一般社団法人日本鉱物科学会2024年年会・総会

講演情報

口頭講演

R2:結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物

2024年9月14日(土) 14:00 〜 15:30 ES024 (東山キャンパス)

座長:小松 一生

15:15 〜 15:30

[R2-16] 動力学的理論に基づく電子後方散乱回折のシミュレーション手法の開発と鉱物学への応用

*瀬戸 雄介1、大塚 真弘2 (1. 大阪公立大・院理、2. 名古屋大・未来材料・システム研)

キーワード:後方散乱電子回折、ブロッホ波、動力学理論

岩石を構成する結晶の形状や大きさ・各結晶相の空間分布・結晶方位分布などの要素は、岩石全体の物性(弾性定数、電気・熱伝導度、粘性など)を支配しており、地震波速度の異方性やレオロジー特性などの理解に欠かせない情報である。現在、結晶の種類や方位を解析する最も強力な手法はSEM-EBSD法である。この手法は、試料調製が比較的容易であることや少ない時間で大きな試料領域を分析できることから、岩石試料、セラミックス材料、金属材料の評価に重要な役割を果たしている。ただし、リファレンスとなるEBSDシミュレーションが不正確な場合には、当然ながら正確な指数付けを行うことが出来ない。特に地質試料の指数付けは難しい場合が多く、例えば断層岩を構成する主要鉱物の一つである蛇紋石の指数付け成功率は高々70%程度であり[1]、滑石に至っては成功率10–20%程度に留まっている[2]。もしこれらの鉱物について、指数付けに成功しやすい結晶方位と失敗しやすい結晶方位があるとすれば、偏った解析バイアスがかかってしまうことになり、当然その結果から導かれる岩石学的解釈も誤ったものとなる。EBSDシミュレーションの不正確さは、現在普及している解析ソフトウェアの多くが運動学的近似(1次摂動論)に基づいて計算していることに起因する。実際の電子回折では電子が複数回散乱される過程を考慮する必要があり、この効果(動力学的回折)によって、バンドの強度が変化するだけでなく、バンドの位置や湾曲度が有意に変化する。このような問題のため、公表されたEBSD解析の結果のほとんどは人間の判断に基づいた「データの修正・補正」が少なからず施されており、必ずしも客観性は保証されていない現状がある。
 本研究では、正確に後方散乱電子回折現象を取り扱うために、ブロッホ波法基づく動力学的回折計算を行った。この方法は結晶中の電子波を、波動方程式とブロッホの定理で記述し、試料界面での入射波あるいは散乱波と試料内のブロッホ波とをなめらかに繋げることで、散乱波(回折波)の振幅を得る方法である。ブロッホ波の導出は固有値問題に帰着し、これを解くことが最大の計算コストとなるが、一旦固有値を求めてしまえば任意の厚みの試料についての散乱振幅を即座に求めることが出来るという利点がある。本研究では、方位空間を細かく(100万~1000万)分割し、それらの固有値・固有ベクトルを求めることで、任意の深さ/方位からの回折強度を計算した。また電子の侵入深さはモンテカルロシミュレーションで算出した。最近発表者らはブロッホ波法に基づく電子回折シミュレーションを高速に実施するアルゴリズムを発表しており、本研究はその手法の直接的な応用である[3]。実際に、Corundum (Al2O3), Magnetite (Fe3O4), Copper (Cu)のEBSDの実測パターンと、著者らが計算したパターンを示す。運動学的シミュレーションではバンドの幾何学的配置のみが再現されるが、動力学シミュレーションではバンドの内側と外側の明暗コントラストや、複数のバンド重なった部分(晶帯軸)の明るさなどが良く再現されている様子が分かる。今後は吸収の効果や散乱強度の方位依存性を組み込んでさらに正確な計算を行う予定である。[1] Nagaya, Wallis, Seto, et al. Journal of Structural Geology 95, 127–141, 2017. [2] Nagaya, Okamoto, Oyanagi, Seto, et al. American Mineralogist 105, 873-893, 2020. [3] Seto & Ohtsuka. Journal of Applied Crystallography 55, 397-410, 2022.
R2-16