日本教育心理学会第61回総会

Presentation information

ポスター発表

[PG] ポスター発表 PG(01-59)

Mon. Sep 16, 2019 10:00 AM - 12:00 PM 3号館 1階 (カフェテリア)

在席責任時間
奇数番号10:00~11:00
偶数番号11:00~12:00

[PG44] 発達障害児をもつ養育者が就学先の決定に向けて前向きな感情を獲得する過程

周囲のサポートに着目して

熊谷さくら (北海道大学大学院)

Keywords:発達障害児、養育者、前向きな感情

問題と目的
障害児をもつ親の心理適応過程に関する研究は1950年代から現在にかけて盛んに取り組まれている。日本においては中田(1995)が落胆と適応を繰り返しつつ適応へと向かおうとする螺旋型モデルを提唱し,障害児をもつ親の心理的揺れを示した。そのような心理状態にある養育者の支援にウエイトを置くことの重要性(下田,2006)が示唆され,同じ障害の子をもつ親仲間との関わりが心理的支えとなることが示された。また,興津(2003)の研究では親が感情的にポジティブであることが子どものポジティブな感情の表出につながることを明らかにしており,養育者の前向きな感情の重要性が示されている。しかし,発達障害児をもつ養育者の前向きな感情に着目した心理状態の変化に関する研究は非常に少ない。また,養育者の心理状態の変化と就学先の決定との関連やその心理的変化に周囲のサポートがどのように作用したかを明らかにする研究は十分に行われていない。本研究において発達障害児をもつ養育者が前向きな感情を獲得するまでの経緯と身近な家族や周囲の諸機関の関わりが前向きな感情の獲得にどのような役割を果たしているかの2点を明らかにすることを目的とする。また,本研究における「前向きな感情」は松井ら(2016)の研究を参考に養育者が育児中に感じる育児や子どもに対する愛情や喜び,感謝,希望などの肯定的な情動と定義する。
方  法
対象者:小学生の発達障害児を育てる母親1名
調査方法:基本属性の把握を目的とした事前調査を実施した後,半構造化インタビューを行った。調査はX年10月20日に北海道教育大学札幌校内の個別指導室において2回に分けて実施し,所要時間は計2時間20分であった。内容は対象者(以下Cさんとする)の承諾を得てICレコーダーに記録した。インタビューは「発達障害児をもつ養育者が前向きな感情を獲得するまでの経緯」とその経緯の中で「身近な家族や周囲の関わりが前向きな感情の獲得にどのような役割を果たしていたか」の2つの観点から質問を行った。
分析方法:インタビューを逐語録化しKJ法を用いて養育者の感情のラベリングを行い,「前向きな感情」,「どちらともいえない感情」,「後ろ向きな感情」の3つに分類した。分類した感情を用いて落胆の状態から前向きな感情へと変化した過程を明確にした。周囲のサポートに対してもラベリングを行った。「行政」,「教育」,「医療」,「福祉」,「家族」,「親戚」,「仲間」,「習い事の先生」,「自分の時間」の9つに分類し,それらを「フォーマルサポート」と「インフォーマルサポート」の2つに分類した後,それぞれのサポートが養育者の心理状態の変化にどのように作用していたかを明らかにした。
倫理的配慮:Cさんには書面にて調査の趣旨や目的,方法,対象者の意思で辞退可能であることを説明し,同意をいただいたうえで調査を行った。本研究の実施にあたっては,北海道教育大学研究倫理審査委員会の承認を得た。(北教大研論2018101001)
結果と考察
 インタビューにおいて感情に関する部分は33個抽出され,17個のサブカテゴリーと3個のカテゴリーに分類された。また,サポート要素に関して語られた部分は28個抽出され,17個のサブカテゴリーと9個のカテゴリーに分類された。
 序盤は我が子(以下Dくんとする)の発達の遅れに対する不安や年少時に通っていた幼稚園の対応への不満,Cさん自身の体調不良による辛さなど後ろ向きな感情が多く抽出された。Dくんの進級を機に転園し,新しく通い始めた幼稚園の教諭の対応の良さを実感することができ,加えて母親仲間との良好な関係を築くことができたことから,サポート要素が増加し次第に前向きな感情を獲得するようになった。年長に進級すると就学先の決定に関わって後ろ向きな感情,どちらともいえない感情,前向きな感情のそれぞれが抽出され,それらの感情が繰り返されている様子が見受けられた。この様子は様々な出来事に際して前向きな感情と後ろ向きな感情を繰り返すとされる螺旋型モデル(中田;1995)であるといえる。また,前向きな感情を獲得する際に周囲との関わりがきっかけとなっており,対象者が前向きな感情を獲得する有効なサポートであったことが示された。加えて,Cさんの場合は同じ障害の子をもつ養育者との関わりはもちろんのこと,健常児の親との関わりも前向きな感情の獲得を助けていたことが明らかになった。