9:05 AM - 9:35 AM
[S2-01] Slab-derived fluid infiltrating back-arc mantle
「招待講演」
Keywords:slab, mantle transition zone, nitrogen isotope ratio, xenolith, fluid inclusion
日本から極東ロシアにわたる東アジア地域には,新生代の玄武岩が広く分布している.この火成活動にスラブ由来流体が関わっている可能性が主に物理的研究(地震波トモグラフィーや電気伝導度観測,高温高圧実験,数値計算等)を基に提唱されており,全球的な熱ー物質循環系の議論に波及する重要な課題として注目を集めている.しかし,スラブ由来流体の関与を決定づけるには,背弧マントルにおける水の痕跡やその起源を化学的に究明する必要がある.
玄武岩質マグマがマントル中を上昇する際,その一部はマントル内に岩脈や粒界成分,メルト包有物として取り残される.東アジアにおける新生界玄武岩も,その痕跡をマントル内に残しているに違いない.そこで本研究では,極東ロシアの三つの地域(EnnokentievとSveyagin,Tok)で採取したかんらん岩捕獲岩に焦点を当て,スラブ由来流体の関与を調べた.
極東ロシアのかんらん岩捕獲岩には揮発性成分のポケットが三種類見られる.一つは二酸化炭素を主成分とする流体包有物であり,二つ目は珪酸塩メルトの包有物,そして三つ目は粒界成分である.Ennokentievの捕獲岩には,高い成熟度を示す負結晶タイプの二酸化炭素流体包有物が多く見られる.その二酸化炭素密度と地質温度を二酸化炭素の状態方程式に照らし合わせることで,これらの捕獲岩が1000°C・1 GPa程度のリソスフェアマントルから由来したことが分かった.一方,Sveyagin及びTokの捕獲岩には負結晶タイプの二酸化炭素包有物は見られない.しかし,それらの輝石温度(883–1022°C)をEnnokentiev試料の温度圧力値から推定される地温勾配(〜100 mW/m2)に照らすと,0.86–1.12 GPaの圧力が得られ,やはり当該地域の捕獲岩もリソスフェアマントル由来であると推定できた.
これらの捕獲岩試料からスラブ由来流体の痕跡を探るため,まずSveyagin試料の微量元素組成をICP-MSを用いて測定した.捕獲岩を鉱物種ごとに選別し,希硝酸で洗浄した後に酸分解した溶液を分析したところ,その微量元素組成に目立った特徴は見られなかった.しかし,酸洗浄せずに酸分解した溶液には,HFSEやCe,Thの負異常が明瞭に見られた.同様の特徴はメルト包有物のLA-ICP-MS分析でも得られたため,当該地域のマントルには水が関与したマグマが存在していたと推察される(Yamamoto et al., 2009 Island Arc).
このマグマの起源を見極めるため,窒素と希ガスの同位体比を測定した.窒素と希ガスは真空破砕法を用いて抽出したため,それらは主にメルト包有物の収縮気泡由来であると考えられる.窒素同位体比は,大気的な値(0‰)から–10‰を下回る幅広い値を見せた.これらをN2/36Arとのグラフにプロットすると,窒素同位体比の幅広い分布は大気的端成分からの質量分別に因ると分かった(図1).Sveyagin地域は,その直下400〜500 kmに太平洋プレートが沈み込んでおり,電気伝導度観測から脱水流体がマントルへ浸入している可能性が提唱されている.スラブに含まれている海水の脱水は溶存窒素(N2)の同位体比に質量分別をもたらす.それゆえ,図1に見られるSveyagin試料の分布は,当該地域のマントルにスラブ由来の海水を含むマグマが通過したことを示唆する(Yamamoto et al., 2020 EPSL).
一方,Tok試料の窒素同位体比に際だって低い値は見られず,むしろ+3‰程度の高い窒素同位体比が目立つ(図1).このような高い窒素同位体比は島弧や背弧の噴気ガスから得られることが多く,地表堆積物の影響が考えられている.しかし,そのような値がマントルから得られたことは特筆に値する.つまり,Tok試料の高い窒素同位体比は,当該地域のマントルにスラブ由来の窒素が存在する可能性を示唆する.Tok試料の窒素同位体比分布をスラブの影響として解釈できるか考察してみる.スラブ中の堆積物において,窒素は主にNH3(またはNH4+)として存在するが,沈み込みとともにNH3はN2へ化学変化し,水溶液とともに粒界へ脱窒する.この化学変化は窒素同位体比を数‰低下させ,その後の脱窒過程も窒素同位体比に更なる低下をもたらす.この考えに照らすと,図1においてTok試料が堆積物と大気間の混合線沿いから低い窒素同位体比方向へ分布する様子は,やはりスラブ中のNH3がマントルに浸入した証左と見なして良いのではなかろうか.
これらの結果は,スラブ由来流体を含むマグマが極東ロシアのリソスフェアマントルを通過したことを示す.つまり,東アジアにおける新生代火成活動にスラブが関与しているという物理的モデルを化学的に補強できたと言えよう.
玄武岩質マグマがマントル中を上昇する際,その一部はマントル内に岩脈や粒界成分,メルト包有物として取り残される.東アジアにおける新生界玄武岩も,その痕跡をマントル内に残しているに違いない.そこで本研究では,極東ロシアの三つの地域(EnnokentievとSveyagin,Tok)で採取したかんらん岩捕獲岩に焦点を当て,スラブ由来流体の関与を調べた.
極東ロシアのかんらん岩捕獲岩には揮発性成分のポケットが三種類見られる.一つは二酸化炭素を主成分とする流体包有物であり,二つ目は珪酸塩メルトの包有物,そして三つ目は粒界成分である.Ennokentievの捕獲岩には,高い成熟度を示す負結晶タイプの二酸化炭素流体包有物が多く見られる.その二酸化炭素密度と地質温度を二酸化炭素の状態方程式に照らし合わせることで,これらの捕獲岩が1000°C・1 GPa程度のリソスフェアマントルから由来したことが分かった.一方,Sveyagin及びTokの捕獲岩には負結晶タイプの二酸化炭素包有物は見られない.しかし,それらの輝石温度(883–1022°C)をEnnokentiev試料の温度圧力値から推定される地温勾配(〜100 mW/m2)に照らすと,0.86–1.12 GPaの圧力が得られ,やはり当該地域の捕獲岩もリソスフェアマントル由来であると推定できた.
これらの捕獲岩試料からスラブ由来流体の痕跡を探るため,まずSveyagin試料の微量元素組成をICP-MSを用いて測定した.捕獲岩を鉱物種ごとに選別し,希硝酸で洗浄した後に酸分解した溶液を分析したところ,その微量元素組成に目立った特徴は見られなかった.しかし,酸洗浄せずに酸分解した溶液には,HFSEやCe,Thの負異常が明瞭に見られた.同様の特徴はメルト包有物のLA-ICP-MS分析でも得られたため,当該地域のマントルには水が関与したマグマが存在していたと推察される(Yamamoto et al., 2009 Island Arc).
このマグマの起源を見極めるため,窒素と希ガスの同位体比を測定した.窒素と希ガスは真空破砕法を用いて抽出したため,それらは主にメルト包有物の収縮気泡由来であると考えられる.窒素同位体比は,大気的な値(0‰)から–10‰を下回る幅広い値を見せた.これらをN2/36Arとのグラフにプロットすると,窒素同位体比の幅広い分布は大気的端成分からの質量分別に因ると分かった(図1).Sveyagin地域は,その直下400〜500 kmに太平洋プレートが沈み込んでおり,電気伝導度観測から脱水流体がマントルへ浸入している可能性が提唱されている.スラブに含まれている海水の脱水は溶存窒素(N2)の同位体比に質量分別をもたらす.それゆえ,図1に見られるSveyagin試料の分布は,当該地域のマントルにスラブ由来の海水を含むマグマが通過したことを示唆する(Yamamoto et al., 2020 EPSL).
一方,Tok試料の窒素同位体比に際だって低い値は見られず,むしろ+3‰程度の高い窒素同位体比が目立つ(図1).このような高い窒素同位体比は島弧や背弧の噴気ガスから得られることが多く,地表堆積物の影響が考えられている.しかし,そのような値がマントルから得られたことは特筆に値する.つまり,Tok試料の高い窒素同位体比は,当該地域のマントルにスラブ由来の窒素が存在する可能性を示唆する.Tok試料の窒素同位体比分布をスラブの影響として解釈できるか考察してみる.スラブ中の堆積物において,窒素は主にNH3(またはNH4+)として存在するが,沈み込みとともにNH3はN2へ化学変化し,水溶液とともに粒界へ脱窒する.この化学変化は窒素同位体比を数‰低下させ,その後の脱窒過程も窒素同位体比に更なる低下をもたらす.この考えに照らすと,図1においてTok試料が堆積物と大気間の混合線沿いから低い窒素同位体比方向へ分布する様子は,やはりスラブ中のNH3がマントルに浸入した証左と見なして良いのではなかろうか.
これらの結果は,スラブ由来流体を含むマグマが極東ロシアのリソスフェアマントルを通過したことを示す.つまり,東アジアにおける新生代火成活動にスラブが関与しているという物理的モデルを化学的に補強できたと言えよう.