129th Annual Meeting of the Geological Society of Japan

Presentation information

Session Oral

T4.[Topic Session]History of the Earth

[1oral111-17] T4.[Topic Session]History of the Earth

Sun. Sep 4, 2022 1:30 PM - 3:30 PM oral room 2 (Build. 14, 101)

Chiar:Takuto Ando, Daisuke Kuwano

1:30 PM - 2:00 PM

[T4-O-11] (Invited)Paleoecological changes in marine benthos during the Mesozoic: Ichnological evidence

【ハイライト講演】

*Kentaro IZUMI1 (1. Faculty & Graduate School of Education, Chiba University)

世話人よりハイライトの紹介:中生代は海洋プランクトンの多様性が変革した時代であり,当時の海洋ベントスの行動生態にも大きな影響をもたらした.本講演では,生痕化石を用いたアプローチにおいて最前線で研究に取り組まれている泉健太郎氏に,硬組織を持たない海洋ベントスの行動生態について,最近の研究動向もふまえてご紹介いただく.生痕化石研究から得られる重要な知見は,地球生命がたどった進化の軌跡の解明に繋がるだろう.※ハイライトとは

Keywords:Mesozoic, marine benthos, trace fossils, organic matter

中生代は,海洋生態系が大規模に変革した地質時代である.特に重要な現象としては,海洋プランクトンの多様化が挙げられる.これにより,大規模なブルームを起こすグループが新たに出現し,大量の有機物が海底に輸送されるようになった.一方,海洋底に生息している底生生物(以下,海洋ベントス)は,海洋底の堆積物中に含まれる有機物を餌として摂食している.これらの有機物は,海洋表層で植物プランクトンによって生産された有機物や動物プランクトンの糞粒に由来しているため,海洋ベントスの活動は海洋表層から海洋底に輸送される有機物によって支えられている.
 このことから,中生代に起こった海洋プランクトンの多様化という現象は,当時の海洋ベントスの行動生態にも大きな影響を与えたことが想定され,実際にそれを裏付けるような化石証拠が報告されている.しかしながら,そのような知見の多くは体化石記録に基づいている.殻などの生体硬組織を持つ海洋ベントスは体化石として地層中に保存される可能性が高いが,一方で生体硬組織を持たない海洋ベントスも多く存在しており,体化石からの知見のみでは,化石保存可能性のバイアスを大きく受けてしまう.そのため,中生代における海洋ベントスの行動生態の変化の全容を解明するためには,生体硬組織を持たない海洋ベントスに関する知見も併せて検討することが必要である.
 生体硬組織を持たない海洋ベントスが体化石として地層中に保存される可能性は極めて低いため,生痕化石に注目することが重要である.生痕化石とは,古生物の行動の痕跡が地層中に保存されたものであるので,それを解析することによって生体硬組織を持たない海洋ベントスの行動生態に関する知見を得ることが可能になる.実際に生痕化石の産出パターンの長期変化を検討するような研究がなされており,その結果,いくつかの種類の生痕化石については形成生物の生息域がジュラ紀後期から白亜紀にかけて深海域にシフト(あるいは拡充)する現象が認識され,海洋プランクトンの多様化との関連が示唆されてきた.
 しかし,依然として海洋ベントスの生痕化石を長時間スケールで解析した研究事例は少ない.さらに,本来であれば海洋プランクトンと海洋ベントスの関連性を議論する際には,生痕形成生物が実際に海洋プランクトン(+それに由来する有機物)を摂食していたかを実証することが望まれるが,この点を具体的に検討した先行研究はほとんど存在しない.
 以上の背景より,発表者はこれまで生痕化石Phymatodermaを主要対象として研究を行ってきた.Phymatodermaは古生代から第四紀の海成層から産出し,堆積物食性ベントスの巣穴内に糞が充填されることで形成されたものである.発表者は,古生代(ペルム紀)から新生代(鮮新世)の海成層(計10ロカリティー)から産出するPhymatodermaを実際に調査・観察し,文献調査データも統合してPhymatoderma形成生物の行動生態の変化を長時間スケールで考察した.その結果,白亜紀以降に形成生物の生息場が深海域にシフトし,かつ形成生物のサイズが大型化する傾向が認識された.また形成生物の食性については,新たに出現した海洋プランクトンを実際に摂食していたことが示され,かつ白亜紀以降になると,ブルームや動物プランクトンの糞粒等の有機物が大量に海底に供給されたタイミングと同期して摂食するというより効率的な摂食様式に変化した可能性が示唆された.さらに新生代に入ると,糞が別の小型堆積物食性ベントスに摂食(糞食)されたことを示すPhymatodermaが産出することがわかった.中生代以降に大量の有機物が海底に輸送されるようになったことに伴い,巣穴内に充填された形成生物の糞も有機物に富むようになり,小型堆積物食性ベントスの効率的な餌場として機能するようになったためと考えられる.
 本研究で得られた知見の普遍性を検討するために,文献調査を実施し,堆積物食性ベントスによって形成されたPhymatoderma以外の生痕化石についても長時間スケールでの変化を検討した.その結果,少なくともサイズの大型化・生息域の変化・糞食の増加については,他の種類の生痕化石においても同様の傾向が見出された.
 以上のことから,中生代における海洋プランクトンの多様化によって,生体硬組織を持たない海洋ベントスの行動生態も大きく影響を受けたことが多角的に示された.ただし,生痕化石のデータから示唆された中生代における海洋ベントスの行動生態の変化の要因をより具体的に推定するためには,化石記録と地質記録を比較するだけでなく,他の研究アプローチも組合わせて考察する必要がある.本講演では,発表者の研究室で最近取り組んでいる海洋ベントスの糞食行動に関する数理モデルについても紹介する.