[OA-1-3] 上肢ジストニア様の運動障害に対して皮膚せん断力覚,圧覚へのアプローチが有効であった視床梗塞の一例
【はじめに】局所性ジストニア(Focal dystonia,FD) の背景に体性感覚と運動の統合の問題があることが主張されてきた.しかし,感覚検査で確認された異常は運動障害を説明できるほど強いものではない.本例は脳損傷後にFD様の運動障害と,皮膚せん断力(皮膚を皮膚面に平行に引く力)と深部組織への圧の感覚に限った障害を示し,それ等の感覚を補う刺激を与えると,運動障害に改善を認めたため報告する.
【症例】60歳代右利きの男性.右上下肢の錯感覚と脱力があり,視床後外側部に小梗塞を認め他院に入院した.上記症状は改善したが右上肢のジストニア様の運動障害が残存し,第52病日に外来リハビリテーションを希望して当院受診した.以後,各種の治療によっても大きな改善はなく,約3.5年が経過していた.上腕をバンドで絞めると幾分症状が改善することに気づき自発的に行っていた.
【本例の訴え】右上肢はつねに,締め付けられているように感じる.動かすとこわばりが強くなり,繰り返すと右肘が動かしにくくなる.さらに続けると右前腕や右手足にも広がり同様に動かしにくくなる.
【本例の運動障害】自ら,肘,手,指の関節の屈伸を数度繰り返すと動きが遅くなり,運動と停止が交互に起こった.この間,相互に拮抗する筋のどちらもが持続性な収縮がみられた.症状は肘関節で最も強かった.
【運動障害に対する介入】以下の諸条件で肘関節の屈伸を行うよう依頼した.1. 右側,無介入.2.左側.無介入.3. 上腕後面から肘関節を通って前腕後部近位に到るようにビニールテープを貼る.4.上腕前面から前腕前面近位に貼る.5. 血圧計のマンシェットを捲き軽度加圧する.6 . 上腕前面に内側から外側へ引くようにして弾性テープを貼る.7. 同じ場所に同じ弾性テープを引かずに貼る.4は3に対する,7は6に対する対照条件である.
結果,右側では,条件1に対して3,5,6のみで改善がみられた.条件5以外ではで上腕二頭筋と三頭筋の表面筋電図を記録したが,上記の改善は筋電図上も明らかで,特に条件6では条件2と同等に改善していた.条件1,2,6の違いを解析するために,両筋から得られた各屈伸の間の筋電位の二乗平均平方根を求め,差の検定を行った.結果,二頭筋では1が2より大きく,1が6より大きかったが,6と2には差がなかった.三頭筋では,1が2より大きく,1が6より大きく, 6が2よりわずかに大きかった.
【体性感覚の評価】左右上肢の各所で検査を行った.結果,痛覚,触覚,温度覚,振動覚,関節位置覚,二点識別覚,触点定位に異常なく,触覚性消去現象もなかった.手による立体幾何図形,素材,日用物品の同定も正常だった.しかし,皮膚書字覚と皮膚に貼ったビニールテープを引く力を感じる閾値,皮膚上から筋などの深部組織を押すように加えた圧を感じる閾値のみが右上肢のいくつかの場所で低下していた.皮膚書字覚検査では棒で皮膚面を引くため,障害されていた感覚は皮膚せん断力覚と圧覚のみと考えられた.本例は日常生活でもマンシェットを用いて一定の効果を得ている.
【考察】筋収縮時にはその筋を覆う皮膚に張力が,筋には皮膚による圧力が加わる.その情報は過剰な筋収縮を抑制するために必要である可能性,本例では視床損傷によって皮膚せん断力覚と圧覚が障害されたためにジストニア様の運動障害が起こった可能性,それらの感覚を筋収縮の程度に見合った形で補完することで改善が得られた可能性が考えられる.
【倫理的配慮】本報告は,研究の詳細な説明を行った後,症例本人より書面による同意を得た
【症例】60歳代右利きの男性.右上下肢の錯感覚と脱力があり,視床後外側部に小梗塞を認め他院に入院した.上記症状は改善したが右上肢のジストニア様の運動障害が残存し,第52病日に外来リハビリテーションを希望して当院受診した.以後,各種の治療によっても大きな改善はなく,約3.5年が経過していた.上腕をバンドで絞めると幾分症状が改善することに気づき自発的に行っていた.
【本例の訴え】右上肢はつねに,締め付けられているように感じる.動かすとこわばりが強くなり,繰り返すと右肘が動かしにくくなる.さらに続けると右前腕や右手足にも広がり同様に動かしにくくなる.
【本例の運動障害】自ら,肘,手,指の関節の屈伸を数度繰り返すと動きが遅くなり,運動と停止が交互に起こった.この間,相互に拮抗する筋のどちらもが持続性な収縮がみられた.症状は肘関節で最も強かった.
【運動障害に対する介入】以下の諸条件で肘関節の屈伸を行うよう依頼した.1. 右側,無介入.2.左側.無介入.3. 上腕後面から肘関節を通って前腕後部近位に到るようにビニールテープを貼る.4.上腕前面から前腕前面近位に貼る.5. 血圧計のマンシェットを捲き軽度加圧する.6 . 上腕前面に内側から外側へ引くようにして弾性テープを貼る.7. 同じ場所に同じ弾性テープを引かずに貼る.4は3に対する,7は6に対する対照条件である.
結果,右側では,条件1に対して3,5,6のみで改善がみられた.条件5以外ではで上腕二頭筋と三頭筋の表面筋電図を記録したが,上記の改善は筋電図上も明らかで,特に条件6では条件2と同等に改善していた.条件1,2,6の違いを解析するために,両筋から得られた各屈伸の間の筋電位の二乗平均平方根を求め,差の検定を行った.結果,二頭筋では1が2より大きく,1が6より大きかったが,6と2には差がなかった.三頭筋では,1が2より大きく,1が6より大きく, 6が2よりわずかに大きかった.
【体性感覚の評価】左右上肢の各所で検査を行った.結果,痛覚,触覚,温度覚,振動覚,関節位置覚,二点識別覚,触点定位に異常なく,触覚性消去現象もなかった.手による立体幾何図形,素材,日用物品の同定も正常だった.しかし,皮膚書字覚と皮膚に貼ったビニールテープを引く力を感じる閾値,皮膚上から筋などの深部組織を押すように加えた圧を感じる閾値のみが右上肢のいくつかの場所で低下していた.皮膚書字覚検査では棒で皮膚面を引くため,障害されていた感覚は皮膚せん断力覚と圧覚のみと考えられた.本例は日常生活でもマンシェットを用いて一定の効果を得ている.
【考察】筋収縮時にはその筋を覆う皮膚に張力が,筋には皮膚による圧力が加わる.その情報は過剰な筋収縮を抑制するために必要である可能性,本例では視床損傷によって皮膚せん断力覚と圧覚が障害されたためにジストニア様の運動障害が起こった可能性,それらの感覚を筋収縮の程度に見合った形で補完することで改善が得られた可能性が考えられる.
【倫理的配慮】本報告は,研究の詳細な説明を行った後,症例本人より書面による同意を得た