「自分を正しく愛し,尊重できていること」が根幹にあり(加藤・草原,2009),道徳観の育成は自己を慈しむ態度(Self-Compassion:SC)の基盤となることが考えられる。また,SCと対極になる心理的特性として,境界性パーソナリティ特性があげられる。境界性パーソナリティ特性は感情制御や対人関係の不安定さを特徴としており,自己破壊行動を生じやすい。そこで本研究では,自己道徳観を数量的に自己評定する「Moral Identity Scale:MIS」を用いながら,自己に対する道徳観とSC及び「パーソナリティの安定性」との関連性について予備的に検討することを目的とした。
方 法
1.調査対象者と手続き
東海圏に在籍する大学生324名を対象に質問紙調査を実施した(有効回答数:304名)。なお,本研究は名古屋学芸大学研究倫理委員会の審査・承認を受けて行われた(倫理番号:211)。
2.調査材料
a)モラル・アイデンティティ尺度(Moral Identity Scale:MIS;田中ら,2018):自己に関する道徳心を測定する尺度である。「善悪の判断」「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」「真理の追求」の6因子で構成される(20項目6件法)。
b)セルフ・コンパッション尺度日本語版(SCS-J;有光ら,2010):SCを測定する尺度である。「自分へのやさしさ」「自己批判」「共通の人間性」「孤独感」「マインドフルネス」「過剰な同一化」の6因子で構成される(26項目5件法)。
c)境界性パーソナリティ特性尺度(斉藤,2007):境界性パーソナリティ障害の特性を測定する尺度である。「情動制御不全」「保護欲求不全」「対人関係制御不全」「保護者関係不全」「自己安定性」の5因子で構成される(38項目5件法)。
結 果
各尺度とその下位因子の相関係数を算出した結果,自己道徳観はSCの肯定的因子である「自分へのやさしさ」「共通の人間性」「マインドフルネス」との間に有意な正の相関を示し(自分へのやさしさ:r=.287/共通の人間性:r=.349/マインドフルネスr=.450,ps<.001),否定的因子である「自己批判」「孤独感」「過剰な同一化」との間に有意な負の相関を示した(自己批判:r=-.336/孤独感:r=.303/過剰な同一化:r=-.229,ps<.001)。境界性パーソナリティ特性は,自己道徳観の下位因子である「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」との間に有意な負の相関を示した(正直・誠実:r=-.245,p<.001/節度:r=-.203,p<.001/個性の伸長:r=-.284,p<.001/希望・勇気:r=-.167,p<.01)。境界性パーソナリティ特性はSCの否定的因子である「自己批判」「孤独感」「過剰な同一化」との間に有意な正の相関を示し(自己批判:r=.470/孤独感:r=.524/過剰な同一化:r=.465,ps<.001),SCの肯定的因子である「自分へのやさしさ」「共通の人間性」「マインドフルネス」との間に有意な負の相関を示した(自分へのやさしさ:r=-.126,p<.05/共通の人間性:r=-.225,p<.001/マインドフルネス:r=-.239,p<.001)。
考 察
本研究の結果を概観すると,自己道徳観はSCの肯定的因子との間で正の相関を示し,否定的因子との間で負の相関を示した。これらの結果から,自己道徳観の育成は自分自身を思いやる心的態度を頑強にし,自己批判や恥意識を低減させることが示唆された。境界性パーソナリティ特性はSCの否定的因子との間で正の相関を示し,肯定的因子との間で負の相関を示した。また,境界性パーソナリティ特性と自己道徳観の下位因子においては,「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」との間で負の相関が示された。すなわち,道徳科においてこれらの領域を学習することはパーソナリティの安定性に結びつくことが考えられる。今後はこれらの因果関係を明らかにしながら,自己道徳観を高める教育的アプローチとその有用性ついて実証的に検討することが求められる。
平成30年度より,「道徳」が教科化され,「特別の教科:道徳」と位置付けられた。しかしながら,数量的評価をしないという特異性ゆえに,子ども自身の道徳的価値や行動変容の程度を自己評定する方法が開発されていないのが現状である。
現在の道徳教育は,「自分を正しく愛し,尊重できていること」が根幹にあり(加藤・草原,2009),道徳観の育成は自己を慈しむ態度(Self-Compassion:SC)の基盤となることが考えられる。また,SCと対極になる心理的特性として,境界性パーソナリティ特性があげられる。境界性パーソナリティ特性は感情制御や対人関係の不安定さを特徴としており,自己破壊行動を生じやすい。そこで本研究では,自己道徳観を数量的に自己評定する「Moral Identity Scale:MIS」を用いながら,自己に対する道徳観とSC及び「パーソナリティの安定性」との関連性について予備的に検討することを目的とした。
方 法
1.調査対象者と手続き
東海圏に在籍する大学生324名を対象に質問紙調査を実施した(有効回答数:304名)。なお,本研究は名古屋学芸大学研究倫理委員会の審査・承認を受けて行われた(倫理番号:211)。
2.調査材料
a)モラル・アイデンティティ尺度(Moral Identity Scale:MIS;田中ら,2018):自己に関する道徳心を測定する尺度である。「善悪の判断」「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」「真理の追求」の6因子で構成される(20項目6件法)。
b)セルフ・コンパッション尺度日本語版(SCS-J;有光ら,2010):SCを測定する尺度である。「自分へのやさしさ」「自己批判」「共通の人間性」「孤独感」「マインドフルネス」「過剰な同一化」の6因子で構成される(26項目5件法)。
c)境界性パーソナリティ特性尺度(斉藤,2007):境界性パーソナリティ障害の特性を測定する尺度である。「情動制御不全」「保護欲求不全」「対人関係制御不全」「保護者関係不全」「自己安定性」の5因子で構成される(38項目5件法)。
結 果
各尺度とその下位因子の相関係数を算出した結果,自己道徳観はSCの肯定的因子である「自分へのやさしさ」「共通の人間性」「マインドフルネス」との間に有意な正の相関を示し(自分へのやさしさ:r=.287/共通の人間性:r=.349/マインドフルネスr=.450,ps<.001),否定的因子である「自己批判」「孤独感」「過剰な同一化」との間に有意な負の相関を示した(自己批判:r=-.336/孤独感:r=.303/過剰な同一化:r=-.229,ps<.001)。境界性パーソナリティ特性は,自己道徳観の下位因子である「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」との間に有意な負の相関を示した(正直・誠実:r=-.245,p<.001/節度:r=-.203,p<.001/個性の伸長:r=-.284,p<.001/希望・勇気:r=-.167,p<.01)。境界性パーソナリティ特性はSCの否定的因子である「自己批判」「孤独感」「過剰な同一化」との間に有意な正の相関を示し(自己批判:r=.470/孤独感:r=.524/過剰な同一化:r=.465,ps<.001),SCの肯定的因子である「自分へのやさしさ」「共通の人間性」「マインドフルネス」との間に有意な負の相関を示した(自分へのやさしさ:r=-.126,p<.05/共通の人間性:r=-.225,p<.001/マインドフルネス:r=-.239,p<.001)。
考 察
本研究の結果を概観すると,自己道徳観はSCの肯定的因子との間で正の相関を示し,否定的因子との間で負の相関を示した。これらの結果から,自己道徳観の育成は自分自身を思いやる心的態度を頑強にし,自己批判や恥意識を低減させることが示唆された。境界性パーソナリティ特性はSCの否定的因子との間で正の相関を示し,肯定的因子との間で負の相関を示した。また,境界性パーソナリティ特性と自己道徳観の下位因子においては,「正直・誠実」「節度」「個性の伸長」「希望・勇気」との間で負の相関が示された。すなわち,道徳科においてこれらの領域を学習することはパーソナリティの安定性に結びつくことが考えられる。今後はこれらの因果関係を明らかにしながら,自己道徳観を高める教育的アプローチとその有用性ついて実証的に検討することが求められる。